ブログ記事3,066件
●自分史を書いてみよう♪こんにちは。遅咲きながら最近日本の歴史に目覚めた主婦です。今回の本は歴史と言っても「自分が経験してきたこと、自分の歴史(自分史)」を書くことを勧める本になります。私もブログを書いたりしているので、文章術のような部分は参考になりましたが、勉強のような感じで読み始めは少し読みづらく感じました。でも、読み進めていくうちに、例として載っていたある方々の自分史がとても面白かったです!ジャーナリスト:小池新氏の『自分史のすすめ未来を生きるための文章術』
地域で開催されている空襲展に行ってきました。展示されていた、爆弾投下地点や焼夷弾による火災発生区域、犠牲者の出た所やその人数などがプロットされた地域の地図から、実家の界隈でも被害があったことがわかりました。この界隈は空襲から免れたと聞いていたので驚きました。東京大空襲の下町地区の被害と比べれば僅かなので「免れた」と伝えられていたのかもしれません。昭和23年生まれの説明員の方が「戦争の恐ろしさ、この地域でも被害があったことを若い方々に知ってもらいたいのですが、来られる方が少なくて・・
【1冊の本の中で著者の父と私の父との出会いが…】新聞の書評欄に『陸戦隊と暁部隊~ヒロシマの秘史を追う』佐田尾信作・集英社新書2025刊という書籍が紹介されているのに目が留まりました。それは、・著者の佐田尾氏が同郷の島根県出雲市出身であり、年齢も1歳違いの同年代という親近感から・著者の父親が、広島県呉の山中で地雷を抱えて敵戦車に突撃する訓練を受け、広島原爆投下直後に暁部隊とともに広島市内で救護・消火活動に当たった戦争体験者であることへの驚きから・昭和2年生まれで私の父と同年齢であり、
いつもありがとうございます✨くもり☁️の北九州…最高気温17度くらいだそうで、薄着の重ね着かなぁ⁈本日「昭和の日」…昭和天皇誕生日でもありました。「令和」「平成」「昭和」と生かされておりますので、古い人間です💦笑「昭和2年生まれ」だった母が「平成30年」2018年に亡くなった時…「すごいね、素晴らしく素敵な生き様だった」と、感じてました。『10代で戦争体験して(鹿児島県生まれの母は、妹を防空壕で亡くしてます)20代で北九州に嫁に来て(13人分家族の洗濯から始まる朝)…91歳で亡く
母の戦争体験に関して、原爆ドームの思い出を鮮明に記憶している話は、ブログに4度も登場している(苦笑)それほどに、私自身も幼少期から鮮烈な記憶として脳裏に焼き付いているhttps://ameblo.jp/yamasemi1324/entry-12630760578.html私が40歳の頃、広島へ出張する機会があり、訪問先を訪れる前に原爆ドームを、どうしても観たいと思い、タクシーの運転手に、わざわざ回り道をしていただき車窓から観た思い出がある今回、ようやく、訪れる事となった
【ちえシェア】ご参加の御礼本日は『ちえシェア・諦めず歩み続ける』に、オンライン・現地ともにたくさんの方にご参加いただき、誠にありがとうございました。大学生や高校生にもご参加いただき、父を含めた戦争体験者同士の交流、そして若い世代との対話が生まれた空間に感慨深さがありました初めてリアルで戦争体験を聞いた大学生からは、「絶望に近い環境でも、諦めず歩み続けることでいつか幸せな生活につながると知り、自分ももう少し頑張ろうと思えた」「戦争中だけでなく戦後もこんなに過酷だったことを初めて知った」
小著『命を粗末にした野球人』第3章より。(以下本文・中略あり)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大下日記より学徒出陣姫路三十四部隊に入隊バットを銃にかへての生活が始まる二等兵として教育隊に入隊白鷺城の下、国家の干城としての訓練苦しい隊内生活ビンタ、上草履にての制裁も度々ヂっト歯を喰ひしばり努力する・大下日記より事故の連続にて空中に散りし戦友六名愈々戦斗訓練のため福島矢吹に転属山田耕筰先生の御子息も教官として居られ
【ある年の東京都内の小学校での大騒動から考える世相】ある年、東京都内の小学校では、次のようなスケジュールで様々な会議が連日開催された記録があります。みなさんは、この日程をご覧になってどのような感想を持たれるでしょうか。7月16日(日)都内の校長を集め都当局から指示伝達が行われる7月17日(月)区の校長会議が開催7月18日(火)緊急保護者会の開催通知文が配付7月19日(水)各校で保護者会が開催7月20日(木)保護者からの申告書の取りまとめ期限7月21日(金)申告結果が各学校
村山由佳さんの「DANGER」を読みました。村山さん、今年2月の作品。ほとんど知らないバレエの話。鎌倉にバレエ発祥の地があるのも知りませんでした。そして戦争に巻き込まれて、立ち直ってゆく様。感動でした。日本人がシベリアに抑留された兵士の話は有名ですが、女性も1000人ほどいらっしゃったそうで。そんな知らない話も描かれていました。お話は、、世界的振付家・久我一臣にインタビューをすることになった、編集者の水野果耶と記者の長瀬一平。久我の半生を辿りつつ、戦前戦後の日本バレエを紹
ダンナの施設の先月の料金今月支払うわけだけどさすがに20万超えはきついいろんなものが一斉に上がっている中施設費もこのままは厳しいよね今支払うのは3月分だよねなのにこの額かあ4月からいろんなものも値上がりになってるから5月に来る請求書をもっと上がってるのかもねお先が真っ暗になるって言うのはこういうことよ隣の100歳近いおばあちゃん夜赤ワインを飲むのが何よりの楽しみだそうよ食事も自分で作ってるしさ食べないと生きていけないのよって言うんだよね確かにそうなんだけどさ
久しぶりの東京へオペラ取材です。初台駅周辺でまずは、腹ごしらえです😊昔ながらの、中華そばでした。ごちそうさまでした😊この御時世で、1030円は安いです。オペラ・ルルのポスター看板開場が13:15まで、しばらくお休みしました。開場の5分前で並んでいたら、となりに来た御婦人にやたら話しかけられました💦💦💦人見知りの人間には、キツイ仕打ちです😔今回は、1Fチケット🎫が売り切れでしたので、2Fのチケット🎫を購入しました。カブキ
🌸はじめての方はこちら👉【登場人物紹介】娘が語る、母の98年👉【章立て一覧】娘が語る、母の98年【現在軸——70歳の娘より】ふとあの頃の言葉が記憶の中によみがえってくる。当時は文章に残すなんて考えてもいなかった。ただ聞いていた。ただそこにいた。それでも不思議なことにあーちゃんの言葉は今もくっきりと心に残っている。戦争を経験した人たちが少しずつこの世を去っていく今——あーちゃんが語ってくれたことを私が残さなければ誰が残すのだろう。そう思うと胸が締め付けられる
昭和52年の夏長崎の祖母がうちにいた時期父が祖母を描いた絵でした。祖母そっくりで良く描けていると思って取っていました少し暗い感じですね祖母は、今なら鬱のような状態だったとおもいます。後年になって、これが戦争体験によるPTSDなのだということがわかりました。一日中お茶を飲んでお茶菓子を食べるばかりの祖母当時小学生だった私には不思議に映っていましたが、原爆に遭って……と、繰り言のように言っていました。祖父は昭和45年頃原爆症の影響で早く亡くなって辛い記憶ばかりを背負って暗
国のために死ぬことは誇らしくも素晴らしい。という考え方は為政者にとっては都合のよい洗脳であり、洗脳された側にとってはただの自己満足でしかない。元イスラエル兵の訴え「国のために死ぬのは素晴らしいはおかしいと気付いた」武力に頼らない平和のあり方とは?(BSN新潟放送)-Yahoo!ニュースイラン情勢が混迷を深める中、イスラエル軍の元兵士が新潟市で講演を行いました。訴えたのは武力に頼らない平和のあり方です。【ダニー・ネフセタイさん】「イスラエルで私は受けた教育は、こういう教育でしn
【本物の言葉のもつ力に触れる機会~浄瑠璃の語りとの出会いから】令和8年3月16日(月)、出雲市大社町にある手銭美術館展示室において、「〔語りと浄瑠璃〕琵琶法師耳無譚(みみなしほういちのはなし)」の公演があり、1時間にわたる語り声と弦の響きの世界を堪能しました。「耳なし芳一」の物語は小泉八雲の作品として著名ですが、義太夫と語り役の男女二人による語り合いと一本の三味線の音色とで、物語の世界と現代とを行き来するストーリーにアレンジ。「語り声と弦の響き合いの魅力」が、存分に織り込まれた作品に仕上
エイミ:そういえば、「戦争は女の顔をしていない」という作品があったよね。私読んでいないんだけど、ひょっとしたら、戦争は男の顔をしている、ということなのかなあ。作者はそう言いたかった?メグ:いいところに気づいたね。そのタイトルはとても印象的だけれど、作者が言いたかったことは少し繊細で、「戦争は男の顔をしている」と単純に言い換える感じではないんだ。まず、その本は戦争は女の顔をしていないという作品で、著者はベラルーシの作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。彼女はこの本で、第
🌻「ひまわりの笑顔」を訪問していただきありがとうございます🌻今日は長年携わってきた活動のお疲れ様会でした。「戦争体験を語り継ぐ会」10人足らずの小さな会ですが、30年以上の歴史があります。名古屋市の緑生涯学習センター主催講座「戦争体験を語り継ぐ集い」実質的に運営を担ってきた会です。毎年、集い当日に向けて、「戦時体験記録集」を発行し続けてきました。会の柱となっていらっしゃったのは、シベリア抑留から生還された方でした。語られるお話や生きる姿勢に、驚かされたも
2024年4月1日今日は天使が教えてくれた。「核シェルターを作っても、核戦争には役に立たないばかりか、生き延びたことを後悔する時が来る。」と。戦時中の防空壕を思い出す。都会では、家庭でも作らされ、私も子供の頃二度ほど経験したが、焼夷弾で焼け野原の状態では邪魔な存在であった。空襲三回目以後は誰も使いはしなかったようである。東京都は本気で核シェルターを作るようだが、戦争経験者の意見も聞いたらどうだ…。天地創造の神の天使は「無駄なこと」と言っている。関連記事→世界の将来→危なく
【「平和学習島根ふるさと読本」活用の広がりに期待~市議会での話題に】『平和学習島根ふるさと読本』に関するブログ記事を、これまでに様々な段階で紹介してきました。・読本制作の意図や制作過程の様子・読本に収めた資料に関する紹介・先行利用校からの指導者・児童による活用後の評価また、昨年2025年9月の出雲市議会定例会一般質問において、「「戦後80年・戦没者の願いを込めた平和教育の実態を伺う」の質問が出されました。その際の出雲市の答弁内容は、次のとおりでした。出雲市の答弁(市健康福祉
小さい頃、お風呂は父とだった母は心臓が弱かったから長風呂はムリだったし、何よりもお父さんっ子だったから湯船で、タオル風船作ってくれたり父の子供の頃の事や漢字の部首や秋刀魚のワタを美味しいと喜んだ殿様の話などをしてくれたり、いろんな歌を歌ってくれた加山雄三、鶴田浩二あたり幼稚園にして私がくちずさんだのは🎵何か〜らぁ何まぁ〜でまぁ暗闇よ〜🎵とか😑南の花嫁さん、酋長の娘、同期の桜、歩兵の本領中でも軍歌を歌った時いつも父が話したのは「お父さんはもう少し戦争が続いたら特攻に行って、お国の
ピースウェーブフェスティバル今年も私たちの地域で平和の祭典がありました。去年、私は保護犬と戦時中に供出させられた犬の話をさせていただきました。『保護犬の話をしました!』平和を願う祭典4月5日、6日とピースウェーブフェスティバルがありました。ピースワンコジャパンあきる野譲渡センターのブースは2日間、ワンコたちが来て譲渡会やグッ…ameblo.jp『『マヤの一生』を読みましたか?』そんなの絶対イヤだ戦争中の犬の話『マヤの一生』を読みました。著者である椋鳩十が、実際に体験した出来事がもとに
【雲南市議会3月定例会における『平和学習島根ふるさと読本』の活用に関する質問】雲南市では令和8(2026)年3月議会定例会が、3月2日から23日まで開催されました。3日6日の一般質問最終日には、多賀法華議員から「平和教育について」の質問が出されました。その質問の要旨が、以下に掲載した「一般質問事前通告資料」の該当部分です。今回の質問が多賀議員から提出された契機は、『平和学習島根ふるさと読本』を関係議員の皆様に実際に手に取っていただける機会が実現したことから始まります。昨年1
X(旧Twitter)に投稿した、書籍『日本鬼(ヤンプングワイ):日本軍占領下香港住民の戦争体験』の自己感想の転載です。43)英領時代の新自由主義とその影響が今も根強い社会情勢も手伝ってか、香港の歴史研究は中国国内ほど活発ではなかった事情があるが、それでも一部に取材や研究を重ねている香港市民は存在する。https://t.co/SoOCce0NZv#香港—阿香(Axiang)(@qingxiang_wushu)June17,202543)英領時代の新自由主義とその影響が今
最近、ちょっと話題になってる田中角栄の有名な言葉。戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢になった時はとても危ない。確かにその通りだと思う。名言と言っていいだろう。ただ、今回言いたいのは、実は、この言葉と一見逆の話である。「直接体験したことが真実なのか?」というのがテーマである。この戦争の体験のみならず、阪神大震災や東日本大震災についても、ドキュメントやルポルタージュでは、実際に空襲を
おはようございますアンパンマンのマーチ実はじっくり聞いたことがなく歌詞もちゃんと見たことはありませんでした。でも、SNSで偶然聞こえてきて気になりました。その後調べてみたら、「アンパンマン」の原作者やなせたかしさんが戦争を体験し、戦死した弟さんへの鎮魂歌、「生きる意味」を子供たちに伝えたいという強い思いを込めた歌なんだと知りました。デモで合唱していたけど、まさしくその思いの歌だったと知れて良かったです。今だから歌いたい曲ご興味ある方は「アンパンマンのマーチ歌詞」で検
自分の戦争体験記を書いた後、もうすっかり何も書かないままになっているけれど、父のMIXIにはまだ何人かその記事を読みに来る人がいるそうだ。以前、そのMIXIを見たなにやらのタウン誌から父のMIXIにメッセージが入り、その内容について取材させて欲しいと言って来たことがあった。何年か前、オレオレ詐欺の被害にあってから、父もそういうたぐいには用心深くなっている。返事はしていないと言っていた。調べてみたら、実際ホームページなどもあり、美容室に置かれているような専門系の情報誌のよう
【これからの「新しい平和学習」とは?その⑦】本会の3年間の活動から、「新しい平和学習」のあり方について検討し実践していくことが求められていることに結論を得ました。これまで、「新しい平和学習のあり方」について、「①問題の把握」・「②解決のための取組の明確化」・「③具体的な取組内容と効果」・「④これからの展望」に触れながら紹介してきました。前回はここから→これからの「新しい平和学習」とは?その⑥|PIECEofPEACE島根教師の会最終回は、「④これからの展望」の「成
行ってみたい世界遺産は?▼本日限定!ブログスタンプどれが世界遺産か知らんなぜ祖父は中国語が現地の人に間違えられるくらいのネイティブだったのかということをAIに聞いてみたら戦時中に中国大陸に派遣されてた可能性が高いって出た出身地と年齢からして中国大陸に派遣されやすいところだったと戦後にその職業(公務員)についたのも王道らしいです謎がとけた気がします中国大陸に派遣されてた可能性が高いってのとその職業に就いていたら全員が国から表彰されるのかと思ったら違うと役職持ち(もしくは優秀)だ
お題については読み飛ばしておいてね、近々内科再訪予定…入院前後からの不摂生?運動習慣のある意味崩壊が招いた、としか思えない。ちょっとマジで意識して、場合によってはお薬でしょうか…そんな朝のつぶやき三十年前の語りは戦時下の父の体験奇跡の生還-本当に、最近思い出すことが増えた、今さらだけどもっとちゃんと聞いておくべきだったのだ57577でのつぶやきブランコは雑草の中佇んで終わり告げてる団地の公園-そんな風景をあちらこちらで見かけるようになっているのだちなみに今日のお