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今回は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三人を、肖像画をもとにAIを使って再現してみました。まずは織田信長です。素材としたのは宣教師が描いたといわれているこちらの肖像画です。こちら。冷徹そうな視線がいかにもという感じです。ただ、結構優しそうでもあるような。もう一枚作ってみました。大河ドラマ『太閤記』で信長を演じた高橋幸治さんにかなり似ていると思いますが、どうでしょう。続いては豊臣秀吉です。元に
今回のラストでタツキ先生(町田啓太)が今のようになった理由がうかがえましたね。自分の息子に厳しくあたりすぎたために息子の身に何かあり、今は意識不明のままで病室にいるようです。それで家庭は壊れたようで…何があったのかは追々明かされるんでしょうね。日本テレビ土曜21時「タツキ先生は甘すぎる!」第2話(4/18)主演…町田啓太脚本…徳尾浩司演出…鈴木勇馬今回、不登校で「ユカナイ」にやってきたのは朔玖くんという男の子。演じる高木波瑠くんは近年数多くのドラマで主人公の幼少期を演じている
豊臣秀頼は、どうすれば滅亡せずに済んだか?まず微視的に言えば、生き残れる方法なんて、いくらでもあったでしょう。なにしろ千姫の婿なのだから、やりようによっては加賀前田家と同じく、御三家並みの待遇で生き残れたはずです。もちろん、「やりようによっては」です。加賀前田は、たびたび幕府の挑発を受けながら、プライドを捨ててひたすらへりくだって服従の態度を示しました。まつさん偉かった。利常がんばった。これが秀頼にできるかどうか、てゆうか、まわりの取り巻きたちが許すかどうか、です。「ほんまはワイは主
金華山から下山⛰️昼食をとっていなかったため、岐阜公園から徒歩で『川原町』へ移動👣岐阜市の長良川沿いにある「川原町(かわらまち)」※湊町・玉井町・元浜町の総称川原町は“斎藤道三・織田信長”の経済戦略によって生まれた町です。斎藤道三が長良川の水運に目をつけ港を開いたのが始まりとされ、後に織田信長が城下町と連動させて商業拠点として発展させました。現在見られる格子戸や黒壁の美しい町屋は、江戸期から明治時代に建てられたものが中心です。岐阜市は第二次世界大戦中に大規模な空襲(岐阜空襲)に遭
その駅の全物件を独占すると仲間にすることができる歴史ヒーロー。東日本編では30の歴史ヒーローが登場しますが、独断と偏見で、ベスト10&ワースト1を決定!決定するにあたり、独占に必要な金額との費用対効果ではなく、得られる効果を重視しました!カッコ内は駅名と独占に必要な金額。1位:源義経(小松・647億3000万円)目的地から20マス以内にある物件駅5駅がランダムで表示され、行きたい駅を選択できる(もちろん行かないこともできる)。選択した駅に移
本日も、当ブログにご来訪下さり本当に有難うございまする隼人池の「コツメ」でございまする先般、実施されました「桶狭間古戦場まつり」の様子をリポートいたしまする〇とき:2026年5月17日(日)午前9:00~午後20:00〇ところ:名古屋市緑区の桶狭間古戦場公園・大池・長福寺【古戦場公園にて配布されたファイル】以下の通りの内容で運営されました。・09:00~15:00スタンプラリー・10:00~12:00史跡めぐりツアー・11:00~戦没慰霊
「源氏や平家の子孫は、今もいるのですか」という質問に答えるなら。「源氏」「平家」という用語を、どのように認識されているか、から確認が必要です。「平氏」というのは、桓武天皇の孫の「高望王」が、平の姓を賜って臣籍降下した、その子孫が全国に散らばった、そのすべてが「桓武平氏」の一族です。たとえば北条氏も三浦氏も畠山氏も、すべて「平氏」です。だから、子孫は山のようにいる、といえます。しかし「平家」と言った場合、これは「平清盛の家族」だけを差す用語です。当時(平安末期)の感覚では、「家」というのは
側室が大勢いる戦国大名ほど、女好き、ということか?違います。側室、というものを誤解してはいけません。側室は愛人ではありません。正式な妻の一人です。側室は殿様を愉しませるためではなく、ひたすら子供を産むためにいるのです。戦国武将にとって、後継ができるか出来ないかは、戦に勝つか負けるかよりも、遥かに重要なことなんです。息子なんか何人いても安心ってことはありません、戦死するかも知れないし病死するかも知れないし。跡継ぎがいない戦国大名は高確率で衰退、滅亡します。死活問題なんです。娘だって沢山い
小早川秀秋は最初から東軍です。「最初から」というのは、美濃関ヶ原での合戦の開戦前からすでに東軍、という意味です。戦闘が始まってもまだ迷っていたとかは「ウソ」です。小早川は、松尾山に他の部隊がすでにいたのを追い払って、強引に布陣しています。この時点で、石田三成が「アイツは敵に回った」と認識できなかったのならば、それは悪いけど馬鹿、といって悪ければ、情報収集・分析能力が圧倒的に欠如してます。小早川秀秋は、寧々さんの甥であり、秀吉とも淀殿とも秀頼とも、血縁関係はありません。そのせいでか、秀吉
こんにちは。星煌学院有松校の花谷です。今日、5月21日は足利義政が室町幕府8代将軍になった日です。義政は政治の世界をあきらめ、文化的なもの(義政の時代は東山文化ですね)に全てを振り切ったイメージがあります。(個人的見解)慈照寺銀閣が一番有名ですが、他にも文化的活動をたくさんしてきています。その一例が“蘭奢待(ランジャタイ)”お笑い芸人ではなくて東大寺宝物の香木です。ちなみに“蘭奢待”の文字の中には“東大寺”の文字が
法多山を出まして。すぐ近くの掛川城へやって参りました。最近旅ノートを作るようになってスタンプと御城印集めにハマったobakaneko.あちこちのお城に行ったことはあるのに、名古屋城くらいしかブログ以外の記録を残していないので、現在歯軋りしているところ(笑)そんなこんなで訪れた掛川城でしたが。想像以上に綺麗!想像以上に整備されていてびっくりでございました!では城内へGO!右手は二の丸美術館別料金が必要なのでここはスルーしましたが、手前のエントランスはインフォメーシ
イケ戦10周年の記念すべき総選挙本日、結果が発表されましたね首位は…我らが♡♡♡光秀さん♡♡♡(↑新アプリでの☆5カードだって)2023,24,25年と三連覇!5度目の第1位!おめでとう🎉ございます🍶全順位は以下に…Top3は前回同様。今回は3人が100万票を超えました!新アプリ発表の効果でしょうか?もう少し増えたら嬉しかったけれど前回よりは投票数が改善したのは何よりです家康はマダムの好みではないので信長様が抜かれると…結構口惜しい…兼続さんは配信からの定位置
2話「学校って、ダルいよねぇ」ようこそ感想ネタバレありです学校に行けない子どもたちが安心して過ごせる「フリースクール」を舞台にしたヒューマンドラマ町田啓太のタツキ、いいですね~無造作の金髪にラフなトレーナー姿こんな町田啓太見たことない!ファンは、たまらんでしょう今回はタツキの過去がチラつきました黒髪にスーツ姿で、子供を部屋から無理矢理引きずり出そうとしていましたその子はタツキの子蒼空(そら)飛び降りて病院のベットの上蒼空との関係が、今のタツキに変化したと想像させられま
おはようございます!下赤塚の菊地です。前回の続き。天下人目前の信長が明智光秀の謀反で本能寺にて死去します。当時、織田家の有力武将・柴田勝家は北陸、織田信長三男信孝は四国攻め。そして、秀吉は中国、毛利氏・高松城を水攻めの最中でしたが明智光秀の密使を捕らえたことで、信長の最期を知りました。秀吉は急ぎ毛利輝元と和睦し、明智光秀を討つべく2万の軍勢を率いて10日間で200kを走り続けます。これを後世では「中国大返し」と呼びました。つづく。
先年、骨董市で店主のオヤジと雑談しながら古い絵葉書をパラパラ見ていましたら、桶狭間古戦場の風景が目に飛び込んできました。絵葉書には「鎧掛の松」と記されています。愛知県桶狭間に残る「鎧掛の松」?。どこにあるのか、あったのか、まだ生えているのか知りたくなり、出かけてみることに…。△絵葉書桶狭間合戦の古跡「鎧掛の松陣営中今川義元戦具を置きし地」(奥に松並木が見えるということは旧東海道?、現・国道1号なのか?)△名鉄・中京競馬場前駅ホームの橋脚の下に残る「よろいかけの松の旧地」の碑現地
さてさて…天正年間に入り…織田信長の支配領国は大幅な拡張を成し遂げていました✌️①尾張国②美濃国③伊勢国(北伊勢)永禄十一年(1568)の足利義昭を奉じた上洛以前の段階では、上記を領国にしていましたが…「天下復興」を旗印とした足利幕府の復権を軍事的に後押し❣️天下と位置付けられていた畿内一円を幕府の勢力下に置くことに成功していました🆕元亀年間における信長包囲網との抗争の過程で…確執を生じさせていた将軍義昭が叛旗を翻した結果…信長は義昭を京より追放❗️さらに畿内周辺の敵対
「征夷大将軍より、関白のほうが位は上ですよね、だとすれば徳川将軍といえども、関白の命令は聞かなきゃいけないんですよね?」それは、全然違います。関白は公家のトップ、征夷大将軍は武家のトップ、ともに天皇の一の家来という意味では、横並びです。征夷大将軍は関白の家来でも部下でもありません。関白は必ず将軍より偉いかっていうと、そうとも限りません。関白も征夷大将軍も共に令外官であり、決まった位階はありません。敢えて言えば何大臣を兼ねているかで格は決まりますが、関白が右大臣や内大臣に過ぎないこともあ
2月3日火曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物武田佐吉(村上新悟)武田左吉(たけださきち)は、戦国時代の武士で、織田信長の近臣・代官を務めた人物。名は左橘とも。諱を信吉(誤伝か)とする史料もある。武田左吉は、信長の側近として活動した家臣で、高木左吉と並び両左吉と呼ばれた人物である。近臣として度々戦功を挙げたことが『武家事紀』等に記されている。『武家事紀』によれば、武田左吉は信長の近臣として活躍し、その子・坂井久蔵は六条合戦の後、信長が京都
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で倉悠貴さんが演じる黒田官兵衛の若き頃の失敗を『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|全番組が無料放送』の内容メモ確かに理も大事だが、情が分からなかったので荒木村重を説き伏せられずに幽閉されてしまった若き黒田官兵衛の失敗(『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|』より)内容と感想今回は、信長に反旗を翻した荒木村重を単身で説得しにいくも捕らえられ、幽閉生活を送ることになった黒田官兵衛のその失敗の理由を探る回です。<黒田官兵衛
2026年大河ドラマ『豊臣兄弟』、ご覧になっていますか?ワタクシはまだ見ていません…例年どおり、今年も「終わってから見る」パターンになる…かな?「毎週日曜日の夜に見る」というのは、出勤シフト的にも結構ツラくてね…。『平清盛』や『光る君へ』は平安大河だったので、超がんばってリアルタイム視聴&ブログ特集しましたけども。そんなガッツのある人間じゃない…ああ、もっと体力と気力と時間とカネが欲しい(何)と、「戦国大河」からは離れた日々を送っていますが、ブログのアクセス解析を見て
【岐阜】【岐阜城旧名・稲葉山城切り絵御城印】※事前にEX旅先予約が必要です【武将印】大河ドラマ『豊臣兄弟!』第10回『信長上洛』大河ドラマ紀行では『岐阜城』が紹介されました。1567年(永禄10年)8月稲葉山城の斎藤龍興を攻め落とし美濃を手中にした信長は居城を小牧山城から稲葉山城に移転。「井の口」とよばれていた城下を「岐阜」と改名。
【2026年4月25日放送分】この回は愛知県北部にある犬山市から始まりました。名古屋駅から電車でおよそ30分の場所です。一行は犬山城に向かって歩いていきます。石垣が見えてきました。国宝の城は日本に五つあります。これまでブラタモリでは松江、姫路、彦根、松本を取り上げてきました。ということは今回の犬山城で国宝五城コンプリートです。関係ないけど私も国宝五城は全て行きましたよ。一行は天守に向かいます。天守は小高い80mぐらいの山の上に築かれています。急な坂を上って行きます。門をく
ガイド付きの特別公開が先週末まで開催されておりましたので。今まで足を踏み入れたことのない揚輝荘へ行ってまりました。いやいや、松坂屋の創業者は「伊藤さん」と知ってはおりましたが。奥深さにぶっ飛び〜〜〜でございます。名古屋をよく知る方も知らない方も。面白いのでぜひ訪問してみてくださいまし!!!まず全く知らない方のために「揚輝荘」を一言で説明しますと。松坂屋創業者の別荘でございます。土地の広さは1万坪。建物数は各地からいろいろなものを移築して30棟ほどあったそうで
豊臣兄弟!を毎週律儀に見ている上の子。いまだに、織田信長以上のイケメンを見出せていないらしく、「桶狭間じゃー!」がカッコよかったと。(笑)えー、中の人、イケメンだけど私と同年代だぞ。💦💦とか言ってる私は大学生の頃緒形拳がカッコいいと惚れ惚れしてたので、親子してジジ好みなのかもしれない(イケオジ、イケジジに限る)。。(笑)ちなみに、なんとなーく他のことしながらたまにチラチラ見てる私は高虎可愛いなーって感じです💦
大河ドラマ『豊臣兄弟!』の秀吉・秀長兄弟の主君・織田信長とその時代の皇位にあった正親町天皇との関係について『にっぽん!歴史鑑定|ヒストリーチャンネル』の内容メモです。織田信長・正親町天皇ともにお互いを必要とし、良好な関係を築き、天下の静謐を目指す。(『にっぽん!歴史鑑定|ヒストリーチャンネル』より)内容について2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』の秀吉・秀長兄弟が仕えた織田信長と正親町天皇の二人の関係についてみていくものです。時には対立したなんていう話が出たり
福井県立恐竜博物館を見学した後、「ここから比較的近いよ~」と私の好みに合わせて続100名城越前大野城へ行こうとしてくれましたが・・・。「ちょっと待って」実は私、2週間ほど前に足をくじいており安定感のあるアスファルトなら問題なく歩けますが山道は厳しい。行けない「じゃあ、城までは行けないけどスタンプは押せるから」と行ってくれたのが続100名城の鳥越城。城まで行けないの理由はこれ2025年GW現在、鳥越城登り口は土砂災害のため通行止め。行けるのはここまで。
2月16日月曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物佐々成政(白州迅)佐々成政(さっさなりまさ)は戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。佐々成宗(盛政とも)の子。通称は内蔵助。家紋は棕櫚(シュロ)。馬印は金の三階菅笠。鷹司孝子(本理院・徳川家光正室)の外祖父。佐々成宗の三男として、尾張国春日井郡比良城に生まれる。天文19年(1550年)織田信長に仕える(『尾張佐々系譜』)。兄に政次、孫介がいたが、次兄・孫介が弘治2年8月24日(1556年
1月28日水曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物毛利新介(毛利良勝)(永田崇人)毛利良勝(もうりよしかつ)は戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。織田氏の家臣。通称は新介、後に新左衛門。尾張国の出身というが、出自については不明。織田信長に馬廻として仕えた。小姓であったとする説もある。永禄3年(1560年)桶狭間の戦いでは、最初に斬りかかって負傷した服部一忠(小平太)を助け、今川義元の首を取り名を上げた。『信長公記』では、毛利新介のこの功名は
第六回「兄弟の絆」、織田信長が、弟の信勝を殺した経緯が、改めて回想の形で描かれました。信勝か、かねてより「自分のほうが優秀なのに、タワケの兄貴が跡継ぎなのは納得いかない」と考えており、実際いちど謀反を企てて露見していますが、この時は母親のとりなしで、厳罰には処されす許されました。しかし、その信勝が性懲りもなくまた謀反しようとしている、と柴田勝家が通報してきます。柴田はこのときは信勝付きの家臣だった、つまり彼は「主人である信勝を裏切った」わけです。信長は、仮病を使って寝込み、もうすぐ死ぬから
2026年3月15日(日)の豊臣兄弟!『信長上洛』を視聴し終えての感想2026年3月15日(日)のNHK大河ドラマの豊臣兄弟!の第10回『信長上洛』を視聴し終えました。仲野太賀さんが演じる小一郎は、高橋努さんが演じる蜂須賀正勝に織田信長からもらった茶碗を渡していました。30貫の茶碗と言っていましたが、一貫=二石で現在の価値にすると一貫=約12万円だそうで、360万円ぐらいの価値になります。それはほっぽり投げたら慌てふためきます。小栗旬さんが演じる織田信長は、天下布武を成しました。解