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NHKの大河ドラマ、豊臣兄弟で、豊臣秀吉が天下統一に向け、動き出すようになってきた。主人公の豊臣秀長(小一郎)の知恵と勇気、調整力が描かれるようになるが、どのように描かれていくか楽しみですね。このなかで、豊臣秀長の死(1591年1月)後、豊臣秀吉は明の征服とそれに先立つ朝鮮征伐(文禄・慶長の役、1592年~1598年➡こちら)に向かう。ところで、日本と朝鮮半島とのかかわりが、はじめて、中国の歴史書にあらわれるのは、魏志倭人伝(三国志第30巻魏書の烏丸鮮卑東夷伝の中の倭人条の略称
○2025年7月15日、南充を訪れた。2015年5月以来、10年振りの南充である。南充は「三国志」をものした陳寿の故郷になる。それで2015年5月に訪れた。当時、書いたブログのテーマも「陳寿の故郷・南充」としている。○これまで、ブログ『陳壽の倭国評価』、『陳壽の倭国観』と書いて来た。こうなると、実際、陳壽が編纂した、中国の正史である「三国志」から浮かび上がる邪馬台国や卑弥呼像がどういうものなのか、それを説明する必要を感じる。○それで、前回は、ブログ『邪馬台国の風景』と題して、「三国志」が案内
熊本県山鹿市に「方保田」という地域がある。熊本県民でもなかなか読めない難解地名として知られる。「かとうだ」と読む。「かとうだ」と検索しても文字変換さえできない難解地名である。古くは「片保田」と書いていた記録もあり、「かたほだ」と呼んでいたのだろう。「かたほだ」の「たほ・taho」が「toh・とう」に変化したものだろうか?ここに「方保田東原遺跡」というものが存在するが、「邪馬台国」にも比定されようかという遺跡だが、発掘は全体の5%ほどだとされる。出土品は国の「重要文化財」に指定される貴重な品で