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園部城からの帰路気になってた地黄(じおう)陣屋跡へなかなかマニアックな場所に在る陣屋です。しかし侮るなかれ!石垣など立派なものでした現代になり、一部に中学校の体育館が在ったみたいだけど解体され、今は広い広場となってます跡地は、かなり広いよ喰違いの大手門跡「地黄陣屋を拠点とした能瀬氏の歴史は古く平安後期に、多田満仲の一族がこの地(能勢)に入り土着化し、国基の時に能勢郡を拝領、はじめて能勢氏を名乗り(能瀬国基)、丸山城を本拠としました。時代が過ぎ、城主は16代能瀬頼次と
こんばんは、なごみです😊長男は中学受験をして、第一志望はダメだったものの、ご縁をいただいた学校に通っています。(楽しく通えているので、結果オーライ👍🏻)次男は小5で、中学受験に向けて頑張っているのですが、点数につながらず、学力的には長男に輪をかけて絶望的な気配がプンプン💦(コミュ力は最強なんですけどね!🤣)努力は、必ずしも結果につながるわけではないけれど、本人の知識としては身になるはず。。。と自分に言い聞かせている毎日です🥲とはいえ、毎日コツコツ頑張っているので、どこかにご縁が繋が
秋のシルバーウィークにどこか史跡巡りしようと思っていましたが、台風の影響で全連休期間中が雨となってしまい、連休期間はコミケ新刊のための史資料読み込みに費やすという不本意な状態でした。なので、この三日連休はどっかいこうと思っていたところろ。で、常々大鳥圭介の伝習歩兵や土方歳三らが国府台に終結という話は聞くものの具体的にどこだよと思っていたので、可能性がありそうな場所を史跡巡りしてきました。ついでに戊辰市川船橋戦争関連で、取りこぼしていた「海神の戦い」に関する史跡……というか史跡が無いので、古
今日は三連休初日、天気も良くてお出掛け日和ですね!こんにちば!♫Masaki♫です史跡巡り備忘録④の続きです信長の妹のお市と長政、そして浅井三姉妹が暮らしていた小谷城跡を目指すよ!日傘を購入してGO!思わぬ出費だわー降り立った駅は『河毛駅』自販機があるだけです食べ物系のお店はないので注意ですお市と長政の銅像がお出迎えしてくれましたお互いを思い合う2人とても素敵な夫婦だと思うのです戦国の世じゃなければよかったのに来世で出会って幸せに暮らしてほしい、そんな感情も生まれますこ
インスタ→InstagramCreateanaccountorlogintoInstagram-Sharewhatyou'reintowiththepeoplewhogetyou.www.instagram.comエックス→歴史を楽しもう会_札幌(@history_sapporo)onX北海道札幌を中心に10代から60代以上まで幅広い年代の方々と一緒に歴史を通して楽しむ"歴史を楽しもう会"を開催しています!インスタ→https://t.co/UV
9/19土本日は恵庭の公民館で歴史研究会をみなさんで楽しんだあと"クラークの碑"を見に行きました!!この地でクラーク博士が有名なセリフ「ボーイズバーアンビシャス」を送ったと思うとワクワクします☺️また、以前はここも先人が開拓し生活を営んでいたと思うと感慨深い気持ちになります😌歴史研究会の方ではみんなで平安時代を大きなテーマとし遷都についてや人物について考察をお話ししました!!その後は会員の方々の歴史に関する発表を楽しみました!!本日は新しくお二方が見学に来てくださりました!!歴史を楽しも
9月に楽しい街歩きイベントに参加しました!韓国にお住まいの町野さんが主宰する「マチノアルキ」です。昔の面影を残す街を散策します。町野さんは韓国の建築物にお詳しいです。数年前にブロガーさんの記事で発見しずっと行きたかったのですが仕事と重なって行けずにいました今回、ついに初参加!!私が参加した9月のコースは合井(합정)・仙遊島(선유도)公園まず訪れたのは外国人宣教師の墓地。양화진외국인선교사묘원(Navermap)こんな場所があるなんて全然知りま
今回の目的地だった園部城跡園部城は、江戸時代は園部藩の陣屋として機能し、明治に入って正式に築城された「日本最後の城」と呼ばれています現在は京都府立園部高等学校の敷地となり、巽櫓、城門の櫓門(高校の校門)、番所、太鼓櫓(八木町の安楽寺に移築)など一部の建物が現存しています校門が現存の櫓門なんて!羨まし過ぎて滅(笑)(番所)(本丸巽櫓)曲輪の段差(切岸)現在はプールだけど、ここは濠だった所洒落てるね~
2026.10.3旅のきっかけは今年の6月。あじさい寺で有名な岩船寺に写真を撮りにきた時のこと。岩船寺から浄瑠璃寺に至る石仏めぐりハイキングコースや国宝海住山寺(かいじゅうせんじ)五重塔についての解説パンフレットを目にした。行きたいなと思いつつ季節は夏☀️へ。涼しくなったら思い続け、やっと昨日(10月3日)計画を実行した。天王寺7:45の大和路快速で加茂駅(8:35)へ。まず海住山寺へ向かうのだが、最寄りのバス停から徒歩40分。さらに山の中腹にあるため急坂。ここはタクシー🚕を使おう!
我家のお姉ちゃんは・・・最近また趣味のウオーキング&マンホールカード集めや、神社仏閣、史跡巡りのために毎週末になると出かけて行きます。その都度、何かしらのお土産を買ってきてくれます。この前は岐阜中津川の有名な”すやの栗きんとん”でした。いつもは”川上屋の栗きんとん”が多いのですがすやの栗きんとんも美味しいです早速お茶の時間に頂いたよくうは和菓子は食べないのでブッセをちぎったものですほーらやって来た食べる?もちろんパクパクといっきに食べちゃった今週は
こんにちは2026年10月の狛江のイベント情報です。狛江市広報より狛江市www.city.komae.tokyo.jp10/6、7狛江駅改札前「令和8年秋の上手いもの市」10/18南部地域センターまつり10/11神泉地域センターまつり「わっこ」より狛江市www.city.komae.tokyo.jp狛江の秋祭り10/3、4岩戸八幡神社10/10、11白幡菅原神社10/10、11日枝神社10/11多摩川ふるさと団
存在は知られていたが、ずっと幻とされていた指月伏見城の石垣が数年前に発掘され!ニュースになりましたね~発掘現場の一般公開へ参加したかったなぁこちらは、団地の一角に以前より再現されてる復元石垣。この団地の周囲(敷地)を発掘調査すると!石垣が発見されたのです当時、団地を立てる前に調査していたら、もっと出てきたのでは?城跡としては見に行く事が出来ませんが!とりあえず御城印は出てたので購入
過去に二度訪れた淀城跡(投稿済み)ですが、つい先日!御城印が発売されたので、買いに立ち寄って来ました以前は撮らなかった内堀側からの天守台を
以前訪れた高槻城跡しかし、当時はまだ御城印が出てなかったつい先日、気が付くと!発売されていることが分かったので、近くを通った序でに購入しました以前、工事していた「高槻城公園芸術文化劇場」も出来ていた何となく、城を模した造りが良い感じです今回は歴史についての書き込みは割愛です(高山右近の像)「しろあと歴史館」にて(移築門)(野見神社)
2026.8.4.駐車場が山上に在るのでアクセスは楽です先ずは模擬天守へ向かいます(模擬櫓門)模擬ですが、立派な櫓門です石垣も模擬です櫓門の前に二の丸喰違いを抜けると本丸です(模擬天守)付櫓タイプですが、何となく清州城の模擬天守に似てるな南北朝動乱の頃(約680年前)南朝方、河野氏の砦として、土肥義昌が延元二年(1337)鷲尾山(城山)に川之江城を築いた。興国三年(1342)北朝方、細川頼春が讃岐より七千の兵を率いて攻めてきた。義昌は出城の畠山城主由良
残暑がないまま、いつのまにか9月も終わりですね!今年はこのまま秋が訪れる……のかまだ分かりませんが、秋が深まる11月に、久々にブラサクラを開催することにしました!場所は徳島県!ブラサクラ初の四国!三好氏・蜂須賀氏ゆかりの阿波です✨翌日は私が出演する『戦国三好一族ファンミーティング』(徳島市)ですので、ぜひ2日間お楽しみいただければと思います☺️↓では、以下マネージャーさんからの詳細です↓。.゚+:✿。.゚+:✿。.゚+:✿。.゚+:✿。.゚+:✿。.゚+:✿。.゚+:✿。.゚+:✿
四国の統一を目指す長宗我部元親の攻撃にも、落ちなかった城!それが由佐城現在、城跡には郷土館が立っていて、見えるのは模擬の天守と櫓門です歴史的背景とは一切関係ありません長宗我部が攻めてきた頃の由佐城がどんなだったかは、分かりません由佐城は由佐氏代々の居城です。建武三年(1336年)足利尊氏に従って京都東寺で戦死した益子下野守顕助の子・弥次郎秀助が阿波屋形細川頼春に従って四国に渡り、父の功績により讃岐国香川郡井原荘を賜り、姓を由佐と改め、由佐に屋敷を構えたのが由佐城の始まりという。
先日は「新選組史再考第55回大坂へ京へ」のオンライン講座でしたご参加の皆さま、ありがとうございましたオンラインは27日(日)にも開催いたしますお試し受講したいという方は、ご連絡下さいませ。tosi0531_juri@yahoo.co.jpさて、前回につづいての山口・広島旅の簡単レポです初回はこちら『山口・広島旅1出発~錦帯橋』昨日は「新選組史再考第55回大坂へ京へ」の対面講座でしたご参加の皆さま、ありがとうございましたオンラ
朝6時に車中泊先の道の駅を出発しました。シルバーウィークは10時になると、どこもかしこも混んでしまうので早朝に動いて混雑を回避する作戦です。スマホに「賤ヶ岳古戦場」と打ち込み、出発しました。賤ヶ岳の戦というのは羽柴秀吉と柴田勝家が織田家の覇権を賭けて争った戦いの事です。つい最近も大河ドラマでこのシーンがありました。前田利家が途中で離脱してしまうあの戦いです。ワタクシ普通に設楽ヶ原のような平地での争いを想像していました。こんなイメージで予想していました。駐車場
京都・観光文化検定試験の公式テキストブックというのがあります。昨年3月に改訂版が出たので、2,700円+税を払って2冊目を買った年金女子たま、その後、お勉強に身が入ってないものの、気になるところはいろいろ。特に「史跡」のページの知らないところ、京都巡り仲間を引きずり込んでお出かけしております。9月15日午前中は、江戸時代の学者頼山陽(らいさんよう)の書斎だった「山紫水明処」(さんしすいめいしょ)に行ってきました。ここの写真は、インターネットでもほとんど見かけないし、参観申込みも往復
以前、アメンバー限定の記事「戦国の影」で、古河公方様について少し触れました。前に古河へ伺ってから時間も経過してしまっておりましたが、その古河より通達がきて、また伺う事となりました。そんな事もあり、先日、茨城県古河市を訪ねることにしました。その時の様子を、時系列に沿って書き留めてみますモーニングから始める朝まずはお腹を満たすところから始めることにしました。最初に向かったのは「コーヒー舎ブラジル」さん。ここでモーニングをいただきます。昔からの喫茶店は、家具などに重厚感があって良いですね(╹◡
歴史を楽しもう会~札幌・恵庭で歴史を楽しみ、みんなで語る~私たちは年齢・性別を超えて、札幌や恵庭を中心に史跡巡りや歴史学習を楽しんでいる学生や市民のサークルです。身近な街の中に残る「歴史の爪痕を見つけて楽しむ」といった親しみやすい活動を行っています。専門的な難しい勉強会ではないので、予備知識ゼロでも安心してご参加いただけます。活動は月に2〜4回、おもに土日を中心に札幌市内や恵庭エリアで行っています。学びのテーマは古代から昭和、幕末や郷土史まで、歴史に関することならどんな内容でもOK!み
今日は、外出せずにプロレスのマスクを作って遊んでいました。ダイソーフェルト製、キン肉マンマリポーサとスカイマン。まだ、ボンドが乾かないので、一日目だとここまでしか作業ができない。ちょっと気になったのが、プロレスのマスクのデザインって『耳』のところにも、デザインがあったりするんですけど⋯参考画像。マスカラスのマスクでいう所のハートマーク。穴が空いていて、デザインと同時に音もちゃんと聞こえ易いようになっている。スカイマンとマリポには耳デザがないな〜と。月の10日くらいから、史跡巡りする
関ヶ原をひとしきり巡り歩いた一日の締めくくりに、宿泊先として選んだのは下呂温泉。日本三名泉の一つにも数えられるこの温泉地で、神社巡りと史跡巡り、両方で歩き疲れた体をゆっくりと癒すことにした。翌日は豪雨の中を家路につかなければならないという不安もあったが、まずは温泉に浸かり、今日一日の余韻に浸ることにした。一の宮巡り、3日目の朝下呂温泉でゆっくりと疲れを癒した翌朝。宿泊先で「美味しいモーニングが頂けるお店」を教えてもらい、向かったのは「緑の館」という自家焙煎の喫茶店だった。店内に一歩入
新田義貞の史跡巡り記録。続きましては。生品神社に訪れました。新田義貞の産土神で、鎌倉幕府討伐の旗挙げをした場所とされています。参道は思っていたより長く、木々に囲まれています。新田義貞公挙兵650年の石碑の隣には、新田義貞の銅像があったと思われる台座がありました。ちょっと調べてみたところ、銅像はどうやら盗まれてしまったようで。その後、銅像は生品神社前の駐車場に再
秋は、自分のペースで心地よい風を感じながらゆったり散策したくなりますよね🍁愛知県小牧市にある小牧山は、歴史ある史跡と綺麗な木々の色づきを同時に楽しめるおすすめのスポットです。✨大人の贅沢なひとり時間を楽しむ秋のおでかけ先にぴったりですよ😊【2026年秋・小牧山で過ごす1人おでかけスポット】秋の小牧山は、山全体が温かみのある赤や黄色に染まり、とても幻想的な雰囲気に包まれます。🍂自然豊かな遊歩道が綺麗に整備されているので、おひとりさまでも周囲を気にせ
松尾芭蕉には、蕉門十哲(しょうもんじってつ)と呼ばれるお弟子さんたちがいました。その中の一人、向井去来(むかいきょらい)の草庵が、嵯峨野にある落柿舎(らくししゃ)です。9月2日の炎天下、年金3人組は、二尊院から落柿舎に向かいます。5分ほど歩くと、「去来先生墳」と言う石碑がありました。そのそばには嵯峨天皇第八皇女の有智子(うちこ)内親王のお墓。(6月の史跡巡り②「賀茂斎院跡」のところで取り上げた皇女です)その隣に落柿舎はありました。庵名の由来は、庭にあった40本の柿の木の
太田散歩、新田荘遺跡めぐりの続き。円福寺からレンタサイクルで15分ほど。こちらにも訪れました。照明寺。正式名称は、瑠璃山妙光院照明寺。反町薬師とも呼ばれています。門前には、新田義貞古城跡碑があります。こちらの寺院。反町館跡にあります。説明板によりますと。鎌倉時代~南北朝時代に築造されたと推定され、戦国時代に三重の堀を巡らす城郭に拡張されたと考えられる、とのこと。新田義貞がここに移り住
大連3泊4日旅行で。足を延ばして行った旅順で。訪れた3つ目の史跡は【白玉山】大通りから狭い住宅街の道に入り。どんどん高さを上げて行って。途中で入場料を支払い駐車場へ。標高130mの山頂には【白玉山塔】運転手さんも車から降りてちょいと案内してくれて。1909年、東郷平八郎と乃木希典が発案して。戦没者追悼のために建てられた忠魂塔。当時は『表忠塔』と言われていた。高さ66.8m。造るための石は、日本(山口県)から運んできたもの。などを説明してくれました。眺めも良い
先日行って参りました、史跡巡り散歩の記録。以前の世良田散歩に続きましての、群馬県太田市へ。今回は、太田駅の観光館内所でレンタサイクルを借りまして、新田義貞関連の史跡を巡ってきました。金山城跡にも行ってみたかったのですが、どうやらクマが出るらしく。昨今各地でシャレにならないレベルで頻発してますものね...。借りた自転車にも“金山周辺クマに注意”というテプラが目立つように貼ってありました。テプラ貼るレベルの注意喚起と受けとめまして。城跡にはまたいずれ