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2025年1月30日MRI検査の結果を聞きに、人間ドックを受けたクリニックへ。なんとこれで4回目。人間ドック受けるだけと思って、家からは遠いけど短時間でたくさん検査できる都心のクリニックを選んだけど、こんなに何回も来ることになるとは思わなかったドキドキのMRI結果を聞きに診察室へ入ると、結果がまだ届いていないと!今日までには届くと言っていました、と言うと、事務室へ確認しに行って届いてました気を取り直して結果----------------------検査所見膵尾部に径
こんにちは。2025年12月に岡田先生にクリニックを継承していだだき4ヶ月が経過しました。11月以降は本当にたくさんの方から優しく温かいお言葉、勿体無いお心遣いを頂戴しました。このブログにもとてもたくさんの励ましのお言葉を頂戴しております。ほとんどの方にお返事ができておらず、多大な無礼をお許しください。本当に申し訳ありません。おかげ様で、本当に本当に本当に皆様のおかげ様でまだ生きています。事の発端は2024年11月下旬、起床後に尿の異常な黄染(黒っぽい黄色)に気づきまし
連休に日帰りで夫の故郷に行ってきた。ずっと前から行きたがっていたが、義実家自体が他県に引っ越しをしているので、今はその場所には知らない人が住んでいる。私はもちろん、夫自身も20年以上訪れていない場所だ同級生も今はほとんどいないようだが、夢に見るのはそこばかりだとずっと言われていた。医療用麻薬を飲み始めてから、夫は車の運転をやめたので計画の実行には遠出の運転に不慣れな私が頑張るしかない。苦手な夏の暑さもやわらいだのでようやく行く気になった。山を切り開いた新興住
前回の続きの経過を書こうと思っていたがあれよあれよと言う間に4ヶ月ぶりの入院となってしまった10月末に2か月ごとの評価CTを撮り先週結果を聞きに行った実に微妙な結果だった放射線科の読影は『全体的に増悪』主治医の判断は『横ばいだが増悪に見えるところもある』腫瘍マーカーもじわじわ上がっている結論としては『ギリギリだがオニバイドを続ける意味はある』となった私は先が見えてきてしまったようで悲しくなってしまった夫も不安そうな顔をしたが「続けられるんだか
これまで夫にしか病気のことを伝えていなかったけど、抗癌剤治療で副作用が出たりする前に子供には何かしら伝えるべきだろうと思いました。が、小学生の子供にどこまで、どんなふうに話すべきか?以下のサイトを参考に考えました。がん情報サービス病気について子供に伝える病気について子どもに伝える:[国立がん研究センターがん情報サービス一般の方へ]国立がん研究センターが運営する公式サイトです。ganjoho.jpHopeTree(ホープツリー)がんになった親と子どものために|Hope
3月に膵尾部癌が確定し、術前抗癌剤治療を経て、いよいよ手術当日を迎えました。膵尾部&脾臓切除のロボット手術です。2025年6月13日6:30起床。歯磨き、洗顔してしっかり保湿。化粧はしない。コンタクトもつけずメガネのまま7:00から禁飲水。点滴スタート。8:30子供を学校へ送り出してから夫が来た。今日は万が一のため専用PHSを持たされて院内で待機。手術が終わるとPHSに連絡が入り、主治医から手術の報告を聞いてくれることになっている。術前説明のときにアドバイスされたと
2024年12月18日100歳まで長生きしたい、かわいいおばあちゃんになって孫と遊びに行きたい、というのが昔からの夢でした田舎から上京して大学へ進学し、幸運にもやりたかった職業に就け、がむしゃらに働いた20〜30代。おばあちゃんになって孫と遊ぶためには、まずは結婚して子供を産まなくては!と焦って婚活・妊活した30代。第一子を40歳、第二子を42歳で超高齢出産し、子育てに邁進した40代。子供は小学生でまだ手がかかるけど、自分のことも!と行動範囲を広げ始めた50代。人生後半戦突入
2025年3月26日昨日、家から近い転院先の病院を初めて受診して、帰りに採血したのですが、その結果が出たら腫瘍マーカーCA19-9が高くなっていたため、先生から直々に電話をいただき、急遽連日受診。まず外科のナースから造影CTの説明を聞いて放射線科へ。造影剤入れるルートを取るの、また失敗されてベテランナースに交代。やはり私の血管、細いのか。。まず普通に撮ってから造影剤を入れる。すぐ喉が熱くなって、その熱が背中を伝うように移動して、股があったかく(お漏らししたような感じに)なるのは前
7月13〜16日忍耐の1週間だった腹水が苦しくてベッドから起き上がれなくなってしまった旦那に介助してもらってるが1人の時は大仕事介護ベッド購入を決めたけど届くまでは耐えなければ背中腰お腹お○り、、、痛い何をしてても腹苦し痛いひたすら寝てるだけ勿論、安寧に寝れない今日は診察日内視鏡の紹介状も持参やはり腹水処置のみで抗がん剤スキップこのままじゃ内視鏡やアブジェムどころじゃない痛
この日は中途半端な大掃除の後、年末年始の食材の買い物に行った。ありふれた年末のスーパーの風景。家族連ればかり…みんな幸せそう。これが辛かった…この光景に我が家が来年混ざることは出来ないかもしれないということか…思考が全くまとまらず、買い物まで中途半端だった…ほんの2日前まではこんな自分全く想像していなかった。夜ご飯(もうどうやって作って何を食べた記憶が全くない…)の後、子供2人とテレビ見てカードゲームとかしてホントにいつもの家族団欒。キャッキャとふざけあって笑ってる。もうこれが出
膵臓癌の手術を終えて、翌日から痛みと闘う日々が始まりました。2日目から栄養ドリンク、3日目は重湯、4日目には五分粥が出て、良くなるために頑張って食べていたのだけど嘔吐してしまい、、、2025年6月14日(土)手術翌日引き続きHCU(ナースステーション横のベッド)。朝、レントゲン。起き上がれないくらいなのにどうやってと思ったら、ベッドのまま背中に板を敷いてレントゲン撮った。昼過ぎ、リハビリ。起き上がっただけでフラフラ血圧低すぎ。理学療法士さんに助けられながら車椅子に座って、
夫の切除不能膵癌が判明し、奈落の底に突き落とされたあの日から9ヶ月が過ぎ、もう少しで10ヶ月になろうとしている。とても長かったようででもあっという間だったような気もする怖すぎる(-_-;)この時間にこれまでの人生私はいかに幸せに生きてこられたか思い知らされた。両親、祖父母、妹、友人、たくさんの人に囲まれ穏やかな愛に包まれてきた。そして結婚してからは夫にそれは大事にしてもらってきた。忙しくておざなりになっていた部分はあれど、日々その愛は感じていた。可愛い子供2人を授
またしばらくブログを書けない日が続いてしまった。栄養指導の後、少し便通も改善し誕生日ディナーもちゃんと行けた。でもさすがにフルコースは量が多かったのか最後顔色が悪くなり吐きに行ってしまった…そして帰ってきてから「あ〜〇〇(私)の誕生日終わっちゃったな…」と呟いた次の日からだんだん食欲が落ちた痛いということも増えたそんな状態で今週の治療日を迎えたオニバイド12回目退院前の最後の採血で微妙に肝機能が悪くなっていたのでスキップにならないか内心ヒヤヒヤしてたそこはクリア
先週退院したものの胆管炎の病み上がりにオニバイド11回目をやった影響か今回は今までになく副作用が辛そうです。。。あまり使用してこなかった吐き気止め2回くらい飲んでいた。食事量もあまり増えず寝ていることが増えた。絶食で体力筋力ともに落ちた中治療をしたのだからいたしかたないのだろうでもひっそりとレスキューを内服している回数が増えているのも知っている心配させまいと私に気づかれないようにしてくれていることも。。。どうか進行しての症状ではありませんようにと祈