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熊本県山鹿市に「方保田」という地域がある。熊本県民でもなかなか読めない難解地名として知られる。「かとうだ」と読む。「かとうだ」と検索しても文字変換さえできない難解地名である。古くは「片保田」と書いていた記録もあり、「かたほだ」と呼んでいたのだろう。「かたほだ」の「たほ・taho」が「toh・とう」に変化したものだろうか?ここに「方保田東原遺跡」というものが存在するが、「邪馬台国」にも比定されようかという遺跡だが、発掘は全体の5%ほどだとされる。出土品は国の「重要文化財」に指定される貴重な品で
◯中国の正史「三国志」、魏書第三十、巻三十『烏丸鮮卑東夷伝』は、次のように始まる。書載「蠻夷猾夏」,詩稱「玁狁孔熾」,久矣其為中國患也。秦、漢以來,匈奴久為邊害。孝武雖外事四夷,東平兩越、朝鮮,西討貳師、大宛,開邛苲、夜郎之道,然皆在荒服之外,不能為中國輕重。而匈奴最逼於諸夏,胡騎南侵則三邊受敵,是以屢遣衛、霍之將,深入北伐,窮追單于,奪其饒衍之地。後遂保塞稱籓,世以衰弱。建安中,呼廚泉南單于入朝,遂留內侍,使右賢王撫其國,而匈奴折節,過於漢舊。然烏丸、鮮卑稍更強盛,亦因漢末之亂,中國多事,