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こんにちは、講師の翔永です。少し日が空いてしまいましたが、前回のブログで取り上げた「九成宮醴泉銘」に続く第2弾、顔真卿先生の「多宝塔碑」を味わってみましょう。顔真卿は同時代の書家と比べて残っている書(碑誌)がとても多いです。その中でも「多宝塔碑」は顔真卿が若いころの作で、ふっくらたおやかな感じとまじめさと強さが共存するまさに顔真卿フォントと言えるような書体です。こんなかんじ↓欧陽詢の「九成宮醴泉銘」とは全然ちがいますよねぇまさに"みんなちがってみんないい"これは両方書いてみ
先日〔7月6日(月)〕、弘法大師奉賛『第59回高野山競書大会』の審査結果ハガキが届きました。今回大会で12回目の出品になります。この大会は、いくつもある書道展の中でも、特に目標にしている書道展の一つです。過去によく「空海」の臨書をしていたことも理由です。今回大会の出品総数は、10万8,010点(高校生以上7万4,839点、一般3万3,171点)です。毎回、膨大な出品総数ですが、過去には、17万点に迫る回もありました。そして、本大会の詳細は、以下をご覧ください。高
【書の巨匠・鍾繇(しょうよう)とは?】鍾繇・薦季直表臨書今日は、私が臨書した「鍾繇(しょうよう)」についてご紹介します。鍾繇(151年~230年頃)は、中国三国時代の魏の政治家であり、書家としても歴史に名を残す人物です。三国志をご存知な方なら馴染みがあるかもしれませんね。楷書(かいしょ)の開祖と称され、「書聖」王羲之にも大きな影響を与えたといわれています。鍾繇の書風は、一言で言えば「静かで、深い」です。無駄がなく、一本一本の線に重みがあります。とても素朴で飾り気がなく筆をペタっとおいて線
先日、『第52回ふれあい書道展』の結果通知が届きました。今回展で26回目の出品になります。今回展は、特別賞を含めた上位賞の結果通知は、2月24日(火)に、それ以外の結果通知は、3月1日(月)に、2回に分けて届きました。上位賞の通知を早くしなければならないのは、表装関係のことがあるからです。毎回、大変多くの出品数があるので、審査員の先生方、事務局の皆さまは、短期間の中で、大変お忙しく作業中をされていてのことだと思います。本当にお疲れさまです。本展の審査員の先生は、先日、結果
先日〔3月20日(金)〕、『毎日新聞神戸支局主催『2026年2月度毎日紙上書道展』の結果が、毎日新聞兵庫地方版に発表されました。今回展で32回目の出品になります。本展は、兵庫県外からの出品も可能で、『優秀賞』に選ばれると、毎日新聞(兵庫地方版)に、作品写真と審査員の先生の講評が掲載されますので、大きな励みになり、また勉強にもなっています。そして、今年(2026年)4月からは、出品規定が以下の通り、リニューアルされます。引き続き、出品料は無料(別途要送料)です。社告:毎日紙
「はじめての臨書」という方向けの行書と楷書の古典については、こちらの記事で紹介しました。『はじめての臨書は、どんな古典から?』これから臨書をしてみたいーという方におススメな古典が、中国元代・趙孟頫の書(楷書「玄妙観重修三門記」、行書「前後赤壁賦」)。もちろん、行書ならば王羲之「蘭…ameblo.jp今回は、初心者用の草書の古典についてー。草書古典としてオーソドックスなのは、やはり、王羲之「十七帖」と孫過庭「書譜」。臨書が初めての方には智永「真草千字文」(小川本)もおススメで
手島右卿先生の古法を学ぶとき、筆の機能(紙、墨を含む)と手の運動機能を理解しておく必要があります。前回は毛の先の表面のキューティクル(魚のウロコのような構造)により、紙の繊維の上を滑らせたり、引っ掛けたりして筆の毛の弾力や捻じれが生まれるという話をしました。今回は手の運動機能の話をします。「手島右卿書法」で植松一条氏が右卿書法の魅力で、入門初期に「欧陽詢は筆を45度に傾けて書く様に。」と指導される。手前45度、右傾45度を指す。先生は臨書されるとき「単鈎沈腕」の姿
明けましておめでとうございます🌅年末年始はガッツリ風邪ひいて家で寝込んでいた山猿です😅今年もゆる〜く気まぐれに、マイペースでやっていけたらと思います。今後とも山猿をどうぞよろしく😃さて昨日、全日本学書展の結果が届きましたので発表していきます。前回は中国大使館賞。表彰式にも参加して、文部科学大臣賞(最高賞)は桐の紋付きの本格的な賞状になったことを知ったので、今回はガチで狙いに行きました。どうしたら取れるのか自分なりに考えた結果、今までよのうに条幅と半紙を1点づつ出すのはちょっと弱いか
書けば書くほど、肩こりがほぐれる!?そんなわけはない、書けば書くほど肩はこるもんだ・・・そう思われるかもしれませんが、実は、本来の書き方で書くと、肩こりどころか、全身がほぐれてきます。今回は江戸走り・・・ではなく、明治の三筆・日下部鳴鶴の「廻腕法」を手がかりに、“全身の腕化”というムチャぶり?を、書法道場の皆さんで試していきました(思いの外、リアクションがよく、廻腕法のお代りをせがむ生徒さんも・・・)。「筆を動かす」のではなく、「筆は動く」。身体の巡りと筆墨の巡りにシンパシーがおきると、
児童のうちから、本物に触れる。書法道場では、児童のうちから本物の「書」に触れます。ここでの本物とは、古典書法。歴史の評価に耐えてきた”美の規範“です。音楽でいえば、おもちゃのピアノだけではなく、ちゃんとしたピアノに触れる。もちろん、児童でも書きやすいお習字もやります。しかし、お習字≒離乳食ばかりだと、咀嚼力は育ちません。子どもだからといって、やわらめたものだけを与えるのではなく、成長段階への配慮をしながらも、古典を通じて、健やかな身体操法や美的感覚に触れる機会を与えていきます。だからこ
いまは見えないけれど、もとはあったのか、それとももともと無かったのか、それがよく分からない。そのため、金文の臨書は嫌煙される。書道の先生も、金文に慣れていなければ、その文字調べはとても難しい。「金文に慣れていなければ」の慣れるとは、金文を調べる方法のことをいう。わたくしが子供の頃、書道を嗜んでいた母はいつも『五体字類』で文字を調べていた。このような字典で甲骨文や金文を探してもあるわけない。金文の拓本が掲載され、研究
筆に逆らわない「自然」の境地:王鐸『擬山園帖』を臨書してこんばんは!今日は、中国書道史に輝く巨匠、**王鐸(おうたく)**の『擬山園帖(ぎさんえんじょう)』を臨書しました。彼の書と向き合うたび、いつも深く感じ入ることがあります。それは、その筆致が、とにかく「自然」であること。まるで筆が自らの意思を持っているかのように、何の抵抗もなく紙の上を滑っていく。その様子を見ていると、彼らにとって書とは、単なる作品や芸術というよりは、まさに「生活」そのものだったのではないかと感じさせられます。現代に生