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4/20(土)に、大阪の城友と一緒に「菩提山城」(岐阜県不破郡垂井町)と「松尾山城」(岐阜県不破郡関ヶ原町)に登城しました。「竹中氏陣屋櫓門」からは、「関ヶ原古戦場」内を突っ走り、車で約20分位で「戦国ロード」沿いの「松尾山城登城口」に着きました。「松尾山城」の歴史と城主については、「関ヶ原の合戦」時に、西軍から東軍に寝返った「小早川秀秋」が陣取っていた陣城ということは良く知られていますが、陣城として活用される前の城主は、「主郭」に詳細が記載された案内板に記載がありました。そ
こんにちはそして、お久しぶりですさて、今回は福岡市博多区にある、崇福寺と黒田家の墓所について紹介します。僕は昨年、福岡に行ってきました福岡には、日本の歴史を語るうえで欠かせないことが多くあります。その中でも、僕がずっと前から行ってみたいと思っていたのが、今回紹介する崇福寺の黒田家の墓所です。まずは、黒田家の墓所からです。黒田家の墓所は、土曜日と日曜日の午前10時から午後4時(12月29日から1月3日は休館)のみ開いているので、この日に合うように旅行のスケジュールを考えました
空花さんより、鵜来島についてコメントを頂きましたので、私も少し調べてみました。まずは、こちらのブログ様より一部引用してご紹介させて頂きます。《西公園の北西、すぐ沖合いに浮かぶ小さな島を「鵜来島」(うぐしま)という。黒田長政が「長男の忠之には不行跡のため藩を譲らぬ」と怒った時、筆頭家老の栗山大膳が忠之を守るために、家臣たちを集めて血判書を書かせたのがこの島。》《栗山利章(くりやまとしあきら)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武士。黒田氏(福岡藩)の家臣。栗山利安の子。一
興奮冷めやらぬ、姫路城日帰りレポートの番外編です。この前、関ヶ原古戦場について書きましたが、今回新たな発見がありましたのでご報告いたします。私は、新幹線から、関ヶ原古戦場の陣地とかはほぼ見えない、と書きましたが、嘘でした。見えました。一瞬ですが、多分、見えました。まず、古戦場関ヶ原の看板が見えます。その直後!はい、ここです!!山の麓に、白っぽい幟旗が見えますでしょうか。おそらくここは、黒田、竹中の陣跡ですっ!烽火場でもあり、高く挙げてある幟旗に岡山烽火場と書いてあるはずです!