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春が来たということは、世の中は新しい節目を迎える。新学期を迎える息子も気合いが入っている。もうすぐあれがあるだ、何月何日は確かこれだと、大人顔負けの様相で己の未来を見据えている。息子が言った月日がなんか引っ掛かった。聞き覚えのある日だな。すぐには思いつかず、しばらく頭の中でその日付を反芻していたら、ようやく気づいた。あ、俺の入院日だ。そう、救急車で運ばれたあの日のことだった。おー、ってことは、あれから2年が経ったのか。そう思うと、急にこの日付が尊くも重い数字となって
あの日私は人生の終わりを感じました私はもうこのままお家には帰れないのかもしれないそれなら家族に何かを残さなければ友達にも私に何があったのか残しておきたいブログのタイトルは50代にして生きやすくなった私この年だからこそ私の気持ちは落ち着いていて流れに任せて治療をしてきました今後どれくらい再発せずにいられるのか私の場合5年で50%再発するそうですでもそれはただの数字その人によりますよね運命だってあると思うし年齢状況体調環境タイミング治療法
今日ももう少し骨髄移植のお話を。そもそも骨髄移植とは何なのか。簡単に言えば、正常に働くなった骨髄(=血液を造る工場)を正常なものに入れ替えてしまおうという治療だ。厳密には、『造血幹細胞』という血液を造る細胞を、ドナーさん由来の健康な細胞に入れ替える。どこかのお医者さんが言っていたが、この治療はとんでもない荒治療だと。確かに、医学的なことはわからないが、骨髄の中を空っぽにしてそこに違う人の細胞を流し込もうと言うのだから、それはそれは凄い治療だと思う。骨髄の中を空っぽに
僕は死ぬように生きていたくはない。音楽に何度も救われて生きてきたつらい時はいつだって音楽が隣にいて勇気付けでくれた奮い立たせてくれたこの中村一義の「キャノンボール」は2002年にリリース当時人生で1番の激務中の激務でもう今日で終わろうか明日からもう自由になりたいって思いながら職場で1人仕事をしている時ラジオからこの曲が新曲の紹介で流れてきましたイントロからもう素晴らしすぎて聞き入ってしまった「愛」を歌う曲で男女の愛じ
喉元過ぎれば何とやらは、どの人にも言えることだろう。私も御多分に漏れず、良いことも悪いことも時間が経つとあの時と同じ感覚は薄らいでしまう。そうかと思えば、ふとした瞬間にフラッシュバックのように甦り、当時の事が鮮明に眼前に現れることもある。早く目が覚めたある朝、シャッターを半開にして外をボーっと眺めていた。特に何も考えているつもりは無かったが、薬の記憶が突然脳内に駆け巡ってきた。2か月前に終了した『プレバイミス』は飲むと本当に気持ち悪くなる薬だった。飲んですぐに何とも言えない気持
見事なまでに医師の予想は的中。病院で計った時は熱が無かったから、帰るまでの間に潜伏バイキンが冬眠から冷めたのだろう。体温計など持たなければ良かった。一度上がった数字を見ると、一気にテンションが下がってくる。でも、骨髄移植から1年半が経過すると、最近は発熱の症状やタイミングがわかってきた。遅かれ早かれか・・・認めるしかなかった。今までのような38℃を超える高熱にはなっていないから、今のうちに撃退しなければならない。夜ごはんを食べたら、大量に処方された解熱剤の中から2粒だけ取
こんにちは。あまりブログ記事をアップしていませんが、今回は本の出版のお知らせです。このたび、僕の本『ぼくは、自分をあきらめない』が、**11月11日(火)**に発売されることになりました。余命2週間――医師からそう告げられたとき、どこか他人事のようでした。そのとき、僕は34歳でした。成人T細胞白血病(ATL)のリンパ腫型。骨髄移植を受けても1年経たずに再発し、やがて全身転移し末期状態へ。医学的には「回復は不可能」とされたその状況から、ある日突然、「自然治
「希望をカタチに」株式会社NK.アイリスCo(エヌケーアイリスカンパニー)の岸村です。看護師→宅建士になったのはなぜ?不動産の営業を始めてよく皆さんに前職で「看護師」をしていたと話すと「なぜ??」と聞かれます確かに全く違う職種ですし、皆さんがそう思うのは当然かもしれませんね。実際、私も取引先の方が自衛官から不動産業営業に転身したと聞いて、「なぜですか」と思わず聞いてしまった経験があります(笑)ただ、私の中で看護師から宅建士に転身した経緯にそんなに違和感はあり
先日の高額療養費については、直近数か月分の返金申請をサボっていたから、ボチボチやらないともう1人の自分に急かされる。そろそろやるかと、重い腰を上げて、領収証ファイルをどさんと持ってきた。改めて過去の分も含めて、この1年間でどのくらい治療費として支払ったかを計算してみた。ちなみに、先日書いた通り、私の場合は高額療養費の限度額が44,400円/月になっている。最初の3か月は約8万円くらいだったが、3か月を越すと多数該当が適用され、そこからずっと44,400円の上限である。ただし、血
2025.4/14今日の診察は母と行くことになった。治療の面でもうずっと何の進展もないから、詳しいことを聞かれても「分からない」としか答えようがなかっただけなんだけど、それを説明しても何か隠し事してると思ったんだろうな。今日はいつも以上に気が進まなかった。主治医の先生は母に対して、抗がん剤がことごとく使えなかったこれまでの経緯とか、わたしの白血病のタイプは“3年〜5年の慢性期の後、3ヶ月ほどの短い移行期を経て急性転化する”という病気の説明をしてくれた。そして、病気が発覚してからも
血液検査の結果は相変わらずあまり良くないです〜原因は先生も探し中です身体がだるいのでゆっくり寝て過ごしてます今日は雨〜雨の日は家事とか諦められるのがいいよねネットスーパーを頼んで晩ごはんメニューもよりいっそう簡単にしてねこちゃんとまったり
私にできることってなんだろうこんにちは。いつもありがとうございます。慢性骨髄性白血病、急性転化のかなえです今日は「入院中にして良かったことその2」をお伝えします。入院中にして良かったことは面会を拒まないです。入院中の方は感染リスクがありますし、無菌室だったり環境や体調によっても面会しない方が良いこともありますので、あくまで個人的感想として読んでいただけたらと思います私の一回目の入院は3か月でした。入院中は仕事を休んで皆に迷惑をかけてるし、家族に心配かけている
弟の嫁さんが10年程前に急性骨髄性白血病になりました。難治性という事で骨髄移植(息子の骨髄)をしました。手術2年後には、クルージングにも行けるほど元気になりました。結果的には急性骨髄性白血病は完治しましたが、骨髄移植の合併症で閉塞性細気管支炎となりそれが原因で2024年10月永眠しました。参考に成る事があればと思いUPします。白血病の種類白血病の発生と種類|急性骨髄性白血病(AML)|ベネクレクスタ.jp|-アッヴィ-検査急性骨髄性白血病の検査項目は、主に血液検査
テ2025年3月に胸の痛みで延べ5ヵ所の医療機関を受診し、6か所目のN病院に入院。フィラデルフィア陽性リンパ性白血病と診断されました。4月寛解導入療法6月地固め療法7月14日移植入院7月24日造血幹細胞移植8月9日生着8月30日退院11月6日腎臓検査入院自宅療養中この前Amazonプライムで、実写映画の「はたらく細胞」を見ました。画像はお借りしましたネタバレもあるので、知りたくない方、以下はご遠慮ください。はじめは白塗りの佐藤健くんにビックリ
2025.8.31急性骨髄性白血病の移植から2年が経ちました8月31日は、忘れもしない骨髄移植をした日です生まれ変わった私もっと元気になっていると思ったけど、なんやかんや病が次から次へとやって来て、いまだに日常生活が少しできてきた程度しか回復していないまだ、体力的に自転車も乗れないし、長い距離は歩けず、もちろん走ることもできないそろそろ自転車が乗れたらいいんやけどなー自転車に乗れたら行動範囲がめっちゃ広がるし、でも、体力的に自転車に乗るのは、難しそう同じ時期に移植をした患者仲間
こんにちは、原田高志です。脳卒中リハビリテーション看護認定看護師として20年、看護学生や新人看護師の指導に携わってきました。本日は【ここで紹介する事例は学習テーマ用の架空事例です】と明記したうえで、「大理石骨病―看護学生・実習・ケア・観察・注意点」について、看護学生1年生向けにやさしく解説します。はじめに:大理石骨病とは?大理石骨病(だいりせきこつびょう/オステオペトローシス)は、骨が大理石のように硬く・厚くなるけれども、逆に「もろく」なる遺伝性の疾患です。生まれつき破骨細胞
のんびり髪も回復して欲しいです美容室行ってきました「久しぶりですね〜」と、担当の美容師さんと嬉しい再会でした。大学卒業してから、10数年、同じ美容師さんにずっと切ってもらっていました。なので、安心して無重力ヘアーも見せられました結論から言うと、あまり変わってないけれど、変わりましたまだ、ウィッグを外して出歩ける状態ではないので、美容師さんと相談して、ベリーショートで出歩けるのを目標にやっていくことにしました。①の頭頂部はあと2センチは伸ばしたい②の部分はこのまま維持③の部分
自己紹介40代女性'24年秋冬貧血症状(耳鳴り/息切れ/動悸)'25年1月骨髄異形成症候群高リスク診断骨髄移植の決定'25年1月下旬~3月中旬49日間入院)ベネクレクスタとアザシチジンを2クール'25年4月下旬~4月下旬7日間入院)3クール目'25年5月下旬~7月上旬41日間入院)前処置/骨髄移植/生着/退院(移植後30日)'26年4月中旬現在移植から約300日健康状態はすこぶる良好!※画像にワンちゃんや可愛い動物を載せ
骨髄異形成症候群(MDS)と診断され、現在は移植に向けた治療を受けています。ただ、治療方針がこれで本当にベストなのか、他の病院ではどのように考えるのかを知りたくて、セカンドオピニオンを受けることにしました。違う視点を聞いたうえで、大きな違いがなければ、このまま骨髄移植を受けていく覚悟を固めたいという気持ちもありました。今回は、そのセカンドオピニオンで伺った内容を、整理して記録しておきたいと思います。少し長くなりますが、お付き合いください。セカンドオピニオンで聞いたMDSの現実と治療方針
春眠アレルギーを覚えずこんにちは。気づけば前回の更新から三週間が経っていました。前回の通院後、点鼻薬で回復するかと思われた不調ですが、鼻血と鼻の中の荒れが落ち着いたあと、今度は鼻水と咳が出始めました。これはさすがに何かの感染症かもしれないと思っていたところ、数日遅れて家族も咳と鼻水の症状が出始めました。ただ、全員そろって発熱がなかったため、どうやら花粉症の可能性が高そうです。幸い、家族の症状は4日ほどで落ち着いたのですが、私だけは咳がいまだに治らず。咳をするたびに
前回ブログをあげてから、もう1カ月この1カ月はせっかく帯状疱疹が治りかけてきたと思ったら、案の定どこかで菌をもらったみたいで、そこから軽い肺炎を起こして肺炎が落ち着いたと思ったら、今度はCRPが6.8と高いまま。抗生剤を飲んでも落ち着かへんってことは、なんらかのウィルス🦠が身体に入ってて、免疫が下がってやっつけられへんとのことでした。3月中旬から最近まで、ほぼ寝たきりのアタシでした。その寝たきりの間がね、もう倦怠感が凄くて、退院してから今までで、1番しんどい倦怠感やった再発
こんにちはやっと涼しくなって良かったです。ここ一年くらいは月1で腎臓内科と血液内科にかかっています。血液内科では、移植後2年が経過したので、再発は大丈夫でしょうということで感染予防の薬が減りつつあります。バクトラミンは2年間飲み続けて終わりました。アシクロビルはまだ飲んでいます。今月の診察の時に帯状疱疹のワクチンを打ちます。血液の病気になった人は、帯状疱疹になりやすいそうです。血球の状態もよく、自分でも元気があるので順調だと感じています。日光には3から4年くらい当たらないようにと