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俳優の大葉健二さん死去…「宇宙刑事ギャバン」でヒーロー役、「キル・ビル」にも出演(読売新聞オンライン)-Yahoo!ニュース俳優の大葉健二(おおば・けんじ、本名・高橋健二)さんが6日に死去した。71歳だった。葬儀は近親者で行う。news.yahoo.co.jp子どものころ夢中になった特撮ヒーローは永遠にヒーローです。大葉健二さんもそのお一人。特撮ヒーローを演じた役者さんの中で最も野性味、タフさを感じました。作品の随所で見せる運動能力の高さ憧れました。そ
新・ドラゴン藤波大年表2025231988木村とIWGPタッグを獲得。飛龍革命から、最後の師匠・猪木との60分フルタイム。海外へ。そして3冠王に。昭和最後の年にふさわしい活躍。昭和63年(1988年)沖縄で飛龍革命から、最後の師匠・猪木との60分フルタイム。海外へ。そして3冠王に。昭和最後の年にふさわしい活躍。●昭和63年(1988)34歳1月4日東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞・殊勲賞」を木村健吾
新・ドラゴン藤波大年表2025061975年いよいよ海外遠征に西ドイツに「ホースト・ホフマンに試された。死ぬかと思った」キャッチで鍛えられ、ロスでの試合が日本で放映される★この年の新日本プロレスと藤波★新春から猪木がフル回転。タイトルマッチを中心にワールドリーグ戦まで。藤波も前座で全力投球。6月1日に後楽園のリング上で「海外遠征」のご挨拶をして、すぐに西ドイツへ。「キャッチ」のリズムに苦しみながらも、徐々に実力をつけてゆく。11月にはアメリカのカールゴ
1987年9月17日に行われた新日本プロレス、世代闘争イリミネーションマッチ。この試合にアントニオ猪木の度を過ぎた「ドスケベさ」を感じずにいられません。1987年の新日本は色々ありすぎました。長州らジャパン軍団の電撃復帰、海賊男、ギブUPまで待てない、世代闘争、巌流島、前田蹴撃事件、たけしプロレス軍団、2度の大暴動事件、何年か分の「事件」がわずか一年の間に起こりました。この年の夏は世代闘争が行われていた時期。世代闘争が勃発した6月のIWGPリ
U新・ドラゴン藤波大年表20252519901990年腰痛による長期欠場から、奇跡のカムバックドラゴンボンバーズ「藤波辰爾」に改名年末に長州に勝ちIWGPヘビー級タイトル奪取9月25日●平成2年(1990年)36歳平成2年(1990年)腰痛による長期欠場から、奇跡のカムバック●平成2年(1990年)36歳年が明けて、1990年藤波は、腰痛による長期欠場が続く。治療に専念。常に、肉体的精
新・ドラゴン藤波大年表2025362001印象的な「ドラゴン・ストップ!」藤波社長大奮戦するも、猪木や橋本に振り回され、苦悩の年に。ネバー・ギブアップ!藤波社長、大奮闘するも、印象的な「ドラゴン・ストップ」オーナーの猪木の意向、橋本の動向にも振り回され苦悩の年に。ネバー・ギブアップで大奮闘の年。。●平成13年(2001年)47歳●平成13年(2001年)47歳1月1日新日本プロレスの公式ホームページに、
雑感2026「今日のテーマは、雑談です!」(ドラゴン社長日記より)(笑)★すごい違和感も。5月22日藤波VS成田蓮をめぐる一連の。◆雑感◆ファンの想いもうこうなったら、、、そして、西村がいてくれたらな2026.5.5更新5.8「雑感」君、成田っていうのか?(藤波さん)初めて会ったわけでもないんですが(笑)まずは、この記事から藤波辰爾がバックステージに乱入!藤波「お前、成田っていうのか?お前、ようウチの会見、すっぽかした
新・ドラゴン藤波大年表2025311996ドームで天龍と一騎打ち、鼻に重傷をおう。精力的に「無我」の興行、他団体への進出、「新龍王伝説シリーズ」の主役、朝のテレビ小説や、各種「テレビ出演」と大奮闘の年。。ドームで天龍と一騎打ち、鼻に重傷をおう。だが、精力的に「無我」の興行、他団体への進出もすすめる。新日本本隊では「龍王伝説シリーズ」の主役をつとめ、朝のテレビ小説「ひまわり」や、各種「テレビ出演」と大奮闘の年。。
新・ドラゴン藤波大年表20252619911991年リックフレアーに勝ち「NWAヘビー級」奪取!藤波20周年第1回「夏のG1クライマックス」開催べイダーと組み「SGタッグリーグ」優勝平成3年(1991年)藤波はベイダーとの選手権試合ではじまり、フレアーから世界のベルトを。20周年記念試合のあと、夏のG1初開催に参戦、ベーダーと組んでのSGタッグリーグ優勝!バラエティ番組にも出演と、バラエティに富んだ忙しい1年に。●平成3年
新・ドラゴン藤波大年表2025101979年日米を股にかけたチャンピオンロード。ただ、伏兵に足をすくわれて、連続防衛記録は途絶えた。唯一の「8.26夢のオールスター戦」にも出場藤波は、シリーズ中にタイトルマッチ。オフになるとアメリカ遠征へ。まさに太平洋を股に掛けたチャンピオンロード。8.26のオールスター戦にも堂々の出場。馬場と猪木のタッグに、藤波もマスカラス・ジャンボ鶴田とタッグを組み、お祭りに華を添えた。WWWFがNWAに加盟し、「世界」の文字が
新・ドラゴン藤波大年表20251972年新日本プロレス旗揚げ「藤波は、猪木のもと、新団体の旗揚げに全力を尽くす」「旗揚げの日」藤波は記念すべき「旗揚げ第一試合」を藤波は、猪木のもと、新団体の旗揚げに全力を尽くす。道場を作り、チケットを売り、ついに迎えた「旗揚げの日」藤波は記念すべき「旗揚げ第一試合」をつとめる。●昭和47年(1972)18歳新日本プロレス旗揚げ●昭和42年(1972年)藤波18歳1月12日この日、「日本