ブログ記事4,322件
函館の西部地区にある坂の中でも屈指の長くて急な坂道のひとつ、幸坂。歩いて上ってくると、とんでもなく大変です。先日、旧ロシア領事館を見にいった勢いで、少し歩き回ってみました。突き当たりにあるのが山上(やまのうえ)大神宮。明治35年にこの地に移転してきたようで、幕末には、旧幕府軍について函館に来た桑名藩主、松平定敬の御座所になったことでも知られます。桑名出身の私としては、「うちの殿がお世話になりまして……」と深謝を。さて、山上大神宮の一段下の船見公園で休憩……と思った
十一人の賊軍2024年11月1日公開脚本家・笠原和夫が1964年に執筆した幻のプロットをもとにした物語。1868年・戊辰戦争のさなかで起きた歴史的事件を背景に、憎き藩のために命をかけて砦を守らなければならない罪⼈たちの葛藤を描き出す。あらすじ⚔️1868年、「鳥羽・伏⾒の戦い」を皮切りに、15代将軍・徳川慶喜を擁する「旧幕府軍」と、薩摩藩・長州藩を中心とする「新政府軍=官軍」で争われた“戊辰戦争”。明治維新の中で起きた内戦であり、江戸幕府から明治政府へと政権が移り変わる激動の時代である。
今日は2025年3月29日(土)です。僕は旅番組歴史番組が好きです。昨夜は「歴史ミステリーVS超能力」を見ました。イギリスの超能力者が来日して本能寺の変の明智光秀の遺体はどこに?幕末の坂本龍馬はどうして殺されたかの謎を超能力で探します。とても良かったです。本能寺桂浜など僕も行った事が有ります。懐かしいのでその時の僕のブログで振り返って見ました。過去記事です。↓==========僕は徳島の出身です。何度か高
京都で今まで行ったことがなかったエリアとして淀があります今回、初めて淀に行き、淀城跡とその周辺を散策してきました(訪問日:2025年3月16日)淀といえば、茶々こと淀殿ですが、秀吉が茶々のために築いた城は淀古城と呼ばれ淀城とは別です淀古城があった場所は、現在は妙教寺というお寺になっていて境内にも入れないということで、今回はパスしました(雨が降っていたことも理由です)もうひとつの淀城は、徳川幕府によって建てられた城で稲葉氏が城主として治めました京阪の淀駅か
2025年3月30日に、海王星が160年ぶりにゼロリセットする。5月には土星もゼロリセットに。2025年はリセットの嵐が吹き荒れる。という動画をみて、思ったこと。160年前の日本はどんな時代だったかというと、江戸時代の幕末です。1860年台。激動の時代ですね。前回海王星のゼロリセットが起きたのかいつだったのか調べてみると、1862年2月14日、海王星はゼロリセット。見事なまでに、Tスクエア祭り。対立緊迫ムードがやばい。この年はどんな年だったのか。1862年の出来事186
【1868年、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜を擁する旧幕府軍と、薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍(官軍)の間で争われた戊辰戦争。そのさなか、新政府軍と対立する奥羽越列藩同盟に加わっていた新発田藩(現在の新潟県新発田市)で繰り広げられた、同盟への裏切りのエピソードをもとに、捕らえられていた罪人たちが、新発田藩の命運を握る、ある砦を守る任に就き、壮絶な戦いに身を投じる姿を描く。(映画.comより)】2024年公開。Netflixで鑑賞。上記のあらすじを補足すると、城に押しかけた旧幕府軍
大垣藩って戊辰戦争で神保雪子様を凌辱したとこだよね。よくないイメージしかない。
昨夜は、連日の「雨中歩き」で、少し風邪気味でしたので、ホテルに入ると食事もそこそこに、すぐに寝ました。お陰で様で体調は、回復したようです。「大曲の街」を、小さな「三本杉神社」や「戊辰役・薩摩藩士墓所」のある「長福寺」に参拝しながら進んで行きます。左手「はなだて保育園」付近に「津軽藩主専用の本陣(斎藤家)」があったようです。街道は「国道13号線」に合流し「玉川」を渡ると左折して、旧道に入ります。寂しい田舎道です。集落に入ると右手に庚申塔(1832年)や、二十三夜塔(1843年
といっても勝海舟はほとんど出てこない。でも明治維新の裏というか悲劇というかメチャクチャなところがたくさんでてくる。もともとは雑誌の連載だったのをまとめて本にしたので短いチャプターごとになっているので途中から読んでも面白い。ただし幕末、戊辰戦争に詳しいことが前提。文章が上手いので一気に読ませる。しかし、徳川慶喜が卑怯にも鳥羽伏見の戦いで勝手に自分だけ逃げて帰ってきたとき勝先生はどういう心境だったのだろうか?普通は呆れ帰って見限るだろう。さんざん、徳川慶喜には裏切られているのだ
日本アカデミー賞を何部門か制覇し話題の映画がAma●onPrimeで昨日より解禁です。主人公が「会津藩士」ということで、会津関連のSNSで時々話題になっていたし、友人の勧めもあり時間もあったので観賞確かにコミカルで笑ってしまう場面は多いです。会津藩士といえば、田舎侍だからちょっともっさり、イケてない感じをどっちかというとイケメンの山口馬木也さんが上手に演じています。途中で出てくる「徳川幕府がなくなって140年」とか「戊辰戦争で敗れた会津藩の人々は市中に倒れている死体の埋葬も許
昨日は、外注研師の所に刀の回収に行ってきました。毎回2本の予定なのですが、体調不良で他店様の研磨も断っていたそうで今回は1本の納入となりました。糖尿+etcを患っているようで、無理にお願いしてしまうと1か月丸々体調不良で寝込んでしまったりするので、あまり無理は言えません。ここ数か月、体調が芳しくなかったようで、他店様の研磨も受付中止していたようです。当店の場合、私が研磨できるので、こちらの研ぎ師にお願いするのは斬味に特化した刀だけなので影響は少
ちょっと興味があったぐらいで、行きたいわけではありませんでした。お城に入った辺りは大丈夫だったのですが、3階だったかな、くらいの戊辰戦争の前くらいからすごく苦しくなって、涙が止まらなくなりました。みなさん、普通に見ているのに、ひとりだけ泣いてました(笑)自分は悲しくないのですが、涙と思いが込み上げてきて訳わからないので、駆け足で天守まで行きました。天守閣からの景色です。色々なお城をたくさん見てますが、初めです。ここまでくると、さっきが嘘のように気分がすっ
江戸幕府から明治政府へと政権が移りかわる中で起こった戊辰戦争を背景に、罪人たちが藩の命令により決死の任に就く姿を描いた時代劇アクション。「日本侠客伝」「仁義なき戦い」シリーズなどで知られる名脚本家の笠原和夫が残した幻のプロットを、「孤狼の血」「碁盤斬り」の白石和彌が監督、山田孝之と仲野太賀が主演を務めて映画化した。1868年、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜を擁する旧幕府軍と、薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍(官軍)の間で争われた戊辰戦争。そのさなか、新政府軍と対立する奥羽越列藩同盟に加わってい
西福寺には仙台藩主伊達慶邦が最初に埋葬された場所です。後に、仙台の大年寺に改葬されました。伊達慶邦公墓址記念碑は旧家臣によって建立。伊達慶邦とは文政8年9月6日(1825年10月17日)、11代藩主・伊達斉義の次男として誕生。母は側室・山本氏。幼名は穣三郎。文政10年(1827年)に父・斉義が死去した際には、穣三郎はまだ幼少であったため、一門の登米伊達家から斉邦が12代藩主に迎えられている。天保8年(1837年)に、斉邦が姉と婚礼を挙げると同時に、その養嗣子となって諱を寿村と称し
中里はるです🎵小さなすきをたくさんみつけて自分の人生をもっと楽しもうご訪問ありがとうございます。2024年に7ヶ月の沖縄生活を終えたら見えてる世界が変わってきました時代劇はどこへ❓️「カムカム」のひなたの時代、時代劇は毎日のように放送されていた。チャンバラごっこなんて当たり前だったし、みんな木刀を振り回して遊んでた。(…今の子たちは「手裏剣」すら知らないって、ほんと!?💦)でも最近は、大河ドラマか映画くらいでしか時代劇を観なくなったなぁ。そんな中、今回観たのが
先週の土曜に行って参りました、戊辰戦争史跡訪問記録です。訪れましたのは。安塚駅。慶応4年(1868年)、戊辰戦争の際。小山の戦いに勝利し、宇都宮城をも奪取した旧幕府軍は。新政府軍の救援軍の北上を知り、新政府軍側として小山で戦った壬生藩の本拠地・壬生城を攻略するため進軍。姿川の淀橋付近で戦闘になりました。これが「安塚の戦い」と呼ばれています。駅前から歩きまして、5分程。戊辰戦争戦士者の墓碑。
招魂社から靖国神社へ戦死すると神社に祀られる──。こう聞いてまっさきに思い浮かぶのは靖国神社だろう。では、能久親王や永久王も靖国神社に合祀されたのだろうか。その答えは、戦前はノー、戦後はイエスとなる。どういうことか。この謎を取っ掛かりに、靖国神社の祭神と神話との関係についても考えてみたい。そもそも靖国神社の歴史は、1869(明治2)年6月にさかのぼる。長州藩出身の兵部大輔・大村益次郎(おおむらますじろう)の尽力により、東京の九段坂上に東京招魂社が創建され、戊辰戦争
Netflixにて視聴。山田孝之×仲野大賀W主演のアクション時代劇。(敬称略)『血で血を洗う争いが続く戊辰戦争下の日本。ある砦を守るために集められたのは、死罪を言い渡された罪人たち。迫り来る官軍との壮絶な戦いが幕を開ける』面白かった。でもって、壮絶でした。これは実話じゃないようやけど、きっと似たようなことは戦争が行われてる場所ではいつの時代でも行われてそうなことで、なんだかやるせなかったです。見応えはバッチリ。説明がなくとも戊辰戦争なら多少は分かるの
大村益次郎と大鳥圭介の二人について。この二人の経歴は、よく似ています。大鳥圭介。天保4年(1833)、播磨国細念村の村医者の子として生まれる。嘉永5年(1852)、大坂の適塾に入門。安政元年(1854)、江戸に出る。安政6年(1859)、蕃書調所に出仕。文久元年(1860)、御鉄砲方附蘭書翻訳方出役。文久3年(1863)、海陸軍兵書取調方出役。開成所の教授を兼務。大村益次郎。文政8年(1825)、周防国鋳銭司村の村医者の子として生まれる。弘化3年(1846)、大坂の
幕末という激動の時代において井伊直弼と小栗忠順という二人の人物は歴史の表舞台で重要な役割を果たしました。しかし、その裏側には幕府の終焉と新政府の台頭という大きなうねりの中で隠された物語が存在します。井伊直弼は、幕府の大老として安政の大獄や開国政策を推進し時代の流れを変えようとした人物です。彼は、幕府の存続と日本の将来を見据えた遠見性を持っていました。桜田門外の変(1860年)で暗殺される前井伊は幕府の危機を予見していた可能性があります。幕府が崩壊す
我が家のちび助の小学校入学の準備で最近忙しいので、ここら辺りで昨年秋に行った宇都宮のネタをど~ぞ宇都宮でまず行ったのは・・・幕末、旧幕府軍が上野戦争で敗走し行き着いた、江戸時代に宇都宮城本丸があった関東七名城のひとつ宇都宮城址公園あの≪釣天井事件≫の舞台となったお城です※この時富士見櫓は絶賛工事中土塁の上にはエレベーターで移動今は、市民の憩いの場になっていました
こんにちは関西から東北へ・・・。途中、富士山を見て一泊したあと河口湖ICから中央自動車道、首都高速自動車道、東北自動車道を経て福島県の白河中央ICまで約290km以上を激走しました。白河中央ICからは国道294号線で阿武隈川を渡り、今回紹介します白河小峰城へ・・・。小峰城山公園駐車場に到着▼山梨県から福島県へ…(ナビタイム参照)▼白河小峰城周辺マップ(ネット上のマップ抜粋参照)三の丸跡の駐車場から小峰城の三重櫓を見ながら阿武隈川の南側に
公開日:2024年11月1日レンタル:2025年2月12日---------------●お話1868年、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜を擁する旧幕府軍と、薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍(官軍)の間で争われた戊辰戦争。そのさなか、新政府軍と対立する奥羽越列藩同盟に加わっていた新発田藩(現在の新潟県新発田市)で繰り広げられた、同盟への裏切りのエピソードをもとに、捕らえられていた罪人たちが、新発田藩の命運を握る、ある砦を守る任に就き、壮絶な戦いに身を投じる姿を描く。十一人の賊軍:作品
皆さん、おはようございます❗只今、ダル君は甥っ子のところに長期出張中で、寂しい感じになっています。😅さて、映画紹介いたします。『十一人の賊軍』2024年作品あらすじは…❓1868年、徳川慶喜を擁する旧幕府軍と、薩摩・長州藩を中心とした新政府軍の間で、鳥羽伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が起きていた。そんな中、旧幕府軍にくみする奥羽越列藩同盟軍を裏切った新発田藩は、捕らえていた11人の罪人に砦を守らせる強硬手段をすることになるが…⁉️Netflixでも配信開始しておりますので、ご覧
1862年、14代将軍徳川家茂と皇女和宮の結婚により、徳川家茂は孝明天皇に攘夷を約束するために上洛。京都の治安は天誅騒ぎで悪化してる。そのための警護として、旗本だけでは足りず、清河八郎によって浪士組を結成した。しかし、京都に到着したら、清河八郎は天皇の配下に浪士組を置き幕府と戦わせようと画策。分裂してできたのが新選組。当初は24名くらいだった。1864年の京都を火の海にしようと画策してた過激尊王攘夷志士を、池田屋事件で一網打尽にし、新選組は名を上げた。200名くらいの集団に成長してい
現在の住まいから5分も歩けば位置する札幌資料館。そこで映画「大地の侍」(1956年公開)を上映するというので数ヶ月前に一応応募したのですが、応募者多数で観られませんでした。それが、先月末に、その2回目の上映会に参加するかどうか資料館の方から連絡いただいたので、すぐ参加する事にしました。明治維新後の北海道開拓期、戊辰戦争に敗れた藩士達が開拓民として困窮に堪えながら肥沃の大地を築いていく開拓史の物語です。北海道の歴史を知るためには開拓史を知らずには分からない事ばかりです。生まれ育った地ではな
スワロフ、オスラービア、アレクサンドル3世、ボロジノ、ナワーリンほかほとんどの戦艦が海中に沈んで……。再放送のNHKドラマ『坂の上の雲』がまもなく終わる。私は15年前の放送を観ておらず、今回初めて観た。小説に比べコンパクトだが、東郷と真之のシーンは胸を打たれ、戦いのシーンは迫力があり戦争の恐ろしさがかいまみえ見応えがあった。個人的にいうと、大好きな役者、米倉斉加年さんの大山巌が見られたのでよかった。それだけでも甲斐があった。コンビを組んだ児玉源太郎役は高橋英樹さん。ご両人は、大
体育館通い?と、寒さ?の影響であったのか?今日の予報は、、、雨、、、、確立90%のようで、まだ、ゴミ出ししていので、外の様子はわからぬが、、体育館通いは、明日になりそうである。。昨晩は予定痛りこいつを鑑賞したわけであるが、方言、多々みれるのであるが、さて?使い方としては??いや使い方はあってるが、もう少し、イントネーション?前後の言い回しに、違和感か。。実際、言葉は生き物であるので、時代時代で変わるもの、江戸末期。。こ
山口県出身者の安倍晋三さんの晋の字は、高杉晋作の晋から来ている。動けば雷電の如く発すれば風雨の如し衆目駭然、あえて正視するなしこれわが東行高杉君にあらずや因みに安倍晋三・回顧録は全部読んだ。菅義偉・総理の読んだ弔辞が何故、『山縣有朋の伊藤博文に対する弔辞』であったのか考えたら、この事件は解ける。DS〈ディープ・ステート〉は、マスゴミを先導し情報操作して安倍晋三やトランプを独裁者と叩くが、真実はその逆である。それは、1963年11月の事件まで遡る。3年前に暗
なか、今月で、一旦休止、、解約を申し込んだ、一応?いつでも復活できるように?らしい、アカウントはそのままのやつでと、で、洗濯、、ブログひと回り、、ご、見ると、、十一人の賊軍:作品情報・キャスト・あらすじ・動画-映画.com十一人の賊軍の作品情報。上映スケジュール、キャスト、あらすじ、映画レビュー、予告動画。江戸幕府から明治政府へと政権が移りかわる中で起こった戊辰戦争を背景に、罪人たちが藩の命令により決死の任に就く姿を描...eiga.com