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お久しぶりです気付けば5月GWも終わりましたね今年3回目のブログです先日、父が亡くなりました2年前の年明けに腎臓癌が見つかり4月に手術して、1年後に骨と肺に転移が見つかりました。もぅ高齢と言う事もあり、主治医と相談し痛みのコントロールのみをして治療はしない事に最期は緩和ケア病棟に入れてもらい、それまでは大好きなゴルフを楽しむ事に決めました去年10月頃から痛みが現れ、今年の1月末から調子が悪くなりました日に日に体力が衰え、飲食も出来なくなり、介助なしでは何も出来なくなってしまった父
緩和ケア病棟に入院中の母相談員から、また電話今度は何⁈悪くなった?ドキドキ💧違ったーーー!グッドニュースだった👌熱はない血中酸素濃度も95〜100くらい点滴はしてるけど今日の昼から食事ほぼ全量摂取したそうわーい!お母さん、すご〜い👍本当にすごい!早く退院になりますように🙏グッドニュースで心軽やか😄
魂と売上が一致するサロンを導く量子力学的経営プロデューサー小堀梨花です。はじめましての方はこちら【無料】プライベートサロン経営・無人島に何を持っていく?診断|小堀梨花(こぼりりか)【無料】プライベートサロン経営・無人島に何を持っていく?診断|小堀梨花(こぼりりか)|小堀梨花www.reservestock.jp私は現在、緩和ケア病棟でソシオエステティックのボランティア活動をさせていただいています。緩和ケア病棟と聞くと、少し重たい印象を持たれる方もいらっし
5月8日実家に寄って、父の生命保険の代理請求人を変更する。父と母は大学の先輩後輩で、女性のほうが平均寿命が長いことからも母が受取り人で母が代理請求人だった。父は今月が誕生日月だからか保険関係のお知らせの手紙が届き、変更はマイページからとなっていたので父と一緒にWEB手続きをしようとするが、そもそも変更ページがない。仕方がないので、保険会社に電話をかける。高齢者向けの電話番号があり、案内に従ってボタンを押さなくてもダイレクトに電話がつながった。これは良い考え!高齢になると案内に従ってボタン
時系列2024年年末母直腸がん再発2025年1月父急逝5月母緩和ケア病棟に入院7月わたし乳がん発覚7月母逝去10月わたし乳がん手術リンパ節転移ありステージ3化学療法迷い中←今ココ亡くなった母が入院していたN病院の緩和ケア病棟から手紙が届いた。え、払ってない請求でもあったっけ、とちょっと身構えながら開封したら……まさかの、看護師さんたちからの温かいメッセージだったお礼を言わなき
こんばんは。今日は私の父の命日でした。人生2回目のこのマイホームを私の父は知りません。将来、介護が必要になったときには、どちらの両親も我が家でみてあげれたらと車椅子で異動や回転できる間取りや幅にしてあります。父は花が好きでした。休みの日には、庭木の剪定をしたり、今の季節なら山菜採りに出かけていました。そんな父は8年前に、ターコイズブルーの服を着て、新たな旅に出かけて行きました。父が亡くなった日の夜、我が家は飲みに行きました。癌だと分かってから、4か月で亡くなってし
緩和ケア病棟に再入院したおっちゃんお見舞いにいってきましたやせてたうでには点滴酸素吸入器や尿用の管がついてた顔を出すとなんとなくわかってくれたみたい顔色はよかった😀もうしゃべるのができなくて声は少し出せるけど筆談でした色々書いてくれたスラスラきれいに書けてるわけではなかったけどまたきてくださいとおっちゃんまたいくね必ずいくよ〜👋今夜は自衛隊カレー明日は血液検査です好中球あがってるかな〜
こんにちは。猫ちゃんと暮らしたい(願望)にゃろめですコーストFIREを目指す我が家なぜ節約、資産形成を頑張ろうと思ったのかそのきっかけになった出来事と今の私の価値観に影響を与えた経験の1つをお話したいと思います一応、続きです。よかったらコチラも見てやってください『40歳でコーストFIREに必要な資産と毎月の投資額は??具体的な数値を解説』こんにちは。猫ちゃんと暮らしたい(願望)にゃろめです「できれば早めに将来の不安から解放されたい」そう考えたときに現実的な
こんにちはなんか寒いやん寒暖差が激しい日々冬物の服は洗ってしまい込んでるしまたタイツを履いてます(笑)今日は主人の伯父さんのお見舞いに行ってきます伯父さん通称おっちゃん主人と私が結婚💒する前から大腸がんを患い闘病生活を送っていて3月末から入院し緩和ケア病棟に移り一度は退院されたのですが貧血がひどく再入院となりましたもうあと1ヶ月ぐらいではと言われてしまいましたおっちゃんは面倒見の良い方で親族集まってのバーベキューや餅つきなど色々とお世話にな
5月5日母の誕生日は3月5日で、誕生日以降の毎月5日をまだ生きていられることを祝っている。4月5日もたまたま旦那も私も息子も娘も集まることができて、今日も夜にはみんな病室に集まる予定。生花はダメなので、花のカタチの入浴剤のブーケを病室に持ってきた。14時過ぎ、先に私が病室に行くとすでに父が病室に。昨日まであたたかかった足の先が冷たく感じた。GoogleのAIモードでたずねたら、死期が近づくと心臓に血液が集まり手足が冷たくなるそうだ。昨日まではポカポカしていたのに。会話にならない程
昨日の5月3日午後10時27分に父が亡くなりました(TOT)実際は午後9時15分だけどね…先生が来てから死亡確認するので先生を1時間ぐらい待ちました…緩和ケア病棟に入院してまだ7日目でした🏥急変でした…病棟に不信感…最期は妹と2人で看取る事が出来ました。旦那さんと息子は少し間に合いませんでした…ゴールデンウィークに緩和ケア病棟に入院させしまってごめんね(TOT)こんなに急に悪くなるなんて思ってもいなかったよ…のどが渇いて苦しかったよね…家に帰りたかったよね…ごめんね…文句言
ご訪問ありがとうございます約7ヶ月お世話になった訪問看護師さん、断ることに。お別れは突然です👱訪問看護師さんが来たら、体温、体重、血圧、酸素を測る。病院からいただいた症状日記(血圧、体温、副作用があれば記載)をチェック後は雑談。私の場合、お風呂、家事、ゴミ捨て、爪切り、買い物(去年はネットスーパー頼み)は自分で出来る。担当医🧑⚕️に聞くと、「それならもう断っていいですよ。」で、結局お断りになりました。正直、訪問看護を頼むのもお金かかりますし👛担当訪問看護師さん👱が電話
ご訪問ありがとうございます初回の訪問看護師さんから、別の方に代わり私の担当になりました。癒し系の優しい方👱で安堵余命宣告の話もせず。趣味も合い、話しを聞いてくれますが、看護師経験も長くアドバイスもきちんとしてくれ、心強い方でした👱自宅が階段の為、大きなごみは片付けられないと一緒に片付けてくれたり、食器洗い中腰が痛い時は、椅子に座っては。と、アドバイス。その通りにすると痛みは無くなりました。担当の訪問看護師さんがお休みの時は、別の方達👱👱👱が来てくれ、運良く良い方が多
ご訪問ありがとうございます訪問看護師さんが週1回、お願いすることになりました。ただ、人間ですので相性はありました初回の方👱、初対面の時、無理して笑っているな。と思ったら、けっこうハッキリ発言もする。去年は、薬💊を1回10錠以上飲んでました。私🙍♀️「薬が多すぎて…」訪問看護師👱「もっと薬を沢山飲む方はいます😡」私🙍♀️「……」入院中の看護師さん達は「薬が多すぎて、お腹いっぱいになっちゃいますね。」と、否定しないでくれました✨③につづく
ご訪問ありがとうございます訪問看護をお断りしました。約7ヶ月お世話になりました。ずっと健康だったので、医療に関しては何もわからず、退院が決まり病院のソーシャルワーカーに言われるまま。初回、訪問看護の上の方が契約に来て、週1回でお願いすることに。兄弟👩🦰👨🦱は心配だと週3回希望しましたけど。転院前の担当医に余命宣告されてた為、訪問看護師さんもその流れで話しをするんです👱「ホスピス(緩和ケア病棟)のことはお考えですか?」と、聞かれびっくりしましたがんは寛解してる患者
5月4日今日は訪問看護に来てくれていたTさんが面会に来てくれたらしい。嬉しいことなのだが……誰でも面会に来られるようになったみたいだから、もう長くないみたい。もうすぐ死んじゃうのよ。本人も面会に来てもらえて嬉し反面、誰でも面会に来られるからもう長くないんだと気にしはじめてしまった。ただ、緩和ケア病棟に入院するにあたり、誰でも面会に来られるように行っていた気がするんだけど……違ったのか?母は今日から誰でも会えるようになったみたいと言うけれど、家族はそうなりますよーなんて聞かされていないし
5月3日今日はコンビニに寄ってONICHAゲットしました!今話題の麦茶だよ!コンビニで2本まで買えた!飲んでみて!母に流行りの麦茶を飲ませることができた。緩和ケア病棟の中、もうほとんど寝ていて、YouTubeもInstagramもほぼ見なくなった母だけど……(元気な時は娘と話が合うほど見ていたのに)なんか、こうして流行っているものを飲むだけでも、生きてる!世界とつながってる!って気がする。今という時間に触れ合う行動って大切だなぁとめっちゃ思った。父が昨日の断酒の話が納得できな
今日は末期の胃癌で亡くなった母の命日でした…旦那さんと妹と私の3人でお墓参りに行きました!母が亡くなってから15年経ちました…毎日病院に通った日々を思い出すと切ない気持ちになります…お母さんお父さんを見守っていてね~🙏お寺には白い藤棚があります今年も綺麗に咲いていました😊妹が母が好きだったフルーツロールを買ってくれたので家でお供えしました❗お墓参りの後に旦那さんと2人で父の病院に行きました🏥父は体調が悪くなっていて昨日とは別人のようになっていました…言葉も聞き取れなくて
5月1日、毎日1日遅れで母の様子を思い出しながら母の病室でこのブログを書く。一昨日の朝からステロイドの内服薬を飲み始めたらしい。大腸癌になり、手術をしたけれどお腹の中に癌が散り、腹膜播種になった母。抗がん剤治療をしていたけれど、使える抗がん剤がなくなったのが10月下旬だったと思う。考えるとそこからすでに半年。ずいぶん頑張った。腹膜播種は大きくなり、お腹を触ると癌がわかるほど。お腹全体に癌が広がり、当たり前だが他の臓器にも。その為に肝不全で黄疸。黄疸のせいで身体がだるいのを少しでも和らげる
4月30日病室に入るとテレビがついていて、母は眠っていた。眠る時間が多くなり、少しでも起きれるようにテレビをつけたのだろう。だけど眠ったまま。AIにたずねる。総ビリルビン24.9、極度の黄疸、どれくらい生きられるのか……手足の色や冷たいかをAIがたずねる。手足はあたたかい。色も黄疸は出ているが浅黒かったり紫ではない。急変するかもしれないが、あと数日は大丈夫な可能性をAIが教えてくれる。便利な世の中。医者に聞かなくてもある程度のことがわかる。便利な反面、なんでもすぐ調べる母は自
認知症で実の娘である義母のこともわからなくなったという義母の母…義母の妹さん一家と同居してるのですが、その妹さんから私にまでプレゼントをいただいたのでお礼に行きたいと配偶者経由で伝えたところ…「認知症で私(義母)のこともわからないのに、他人に会わせたくない」と、言ってきたそうです私の父が亡くなりかけており緩和ケア病棟におり、人に会わせるような状態ではないからと断ったのを無理やり会わせろと病室まで来て行ったのに…入院するとかもせずいられる自分の親には会わせられないって言ってたのに、同居孫
今日で4月が終わってしまう…早すぎる😲まだ4月3日の思い出も書いてないのに…😅4月のカレンダーの予定を見るだけで父と義母と義弟の病院関係がたくさんで大変だったんだとこんなに病院に行ったんだと驚きます…嵐のライブに行けたのが本当に奇跡だったんだと実感します…ストレスと疲れからか排尿痛と残尿感と出血があって…膀胱炎になったようだったので今日かかりつけ医に行きました🏥尿検査で膀胱炎だと分かったけど気になる事があったので追加で血液検査もしました…大丈夫だったけど気になる症状が悪くなったらま
その日のうちに記録しようと思いつつも頭の中がまとまらず、吐き出すだけの言葉でいいのに、なかなか書けないでいる。4月29日の出来事と母は3人姉弟で、亡くなった祖母の介護を何年も3人が交代で介護をするほど仲が良い。弟とと姉なので口数は少ないけれど、母の死期がだんだんと近づいてくるのがわかってから、自宅にも来てくれたし、この日は病室に来てくれた。食べられないから何も持って来ないでと伝えていたのに、イチゴとメロンを持って来てくれて、食べられなくても見ればいいよ。見て食べてと。母は一緒に来ていた孫娘
図書館で最後に借りた本は?▼本日限定!ブログスタンプもう何十年も前なので忘れましたね。以前は自転車で行ける距離だったので沢山借りていました。でも引っ越しをしてからはバスに乗らないと行けないので借りていません。借りると綺麗に読まなきゃ行けないですよね?折り目をつけたりヨダレを垂らしたりしちゃ行けないでしょ〈汚いな〉ですから、全部ネットで買っていたのですが、最近は近所のブックオフへ散歩がてら行って買っています。急いで読む本は本屋さんかネットで買っています。昨日は素
一昨日雨が上がった夕方のこと、何気なく窓の外に目をやると、アッ!虹だ!となり急いでベランダに出てスマホを向けるも電線が邪魔をします慌てて3階へ移動。虹が消えない内にと焦りながら撮影しました😊広い場所なら全体が見られたでしょうが、限られた視界ではこれが限界です。けれど、自宅から虹が見られるなんて幸運な奇跡の出来事でしたこれまでの人生で、運良く虹が見られた確かな記憶は6回ほどしかありません。最初は60年以上昔、叔母の家の2階から、当時は世田谷でも畑が広がっていた風景の中に、はっきり
普通に楽しんできたし楽しかったですね、10年前までは。✻あくまでも私個人の意思や視点からの内容です。今の医療体制は、その限りでは有りません。大きく変わっている事に期待します。旦那観察日記や母の闘病記と重複する部分があります。ご承知起き下さい。2016年春母のがんが見つかったのは丁度今頃。(初発の胃がんは、数十年前に寛解。)手の施しようがないと医師から告げられた病名は【原発不明癌、腹膜播種】がん細胞が、腹部全体に散らばっている状態。
Yおばさんの入所している特別養護老人ホームから一週間程、体調がいつもとちがうという様子の連絡を受けていました。お尻の褥瘡の悪化、ご飯の食べこぼしの増加、食欲の減退など。そして、特養での往診の結果、病院に搬送されることになりました。電話で病院の先生からの説明をうけると、高血糖、脱水、貧血、肝臓ガンが肝臓の半分以上を占めている。とのこと。今後の治療方針はどうしたいか聞かれ、身元保証人&姪というだけで、何回かしか会ったことのないおばさんの今後の治療方針を決めた。次の日午前中に病院に行き、先生
今日父が緩和ケア病棟に入院しました🏥朝に妹が病院に電話をして入院させたい事を伝えました…いろんな事がもう限界でした…先週までは満床だったけど今日退院の人が居たようで何とか入院することが出来ました…父的にはまだ入院したくないようでしたがもう1人で起きる事が出来ないので仕方ないと思ったようでした…仕方なく入院したので嫌だからか父の態度にイラッとしました…入院させてかわいそうだと思ってこっそり泣いたりしたけど…妹も同じくいろんな想いがあって泣いてしんみりしたけど…そんな気持ちが無くなる
酸素濃度が低いということで酸素量を多くして酸素マスク救急対応してくれた先生からの説明誤嚥性肺炎は重い病気酸素濃度が低いので厳しいことになるかもしれない相談員の人からの説明ではここは緩和ケア病棟なので入院期間は2ヶ月まで施設と情報共有しながら今後について考えていくこれまで入院しても淡々と対応できていたと思うでも今回は先生の説明を聞いて涙が滲んできてあわててこらえた看護師さんから案内されて酸素マスクをしているベッドの母の所へ頑張れ!頑張れ!とエールを送った帰る時
面会に行くと看護師さんから帰りお話あるんで良いですか?と声をかけられた。今日はしっかり起きていて自動車保険を父に引き継ぐ手続きの話も自分で保険会社に話をして本人確認できるほど。「もう少しで死んじゃうって話をきっとされるのよ」母は冗談半分、本気半分で私に告げる。話もあるみたいだし、早く帰りなさいよと自動車保険の手続きなどが終わり、29日の祝日に母の弟たちがお見舞いに来てくれる話を告げて病室を後にした。看護師さんに声をかけ、看護師さんが案内したテーブルは母の病室の目の前。これ、、起きてた