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こんな状況で不謹慎かもしれないけどどうにももこうにも落ち着かなくてブログに書きます今日の午後、父の入所している施設から電話があり父が息苦しさを訴えて酸素飽和度が73まで下がっているから救急で病院に運ばれたと私もすぐに病院に行き検査に向かう父に遭遇しましたが父は涙を流してすごく苦しそうで私が声をかけると少しだけ声を出し起きあがろうとしたりしていたもうその姿を見て涙が溢れ出た一昨日一緒にお寿司を食べ少し、ぼーっとしていたけど綺麗に完食して、元気そうだったそれが急にこ
先日、タイトルの検査を1日で行いました午後からのスタートだったので、実際には半日ほどの検査でした最初に採血を受ける予定だったのですが、うっかり順番を間違えてしまい、先にCTを受けてしまいましたそのあとに採尿と採血をしたため、血液検査の結果が出るまで主治医の診察を受けられず、しばらく待つことに診察を終えたあとは、骨髄穿刺(マルク)を実施。そのまま呼吸器の検査へと移動しましたCT検査はベッドに横になるだけで、特に大きな負担はありませんでした。採血は7本分骨髄穿刺については、いつも通り麻
骨髄移植の患者負担金(健康保険以外でかかる金額)は数十万かかると先生から聞いていました数十万って幅広いな〜20万位なのか?60万以上の事もあるんかな?まさか80万以上って事は、、⁈分からない事は心配になります〜現在の私の場合骨髄バンクへから自宅へ封筒が届き登録で8.000円移植をすると返金があるそうです領収書は無くさないようにと言われましたドナーさんが決まって経費115.000円調整や保険、採取料金ですを振り込みました〜これからかかる予定なのが他の病院でドナ
早くベッドに入ったのに涙が止まらなくて頭の中を色々駆け巡って全然寝付けません父のこと兄のこと更年期の治療でプラセンタ注射なんて打たなければ良かった打つ前に説明を受けました今後、献血などできなくなりますと、同意書にもサインをした自分は輸血はできるけど自分の血を人には使えないなら別にいいかなって本当に浅はかな自分本位な考えプラセンタ注射でホットフラッシュは一時的に改善したけれど今回のように、家族に何かがあった時に、助けることができないなら絶対にプラセンタ注射は勧
もともとお腹は弱い体質で、病気になる前は毎朝必ず下痢をする毎日だった。いつからかわからないが、高校生くらいの時には既にお腹がゆるく、通学途中でほぼ毎日ぶらり途中下車の旅をしていたことを思い出す。それが、病気になって体調が落ち着いてきてから、ほとんど下痢をしなくなった。それどころか、むしろ固くて血が出るくらいの快便が毎朝を光り輝く時間にしてくれている。病気になるのも悪いことばかりではないのだ。しかし、その快調なペースが久々に崩された。お腹がチクチクしてきて、便も徐々に軟便に
一難去ってまた一難。病気になってから今までを表現するにはピッタリな言葉だ。一つの山を超えればまた次の山がやってきて、ここが富士山だと思っていたら、結果的にその先にはもっと高いたくさんの山々があり、富士山の倍以上のエベレストがあることを知る。でも、その山を一つずつ上っていくことで次の山に出会えるから、前に進んでいる証拠だ。と、ポジティブに考えれば、よくここまで頑張ったなと褒めてあげたくもなる。それは退院してからも同じで、次々と色んな症状がやってきては私にちょっかいを出して去
母親が新年早々、夜中に滑って腰を強打したと言う。この日は全員で実家に行く予定だった。中止にしようか迷ったが、なんとか大丈夫と言うので予定通り行くことにした。転倒してから時間が経って、少し症状は良くなったと聞いて安心した。新年早々、病院送りになったら大変だ。母は少し安静にしてもらうことにした。でも、子ども達は大人の世界なんて興味が無いから、元気いっぱい。外で遊びたいと言う。母は無理だから、父が一緒に行ってくれることになった。しばらくして、長女だけが一足先に家へ戻ってきた。う
謎の高熱からやっと落ち着きを取り戻しつつある。もはや恒例となった高熱後の頭痛&顔面痛も、定番のイベントとして受け入れざるを得なくなっている。病院で処方もらったアセトアミノフェンもいよいよ底をついたので、薬局で市販のカロナールをゲットする。カロナールの主成分はアセトアミノフェンなのかと感心してる暇もなく、とりあえず早めのカロナールを口に頬張る。今日は昼から仕事なので、ちょっと早めに昼食を取る。納豆に卵にネギにゴマに海苔に、ありったけの物をぶちこんだら胃の中へ流し込む。
弟の嫁さんが10年程前に急性骨髄性白血病になりました。難治性という事で骨髄移植(息子の骨髄)をしました。手術2年後には、クルージングにも行けるほど元気になりました。結果的には急性骨髄性白血病は完治しましたが、骨髄移植の合併症で閉塞性細気管支炎となりそれが原因で2024年10月永眠しました。参考に成る事があればと思いUPします。白血病の種類白血病の発生と種類|急性骨髄性白血病(AML)|ベネクレクスタ.jp|-アッヴィ-検査急性骨髄性白血病の検査項目は、主に血液検査
アニメが大好きではたらく細胞はたらく細胞BLACKどちらも見ていた。今回の映画は二つのシリーズを合わせ技で製作した感じ。あのBLACKのおどろおどろしだ感じ、よく出ていた。お客様ではたらく細胞のCG担当の会社の人がいて。と言ってもご主人で二人でやってるって言ってたから凄いなと思うのだけどいやあの規模の映画のCGを二人でやるとか信じられないわ。今度来てくれたら感想伝えよう。脚本が良かった。ストーリー展開ね。子供の頃の赤血球に白血球。大人になっても何度も出会っ
何のこっちゃという感じだが、今までの闘病生活を振り返ると、オレンジジュースというキーワード無くしては語れない。まず、感謝してもしきれないのが、Doleのオレンジジュースである。治療の初期からずっと飲んでいた薬にプレドニンというステロイドの薬があった。薬自体は小さな粒なのだが、その味たるやとんでもなく苦い。飲むのに失敗して口の中に残ろうものなら、もう顔中のシワが5倍くらいに増える。マジで苦い。それを多い時には、一度に20錠以上も飲んでいた。今考えると身震いするが、最初
せっかくの一時退院だったのにまさかのコロナ陽性と判明して以来お出かけ禁止になった長男水曜日に退院して翌週月曜日まで自宅待機お出かけ解禁になったのは火曜日…明日にはまた東京へ戻る前日のことだった入院する前からずっと楽しみにしていた鬼滅の刃を映画館で観ることができた叶えてやれたのはたくさんあったやりたいことのうちのたった一つだった映画を観たあとひさしぶりに外食本人の希望でサイゼリヤへ少量のメニューがあるからカロリー管理がしやすいだろうと考えて選んだらしい増えすぎた
前回の受診で、主治医からドナー候補となる弟と移植の説明に夫も来て欲しいとのお話があり、急遽、午後、弟が仕事を休んで来てくれました。骨髄検査の結果は、詳しく説明はありませんでしたが、前回に比べて骨髄の中でもだいぶ芽球が増えている状態生検の結果は、時間がかかるそうです。主治医は「やはり骨髄移植をした方がいいと思います」と一言先生から「移植するということでいいですか?」と言われ、思わず「う〜ん、はい・・」と答えてしまい、次回は移植科の先生から説明も受けることになりました移植前の検査も勧められ
あっという間に1月3日疲れやすくて吐き気が続いていて飲み物を取りに台所へ行くだけで息切れ《気のせい》とか《甘えなのかも》と思って頑張って少し動こうとしてもフラフラ無理です〜やはり体調悪いですぅ〜なのでもう少し寝正月させてもらおうっと〜
今日ももう少し骨髄移植のお話を。そもそも骨髄移植とは何なのか。簡単に言えば、正常に働くなった骨髄(=血液を造る工場)を正常なものに入れ替えてしまおうという治療だ。厳密には、『造血幹細胞』という血液を造る細胞を、ドナーさん由来の健康な細胞に入れ替える。どこかのお医者さんが言っていたが、この治療はとんでもない荒治療だと。確かに、医学的なことはわからないが、骨髄の中を空っぽにしてそこに違う人の細胞を流し込もうと言うのだから、それはそれは凄い治療だと思う。骨髄の中を空っぽに
20代後半で急性リンパ性白血病になってからの振り返りを書いてます。偏見もはいってますし口も悪く悪態つくこともありますが、何卒お許しください🙇♀️🙇♀️今現在は骨髄移植後5年以上経過し、社会復帰をしてます。闘病中に、白血病になった方がその後、元気にやっている方のブログを見つけられずに不安になった思いがあり、今現在までのブログを書いてます。安心してください私元気にやってますから!『想像以上の拒絶反応〜母の愛、故の厳しさ〜』20代後半で急性リンパ性白血病になってからの振り返りを書い
あっという間に夏が終わった。ようで終わってないけど、終わった。私にとっては間もなく節目のゾーンに突入する。骨髄移植から約1年、救急車で運ばれてから約1年半。もうそんなに経ってしまったのか・・・。光陰矢の如しとはこのことか。仕事も休職してから1年半が経とうしているから、すなわち傷病手当もその期限が切れる。マックス活用させていただいた。そしてその時間を待っていただいた会社には感謝しかない。まだ体調は万全じゃないにしても、これ以上のんびりと療養を続けることはできない。社会に出て活動し
2025.8.31急性骨髄性白血病の移植から2年が経ちました8月31日は、忘れもしない骨髄移植をした日です生まれ変わった私もっと元気になっていると思ったけど、なんやかんや病が次から次へとやって来て、いまだに日常生活が少しできてきた程度しか回復していないまだ、体力的に自転車も乗れないし、長い距離は歩けず、もちろん走ることもできないそろそろ自転車が乗れたらいいんやけどなー自転車に乗れたら行動範囲がめっちゃ広がるし、でも、体力的に自転車に乗るのは、難しそう同じ時期に移植をした患者仲間
昔、お茶の間を賑わせていたテレビ番組『マネーの虎』。私と同じ世代の方はよくご存知だと思う。司会は吉田栄作さんで、夢を抱く志願者に対して大物起業家が出資するか否かの判断を下す。お金が出なかった時に吉田栄作が最後に言う「ノーマネーでフィニッシュです」のフレーズは一世を風靡した。そんな番組がYoutubeで新たなビジネスチャンネルとして『令和の虎』と言う名前で復活している。これがとても面白い。そんなマネーの虎のある回で、とある有望な若者研究者が登場した。彼はイギリスのケンブリッ
数日前から顔が痒くなってます目もかゆい移植後のGVHDかな寝てる時に右目をこすってしまい目の下にシワが2本出来ました〜!!アラフィフで顔をこすったらダメだとは分かっていたけどこんなにすぐ結果がでるとは、、ゆっくり年相応に老けるのはいいんだけど急速な老化は自分でもビックリします〜出来たシワに水分、乳液をたっぷり与えて少しでも取り戻すわよ
先日の高額療養費については、直近数か月分の返金申請をサボっていたから、ボチボチやらないともう1人の自分に急かされる。そろそろやるかと、重い腰を上げて、領収証ファイルをどさんと持ってきた。改めて過去の分も含めて、この1年間でどのくらい治療費として支払ったかを計算してみた。ちなみに、先日書いた通り、私の場合は高額療養費の限度額が44,400円/月になっている。最初の3か月は約8万円くらいだったが、3か月を越すと多数該当が適用され、そこからずっと44,400円の上限である。ただし、血
また床に伏す時間が多くなったから、色々と考える時間が増えてしまった。良くないことだ。なんかのYoutubeを見ていたら、『幸せ』の議論をしていた。日本人が大好きな抽象論のディスカッションだ。幸せとは何かは、今の自分にとっては大事なテーマかもしれない。いきなり大病を突きつけられ、苦しい治療を余儀なくされ、1年間苦しんできた。「今、あなたは幸せですか?」と問われたら、なんと答えるだろう。逆に、1年前。病気もなく、仕事もして家族の時間もあって、社会の中心で生きていた
【移植後】退院〜3ヶ月・食のリアル何食べよう?なまもの、輸入品NGなど、食事制限をクリアし匂いや、食後の吐き気や下痢にも影響せずそんな条件に合う3食を毎日考えるって、結構難問です誰か代わりに考えて〜と、何度思ったことか😅【朝食】ごはん(飯碗1/3位)と味噌汁(汁椀1/2位)に個包装の「ごはんですよ」か、ごま塩🍙家族のウインナーを1本分けてもらうこともまたはパンとスープ🥣薄めのコーヒーパンは、20年来ずっと食べていた近所のパン屋さんのパン
これも骨髄移植の後遺症なのだろうか。平熱が低くなったのか、熱い心が失われてしまったのか、とにかく寒いのである。冬が明ければ体もホットになってくるだろうと思っていたのだが、春が来て外は暖かくなっても、相変わらず体が寒い。動いてないからというのはもっともな理由だが、にしても寒い。夏日に近い日がやって来て、外を覗けば半袖で出歩く人が多い中にあって、私は引き続きヒートテックを着用しながら生活をする。出掛ける時もヒートテックをまといながら、歩いてやっとちょっと温かくなってきた
2025年12月25日移植132日1回目の通院は、15日で、退院4日でしたので、省略してしまいました昨日は、一般呼吸器機能検査・骨塩定量検査(骨密度の検査)、血液検査をしました結果は、順調でした。順調なだけに、注意する食材も他の人より緩いです注意すべきは、生ものです刺身、生肉、生ハムなどですあとは、ブルーチーズですこのくらいなら我慢できると思いますあとは、体力を付けていかないといけませんね体重が46.8kgと全く増えていませんがんばりますこのブログは、年内最
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今年はまた何かに挑戦して成功しても失敗しても笑顔で前に進めるように豊かな心を育てる年としたいと思います。生きていくということは良いことも悪いこともあります。そしてなぜか嫌なことの方が記憶に残ります。それでも笑顔にいたいと思うのは大切な命が燃えているからです。何回も救われた命です。初めましての方も多いので次は簡単に僕の人生の一部を話します。だいすけの小さな幸せ探しの旅つづく
自宅でいつもの椅子に座りながら、外を眺める。寒空の下で木々達が風に揺られながら、冬の合唱を続けている。お決まりの場所に居座ったカラスがいつもの様にこちらを眺めている。ここから見える景色はいつもと変わらない。でも、着実に時間は流れ、私もまた1日1日が過ぎ去って行くのを実感する。そしておもむろにパソコンを開け、本日の業を始める。あー、自分は社会に戻ったのだ。この1台のパソコンが社会への入口となって、勇気を出してそこに飛び込んだ。復帰初日の出社日に、苦楽を共にした若者が熱いハグ
胃腸炎の恐怖から逃げるように年の瀬を迎えながら、毎年恒例の爆買いに出る。世の中、こんなに人が生息しているのかと思うくらいスーパーは混雑している。そして、年末年始にこんな時間まで営業している日本って本当に働き者だと感動する。大量のガラクタと飲食物を買い込んで家に帰ろうとするが、テンションが舞い上がって帰り道を見失った子ども達に釣られて外食に出る。料理が出てきてから5分、どうも箸が進まない。すると、お腹が妙にチクチクと痛み出してきた。実は昨日からお腹の違和感があり、なんとなく