ブログ記事5,869件
暑い夏がきた。あの日と同じ、立っているだけでひたいから汗がしたたり落ちる、うだるような暑さだ。一年前の七月一日、わたしはお医者さんから、「お母さんのいのちは、あと数日です」そう宣告された。涙を流す心の余地はなかった。ただひたすら、一秒でも永く母の鼓動を聴いていたかった。そばにいたかった。「緩和ケア病棟が空きました。いますぐ移動してください」暑い夏の朝、看護師さんたちがばたばたと病室に入ってきてそう言った。ああそうか、“こういうとき”っていうのは、余白などな
2023年8月、母と私は中禅寺湖の山中をハイキングして楽しんだ。その1年後に母の肺がんステージ4が発覚した思えば私と母は長年にわたり、2人で様々な旅行を楽しんだものだ。母は少しづつ肉体的に弱り、小さくなっていったものの、まだまだ元気で生きてくれるものと私は勝手に思っていた。その母に今最後のお迎えが来ようとしている。7/23の朝、すっかり入院準備のできた母と私は、朝からタクシーで地域総合病院へ向かった。酸素吸入器を外すと、タクシーに乗っている間さえ母は苦しいようで「まだ病院に着かないの?」と私
74歳の母が昨日(4月23日)緩和ケア病棟に入院した。これまでよく頑張った。昨日、緩和ケアで主治医となった医師に挨拶をし、説明を受けた。あと1週間頑張るのが目標。頑張れたらまた1週間。抗がん剤ができなくなり、その日を迎える準備はもうやることがないくらいやったはずなのに、心の準備ができていなかった。現実には吐き出せない言葉をブログに吐き出そうとアメブロのやり方もわからず、とりあえず登録。とりあえず書き出した。元気に自分の足で入院したはすなのに、夜には眠ってしまっていて、一言二言会話して、手
こんばんは。今日は私の父の命日でした。人生2回目のこのマイホームを私の父は知りません。将来、介護が必要になったときには、どちらの両親も我が家でみてあげれたらと車椅子で異動や回転できる間取りや幅にしてあります。父は花が好きでした。休みの日には、庭木の剪定をしたり、今の季節なら山菜採りに出かけていました。そんな父は8年前に、ターコイズブルーの服を着て、新たな旅に出かけて行きました。父が亡くなった日の夜、我が家は飲みに行きました。癌だと分かってから、4か月で亡くなってし
私の知る限りコメント数『ピカ一』サンフランシスコさんのblogです。元気をもらえましたので紹介します。我がブログファンの中には闘病中の方が沢山おられます。アイアンマン稲田弘さんからのメッセージです。・諦めない心を持ってほしい・チャレンジすることを恐れないでほしい・夢を持ち続けてほしい『やれば出来る!93歳過酷なアイアンマンレースに挑戦し続ける男』アイアンマンレース史上最も偉大な挑戦者の一人世界最高齢完走者としてギネス世界記録を持つ稲田弘さん佐原(千葉県)倉敷
4月末に無事田植えも終わり、獣害の電柵も張ってもらいました。今年は骨髄抑制などで入退院を繰り返し、お陰で息子や孫たちが田植えなど全てやってくれました。緩和ケア病棟へ入院した時は、口から食べ物が食べられず、このまま痩せ細って…この先どうなるのか?と心配してましたが、高濃度の栄養の点滴から少量の点滴に変わり、身体への負担が減り、また点滴からステロイドの飲み薬に変わって食べ物も少しずつ口から入るようになりました。これは、今までがんの治療をしてくれる主治医と緩和ケアの主治医との違いがあり、色々と経