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新・ドラゴン藤波大年表2025081978年「WWWFジュニアヘビー級チャンピオンに!」凱旋帰国、冴えわたるドラゴン殺法。日米を股にかけた防衛戦ネバー、ギブアップ!ドラゴンブームに藤波、ニューヨーク・MSGでジュニアヘビー級のチャンピオンに。さわやかな青年チャンピオン。凱旋帰国。ドラゴンブーム!そして、日本とアメリカを股に掛けたチャンピオンロード!藤波さんにとって「もっとも長い1年間」猪木とともに、「新日本プロレス」の看板選手に。●昭和
新・ドラゴン藤波大年表2025101979年日米を股にかけたチャンピオンロード。ただ、伏兵に足をすくわれて、連続防衛記録は途絶えた。唯一の「8.26夢のオールスター戦」にも出場藤波は、シリーズ中にタイトルマッチ。オフになるとアメリカ遠征へ。まさに太平洋を股に掛けたチャンピオンロード。8.26のオールスター戦にも堂々の出場。馬場と猪木のタッグに、藤波もマスカラス・ジャンボ鶴田とタッグを組み、お祭りに華を添えた。WWWFがNWAに加盟し、「世界」の文字が
新・ドラゴン藤波大年表2025RSD新しいシリーズがはじまりました。と、いっても、このブログのシリーズで、藤波さんの参戦する「シリーズ」(「闘魂シリーズ」とか)でなくて、ごめんなさい。藤波さんが参戦した2025.8.10柏市フェニックスプロレスとかの話題は、別のファイルにしますので、ちょっとお待ちください。(試合結果等を調査中ですし)★ご案内★藤波さんの歴史はプロレスの歴史です。藤波さんを好きな「ファン」が作成したサイトです。楽しんでいただけましたら、
新・ドラゴン藤波大年表2025151983年長州力との「名勝負数え歌」が大人気にはじめて長州に敗れ、タイトル奪回に燃える。IWGP開催。藤波は「失踪中」(ww)長州との名勝負数え唄。藤波は、一度も負けたことのない長州に、ついに敗れ、「失踪」帰国して長州からタイトルを奪回するまで、熾烈な闘い。この年、新日本の猪木・新間体制にクーデターが勃発、当然、藤波もかかわるも、、、忙しい一年の、前半をこのファイルでお届け。多方面に渡って活躍。その1
新・ドラゴン藤波大年表20251972年新日本プロレス旗揚げ「藤波は、猪木のもと、新団体の旗揚げに全力を尽くす」「旗揚げの日」藤波は記念すべき「旗揚げ第一試合」を藤波は、猪木のもと、新団体の旗揚げに全力を尽くす。道場を作り、チケットを売り、ついに迎えた「旗揚げの日」藤波は記念すべき「旗揚げ第一試合」をつとめる。●昭和47年(1972)18歳新日本プロレス旗揚げ●昭和42年(1972年)藤波18歳1月12日この日、「日本
1987年9月17日に行われた新日本プロレス、世代闘争イリミネーションマッチ。この試合にアントニオ猪木の度を過ぎた「ドスケベさ」を感じずにいられません。1987年の新日本は色々ありすぎました。長州らジャパン軍団の電撃復帰、海賊男、ギブUPまで待てない、世代闘争、巌流島、前田蹴撃事件、たけしプロレス軍団、2度の大暴動事件、何年か分の「事件」がわずか一年の間に起こりました。この年の夏は世代闘争が行われていた時期。世代闘争が勃発した6月のIWGPリ
U新・ドラゴン藤波大年表20252519901990年腰痛による長期欠場から、奇跡のカムバックドラゴンボンバーズ「藤波辰爾」に改名年末に長州に勝ちIWGPヘビー級タイトル奪取9月25日●平成2年(1990年)36歳平成2年(1990年)腰痛による長期欠場から、奇跡のカムバック●平成2年(1990年)36歳年が明けて、1990年藤波は、腰痛による長期欠場が続く。治療に専念。常に、肉体的精