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暑い夏がきた。あの日と同じ、立っているだけでひたいから汗がしたたり落ちる、うだるような暑さだ。一年前の七月一日、わたしはお医者さんから、「お母さんのいのちは、あと数日です」そう宣告された。涙を流す心の余地はなかった。ただひたすら、一秒でも永く母の鼓動を聴いていたかった。そばにいたかった。「緩和ケア病棟が空きました。いますぐ移動してください」暑い夏の朝、看護師さんたちがばたばたと病室に入ってきてそう言った。ああそうか、“こういうとき”っていうのは、余白などな
痛み止めの量が決まり退院が具体的になってきた。担当者会議の(父の在宅ケアに関わってくださる方)日程も決まった。退院出来る、と知った父は喜んでいた。「痛みが楽になったしよく眠れるようになった。でも、食事が不味い」と。病院食は、病院だから美味しい物出ないのよね。食事美味しいのは個人経営の産科くらいじゃないかな?父は、退院出来るからか元気も出てきたし、完食は無理でも自分で食べられるようになった。自宅での食事問題が大変だが病院食を見た母も、細かくするだけではダメ
病院は2/4に行きましたが、今朝からフリュザクラを飲み始めました消化器外科の前に行った緩和ケア科でダメージ大だったため、ボケっとして血液検査の結果の紙を貰うの忘れてしまったのですが、腫瘍マーカーが少し下がったようですなのでフリュザクラまだ続けられることになりました主治医が急に「ゆんさん痩せましたね」って言うから、「今更ですよ!前回だって痩せてたでしょう?」と言ったら、「前回よりも更にって言うか、元気もないし」と…元気がないのは緩和ケア科で最期の話をしてきたからなわけなんですけどねそした
1年と3ヶ月前に余命宣告を受けた時の医者、緩和ケアの話をしていた。緩和ケア、病院の緩和ケア病棟は満室だとも言っていた要するに宣告した医者は、サジを投げたのた同じ病院では治療せんょと言っているのと同じ、自宅でダイを待てと言っている。今思えば腹が立つその先生から、今の主治医に変わって今もとりあえず生きている。でも、この先は、どうなるかわからない
こんにちはbihadaです先週となりますが、退院後の大学病院の外来診察終わりイレウスは完治はないけどいまは完全閉塞ではない状態で落ち着いていましたまずは一安心しかし超音波検査でやはり直腸にあって抗がん剤で抑えていた腫瘍がまたぼんやり影を潜めている様子2週間の経過観察です治療はないけど、出血が始まってしまったため貧血対策と少しでも不快を取り除くためにその腫瘍だけでも治療が出来るか検討してくださることに…全てがありがたいご配慮ですそして2件目の緩和ケア病院の面談、登録も終わり
4月29日、火曜日。ご報告遅くなりましたが、昨日無事に転院しました。いやー、めっちゃ快適&スムーズ&安心&安全&イタレリッヒツクセリッヒ。あるいはイタレリーノツクセリーノ。病室→介護タクシー→東京駅→新幹線→特別個室→岡山駅→介護タクシー→病室という流れ。ぜーんぶ手配してもらっちゃってありがたい。そしてそれぞれの連携も素晴らしい。ノーストレス。幸い途中で具合悪くなることもなくのんきに旅を満喫いたしました。各方面には感謝してもしきれない。プロフェッショナルの皆
緩和ケア病棟に戻ってきました。手術してもらった病院は、バリバリの大きな急性期公立病院。バッチリケアしていただいて落ち着いて帰ってこれました。ただ、ずっといたCCUが賑やかすぎてちっとも寝れなかったので、1日が、ほんと長かった〜💦することないし、ひたすらドラマ見てました(笑)こちらに戻ったのは、朝の10時すぎ結構な距離があるはずなのに、救急車で搬送されると、僅かに30分で、戻られました。そうそう急性期病院で、早く帰りたいな〜と言ってたら、こちらは長いんですか?と
今、病室からです。個室に移動して以来、連日連夜24時間息子に付き添っています今週の月曜日、主治医の先生から抗がん剤が効いていない原発癌が大きくなっている肝転移、リンパ節転移も大きくなっているとの話がありましたいつ急変するかわからないこれ以上抗がん剤を続けるのは…と抗がん剤投与を打ち切る判断をせざるを得ない状況でしたもう日がないので…会いたい人には今のうちに連絡してください、と最期は楽に迎えたいそう言う息子の意思で今の病棟(急性期治療病棟)から緩和ケア病棟に
5/18日今日も体調がもう一つの息子食事量は減りましたが3食きちんと食べ薬も服用し自室で休んでいる事が多い状態でした明日は出勤すると申しますが熱が有ったら休ませるつもりですでも金曜の診察後発熱はなくカロナール服用する事もなし山は越えたかもとは思いますが油断はできないなと思っています🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏同じすい臓がんと闘うおかん様が旅立たれましたおかん様を支えている娘のわいさんが綴られているブログですがコメントのやり取りやメッセージで情報を
痛み止めを増やした父。この頃、妹は仕事復帰していた。私達は、元気に退院してくる、と思っていたから。父、初日は、夜ごはんがあまり食べないな、くらいだった。翌日は、私に用事があり面会に行けず。食欲がなくなり、食べなくなった。「介助しても、殆ど食べずだから朝、昼間、晩、介助に来て欲しい」と看護師さんに言われた、と昼間、面会に行った母から聞いた。「朝、昼も?」と、思いつつ「聞き間違えじゃない?」と妹と言ったんだが…。翌日、母は、朝に行った。帰ってきた母は怒っていた。「来
2025.7.31「緩和ホスピスへの転院の書類ができて、先方にFAX送ったので診察(本人がいけない場合は家族)の予約をとってください」地域連携入退院センターの担当看護師さんから連絡いただきました早速、予約の電話をすると「最短で8月16日です」との受付の回答診察日が限られているうえ、希望者が多いのだとか2025.8.1先方の先生が「急いだ方が良い」とのことで8月6日の診察時間外に予約を入れてくださった6日って水曜日!木曜日が仕事が休みなのでラッキー!お休みとはかけ離れた曜日に行
私の知る限りコメント数『ピカ一』サンフランシスコさんのblogです。元気をもらえましたので紹介します。我がブログファンの中には闘病中の方が沢山おられます。アイアンマン稲田弘さんからのメッセージです。・諦めない心を持ってほしい・チャレンジすることを恐れないでほしい・夢を持ち続けてほしい『やれば出来る!93歳過酷なアイアンマンレースに挑戦し続ける男』アイアンマンレース史上最も偉大な挑戦者の一人世界最高齢完走者としてギネス世界記録を持つ稲田弘さん佐原(千葉県)倉敷
こんにちは2024年12月から始まった愛媛の病院スタッフさんへのアロマケア【CAREforCaregiver】当初3ヶ月で終了する予定だったこの取り組みもお声かけくださった先生や理事長先生やスタッフの皆様のご尽力により継続となり、2年目に突入!リピーターさんも増えてきて毎回訪問して皆さんにお会いできるのも楽しみの一つ時折病棟の患者さんや、看病でお疲れのご家族へのケアもさせていただけるようになりました。👆貴重な自分の施術風景人を撮影することはあれ
いつも、コメントなどありがとうございます。毎回、嬉しく読んでます。なんてことない私に関心持ってくださり、ほんと感謝してます😊😊さて。11月ですね。前主治医に、厳しいこと言うけど、もしかしたら今月いっぱいかもなぁといわれた余命宣告「今月いっぱい」無事にクリアーしました。クリアーどころか、31日の朝は、2度目のお風呂を頂いておりましてですね、元気に自分の足で湯船に浸かりながら介助の看護師さんに、実は私、今日余命宣告されてた日なんですよ〜といって驚かせておりま