ブログ記事975件
中国武術の良いところは、一生一人でやれることです。さまよえる格闘家だった私がさまよえる格闘技を引退した後に中国武術を選択した理由にはその要素が大きく含まれています。誰にも関わらず、誰も知らないところで一人で生きて死ぬ予定だったからです。その隠棲志向の延長にいまの毎日が存在して居ます。驚くほどの豊かな文化資源としての沢山の中国武術が共にあり、充たされてそれらを打って暮らせています。一つ一つの構造の中にある、体への要求を突き詰めて、よりよい発勁を求めてゆく。天につながる昇り
世界の奇祭ハンターという人がおりまして。その方がイタリアのトマト投げ祭にも行かれたそうなんですね。その感想が非常に面白く感じました。まずトマト祭、ものすごく寒いそうなんですね。投げられたトマトが道にペーストになって溜まっていって、足首まで浸かる川になるそうなんですが、それくらいの中で全身トマトまみれになると、大変に寒くなるそうです。これ、東洋医学的に非常に面白い。トマトというのは夏野菜です(中国文化的に言うと果物です)。ですので、体を冷やす効果があると言われます。
と、様々なパンチを分析、説明した上で、ここで出てきた要素を組み合わせてそれぞれの武術に役立ててもらうこととなりました。アルニスではもともと決まったパンチの打ち方がありません。なぜなら素手の武術ではないからです。私は二十代で教わった初めの頃に「お前が好きなように打てばいいよ。空手が出来るなら空手で、ボクシングが出来るならボクシングのやり方で殴ればいい」と言われました。そしてより良いのは、その場にある石でも鍵束でもビールジョッキでもを手に持ってそれで殴ることです。素手で殴るのは
ノンコンタクト空手パンチの後は、柔術の当身の体験を行いました。これはほとんど知られていない物ですね。ハエ叩きパンチのように脱力状態で出し、そして脱力状態のまま当てます。当て感を用いて繋げなくて大丈夫です。このやり方には二つのパターンがあるのですけれども、一つはひたすらに「痛い」やり方です。力積はさほどないのですが、相手の急所を狙うことで痛みが増します。痛いという意味では空手パンチと通じるのですが、空手パンチのように破壊の要素を伴いません。空手パンチは平たい部分を割る
ハエ叩きパンチの次は、ノンコンタクト空手のパンチを解析しました。ノンコンのパンチ、いろんな先生がいろいろ立派なことをおっしゃいますが、実際に昭和の町道場で普通に行われていたのは、一言で言うならただの手打ちです。格闘技として考えたなら、この手打ちというのはあまりに威力が低いように思えます。しかしこの場合の威力というのはつまり、力積のことです。体重や遠心力を載せないことが、武道としては利があるのです。拳の硬いところを使って相手の痛いところを打つ。簡単に言うなら、ゲンコツゴチ
さて、ハエ叩きパンチですが、これはリラックスした状態で腕を伸ばし、インパクトの瞬間だけ関節の各部分をコネクトさせる、という物です。後述する空手パンチのように、初めから力を込めて段階的加速をしてゆく必要はありません。鞭のように、あるいはとびかかる蛇のようにリラックスして前に出す。フィリピンの公園などで、往年のボクサーだった中高年男性がこのタイプのパンチを繰り出して練習しているのを見たことがあります。地元では大変尊敬されている人で、敬意をもって眺められていました。彼にいくらか手
先日の練習では、いろいろな「パンチ」について説明し、体験するという企画を行いました。昔はこういうことのWSなどをしていたのですが、最近ではずいぶん久しぶりになります。この場合の「パンチ」とは広義のパンチのことであり、いわば拳の辺り、手指の骨で打つ行為のことです。さらに今回は、まっすぐの突きに限定しました。何しろ情報量が多すぎる物で。まっすぐの突きと言っても、リードとクロスで違いがあります。リードのパンチは体内の荷重線を推進させる力を主導力とします。クロスのパンチは回
先日師父に及び頂いたときに、来年から客家拳法の試験を開始するとのお話をいただきました。ちょっと、疲労がつもりつもって意識が朦朧としていたもので「あ、なんのテストですか?」と無礼な質問をしてしまったのですが、それは私がその拳を段階的に学び、いずれは指導資格を得るための試験でした。二年ほど前から、私もやるそちらの短拳をやることになるというお話はいただいていたのですが、とうとう動きが目に見えて迫ってまいりました。これまでは難しすぎて何をすればよいのかまったくわかっていなかったこの武術、よ
アイルランドは妖精伝承の国として知られていますが、これは地中に妖精の国があるとされているそうです。そして妖精たちのことを、シー(地霊)としても認識しているそうで。これは、元々居た神族が外来の神族との争いで敗北し、地上を明け渡す代わりに地下の世界に移住したからだといいます。「妖怪とは墜ちた神々のことだ」の典型ですね。ここでまた山田五郎氏の、そういった地から湧き上がる生命力のことを蛇として象徴した、という説を思い出したいところです。そしてそのまま、話を宇賀神に戻します。翁の頭
ブラジルの地の力のお話をしましたが、これはもちろん、ブラジルには魑魅魍魎や地の霊が、物質的な具体や生物学上の存在として居るというお話ではありません。そういう、タブロイドでムーなポルノ的お話ではなくて、ちゃんと学問のお話です。えぇ、そういうページですので。例えば。私の寝室は人通りのある路面に面して居ます。窓際に枕を置いて横になっていると、夜中に話し合っている声と足音が聞こえることがあります。おそらくは声質からして地元の大学生かなあ、などと無意識に聴覚から像を結びます。朝方
ブラジルで身体哲学活動をされていたご夫妻とお話をしたというところまでが前回の内容ですね。今回は、現地では悪魔憑きという物があるというところからお話をスタートします。少なくとも90年代までは、バチカンではエクソシストなどは無い、と否定がされていました。しかし、実際に自分はエクソシストをしていた、という神父が「エクソシストは語る」という本を出版したのが2000年代、以後、バチカンの広報姿勢が変わったのか悪魔祓いは行っているということが通説となっているように感じます。短絡はしないで欲
回復を起点に、家族と未来を支える整体師高松ヒデノブです。練習から帰ってきた。ユニフォームを脱いだ。夕飯も食べた。今日の練習は終わり。でも、身体まで練習を終えているとは限りません。スポーツを頑張っている子どもの身体に触れていると、練習が終わって何時間も経っているのに、まだ力が抜けていないように感じることがあります。太ももがパンパン。ふくらはぎも固い。肩にも力が入っている。呼吸もなん
回復を起点に、家族と未来を支える整体師高松ヒデノブです。突然ですが、お子さんは正座できますか?「できますよ」という方もいれば、「そういえば、させたことないな」という方もいると思います。今の子どもたちは、正座をする機会そのものが、かなり少なくなりました。食事は椅子。学校も椅子。勉強も椅子。家ではソファー。寝るときはベッド。考えてみると、一日の中で、膝を深く曲げ
10月10日土曜日代々木公園10月17日土曜日港区会場と予定しております。13時~17時です。功夫班@3500太拳班@3500アルニス班@2500外国人@500https://youtube.com/shorts/BLFUyg-FZZ4?feature=shareアルニスの練習ARNISTRAIN20260912YouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族
阿闍梨と先生のご夫妻は、最近までブラジルに住んでいらっしゃいました。夫様は当然密教の阿闍梨ですが、妻様はカトリックの方ですので、必然地域生活ではカトリック教会にお世話になっていたそうです。このカトリック教会、近現代史の移民しにまつわる気合の入った教会で、まだご存命であった90代くらいの修道士の方々は、同時代のアジアの歴史をオンタイムで見ており、またそこに接して自らの物としていて、中華系南米移民から伝わった鄭氏太極拳をなさったりしていたそうです。禅や太極拳など、東方の身体文化をきちん
先日、夏休みで北海道から私の地元に来ていた道友の阿闍梨とお会いできました。作家をされている妻様ともご一緒で、鎌倉から帰りだということでした。お土産に銭洗い弁天の護符をいただきました。私自身が彼の社に参ったのはもう三十年くらい前が最後でしょう。当時は何も分からなかったのですが、こちらが宇賀福社とされていて、宇賀神さまをお祀りしているということを今回のお守りを観て知りました。宇賀神とは蛇の身体に老翁の頭が付いた神様です。場所によってはこれが女性の頭部だったり子供の頭部だった
以前もお話ししましたように、八月の半ばからまたフランスの兵隊さんがバカンスでやってきていました。毎日功夫の訓練をするためにです。ただでさえ夏場は疲労よれよれ、元もといつでもよれよれの私は、当然さらによれよれになりました。まぁ、いつものことなので特にどうということもありません。ありませんがしかし、いつもどおりこの夏の疲労はまだ抜けきらないままに回復の日々を送っています。それでもここまでこれたのは、気功に加えてのクレアチンとアイハーブのサプリメントのおかげかもしれません。と
さて、今年もクレヨンしんちゃんの映画を観てまいりました。最近では以前ほど映画を観ないようにしているので、この夏見た決して多くはない作品の一本ということになります。前回はインド映画フィーチャーの作品であったことが鑑賞の動機でした。今回は妖怪だったからです。妖怪、風流だし。夏で妖怪と言われたら観ない訳にはいきません。という訳で映画を鑑賞した感想です。まず粗筋から言いますと、夏休みに秋田のぎんのすけおじいちゃんのところに遊びに行った野原ファミリーは、そこで妖怪たちに歓迎を受け
次回練習日は10月3日の土曜日、代々木公園にてとなります。13時~17時です。功夫班@3500太拳班@3500アルニス班@2500外国人@500人生が面白くなくて面白くしたい十八歳までの方、無料。https://youtu.be/PUX6ccxQNI8
回復を起点に、家族と未来を支える整体師高松ヒデノブです。昨日は、「膝が痛い」と言っていた。だから心配していたのに、今日は友達と普通に走り回っている。「昨日の痛いは何だったの?」と思いますよね。子どもの身体を見ていると、こんなことがあります。毎日まったく同じように痛むわけではありません。痛い日もあれば、比較的楽な日もある。練習中は平気だったのに、帰宅してから痛くなることも
回復を起点に、家族と未来を支える整体師高松ヒデノブです。「先生、かかとはもう痛くないんです。でも今度は膝が痛いって言い始めて……」スポーツをしている子どもを見ていると、こんなことがあります。最初はかかと。それが落ち着いたと思ったら膝。あるいは、膝が良くなったと思ったら腰。「また別のところを痛めたの?」と思いますよね。もちろん、それぞれ別のケガということもあります。強い痛みや腫れ
以前もお話したように、老師父からの通背拳の伝承が始まっています。通常練習後の短い時間、少人数だけがこれを行います。それぞれに立ち位置が違うので、少しづつ内容には違いも出ます。私と、これを継承する通背拳専門家の師兄は完全にこの勁を体得しないといけません。また、教えられるように体系的にも理解しないといけない。相方の拾得ちゃんは長年練ってきている八極拳の功に合った形でこれを学びます。八極拳を邪魔してはいけないし、八極拳の中に含まれて役立つ形での習得が目標になっているように見え
今年は九月に入るなり肌寒くなりましたね。このところは例年、11月くらいまで暑いままで、夏と冬しか気候が無くなっていただけに、少し驚いていはします。そして、昨年も書いたことなのですが、季節が変わるとホメオスタシスが変わります。夏の身体から次の身体へとバランスがスライドしますよね。その変化の一つに、水分代謝が存在します。夏の間は死ぬほどの暑さへ対策のために水分を大量に摂取し、それでも汗で出て行っていた物が、肌寒くなると汗腺からの代謝が減ります。そうなると、体内の水分量が増え
六月に四週間のタイでのフィールド・ワークを終えまして、その折にシャーマンに儀式を受けてサクヤンという呪符を体に刻みこんでもらったことは以前にお話しいたしました。このような呪符は現地に飛び交う、黒魔術への防御としても用いられるそうです。こういった文化に関するフィールド・ワークの先人の著書「東北タイにおける精霊と呪術師の人類学」という本を読みました。著者の方は津村文彦という先生で、私と同い年なのですね。現在はサクヤンの研究をされているとのことです。この本が、まったく私の調査
21世紀の知性として注目をしている、台湾のオードリー・タン氏がまた興味深い発言をしていました。それは、競争は必ず敗北をするけれど、ミッションなら成功しうるという趣旨の発言です。この言葉は、以前にも紹介した「邪悪を描く作家」デニス・レへインの作品における「他の誰にもルールの分からない競争を常にしていて、そのためには命も投げ出す」ようなはた迷惑な大バカ者の典型に関する描写と繋がりました。アラブの諺に「他人に罵倒されて動揺したり、称賛されて喜ぶ間は、あなたは他人の奴隷なのだ」という物があ
私は平素、少林武術の継承者として禅や仏教についてのことを書いているため、Xのおすすめポストにはそれ絡みの物が流れてくることがあります。その中には英語で書かれたアフォリズム・アカウントによるものも多く、原点を当たることが難しい物も珍しくはありません。先日流れてきたのもその一つで、内容はこのような物でした。仏教では、人生をこう生きなさいと説いています。1.静かに勝ちなさい。言葉が多いと弱く見えます。2.わざわざ復讐しないでください。腐った果実は自然と落ちます。3.間違った
私の記事には三人、凄い手技セラピストが出てきています。名人と、神指圧師と、天才です。この天才とまたいつものクラブで再会しました。再開すると、とりあえず施術をしてくれます。これが結局は、私の学習となる訳です。施術を受けながら、なぜそうするのか、どのようにそうするのかを体感してゆきます。悲鳴を上げながら。天才による感覚任せの自己流で、いまだ言語化もされていない物を学ぶにはこうするしかないのです。最終的にある程度体得できるのか、あるいはそうではないのかは分からないですが、
さて今回、映画の大きなネタバレ、最大のどんでん返しをお話します。ぜひぜひ、知りたく無い方はいますぐ退避してください。この映画全体の時代、つまり、トロイア戦争の前後の時代のギリシャ文明圏というのは「海の民によって文明が滅ぼされる」という恐れが拡がっている時代だとして描かれています。オデュッセウスを待つ家族も、その家族に寄生して国を乗っ取ろうとしている若衆たちも、このままだと海の民が攻めてきて国を滅ぼされるので早く国体を強化しなければ、という強迫性を感じています。この海の民について
回復を起点に、家族と未来を支える整体師高松ヒデノブです。「背中、丸くなってるよ」「姿勢よくしなさい」「ほら、また猫背!」子どもに何度言ったでしょう。その瞬間は、「はいはい」と言いながら背筋を伸ばす。ところが5分もすると、また元通り。そしてまた、「姿勢!」と言う。こんなやり取り、ありませんか?でも私は整体をしていて、少し違う見方をしています。もしかするとその子は、
回復を起点に、家族と未来を支える整体師高松ヒデノブです。子どもが床に座っているとき、「ちょっと立ってみて」と言ってみてください。そのとき、どんな立ち方をするでしょうか。スッと立つ子。一度手を床について立つ子。片方の足を前に出して立つ子。近くのテーブルにつかまる子。よい悪いを決める必要はありません。ただ見ていると、けっこう面白いんです。なぜなら、床から立つという動作