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柔術といえば柔術、レスリングと言えばレスリング。これをどう適切に呼べばよいのかは、心の端にずっと引っかかって居たものです。とはいえ、別に生徒さんたちとの間のうちわでだけわかれば良いことですし、それほど緊急で名前をつけたりはしまいままでここまで来てしまいました。しかし先日から、十数年ぶりに帰ってきた元弟子のセグンド君と、相棒の拾得ちゃんと相談して、なにか良い呼び方は無いかと考えていたのです。私は、他の柔術流派や団体と混同をさせないような、紛らわしくない、迷惑を掛けない物が良いというこ
私は、ちゃんと生徒さんたちに教えてしまう師父なのですけど、これは非常に珍しい存在です。珍しい上に、もしかしたら邪道であるのかもしれません。中国武術の師父たちは、とにかく物を教えません。その教えないということに問題を感じて、真面目にやる人にはちゃんと出来るようになって欲しいということで教える師父になりました。しかし、最初から教える師父として始めた結果、生徒さんたちの質の低さが極めて目立つという結果になりました。まだ何も出来ていないのに人を取って教えようとし始める者、自分も何も
レスリングについて書いてきましたが、では当会では平素どのような投げについて練習しているかというお話をしてみたいと思います。まず、これまでの西洋武術についての記事でも書いてきた通り、アルニスでは中世レスリング式の投げを多用します。ただ、投げ方に関しては恐らく同じではありません。なぜなら、まず第一には中世レスリングは失伝しているため、検証が不可能であるためです。もう一つは、私が中国武術の継承者であり、ラプンティ・アルニスが元々その中国武術から出来ているため、どうしても形式は中世レス
最近は、白鶴拳と五祖拳を分けて打っています。この白鶴拳、私たちの五祖拳のような総合白鶴拳類では、千字打という套路が高級段階で含まれがちなようで、南派太祖拳や金鷹拳などの同様の武術でも行われているそうです。そしてこの千字打の中に、高級な発勁の重要要素である見龍解甲が含まれています。そう考えるとつまり、私の好きな見龍解甲という要素は白鶴拳の段階であった可能性が高い。この白鶴拳では放鬆が重要視されていると見立てていますが、そこで気づいたのが鉄砂袋のことです。鉄砂袋を使った鉄砂掌功
大きい武術と小さい武術について前回はお話しました。その中で、側面を向けるか正面を向けるかということをお話しましたね。大きい武術では側面を向けがちだと私見しています。槍衾を作ったり、陣形を組んだり、騎馬隊を相手に戦うことを考えると必然そうなります。一方で、対一をメインに想定した小さい闘いでは、割と正面を向けがちです。合戦やゲリラ戦を経てきた八極拳や劈掛拳では側面を向けるのがスタンダードですし、簡化武術である女子防身術の詠春拳では、正面を向くスタンスが多用されます。詠春の中
中国武術では、内功という物を重んじます。重んじない武術も一部ありますが、それはあくまで簡易な物。真正の正統な武術では必ず重んじます。あるいは貴重な武術を学んでいても、内功が出来なければ本質をまだ与えられていない。中国の身体観とはすなわち気の身体観ですので、気功からのアプローチが浅ければその深奥には至りえません。私は何も分からない頃から気功を薦められて、分からないし関心もないけれどもただやり続けてきました。その結果、気功の重要さに目覚めていまに至っています。五祖拳にしても
正当な伝統中国武術においては、決して答えは直接教えてはいけないということについて前回はお話いたしました。私はいつも稽古中に「愚者のすることは全て陽だ。賢者のすることは全て陰です。表象に囚われてはいけません。本質を理解してください」と繰り返しているのですが、みんな表象のことばかり見ています。戦後愚民化教育に育てられていて、事象から抽象化をすることが極めて不得意なのです。それよりも表象を暗記して反復すること、あるいは暗記して反復するように見せることだけに専心してしまうのです。暗記テスト