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■2024/5/2(木)胆のう炎のすこいやつで4/12〜大学病院に入院していましたが、本日無事退院しました。『【入院してます。胆のう炎のひどいやつで】膵臓癌バイパス手術済・胆管金属ステント済』入院したくないので、訪問診療医師に診てもらっていた夫ですが、血液検査結果で敗血症が分かり、大学病院に行って、入院することにしました。『【訪問診療医師に来ても…ameblo.jp午後には訪問診療医師と訪問看護師が自宅に来てくれました。夫は、久しぶり、夕食を食べることができました。やはり家がいいで
早期発見・早期治療が当たり前に母が食道がんになった時ネットに散見している情報を見てとても怖かったのを思い出しますいざ闘病生活が始まってみたら母の場合水も飲めない、食べれない、呼吸が苦しい、あっという間に人間の生命を維持するための基本が出来なくなりました想像を絶する苦しさです水も飲めない食べれない唾も飲み込めなくなって9ヵ月喉だけは潤してあげたい目標にしてた天ぷらそばを食べさせてあげたかったそんな思いに苦しくはなりますが感傷には浸れないと強く思うのが今後こんな苦
TVで築地市場跡地の再開発のニュースをやっていました。“築地市場跡地に多機能型スタジアム”再開発事業者が提案説明|NHK【NHK】築地市場跡地の再開発を担う事業者が5月1日会見を開き、およそ5万人を収容できる多機能型スタジアムを整備するなどの提案内容…www3.nhk.or.jp跡地至近の病院に入院していたとき、通話エリアの窓から、広大な更地が見えていたんですよね。夜は近くを流れる川と夜景も綺麗でした。この時は「ここに緩和ケア病棟ができればいいのになぁ」とぼんやり考えていたんだった。
いつもはゴールデンウイークに満開になる藤の花ですが暑さのせいで既に散り始め美しい紫ではなく、ほとんど茶色になっていました蜂に追われることもなかった「週末、藤まつりのあるねえ」そう言った2日後、母は亡くなりました緩和ケア病棟の中庭にある藤棚の下で藤のお花見会が予定されていたのです母が亡くなって13年一緒に見に行けなかったことがずっと心に引っ掛かり藤を見るたびに胸がきゅっと苦しくなっていました今回の帰省で久しぶりに藤を見ようとひとり息をきらせ石段を登ってみ
■2024/4/30(火)夫の退院日が5/2(木)に決まり、退院に向けて着々と準備を進めています。・大学病院医師から訪問診療医師へ申し送りしていただいて、退院日の午後に自宅に訪問診療医師と訪問看護師が来てくさるとのことです。・今日は、4/12入院以来初めてシャワーでした。ドレナージチューブとバッグをつけての退院なので、シャワー時の保護の方法や、テープ取替方法を看護師さんから習いました。以前も、同様な形で退院経験が有り、その時も習ったのですが、今回は自宅で私一人でなく、訪問看護師さんもつ
今回は食道がんの治療について前回の記事では癌が発覚するまでの経緯をまとめていますが、今回は治療について(薬剤とかまでは事細かに書きません。これから治療するかたに先入観も持って欲しくないので。実際ひとりひとり症状が違い、結果も違うので。ここにはあくまで母が治療したことをまとめたものです)前回までの経緯2023.3~4月にかけて体調不良を感じるように(主に食べ物が詰まるつかえ感、えずき、皮膚トラブル、喉の痛み、違和感等)2023.5.19駅前内科で食道がん発覚すぐに大きい病院へまわさ
昨日でかけていた用事は、お見舞いでした。夫の方の親族が緩和ケア病棟に入院となり会える人には早めに会ってねと医師に言われたそう。小学生以下は面会不可とのことで、夫と2人で面会して来ました。食事もほとんどとれないから食べ物の差し入れも違うし生花は持ち込まないしそういうときのお見舞い迷うね。娘から、会えないからこれ渡してって。娘手作りの花束。昨日は、調子が良かったみたいで意識がはっきりしていたし、会話もできたし、会いに行ったこととても喜んでくれた。夫のことはすぐにわかったし。私
■2024/4/28(日)天気も良く爽やかな日でした。夫と大学病院の屋上庭園に行きましたので、投稿しようと思います。逆光ですかね💦屋上庭園までは車椅子で来ましたが、庭園内は夫は歩いて移動してました。撮り直し(笑)筆記具マニア■数日前に体調の悪い日が有って、『この筆記具が欲しい』と夫が言うのです。(以前も書きましたが、収集癖が有り、自宅には、たくさんの筆記具が有って…)■入院中なので通販で買えるか探しましたが、売り切れでした。■そういえば、大学病院の近くに、学生時代たま
2024/4/27(土)■お試し退院は、5/2(金)またはGW明け付近で現在医師が調整中・点滴から飲み薬に切り替え・大学病院医師から訪問診療医師へ連携■入院のきっかけとなった『胆のう炎のすごいやつ』は、落ち着いており、血液検査も良くなってきているそうです。■胆のう炎のドレナージは、チューブとバッグを自宅に持ち帰り。チューブ長さ、バッグ大きさは、外科医が退院前に自宅での生活のしやすさ考えた物に変更してくれる可能性あるとの事■歩行は、安定感が出てきてますが、病院内で一人で歩くのは、まだ
緩和ケア病棟のイメージは人生の絶望の場所?緩和ケア病棟についてリアルタイムの闘病ブログだと緩和ケアや、終末期についてはもちろん最後のほうに書かれることが普通ですよね。私達の場合は、闘病中にブログを読み書きはしてきませんでした。フルマラソン42.195kmの42km地点にいる母を見ている私が最初に書くのはあえて「緩和ケア」について。闘病開始の頃は「緩和ケア」は最も遠い言葉だと思います。しかし、闘ってきた私達から言えるのは癌闘病が始まった時から「緩和ケア」は頭の隅にでも置いていてほし
ブログへ訪問頂きありがとうございます😊少しずつですがあった出来事を投稿していきますね。緊急で入院したあと、急いで入院セットを準備して病棟へ行きました入院している6階へ上がると、荷物を看護師へ渡すのみ。まだ感染症予防のため、入院患者さんとの接触はダメとの事で、別室でオンライン面会をさせてもらいましたこれがまた面白くてたぶん、父は隣の部屋に入所しているんです。声が画面越しとドアの近くから聞こえてくるんです。しかも電波が悪く、『会話が出来るくらいになってよかったね』と伝え、父が『そ
司書学芸員資格を持つ書家里映RIEです😆大学で授業を受けただけですが、当時愛知淑徳大に図書館情報学科というのがあり、、短大からの編入で授業を受けただけですが取れました!司書学芸員自体は資格は取るのが大変らしいので、ありがたい大学のシステムでした。生徒さんが出している本、Amazonで購入して、手元に届き、1時間ほどで一気に読み終えました。セラピードッグについてこんなに可愛いワンちゃんが、笑顔で見てくれたら、元気になりますよね。老齢ということですが歯が綺麗です❗️ドッグショーにで
今日は月1恒例、岐北厚生病院の緩和ケア病棟ロミロミボランティアday病院のある場所は澄み切った青空と新緑がとってもキレイでした✨⛰🌿すごく楽しみに待っていてくださったのに体調が良くなくて受けていただけなかった方は残念でしたが😢「手があったかくて気持ちいいねぇ~」とほめていただいたり肩こり談義が盛り上がったり(笑)楽しい時間をご一緒できて嬉しかったです😊ただ今日が結婚記念日だという40代の女性の方を施術するのは...さすがに胸が痛みました😢いっぱい笑ってもらえて、私の方
おはようございます。お読みいただき感謝します。私の病院の緩和病棟の最大入院患者数は18名だそうですが、スタッフの人員的に14名がMaxだそうです。看護師さんは20人程度だそうです。皆さん親切で、優しく、至れり尽くせり。4人部屋もあるそうですが、実質1人で使用、皆個室状態です無料の個室は2~3割程度状況により変わるそうです。一番驚いたのは、食事に関してでしょうかwアイスとジュースのみの食事。アイスを食べることを食事と数えてくれる事。末期がんの方の多くが、アイスは食べやすいと感じる方が
4月24日の朝日新聞「声」のコーナーに、昨年、夫を膵臓がんで亡くした田中純子さん(84歳)の投稿記事が掲載されていました。看護師さんに心から感謝を伝える文章に胸が熱くなりました。田中さんの夫は手術後、半年余り入院し、旅立たれました。執刀医、主治医に感謝を表しますが、それにもまして、看護師から、患者家族にまでいたわりの言葉をかけてもらい、励まされたことに感激しています。旅立ちの時、看護師さんは、田中さんが身代わりにつくった人形を、ベッドから外し、夫の手に握らせてくれました。田中さ
お久しぶりに投稿しますどのくらいぶりでしょうか。。。ブログ記事を書く事を躊躇してしまうくらい色んな感情がわいた日々でした。まず4/19(金)の夜・・・母から父の様子を見て電話が来ました。『朝からずっと眠ってて起きたと思ったらトイレへ行くんだけど、お腹の膨張、足のむくみがいつもと違うんだよね。ずっと寝てるからかな?』いやいや、お母さん。主治医の先生に言われたでしょ。ステージ4の大腸ガンで抗ガン剤も効果が見られない。人間らしく生きていたいという父の意思を組み、抗ガン剤治療はやめ
こんにちは父の様子が気になり、☔でしたが面会行ってきました。父の病院は一階が駐車場とスタッフルーム、配膳室があります。二階は駐輪場、駐車場、総合受付や診察室、待合室などがあり、三階から上は病棟になっています。面会には二階の受付で面会受付票を書き、面会者の名札をもらいます。今日、受付票を書いてた時に私の近くにスーツの男性がいました。私が受付に票を持っていくと受付のお姉さんが内線で「◯◯さんの葬儀屋さんが来ました」とスーツの男性は葬儀屋さんか…父の病院は病棟が二つに別れていて父はリハ
20代の前半に、家族を末期癌で見送った時人は死に向かうにつれて限りなく透明なものになっていって、それまでには感じられていた、言葉や動作や意志すらも存在が薄く淡く希釈されていくその時に、どうしてこの国には安楽死や尊厳死の選択肢が、こんなにも少ないのだろうかと思いました。週末は、セラピストコミュニティで定期開催している緩和ケア&病床でできるお手当ての勉強会ホームパーティーを開催しました。今回は、参加者の実に半数が、若くして親を看取っているのですが「(もしも過去の自分に)この知識があ
日曜日かんちゃんとの待ち合わせ時間に遅れないように〜少しだけ早目に家を出たんだけど…家を出た時は雨は降ってなかったので…雨予報なのに〜なーんも考えないでメッシュの靴履いて出てきてたーーしかもーー!雨予報なのに〜傘忘れたーー流石に傘なしは〜ってなって…そしたらDAISO見つけて折り畳み傘をゲット500円だったけど軽くて鞄にもスポッと入ってよかった〜てへ道中にDAISOがあって助かった〜金曜日の夕方に入院した義母さん。とりあえず一般病棟でひと月の入院となってたのですが…昨日
■2024/4/22(月)大学病院の病棟ビルの中に『緩和ケア病棟』が有り、夫は別の病棟から、昨日そちらに転棟しました。■『お試し退院』を医師が計画中です。この方法ですと、本当の『退院』より早く、自宅に帰れるそうです。■私は4/12(金)に夫が入院以来、夫の病室に仮設ベッドで泊まり込んでいましたが、今日4/23(火)帰宅しました。■夫の仕事の件で、社長と営業部長が4/20(土)に病院に面会に来てくださいました。緩和ケア病棟に転棟緩和ケア病棟の医師と、本人のいない所で面談が有りました。
2023年8月に急性骨髄性白血病になってしまい余命を宣告されその後コロナ感染でもうダメかと思ったら突然寛解になり地固めの治療を3クール。退院の話が出て喜んだ。しかし2024年2月末に再発。今日お兄ちゃんは緩和ケア病棟に入った。私には妹がいる。5歳下の妹だ。お兄ちゃんとは8歳も離れている。数日前お兄ちゃんの状況を話したら病院にお見舞いに行ってくれた。2個目のジョージ(笑)また次の日も行ってくれた。3個目のジョージ(笑)最初の入院の時のジョー
週末や連休によく患者さんが入院します在宅での症状緩和が十分にできずつらい不安痛い苦しいそのような訴えを当番医が聞き「病院へ行きますか?」と問う“ひまわり先生は来てくれますか?“と患者さん結局休日は当番医が対応するためひまわり先生は来られないそれなら病院いくしかないかなと救急車そして入院翌日には家に帰りたいと電話がかかってくるこの一連の動きを無くしたいいつでも不安が解消できるようにいつでも望まれる医療を届けられるように
何も考えていなかったのですが、生理が来て12日目に次回は受診と言われ、帰宅してからカレンダー見たら思いっきりGW被りそうな気配生理予定日は17日だったのに、未だに生理来ずでも今朝から基礎体温下がり始めてます。クリニックは土日も祝日も関係なく夜も遅くまで診察してくれるので、本当に本当にありがたく、先生だけでなくそこで働くスタッフの方々には感謝でいっぱいです折角の連休だし実家帰りたいと思い、どうしようか悩み中。実家からクリニックに行くのも近くて便利なんですが、娘の
子宮がんの患者さん手術ができなくて抗がん剤など、すすめられましたがその他の治療は望まずご自宅で療養されています最近がんによる痛みよりも頭痛や動悸がつらくなっています不安ですか?お話を伺っていくと「この先どうなるのか考えると不安になります」怖いですか?「怖くはないです。手術できないってわかった時この先治療しなくていいと決めました。死ぬのは怖くないです」確かに病院から紹介があって会いに行った時も同じように“死ぬのは怖くない“とおっしゃっていましたこれからの経過をお
午前中に少し仮眠をとって、午後から病棟に行くと、落ち着いていました。よかったー、本当に良かった。こんな状態で肺炎になってしまったらとただただ後悔でした。まだ痰の量は多いし、安心してはいけないのだけど、酸素飽和度も脈拍も落ち着いていた。ハアハア短い呼吸だったのがゆったり呼吸できているだけでホッとした。体調はジェットコースターというのをこれからはもっと意識して、穏やかに、母が少しでも楽に過ごせるようにしたい。明日はもっとよくなっています様に。
今日のお昼ごはんわ11時からだったので1人のんびり会社近くのベローチェへカマンベールとハムのサンドとホットコーヒー♪割引クーポン利用で650円くらいだったかなでこのバケットサンドがめっちゃ美味しかった緩和ケア病棟に入院中の父親だが本人が家に帰りたがっていて先生に相談したら家で看取るのも選択肢にあるなら退院してもよいとの事介護保険の申込や介護用品をレンタルし全部揃えてから退院する方向で話しが進んでる状態(´・ω・`;)
もう少し母といられると思って、欲がでてしまった。できれば食べて欲しい。体力を戻して家に少しの間でも連れて帰りたい。母は、自宅療養時は痛み止めの効きすぎでウトウトなり目も開けられた時もあり、ぼーっとした状態でした。入院して、今は覚醒している顔になりました。せん妄も全くなくなり落ち着いたと安心して、そうなるともっとと欲が出てしまいました。昨日夕方の面会終了前に、入院して初めて胆汁を吐いてしまいました。大丈夫かな?と心配しながら帰りました。お昼と夕方に小さじ1ほどの
受診のあと家に帰ったけど、だんだんと息苦しさは増していった。週末近くなるとしんどくてお風呂も入るのをやめた。ポート抜去後の処置をしないといけないからお風呂は欠かさず入っていたけどもうそろそろ限界かな…と。そんな話を聞いた友だちが休みの日に駆けつけてくれた。会っても息切れして話せないからって言ったけど「話さなくていいよ!30分背中さすりに行くだけやから」と。そして彼女はほんとに30分、背中をさすってくれた。不思議とさすってもらうと痰がたくさん出てきた。「私がさすると悪いモ
今日はお休みゆぴはぴさん天気予報でわ通勤通学時間帯が土砂降りの雨って言ってたのに晴れてたちっ…つまんね〜(心の声さ)昨日紅茶専門店で買ったはちみつアールグレイミルクティー飲むはぁ〜うまぁ〜癒されるぅ〜父親だが昨日、終末患者が過ごす緩和ケア病棟に病室が移された午前中ヤクザちっくな名前の弟がお見舞いに行って父親の姿見て号泣したらしい😭父親は自分がまだ元気なうちに家の名義変更や財産贈与などしたかったがそれができない状態になってしまったため母親が必死になって父親の銀行口座
最もポピュラーな「扁平上皮がん」とのことだ。最初の検査時に余命3~6か月と言われていた。更に生検が必要だったのには、何か制度上の理由でもあるのだろうか。よく分からない。その後緩和ケア病棟がある病院を紹介され、予約が取れ次第一度受診する段取りになった。その辺のやり取りは、病院同士で連絡してくれることになっている。それだけでも助かった。がん患者サポート係の看護婦さんの話が本当なら、あまり苦しまずに済むのかもしれない。是非そう願いたい。この際だから少し高いワインを買おうと思った。それで「