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忌野清志郎スーパースター烈伝(2024年11月の投稿を加筆修正)重大なお知らせはこれ!矢沢永吉初のYouTubeLIVEで東京ドーム公演2DAYS&ニューアルバム発売を発表-芸能:日刊スポーツ歌手矢沢永吉(75)が8日、初となるYouTubeLiveで、ソロデビュー50周年を記念した東京ドーム公演と、6年ぶりとなるアルバムの発売を発表した。YouT…-日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)www.nikkansport
あの素晴しい愛をもう一度あの素晴しい愛をもう一度1971年4月5日オリジナル加藤和彦と北山修もともとはシモンズのデビュー曲として用意され、作曲を依頼された加藤・北山コンビが、加藤が作曲に1日、北山が作詞に1日で作り上げたという。加藤は北山から送られてきた歌詞を見て北山に電話をし、「最高だよ最高」とはしゃいだと、北山が加藤の追悼文に記している。結局、シモンズには別の曲(「恋人もいないのに」)が用意され、この楽曲は加藤と北山で歌うことになった。(表記:素晴らしい、は、素晴しい
忌野清志郎スーパースター烈伝番外編『ニューミュージック創成記』編音楽プロデューサー新田和長さん先日29日、NHK地上波で『ニューミュージック創成記真実のライナーノーツ』という音楽ドキュメンタリー番組が放送されました。とても興味深く見ることができました。取り上げられたアーティスは、錚々たる面々です。フォーク・クルセイダーズRCサクセションはっぴいえんど市川染五郎赤い鳥チューリップ加藤和彦・北山修・坂崎
ご覧になった方がいるでしょうか?昨日、NHKBSプレミアムで放送していた〈ニューミュージック創世記〉懐かしいし、素晴らしくて感動しました。『ユーミン、オフコース、チューリップ、、1970年代から勃興した〈ニューミュージック〉と言うムーヴメント。名曲はいかに生まれ育ったか、今、当事者たちが明かす秘話〉いかに生まれ育ったかを探る番組なので先ずは、あのビートルズ誕生の衝撃から始まりビートルズができるのならと、日本でも多くの新しい音楽を創るグループが出てきたことから番組は始まり
昨日の、「ニューミュージック創世紀」、ご覧になりました?いやいや、久しぶりに、まともな音楽番組でした。ニューミュージックが産まれた頃の、日本のミュージックシーンを振り返る番組ですが、松下由樹のナレーションのみで、おかしなゲストはなし、ゲストがいないから雛壇もなし。雛壇がないから、ワイプで阿呆なコメントもなし。当時の関係者のインタビューと、曲のVTRだけで構成されておりました。ただし、そのVTRが、希少なんてレベルではありません。日本の音楽を変えたひとりである、加藤和彦には、かなりの時間を割い
四月物語「LoveLetter」「スワロウテイル」の岩井俊二が、本作が映画初主演となる松たか子演じる女子大生の淡い恋心を描いた青春ドラマです。映画監督・小説家・作曲家など多岐にわたる活動を行ってきた岩井俊二さんが、長編映画監督人生30周年を迎えられました。その創作の軌跡を祝う特集上映「IWAISHUNJITheFilmWorks30thAnniversary1995–2025」が全国の劇場で開催されていて、私エロマン星人は、スキップして見に行きました。良かっ
<4/28>おはようございます。凄いの見つけた。1975年サディスティックミカバンドこのメンバーで演奏してるのは初めて見た。物凄いクオリティ!1970年代には一般的に理解されないっていうか時代を先取りし過ぎてた?サディスティックミカバンド「Timetonoodle」「SukiSukiSuki」(動画約16分)※演奏は2分~12分ミカボーカル加藤和彦ギター高中正義ギター
カラオケで私が歌った曲です。1.あの素晴らしい愛をもう一度(北山修と加藤和彦)2.チャンピオン(アリス)3.高原列車は行く(岡本敦郎)4.シルエット・ロマンス(大橋純子)5.そっとおやすみ(布施明)今日はブログを32回更新しました。
「IWAISHUNJITheFilmWorks30thAnniversary1995-2025」のラストの作品だ。劇場公開は1998年、主演の松たか子はまだ21歳で、岩井俊二作品としては「スワロウテイル」と「リリイ・シュシュのすべて」の間の作品だ。ストーリーは、大学入学のために旭川から上京してきた卯月(松たか子)が一人暮らしを始めるエピソードと、なぜわざわざ東京の大学を目指したかが明らかになるエピソードで構成されている。一人暮らしについては、引っ越しの荷物が狭い部屋に入り
ナショナル住宅(今のパナホーム)のテレビCMで最近まで流れていた、大切に使われて来た曲。作詞は松山猛さん、作曲加藤和彦さんの作品。こういった肩の力が抜けたような優しい曲が加藤さんらしい。
1977年、1stシングル竜真知子高橋幸宏/高橋幸宏参加ミュージシャンが豪華でー鈴木茂氏、斉藤ノブ氏、林立夫氏、坂本龍一氏、佐藤準氏、今井裕氏、後藤次利氏、高橋幸宏氏他安井かずみさん加藤和彦氏の曲も収録されていて嬉しいです!1977年アナログ盤リリース2014年デジタルリマスターハート・トゥ・ハートAmazon(アマゾン)2005年デジタル盤も購入していますが、今ほどサウンドを気にしていなかったと、、何が気に入って1st2ndを買ったのか?五十嵐浩晃氏とのデュエッ
サディスティック・ミカ・バンドを続けてしまいました(^^;。きょうは、ミカバンドのデビュー曲を紹介してミカバンドは、一応「オシマイ!」にしたいと思います。デビュー曲は1972年にしたリリースした「サイクリング・ブギ」です。今の気候は、サイクリングにもよろしいかと存じます。青切符を切られれない程度にね(笑)。まぁ、サイクリングといえばですね私どもの年代は「青い山脈」を思い出してしまいます。忌野清志郎さんのオレンジ号。カンパニョーロですね。日野正平さんのチャリオ
加藤和彦からサディスティック・ミカ・バンドへと続けました。と、いうことで・・・ミカバンドと云えばコレ!1974年にリリースされたアルバム「黒船」です。↑ナカナカ凝った構成ですが、唯一、馴染みやすいのが「タイムマシンにお願い」でしょうね(笑)。きょうは、LPではなく先行販売されたシングル盤を使いました。いつも出て来る国際犯罪組織のようなメンバー紹介から(笑)。↓それでは「時間のラセンをひとっ飛び」してみましょう(^_^)/~「
12日はナオキ&ナナで東神奈川ハイピッチに出演しましたこの日は先日のナオキ20周年イベントの話題で盛り上がりましたご来店くださった皆様、ありがとうございました〈セットリスト〉恋の片道切符平尾昌晃春の並木道ナオキ天使の誘惑黛ジュンランナウェイシャネルズセーラー服と機関銃薬師丸ひろ子すてきな16才ニールセダカ世界中の誰よりきっと中山美穂&WANDSあの素晴しい愛をもう一度加藤和彦と北山修写真ありがとうございました!次回の出演日5月31日(日)ナオキ&ナナ
天才、加藤和彦氏はソロとなって「スーパー・ガス」を出したあとに念願のレーベルを立ち上げてしまいました。その名は「THEDOUGHNUTRECORD1973」(^^)/そして、同時にグループも結成しています。サディスティック・ミカ・バンドを!1972年には「サイクリング・ブギ」をリリースしています。↑「サイクリング・ブギ」は、ミカの甲高い「レッツゴー、ドーナッツ」で始まります。で、この「サイクリング・ブギ」はレーベル初のアルバムの先行発売だったらし
1979年、4thシングル森田由美/高橋幸宏/坂本龍一3rdアルバムなのに、なぜキャトルなのか、、幸宏氏がルノーキャトルに乗っていたからーだとか?南佳孝氏の作曲、教授(作詞が矢野顕子嬢)、細野晴臣氏作曲幸宏氏作詞。安井かずみさん加藤和彦氏の作品も嬉しいですね!勿論、幸宏氏の作曲もあります。コンセプトがAORからテクノ、フレンチ路線にーテクノ感が懐かしい、、キャトルAmazon(アマゾン)
こんばんは4/11(金)かなり暖かいですね今日のドラゴンズ8回途中で勝ってます中2-1神危険な得点差ですね最終回きっちり締めてや〜さて今日の帰宅音楽はこれです資生堂CMタイアップ曲1980年にリリースされた加藤和彦8枚目のシングルおかえりなさい秋のテーマCMはこんな感じA面"おかえりなさい秋のテーマ"タンゴのリズムにテクノ風味のブレイクバックはYMOの3人が固めてますなるほどねジャケットの女性は真行寺君枝さんCMもこの人ですね〜B面"サン・サルヴァド
1972年8月号ライトミュージック1972年と言えば東京明大前で下宿生活二年目。レコ―ドで言えばニール・ヤングのハーベスト。日本では吉田拓郎の元気です。当時の私の関心のアルバムでした。時代はシンガーソングライターのブーム。ライトミュージックも大きさが変わりました。表紙はジョン・レノン。見張りは小野洋子が。当時のレコ―ドガイドやキャロル・キングのピアノ奏法。対談は亀渕昭信・村井邦彦・加藤和彦の三氏。販売価格は250円でした。
「空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!あっ、スーパーマン」「そうです、スーパーマンです。力は機関車よりも強く、高いビルジングもひとっとび彼は、クラーク・ケントと名を名乗りホニャララホニャララ・・・」(笑)大平透さんの名調子に私を含む当時の良い子は夢中になりました。と、いうことで「あッ、スーパーガスだ!!」(爆。そうです、スーパーガスです(^_^)/~きょうも加藤和彦を続けます。1971年にリリースされた加藤和彦のアルバム「SUPARGAS」。レコードは多少の年季が入
ゆの里にある宿泊施設『このの』に泊まりました。コンパクトなお宿です。金水、銀水、銅水混合のお風呂に入ることができるお宿です。朝御飯のご飯をおむすびにしてくださるようにリクエストしました。梅干しいりのおむすびです。フロント前にオルゴールがあります。スタッフさんに御願いして、オルゴールを回してもらいました。今回は加藤和彦作曲の『あの素晴らしい愛をもう一度』でした。
今日は、4月7日です。1971年の4月5日にあの名曲がリリースされています。↑加藤和彦と北山修の「あの素晴らしい愛をもう一度」です。この名曲が出来た経緯は、北山修氏がレコードジャケットの裏に記しています。う~~ん、感動的ですね。名曲の裏には美談あり!(笑)と、いうことで「あの素晴らしい愛をもい一度」(^^)/「あの素晴らしい愛をもう一度」1971年(加藤和彦24才、北山修25才、私18才)作詞:北山修作曲:加藤和彦歌:加藤和彦と北山修
昨日、ブログに先駆けて、お父さんがフォークソングを好きになった大きなきっかけを作った、フォーク・クルセダーズのメンバーだった加藤和彦・北山修が1971年(昭和46年)に発表し、大きなヒットを生んだ『あの素晴しい愛をもう一度』を我流アレンジでギター弾き語りし、YouTubeにアップしました!314曲目です♪歌詞もメロディ・リズムも素晴らしい使用ギター:ネジメマリンさん製作のクラシックギター♪ギター弾き語り用歌詞カード♪この出だしの歌詞がすごい!「命
不思議なピーチパイ不思議なピーチパイ竹内まりやmariyatakeuchi1980年2月5日(火曜日)作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦/編曲:加藤和彦・清水信之表題曲「不思議なピーチパイ」は資生堂化粧品'80春のキャンペーンCMソングとして使用された。曲名は土屋耕一考案のキャンペーンタイトル″ピーチパイ″に、糸井重里が″不思議な″を付け足したもの。レコーディングの際、スタジオに来ていた作詞者の安井かずみは「まりや、この曲はあなたの声にぴったりのポップスだわ!
高中正義、海外でブレイク中サブスク再生の9割超が海外、10〜20代中心に支持拡大ニュース|日本を代表するギタリスト・高中正義が、今世界的にブレイク中だ。昨年3月には、米ロサンゼルスのウィルターン・シアターでコンサートを開き、2日間で5000人の地元ファンを熱狂の渦に叩き込んだ。そして今年、現地時間3月31日のロンドン公演より、イギリス、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドと続くワールドツアーをスタートした。初日のロンドンはキャ…www.oricon.co.jp
ライラック。ミセスグリーンアップル。悲しくてやりきれない。ザ・フォーク・クルセダーズ。あの素晴らしい愛をもう一度。加藤和彦と北山修。ケイバッカの曲。
80年代資生堂CMソングで起用された加藤和彦さんのヒット曲。60年代にザ・フォーク・クルセダーズでデビューされこの曲の頃は著名なミュージシャンのお一人でした。
1970年代後半、竹内まりやは慶應義塾大学の学生で、音楽サークル(リアル・マック)に所属していたが、本人にとって音楽はあくまで趣味に過ぎず、卒業後は普通に就職するか、実家の旅館(竹野屋)の手伝いをするつもりだったと言う。それが、どうしてメジャー・デビューまで辿り着いたのか?1977年、音楽サークル(リアル・マック)が、三田祭での活動の集大成として自主制作アルバム"SpecializedinYou"を制作し、そのアルバムにはメンバーだった竹内まりやも参加しており、数曲でリードボーカ
加藤和彦さん加藤和彦(かとうかずひこ)愛称:トノバン、トノヴァンこれはライブでドノヴァンの楽曲をカバーするなどしたことに由来する。1947年3月21日生まれ、2009年10月16日、満62歳没。京都府京都市伏見区生まれの音楽プロデューサー、作曲家、ギタリスト、歌手。1960年代後半にフォークグループザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)でデビュー。1967年12月25日リリース、ザ・フォーク・クルセダーズのデビューシングル「帰って来たヨッパライ」作詞
カラス2羽、車を近くへ止めても気にも留めません夫婦と勝手に決めました夫婦喧嘩ではないようです関川の向こうに米山を見ながら、何語るじゃれ合って、離れたり・くっついたりいなくなりました!更に河口側へ移っていました「変な爺さんが写していましたねェ~」ブログに乗るかも?って話したのかなぁ~この辺りでの、カラス夫婦ショート話一巻の読み終わり
サディスティック・ミカ・バンドの1stアルバム『サディスティック・ミカ・バンド』(1973年)に、当時オフコースとして活動していた小田和正がピアノで参加しているのは、日本のロック史・ニューミュージック史における非常に興味深いエピソードだ。この参加は、バンドリーダー・加藤和彦の音楽的センスへの信頼と、当時のミュージシャン同士のコミュニティから生まれたものだった。加藤和彦は、当時からジャンルを問わず優れた才能を見抜く力に長けていた。加藤はオフコースのハーモニーや音楽性を高く評価しており、