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今日の「八戸育ちの八戸っこかわむら」のブログです。。。。ご訪問していただきありがとうございます。感謝いたします。。。1980年(昭和55年)から1995年(平成7年)まで約24万人台だった人口が2020年(令和2年):には22万人台、2024年(令和6年)から今年まで21万人台まで人口が減ってしまい、落ち込みますね。。。。ただ、落ち込んでばかりではいけないと、過去に八戸の運命が良くなっていった例を書いてみようと思います。。。。稲刈りが終わった田
こんにちは。本日は、日本陸軍航空隊操縦者の装備類をマネキンディスプレイにてご紹介したいと思います。何回かに分けてご紹介していきます。①航空頭巾一種(昭和11年製)と初期角型航空眼鏡●ニ種航空衣袴●九七式落下傘装帯●伝声管(送話口・円形受話口)②航空頭巾ニ種(昭和13年製)と初期航空眼鏡(特殊硝子光機製)●ニ種航空衣袴●九七式落下傘装帯●伝声管(送話口・惰円形受話口)●初期開閉式酸素マスクこのアルマイト製酸素マスクは、口元部分が開閉で
こんにちは。本日は、鉢巻(はちまき)をご紹介したいと思います。~鉢巻~精神集中や闘志を高めるために頭に巻く細長い布。鎌倉時代中期以降、武士は戦闘時に鉢巻を着用した。鉢巻は鳥帽子(えぼし)の上に巻き付け、その上に兜(かぶと)を被ることで安定させる役割を果たしていた。戦時中の陸海軍ともに、鉢巻を巻いた姿が多く残っています。鉢巻は官給品ではなく上官などから直接隊員に手渡されていました。女学生や家族などが血で日の丸を描いたり文字を書いたりして作られた物もありました。
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(17)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第7中隊大久保隊246木履悌順偶感247小澤博勝整備寸言248木本太助技術魂248上田厚士雑感三題249米津政夫
こんにちはハセガワ1/48日本陸軍鹵獲機P-40Eウォーホークの制作記です。作りやすいキットです。機体は、塗装図通り、下面は、ニュートラルグレー、上面は、オリーブドラブで塗装します。このキットに搭乗員はついていません。搭乗員は、タミヤです。すこし小さいきがします。
修武55日本陸軍航空士官学校55期文集(07)昭和17(1942)年3月に日本陸軍航空士官学校を卒業した第55期生徒の文集です。太平洋戦争の真っ只中、「お国のため」に「士官を育成」の大号令のもと意気盛んな20歳前後の若者の心意気が伝わってきます。第2中隊高山隊56中神晴雄新兵を迎えて57安西爲夫和歌57瀧口廣和歌58綿貫幸男回顧58秋根陽一