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おはようございます✨ゴールデンウィークは楽しんでいらっしゃいますか?昨日はすごく強風でしたが、今日は火星座(牡羊座、獅子座、射手座)の吉日であります火星と木星が強い凶角になっているので、カッとしすぎないように気をつけましょうね💦さて、蘭子は先週の週末に奈良県に遊びに行ったのですが、天理市に向かって車を走らせていると、山道に差し掛かったところで、カーナビに信じられない文字を見たのです。石上神宮え?と思って、思わずその方角に向かって左折をします。←あっぶねいやいや、こんなところに石上
OPENING!生きるってことは~一夜限りのワンナイトショー~♪矢のように走る~時のはざまで踊ることさ~♬今夜おまえはヒロイン~もう泣かないで~♫おばんかだです古代文献と日本イスラエル同祖論研究+∞へようこそ(^▽^)/はじまりはじまり~アメノホアカリとニギハヤヒアメノホアカリはアマテルの長男ニギハヤヒはアマテルの孫天火明命(アメノホアカリノミコト)アメノホアカリはアマテルの長男妻:天道日女命(アメノミチヒメ)は、尾張氏の祖・天香山命(アメノカ
OPENING!生きるってことは~一夜限りのワンナイトショー~♪矢のように走る~時のはざまで踊ることさ~♬今夜おまえはヒロイン~もう泣かないで~♫おばんかだです古代文献と日本イスラエル同祖論研究+∞へようこそ(^▽^)/はじまりはじまり~謎多き男ニギハヤヒ(ホツマツタヱと宮下文書)ホツマツタヱ(ヲシテ文献)と宮下文書(富士古文献)は、どちらも記紀(古事記・日本書紀)とは異なる独自の伝承を持つ古史古伝ですが、ニギハヤヒ(饒速日命)の描かれ方は大きく異なります。それ
こちらの記事を読んでくださる方ありがとうございます。そろそろ私についてきちんとお話しなくてはならないかな…と思います。実はもうだいぶ前(1年以上前だったか?)から、私を導く高次元の存在たちが「自分が何者であるか明かしなさい」と強く伝えてきていると感じていました。気乗りしないので長らくすっぽかしてきました…「私はニギハヤヒです」とお伝えしたいと思います。もっと細かく説明するならば、シリウスのニギハヤヒのエネルギーを飛ばして転生してきた者です。
昨年10月後半。高次元の存在は「アシュタールとオッピシェクリオ」の話を教えてきました。こちらの記事がわかりやすいかと思いますのでリンクを貼らせて頂きます。【プレアディアン|NEIOH】天王星の生命2023.8.18#アシュター・エンキ兄弟|水瓶座新時代と多次元新生地球の幕開けプレアデスのタイゲタファミリーNEIOH様からメッセージです。天王星の「ネパック人」のご紹介です。「天王星は、生命の美しさを持つ惑星であり、皆さんが知って...chinosyoho.exbl
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今週は特に予定がないため、地元の飯盛山でトレーニング。三好道という道で登りましたが、平坦な箇所が殆どないため疲れました。気温が上がってきているせいもあるか?早々に登頂してしまい。このまま帰宅もつまらん。しかし、水分は300ミリくらい。どうするか考えて出た結論は生駒のグレーピークをとる。燈篭ゲートにある分岐の先をずっと放置していたので、イノシシが怖いけど行ってみよかと。進むと全く人気がない…看板とかあるのか?と思いながら進むと、えらく可愛いのがあった。その先は通常の登山道と合流。
徳川園の帰り、以前から気になっていた神社に立ち寄りました物部神社(名古屋市東区筒井)物部氏は、尾張・海部氏と同祖の同族なので、名古屋に物部神社があっても不思議ではありません(西入り口)◎主祭神宇摩志麻遅命(ウマシマジノミコト)・物部氏の始祖・天之火明命の子(アメノホアカリノミコト)・アメノホアカリは尾張氏・海部氏の始祖・アメノホアカリ=饒速日命(ニギハヤヒノミコト)・ニギハヤヒの別名は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊←真のアマテラス(男神)
国内最大級の円墳で保存状態良好な『筒状の木棺』を確認奈良・富雄丸山古墳奈良市の富雄丸山古墳で保存状態が極めて良好な木製の棺が確認されました。富雄丸山古墳ではこれまでに過去最大の蛇行剣などが発掘されていますが、奈良市が去年12月から古墳を調べたところ木製の棺が確認されたということです。確認された木棺は筒状で保存状態は極めて良好で、被葬者や副葬品を収める身とその上にかぶせる蓋にわかれる割竹形木棺だということです。木棺は土の中で腐食して消失することが一般的で詳細な構造を留めるものは珍しく、内
猿田彦と「日向(ひむか)」の真実〜隠された太陽神の系譜〜1.伊勢の真なる太陽神・猿田彦猿田彦大神は、本来「天孫」が訪れる前から伊勢の地で太陽を祀っていた、土着の強大な「太陽神」でした。特に、菟道(宇治)や伊勢の地において、一年で最も太陽の力が弱まり、再生へと向かう「冬至の日の出」を司るその性質は、彼こそが本来の「天に照る神(アマテラス)」であったことを示唆しています。彼は単なる土着神ではなく、宇宙の運行と境界を守護する至高の存在でした。2.エジプト・百済を経由した太陽の渡来この「猿
本来、日本の王権継承の象徴である「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」の物語は、佐陀神(さだのかみ)からその御子であるスサノオ尊へと正当に受け継がれた、輝かしい王位継承の記録でした。しかし後世、漢(あや)氏をはじめとする渡来系氏族の筆によって、この歴史は大きく塗り替えられます。彼らは本来の王権の正当性を覆い隠すため、この伝承を「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」という恐ろしい化け物を退治する物語へと変貌させたのです。ここで語られる「八岐大蛇」の正体とは、実は出雲の地で尊崇された古き神、猿田彦大神(さるたひ
真の太陽の血統(アメノフィス)実は「アメノフィス(Amenophis)」という響きは、単なる古代エジプトの王名を超えた「隠された正統性のコード」でした。記紀が「天の〇〇(アメノ〜)」という美称を多用したのは、実はエジプト直系の太陽王の称号である「アメノフィス」を和風にロンダリング(洗浄)し、自分たちのルーツとして簒奪した結果です。この仮説を補強する、符号をいくつか挙げます。1.「アメン(隠された者)」と「天(アメ)」アメン(Amen)はエジプト神話で「隠された神」を意味します。
・雄略天皇と応神天皇は、「同一人物」あるいは「同一のモデル(原型)から派生した存在」にみえます。両者とも、朝鮮半島への出兵や、国内の豪族を力でねじ伏せる「征服王」としてのエピソードが共通しています。応神天皇は「百済から多くの渡来人が来た」時代の王とされ、雄略天皇も「秦氏などの渡来集団を組織した」王とされています。国家の技術革新を担った背景が似ています。両者には以下のような共通点があり、一人の強力な王のイメージが二人に分かれた(あるいは統合された)と考える学者もいます。「ヤマトタケルの息子
饒速日命は、謎の神としてあまり表に出てきませんのでいろいろな説がありますね。饒速日命を祀っている神社が少ないのも疑問です。一般的には、天火明命と饒速日命が同一人物だと言われています。それは、籠神社の神系図に天照国照彦天火明櫛玉饒速日命として記載してるのが一因でしょう。愛智神話では、スサノオ命(オシホミミ)とタギリ姫の子供が天火明でスサノオ(オシホミミ)とタケツ姫の子供が饒速日になり別人物になっています。※『先代旧事本紀』では、アメノオシホミミにタクハタヒジヒメを娶り、兄
日本の神「ニギハヤヒ(饒速日命)」とエジプトの神「オシリス」は、神話学的・民俗学的な比較においていくつかの興味深い共通点が指摘されています。これらは、比較神話学や「古史古伝」などの考察において語られることが多いトピックです。①「太陽神」としての属性ニギハヤヒ:別名を「天照国照彦火明櫛玉饒速日命」といい、名前に「天照(天を照らす)」「火明(光り輝く)」が含まれることから、本来の太陽神であったという説があります。オシリス:死後の世界の王である一方、太陽神ラーと一体化(ラー・オシリス)して
歴史学の最前線でも議論される「聖徳太子=複数人の合成・創作説」。私は、この完璧すぎる超人こそが、新興勢力(藤原氏)による高度なパッケージングだと考えています。彼らは「旧王朝(蘇我・物部・ニギハヤヒ)の輝かしい功績」を一つの箱に詰め込み、管理可能な「聖人」というラベルを貼って封印したのです。しかし、記紀の中には、秦氏が後世の私たちへ残した「バグ」と「ヒント」が密かに仕込まれています。1.「間人(ハシヒト)」に隠されたシルクロードの記憶太子の母・間人皇女(ハシヒトノヒメミコ)。この名は、藤原
私の説に基づけば、記紀神話は「オオクニヌシと八上姫(豊玉姫)の純愛・結ばれるはずだった物語」を、持統天皇という強大な権力者が「スセリヒメ」として物語に割り込むことで、系譜を強引に乗っ取った記録である。…というドラマチックな構造が見えてきます。もしスセリヒメという「強力な正妃」というキャラクターが創作(あるいは誇張)されなければ、日本神話の勢力図はもっとシンプルで、地方(出雲や海神族)と融和した形になっていたのかもしれません。「持統天皇が、神話というキャンバスを使って自分を『正妻』として描き
日本の旧王朝は、エジプトから文明と宗教を運んできました。日本に限らず世界各国、基本的にオシリス信仰が最初に根付いたと考えます。日本の旧王朝は、太陽・月・「オリオン座周辺の星座=オリオン座足元の兎座・牡牛座など」を崇める多神教でした。●太陽神→猿田彦大神↻(足の生えた蛇サタ神)●月神→月読尊●牡牛座→スサノオ尊●うさぎ座→巫女王●オリオン座→祭祀王●その他八百万の神自然の循環を重視した本来の多神教は、(祖神)猿田彦→(子)蘇我王→(子の子)物部王ニギハヤヒ神〜(子孫)天智天皇
猿田彦大神は日本の根源神であり〚イザナギ〛で、エジプトで言うと太陽神ラーです。エジプト神話のオグドアドで言うところの〚カガ(蛇神)〛であり、足が生えた蛇〚サタ神〛でした。○佐太神は(猿田彦大神)伊勢神宮の王であり○佐太神は蛇神で『ナーガ』でもあり『ナガスネヒコ』『イワナガヒメ』の祖です。○佐太神は蛇で『八=オグドアド』であり八岐の大蛇でした。○佐太神:八岐の大蛇の尾から『草薙の剣』をお子神『スサノオ尊』が授かり、スサノオ尊が日本国を治める事になりました。しかしスサノオ尊自
日江同祖論発掘家の吉村作治さんがエジプトに夢中になる理由は、日本とエジプトのつながりに気づいているからです。新興勢力(セト派・藤原氏系)にとって「日江同祖説」は非常に不都合な事実でした。日本神話の奥底にあるのは、多神教的で呪術的な「エジプト・オリオン・豊穣(蛇・牛)」の文明です。これに気づかれると、記紀がエジプトの「八(無限・再生)」を漢民族・セト神の「七(固定・支配)」に書き換えた嘘がバレてしまいます。日本に残っているエジプト名今回は、藤原氏という「情報の編集者」が、旧王朝(物部・扶余
「ニギハヤヒから天智天皇まで続いた正統な王朝」エジプトのオシリス信仰を日本にもたらした旧王朝が、外来勢力(セト神信仰・漢氏族)によって覆されたという物語は、歴史の断片を繋ぎ合わせると驚くほど一貫しています。王朝の構成:正統な王と后の家系本来の日本は、以下の二つの神聖な血統が支え合っていました。◯ニギハヤヒ物部氏(太陽神の末裔)天智天皇まで続く歴代の王を輩出した「真の王統」。◯スサノオ(蘇我氏):王権を支え、后を出し続けることで王統の神聖さを守った「后輩出家系」。この「太陽神
木花咲耶姫と磐長姫命の物語は「壬申の乱」にニギハヤヒ神〜天智天皇まで続いた王権を奪った簒奪者達(漢民族)が、旧王朝側の王や后を隅に追いやり、新王朝を正当とする為に作られた物語です。●木花咲耶姫(持統)ニニギ(天武)∶架空キャラ●磐長姫命(神功皇后)ニギハヤヒ神∶実在新興勢力は、同じテンプレートを記紀上で使い回す癖がありますので、木花咲耶姫の神話を感じさせる逸話が貼り付けられている話は、何らかの意図で操作や、上書き、貶め等が施されている場合が多いのです。第21代雄略天皇の母君・忍坂大中姫とそ
下書き
英雄神話の規格化と歴史の「上書き」に関する考察アレキサンダー大王、朱蒙、そしてニギハヤヒ。時代も場所も異なる彼らが、なぜ「神の子としての誕生」「奇跡的な渡河」「天の加護」といった共通の神話エピソードを纏っているのか。それは単なる偶然ではありません。これらは、藤原氏(有熊氏・セト系譜)に代表される新興の「グローバル執行者」たちが、各地のオシリス信仰的な王や巫女王を自らの支配システムへ組み込む際、共通の「定型文(テンプレート)」で歴史を上書きした結果だと考えられます。英雄の「規格化」と「
藤原氏(有熊氏)のルーツは、エジプトでセト神を信奉していた一団です。とは言えセト神自体エジプトの神では、本来外来の神だった可能性が高いとされています。〚天武天皇∶漢皇子〛に限らず、彼等のルーツ・起源である〚セト神〛の時点で彼等は、すでに簒奪者でした。エジプトからインド→ギリシャ→バビロニア→半島→さまざまな国でオシリス信仰(土着信仰)をぬりつぶして中国から日本に侵入し、旧王朝から王権を奪い背乗りした一団のです。藤原氏(有熊氏)は単なる政治家集団ではなく、大陸の最先端呪術を「国家OS」として
●【お客様ご感想】かぜ気味で頭が痛かったのですが、ブレスレットしてたら治りましたよ!今日も本当にありがとうございます。CrystaloveMAIです。Crystaloveロータスシードブレスレット幸運の女神様のご感想を頂きました。本当にありがとうございました。心より感謝いたします『【Thankssold】幸運の女神』●【Thankssold】幸運の女神今日も本当にありがとうございます。CrystaloveMAIです。こ
2026-03-22春分の日もすぎ、一つの区切りがやってきます。いろいろな人が、20日何か起こりそう・・発言をしていましたが、幸い(?)天変地異等は起こらず、花曇りの彼岸が続いています。先週、一年半ぶりに墓参りに行ってきました。遠いのよ、千葉県笠森観音。埼玉県に引っ越してしまったので、3時間近くかかります。当時は、千葉は比較的近いロケーションだったし、車に乗っていたので通いやすかったけれど。そこで今考えるべきは、「墓じまい」。一人っ子で今の自分の環境で、今やる必要のあることのひとつ。
聖徳太子の生家、生まれ育った橘寺は飛鳥京近くにあったと知ったのはブログを書くにあたり、調べてみたから。『聖徳太子と橘寺、飛鳥京周辺のこと』聖徳太子の生家で生まれ育った場所とされている橘寺『聖徳太子の橘寺に行く前に天武天皇、持統天皇陵に寄る』聖徳太子(厩戸王子)様が気になる様になったのは2025…ameblo.jp橘寺といったら、二面石が有名らしく"人間とは善と悪の顔を持つ"といったことを表している石🪨の様。私にとってはこの像はモアイ🗿像みたいに見えて
聖徳太子の生家で生まれ育った場所とされている橘寺『聖徳太子の橘寺に行く前に天武天皇、持統天皇陵に寄る』聖徳太子(厩戸王子)様が気になる様になったのは2025年3月末に京都奈良旅に行った際の事。京都の桜🌸を見たかったのだが開花が遅くそれなら奈良まで行こう❣…ameblo.jp『聖徳太子の生家の橘寺は田道間守が橘を植えた場所』奈良、飛鳥を旅する際に電動自転車🚲の鍵を無くした事により時間⏰がなくなり、寄る事になった橘寺こういう時は、あちら(神様、仏様、守護霊)から強制的に"寄らさ…
「壬申の乱」のあと新興勢力の執筆者;東漢氏達に藤原氏(有熊氏)が指示し記紀の書き変えが行われました。●「日下王国の巫女王∶磐長姫命」の妹と言う設定で吉野の桜を神格化したキャラクター〚木花咲耶姫(持統)〛が編み出された。●またこの国の祭祀王だったニギハヤヒ神の弟と言う設定で、名前をちょっとニギハヤヒに似せたキャラクター〚弟皇子〛も編み出された。その名は「ニギハヤヒの弟∶ニニギノミコト(天武・のちに持統の孫にキャラ変)」も、エナにくるまれ登場した。●ニギハヤヒ神の系譜の初代王・または