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正室巻首12回目会見の当日、髪を茶筅髷に結い、湯帷子を着、虎皮と豹皮の半袴をはき、大刀と脇差の柄を荒縄で巻き、腰の周りに火打ち袋・瓢箪を七つ八つぶら下げた姿の信長は、「お濃、行って来る」と言って那古野城を出かけた。信長に従ったお供の衆は八百人であった。(父は殿様を許すだろうか)と、濃姫は心配になった。濃姫は一日中神仏に信長の無事を祈った。胸が苦しくなった。日が西に傾く頃、信長は那古野城に戻った。髪を折り曲げに結い、褐色の長袴をはき、小刀を差した信長が濃姫の目の前に
正室巻首11回目天文二十二年(1553)閏一月、那古野城家老の平手政秀が切腹した。その遺書に、「信長公を守り立ててきたがその効果がないのでは、生きていても仕方がない」と書き残されていた。憮然とした信長は、「平手は早まった」と濃姫に言った。(殿様は諸所の勢力と戦っているのに、なぜ平手殿は亡くなられたのか)と、濃姫は疑問を持った。しかし平手政秀ほどの武士が自害したことは、信長の評判を悪くした。四月に信長が、「舅殿が会見したいと言って来た」と濃姫に話した。濃姫の
懐中温泉です、歴史シミュレーションその38毛利の三道併進策―山陽道の軍、山陰道の軍、水軍。それぞれが、今もじわじわと京への圧力を強めている。「上杉殿が北陸で押し返したことで、我らの三道も『天下を決する道』の一部になり得る」隆景は、海を見た。「中国の空から見る謙信は、ただ北陸の軍神というだけではない。天下を二つに割った男だ。その割れ目の片方を、我ら毛利が支えねばならぬ」元春の「重さ」の考え方吉川元春は、山のほうを
懐中温泉です、歴史シミュレーションその37隆景は、一枚の紙を取り出した。「誓約を文にする。一、上杉・毛利・本願寺は、信長に対する戦において、互いに勝手な講和を結ばぬこと。二、いずれか一方が信長の大軍に攻められたときには、他の二者は、その背後から信長の領内に圧力を加えること。三、戦の後、仏法・正法を中心とする秩序を再び立てる際には、将軍家(足利)をその座に置くこと。この三つを、三方の名前において認め合う」謙信は、
正室巻首11回目八月十五日の夜、信長は濃姫の部屋にきた。苦い顔の信長は、「清洲が松葉城と深田城を占拠した」と濃姫に告げた。「取り返されるのですか」「あぁ。守山の叔父に援けを求めた」守山の叔父とは織田信光のことである。「返事はございましたか」「あった。兵を出してくれる」「ようございました」「明日、清洲の者どもから城を取り返す」八月十六日の夜明けに、信長は那古野城を出た。信長は稲葉地で信光の兵と合流した。信長と信光は稲葉地の川を渡り、海津の地で清洲勢と戦った。
先週は、中国大返しが裏も何もなく成功し、さあ山崎の戦いだ!天王山で小一郎が活躍するはずだ!と思ったらこれも、画面上ではほとんど戦闘らしき戦闘もなく、呆気なく勝利して。えっ、これだけか!と思ったら、なんと死んだと思った光秀さんが、秀吉と茶の湯で最期の語り合い、というオリジナル展開でした。秀吉が、どうやって軍事的に光秀を上回ったか、っていうのは、このドラマではさして重要ではないんですね。そんなことより、秀吉はどうしても光秀に聞きたかったわけです。「俺の大好きな、あんなに素晴らしい信長様を、な
懐中温泉です、歴史シミュレーションその36義昭は、ゆっくりと頷いた。「よい。足利義昭、ここに『上杉の国における将軍』の名を認める。京の座は、今しばらく宙に浮いたままとなろう。しかし、『将軍』という名が、越後・関東・北陸にて生きている限り、信長の『天下布武』も、完全には天下を一人で抱えきれぬ」こうして、「将軍の座」は二重になった。京には、信長の支配する朝廷と寺社。越後・関東・北陸には、上杉のもとに掲げられた「足利将軍」の名。
※この記事は広告を利用しています。「豊臣兄弟!」第29回天下への道(大河ドラマ)2026年7月26日放送私の感想を簡単にまとめていきます。ーーーーーーーーーー第29回天下への道何故、信長を討つことになったのか?秀吉ならずとも、私も是非明智光秀に問いたかった。『信長に奪われたものを取り戻したかった』が、その答えでした。『光秀、その答えじゃ、納得がいかない』と、呟く自分がいます。何を奪われたというのか?足利義昭と見た幕府再興の夢?
炎昼のビルにぽっかり非常口半夏生この世に放置されたままががんぼは炎のなかの信長だった台無しにされてからこその無花果君もまた青水無月を退却するか●AIとの「対話」/かわばたけんぢ(京田辺市)最近、作成した原稿や俳句などを生成AIに読ませて批評や評価をさせる「壁打ち」というものを体験した。厳しい批評を求めても、生成AIは、基本的に必ず肯定的な意見を返してくる。何度かやり取りしているうちに、全能感に包まれていく自分に気づき、ふと我に返る。身体のないAIには、心もないはずなのに、「対話」相
懐中温泉です、歴史シミュレーションその35第十七話将軍の座を開く京の空は、夏の湿り気を含みながらも、どこか薄暗かった。寺の甍と公家の屋根が重なり合うその街に、「将軍」という名の座が、長らく宙に浮いたままになっていた。足利義昭。信長により京を逐われ、各地を流浪しながら、なお「幕府再興」の夢を捨ててはいない男。その男のもとへ、一通の書状が届いていた。春日山より。足利殿。九頭竜川にて信長と刃を交え、今や北陸・関東の地において、
利休の闇[加藤廣]楽天市場冒頭、秀吉のお話。日輪が母の口の中に入って産まれたとか、実はもう貴種の出だとか、成り上がり者につきものの出自の脚色がイメージされる秀吉ですが、百姓よりは山の民という話の方が最近は多いように思います。で、こちらも「山の民」。ただし、山の民になる前は藤原氏であり隠棲していたのが、出てきた、という設定。蜂須賀小六も同様で、山の民の中でも秀吉の方が位が高いという認識。そんな秀吉と利休の物語。茶事を極めたい利休と、成り上がるための手段として茶会を催し
正室巻首10回目信秀の所領は、信秀の兄弟・子供たちで分割された。末盛の城は信行が相続した。「よろしかったのですか」と、濃姫は信長にきいた。「仕方あるまい」こうなることを信長は予想していた。濃姫は、「清洲の織田達勝殿が勢いを取り返そうとなさるのではありませんか」と心配した。織田達勝は下の郡四郡の守護代であり、信長の織田弾正忠家の主筋になる。「家を分けたのだ。これからはそれぞれが思い思いにやって行くことになる」(殿様は自立の覚悟を決めているようだ)と、濃姫は思っ
🎦首2023年製作上映日:2023年11月23日製作国・地域:日本上映時間:131分ジャンル:時代劇配給:KADOKAWA≪解説あらすじ≫2019年より出版された北野武による日本の小説である。KADOKAWAより2019年12月20日に出版された。著者・北野自身による脚本・編集・監督・主演で、出版社・KADOKAWAの製作により映画化され、2023年11月23日に公開。2019年に出版された北野武による日本の長編小説で、架空の戦国時代を舞台に、権力と生存を懸けた人間たちの暗闘
正室巻首9回目読経が続くなか濃姫は、(はらはら)としていた。信長がまだ姿を見せていなかったからである。(まだ見えぬのか)と濃姫が思っていた時、本堂の正面入口辺りがざわついた。屈強な足軽二十名ほどに守られた信長が現われた。長柄の大刀と脇差を藁縄で巻き、茶筅髷・湯帷子で袴も付けていない姿だった。信長は仏前に進み、抹香をつかみ投げつけた。あまりのことに誰ひとり動けなかった。信長は帰って行った。その夜、信長が濃姫をたずねてきた。「大変な騒ぎでしたよ」と、濃姫が信長
こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。家康くんの『豊臣兄弟!編』のまとめ記事です(・ω・)「二匹の猿」~「変事の予兆」『【まとめ記事】進め家康くん(・ω・)『豊臣兄弟!編』(「二匹の猿」~「変事の予兆」まで)』こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。家康くんの『豊臣兄弟!編』のまとめ記事です(・ω・)「二匹の猿」『【進め…ameblo.jp「信長を笑わせろ!」『【進め家康くん
AIに「歴史の話をしよう!適当なテーマを頂戴!」と問いかけたところ、「織田信長が本能寺で死ななかったらその後の歴史はどうなったと思う?」というテーマを出してきました。自分の答えは。「信長が死ななかったとしたら、秀吉が中国大返し→山崎の戦いがなくなるので、秀吉の人生が大きく変わる」ということでした。もしかしたら秀吉が世に出ることはなくなったかも?それに対してAIは「徳川家康の運命はもっと変わったかもしれない」と答えました。家康は我慢強い人だから生きている限り信長には従い続けただろう、だから
先週末の大河ドラマはプロ野球などではよく天王山の戦いとして表現される山崎の戦いを描いていました。途中までは戦いの経緯を史実に基づいた内容で推移し、秀長の息子与一郎も初陣を飾っていました。この戦いの総大将は名目上織田信孝でしたが実際には秀吉が指揮を執り、具体的な戦術は黒田官兵衛が担当しました。と言う訳でその殆どを秀吉軍団が担ったことになります。また初陣した与一郎は矢で討たれた怪我が原因で亡くなります。ドラマなので多少の作り話も有りだとは思いますが秀吉と光秀が茶室で語り合うシーンはさすがにちょっ
正室巻首8回目天文二十年三月三日、織田信秀が四十二歳で死去した。末盛から那古野に訃報が届いた。葬儀は万松寺で執り行うとのことだった。「殿様に相談もなく、大殿の葬儀を末盛は決めたのですか」と、濃姫は不満を口にした。信長は落ち着いた口調で、「もう始まっているのだ」と言った。信秀の死は織田弾正忠家の分裂を意味していた。末盛では信秀の葬儀を主催することで、今後は末盛が織田弾正忠家の中心になると宣言したのである。「好きにさせて置くしかない」信長は気にしていない様子であっ
フジテレビの「世界の何だコレ!?ミステリー」を見てしまいました。秀吉は明智光秀を討っていなかった!?という内容でしたネ。(続きです。)6月27日清須会議。会議は秀吉の思い通りに進んだ。重臣のうち滝川ではなく、信長を幼いころから支え続けた池田恒興が参加した。池田は重臣クラスではない。清須会議の数日前。秀吉:「池田殿、待っとったで。よう来てくださりました。」秀吉:「池田殿の御息女を羽柴家にもらえんか。」光秀討伐から清須会議までわ
正室巻首7回目その夜、信長が濃姫の部屋に来た。「親父殿はどうであった」と、信長は単刀直入にきいた。「長く患っているように思われます」「なぜそう思う」「お部屋に薬のにおいが…」(病が良くならぬから、我らに知らせてきたのか)と、信長は末盛の動きを推量した。「末盛では、誰に会った」「義母上、信行殿、柴田勝家殿、佐久間盛重殿にお会いしました」「皆、息災か」「はい、そのようにお見受けしました」(しかし親父殿がこの様だと、家中が割れるだろう)と、信長は考えた。濃姫が
昨日の「豊臣兄弟」で、逃げる明智光秀を捉えた秀吉が茶室で明智光秀と対話するシーンがありました。こういう描き方は初めてみました。明智光秀は野武士に襲われて死んだと聞いてましたから驚きました。でもこういう描き方の方が面白い。本能寺の変で死んだ信長も、野武士に襲われて死んだ明智光秀も、あれだけの重要人物が何も言葉を残さずに歴史の上から忽然と姿を消してしまい、いまだに本能寺の変は謎だというのは、どう考えても不自然です。
正室巻首6回目濃姫が信長に嫁いで三年が経った。天文二十年(1551)一月、織田信秀が病床についたという知らせが末盛から那古野に届けられた。信長が、「お濃、末盛の父を見舞ってくれ」と言った。「はい」「俺は万松寺で病気平癒の加持祈禱を行なって来る」「はい」(殿様は末盛城に行くことを警戒している)と、濃姫は思った。翌日、濃姫は末盛城へ向かった。那古野から末盛はおよそ10kmである。末盛城に入った濃姫は土田御前に挨拶をした。「義父上のお見舞いに参りました」「信長
昔の常識を疑ってみよう!信長と秀吉が生み出した「八幡商人」の本当のスゴさ前回は、近江八幡がただの地方都市ではなく、「日本全体の経済や物の流れを動かす、今でいう総合商社や銀行のような存在だった」というお話をしました。近江八幡に本社を置き、東京(江戸の日本橋)や大阪へと支店を広げていった彼らは、「信長や秀吉といった天下人の要請にみごとに応え、国家規模の事業を支えた最高峰のビジネス集団」でした。ですが、ここで皆さんに一つ、静かに問いかけたい疑問があります。「なぜ、これほど日本全体を動かして
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第28回、「急げ!秀吉」の感想です。(続きです。)<女郎屋で話す小一郎と細川藤孝>小一郎は藤孝と話すうちに、自分の進む方向が決まった。小一郎:「兄と共に明智を討ちまする。」=========================<尼崎城>小一郎は尼崎城で秀吉の戻りを待っていた。背後から近づいていく秀吉。秀吉:「上様は見つかったか!?手傷を負ってどこかに身を隠しているに相違ない。」「早うお
大河ドラマ「豊臣兄弟!」要潤、信長の折檻シーンあまりの怖さに見ていて固まってしまいました。本当に怖かったです。ぶっ飛ばされてワイヤーアクション使っていましたよね。明智光秀を演じた要潤さんの言葉です。小栗旬に本気で殴って欲しいとお願い「殴られるシーンは本気で殴って欲しいと僕から言いました。本気で殴ってもらってますから、もちろん.痛かったですよ。しかも(小栗は体を)無茶苦茶鍛えていますから……」と述べ、「あの男。すごい体していますでしょ」本当に小栗旬さんも熱演でしためっちゃ怖か
泉秀樹の歴史を歩くねね・権力者への変貌ねねが夫・秀吉への不満を信長に書いた手紙の信長からねねへの返信それが残っている。意味としては、それにしても「ハゲネズミ」とは…「サル」呼びの他で呼ばれたドラマを見たことないから、ある意味、新鮮…↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
🐈⬛こんばんは🐈⬛アラカンフリーランスチャーミンのブログへようこそいつまで続くのか酷暑の愛知県今日は針名神社へお参りしてかららくだ書店さんへと思いましたが神社参拝は断念しました💦家を出るのが遅くなったこともありそのまま家を出てらくだ書店へ直行🚗車に乗りネッククーラーを首に付けてエアコンをガンガンに冷やし両窓にサンシェードを付けても💦運転中も熱が籠り窓を開けたら熱風🔥なるべく外出は避けるほうが無難ですそれでも何とからくだ書店へ到着真ん前の駐車場は満車のため🈵
※この記事は広告を利用しています。「豊臣兄弟!」第27回本能寺の変(大河ドラマ)2026年7月12日放送私の感想を簡単にまとめていきます。ーーーーーーーーーー第27回本能寺の変誰もがその存在を怖れ、そして崇めた巨星がこの物語から去りました。その男が目指そうとした世の中は、明確な輪郭も見えぬまま道半ばで挫折した形になりました。だが、本人はわかっていた。弟を殺し、戦に明け暮れ、僧侶や女子供にまで手をかけた血まみれの自分にできることは古い世を壊すこと
7月25日23時今日の札幌外気温20℃室温26℃湿度65%今日は涼しく過ごしやすい一日だった。ほっとする。感謝!今年の前半はすでに終わっている。すでに書いているように、健康面ではあまりよくない半年間だった。それでなくとも生き死にの話や情報には敏感になりつつ世代だ。喘息のつらさやガンかもしれないという、不安は普段はあえて自分の視界から遠ざけている己の「死」を意識するのに十分だった。死神にチラ見された気分。寄る年
フジテレビの「世界の何だコレ!?ミステリー」を見てしまいました。秀吉は明智光秀を討っていなかった!?という内容でしたネ。(続きです。)秀吉は山崎の戦いの現場に間に合わなかった。決戦に間に合わなかった秀吉がなぜ天下を取ることができた?信長亡きあと、織田家の今後を決めるために開かれる会議……清須会議。会議が開かれた清須城。(私も行きました。)光秀討伐から約2週間後に開かれた。信長は討たれ、嫡男・信忠も討たれ……。誰が織田