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兵庫県伊丹市。「伊丹」という名は、中世以来この地を治めてきた武士団・伊丹氏の名が、そのまま土地に刻み込まれたものです。今回は、伊丹という地名の由来、伊丹氏の歴史、そして城名改称の意味を一つの流れとしてたどります。地名「伊丹」の由来と伊丹氏「伊丹」という地名は、南北朝期にはすでに文献に見え、当時、領主であった伊丹氏の名と深く結びついています。(地名が先か一族名が先かについては諸説あります)。室町期以降、伊丹氏がこの地を本拠としていました。摂津国の有力国人として勢力を保ち、地域支配を長期にわ
令和8年3月12日前から気になっていた、黒田家家臣、後藤又兵衛基次の菩提寺である多聞寺を訪れました。兵庫県加西市にあります。車で京都から中国自動車道を通って1時間半くらいかかりました。このあたり以前住んでいたところで、15年ぶりくらいに訪れました。後藤又兵衛といえば、黒田官兵衛の播磨時代からの家臣で「槍の又兵衛」と言われるほどの猛者でした。官兵衛や長政(官兵衛の嫡男)が戦った豊前平定戦や朝鮮出兵に従軍しており、多くの武功を挙げたといわれ「黒田二十四騎」「大坂五人衆」の一人に数えられた。(一時仙
NHK大河ドラマ豊臣兄弟・第23回「さらば半兵衛」その後について。松寿丸は成人して黒田長政と名乗りました。実は竹中半兵衛にもすでに息子がおり、元服して竹中重門(たけなかしげかど)と名乗りました。2人は紆余曲折ありましたが、慶長五年(1600)関ケ原の戦い本戦では、ともに徳川家康率いる東軍となり、丸山(岡山:おかやま)狼煙場に陣を置いて奮戦します。ちなみに定説では、ここで開戦の狼煙(のろし)を上げたのが、黒田長政です。NHK大河ドラマ#豊臣兄弟・第23回