ブログ記事3,312件
半年以上前に書いた記事になります。下書き保存したままでした。この事件のその後はどうなってるのでしょうか?患者への「虐待」とされるケースも相次ぎ、いま改めて精神科「医療」の在り方が問われている。そんな中、新たな問題が浮上した。約2年にわたる隔離の末に亡くなった男性兵庫県明石市の精神科病院「明石土山病院」で、約2年にわたって「隔離室」での生活を強いられた男性が、朝食のパンをのどに詰まらせて窒息死した。病院は朝食の後片付けをしたのに、男性がパンを詰まらせて苦しんでいることに気づかず、
こんなにお世話になった事なんてなかった人生。ここ、三年間位で経験した事ない事ばかりだった。私も知らない知識を沢山得たし、法律までも、寝る暇を惜しんで勉強もした。医師との不倫で。何度もヤケクソになったり、もう、体力も、精神面もダメ、、精神科病院やら、内科に何度も入院。もう、いいですよ、、助けてくれなくても、、なんて思いつつ、子供達。に、これ以上辛い思いはさせれない。死ねない。死にたくもない。と。私は消されたブログに、焼酎25度のパック半分位を一気飲みしたのを、載せた事が、ある。動画で
蔓防で土日の部活が中止試合も中止(授業は通常通り)嫌な雰囲気です……そしてとどめに楽しみにしていたライブが中止(メンバーコロナ感染のため)朝のニュースで見て驚いてNH○へチャンネル変えて平静を装っていた娘が2階から降りてきましたそして久しぶりの大号泣友達からラインで聞いたらしい朝御飯も食べられないし学校へ行く準備もできないなんとか慰めようと
「オフレコで」との事でしたが四半世紀も前の話ですし内容も正確ではないはずなのでフィクションと言う事で……ちなみに患者さん同士ではお互いのプロフィール(?)は大体筒抜けでした⇔続きはコチラ⇔▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽
その理事長からの呼び出しの当日になりました。日勤業務を終わらせ、俺はこの後の理事長の話とは何なのか、を期待した(?)だいたい予想は出来たのだが、、、。4月3日17時スタート。俺たち病棟の、夜勤者以外の日勤スタッフ全員(看護助手を含む)が待合スペースに集まった。内は小さな病院だから、会議室とやらの部屋がないのだ。そこには、他の病棟スタッフや医事課、薬局、など。院長もいたな~。身内同士がやっている小規模病院なので、理事役員が誰だか見たこともない。そんな精神科病院で96床ほど
強迫性障害の二人の息子を母親が治してしまった。長男;30代前半。大学時代、社会人の時は野球をしていた。4年前から強迫性障害+うつ病で投薬を受けている。パチンコ依存症にもなったことがある。5年間未就労。次男;20代後半。強迫性障害+アスペルガーと診断され、5年前から投薬を受けている。強迫症状があまりにも酷いため、3年前に精神科病院入院歴あり。母親が本を読み、R2.1からプロテイン30g*2+ATPセット+ナイアシンアミド500mg*6を開始した。その結果、長男:とても元気に
私は負けない。何度ブログを全消しされようと、何度精神科病院にぶち込まれ様と、ケータイを何度も奪われ様と、何度も何人にも殴られて蹴られ様が、私の人生。他人の人生ではない。今、一時帰宅中。明後日からまた病院。1週間実家にいた。イコール、アパートは、引き払われた。沢山の事があった。凄く屈辱感。怒りと悲しさ。私のアルコール治療をしてくれてるのか、よくわからなくなった。自殺して、え??死んじゃった。。と、泣いている皆んなの姿を見たくなった。けど、死んだら見れない。面白くない。だから生きる
このブログを書くのもご無沙汰だ~。精神科看護師で働いていると、仕事が単調で機械的マシンと言ったところでしょうか?もちろん精神科病院にもよるだろう。俺の年齢相応な業務内容だから、贅沢は言えないのは百も承知である。これと言った出来事もなく一日の業務が流れていく。このところは患者が亡くなれることもなく急変を要しない。良いことであるのだが、、、。話は変わるが、最近目にした記事でコロナ禍以降病院全体の6割が赤字経営だそうだ。うちの病院はどうだろうか?まぁー.俺が入職してからもいまだに定数を
日本人はほとんどがビタミンB1不足「メガビタミン健康法」より日本人は多くの米を食べます。食べる量に個人差があるものの、糖質の摂取量が多いことには変わりないので、ほとんどの人がビタミンB1不足です。まず、精製糖質、米の摂取量を減らさないと話になりません。ビタミンB1不足は、まず身体面ではなく、精神面に「精神症状」として現れます。三石先生も「日本人のイライラ、足の引っ張り合いはビタミンB1不足」といわれていますが、家庭内不和、職場での諍い、他人への怒り、などはビタミンB1不足の関
今回の記事は、僕がまだ31歳頃遭遇したものである。驚愕すべき臨床体験。ある28歳の男性患者さんは、梅毒に罹患後、症状が出たものの中核病院で治療を終えていた。その時は既に梅毒トレポネーマは体内にはなかった。この患者さんの不思議なことは、まだ感染後2年くらいしか経っていない上、梅毒に対する抗生剤治療も完全に終わっているのに、精神が既に荒廃していたことである。いつも保護室で診察していたが、いつも無苦慮にへらっとした印象で、よくポケットに大便を詰め込んでいた。おかげで指と爪の間には便が
てんちょうです。昨日は、日曜日の病院の勤務でした。病院で当直や日直をすると、食事は、検食といって、入院患者さんたちと同じ病院食が食べれるのです。で、お昼になってぶらぶらと食堂へ。じゃーんな、なんと、今日はちらし寿司でわないかっ!今日がひな祭りだったことを、忘れていた。ほんとにおいしかった~。病院食を食べれるのは、病院勤務の楽しみの一つですよ。←ふだんろくなもの食べてないからな笑ちなみに、精神科の入院治療期間って、、3ヶ月間くらいが一応の目安です。これ
統合失調症にもプロテイン症例;30代後半、男性。母親と2人暮らし。H19に統合失調症と診断されている。H19とH23に2回精神科病院に入院歴あり。イライラして暴れたそうだ。病院からはジプレキサ10mgが処方されていたが、眠気が強く振戦が出たので、H23から通院服薬を中断している。家に引きこもり10年以上未就労。イライラしたり、かっとなり、暴言あり。本を読んだ母親と伴に、H31.3当院受診。171cm、72kg。BUN16.5、フェリチン107。甘い物が大好きで止められない
患者の男が男性医師を切り付け、軽傷負わす大阪・泉大津の精神科クリニック(産経新聞)-Yahoo!ニュース20日午後5時55分ごろ、大阪府泉大津市田中町の精神科クリニックで受付のスタッフから「男が包丁を持って診察室に入ってきて、振り回して逃げた」と110番があった。大阪府警泉大津署によると、患者の男が男news.yahoo.co.jp20日午後5時55分ごろ、大阪府泉大津市田中町の精神科クリニックで受付のスタッフから「男が包丁を持って診察室に入ってきて、振り回して逃げた」と110番があ
この精神科病院に,60歳からお世話になってまる4年。常勤であるから拘束時間が長い(9時~17時30分)、夜勤勤務もある。仕方ない、それを承知で入ったのだから、、、。業務内容としては楽である。なぜなら精神科病院であるからだー。給料の高い安いは別にして、取りあえず、年間500万近くの年収を貰っている。正直63歳の俺にとっては満足である。拘束時間が長いが、仕事がほんとにほんと楽であるから。なんたって、なんたって、65歳以降の年寄看護師がこの病院にゴロゴロいる。しかし、俺を含む60代以降
夫からDVを受けている奥さんは、離婚ないし別居しない限り、それから逃れることなどできない。またDV夫を精神科病院に連れていくことはもっと困難である。DV夫が奥さんを殺すとか、誰が見てもDVによる大怪我と見なされるくらいのことが起こればやっと警察が介入する。DVは民事的な事例と思われているのかもしれない。事情を聴取された際に、奥さんが夫から受けた怪我と言わないこともあるからである。DV夫は社会的には成功していて、世間からの評価が高いことも稀ならずあり、いわゆる外面が良い人物だった
時に60歳くらいの統合失調症の患者さんが生まれて初めて精神科に受診し、そのまま入院になることがある。このような人は大抵、発病年齢が遅く、悪い精神状態であっても家族が病院に受診させられなかった人が多くを占める。10年以上前、役場の精神科無料相談を手伝っていた。そのような相談の中に、家族が何らかの精神病を発症しているが、精神科病院に連れて行けず苦悩しているのを診ることがあった。しかも、「病院になんとか連れて来れれば僕が治療しましょう」とまで言っても、実際に治療に行きつける人は10人に1人
5月に特養ホームに入居した実母はもともと幻聴があり、精神科病院に通っていました。わがままいっぱいに自宅で過ごしてきた実母にとって、特養ホームでの入居生活はきついはずです。この特養ホームはナースチームがかなりの権力があるらしく、精神科病院へ入院を勧められたり、退所をほのめかされたりしました。ナースチームが渋る医師に頼み込み、たくさんのクスリを出してもらって、パーキンソン症候群になっていきました。それでも、落ち着きがない、夜は眠らない、他の利用者さんが母を嫌がっているなどと苦情の荒らし。
私はアルコール依存性で、精神科病院に入退院を繰り返してます。内科を含めると、6回。全ての入院が、短いです。内科は2回とも1週間から2週間。精神科1回入院した所は1週間程度。11日からまた入院する精神科病院は1回目、2週間位。2回目、3週間位。今回入院は、役1か月入院しました。また、入院します。次の一時帰宅?は、年末だし、今年中だったらありがたい。引越しもしたので、掃除が大変。病院で、ただ、する事もなく、何喋ってるのか理解すら難しい人達との会話。先生のメンタルに驚く位。一日中、訳わから
こんにちは。作業療法学科の小林です。2月から始まる臨床見学実習へ向けて、今月から準備が始まっています。本日は実習先の施設についてインターネットや資料を用いて調べ学習を行いました。急性期病院、回復期病院、精神科病院、精神科クリニック、診療所、介護老人保健施設など様々な実習先があります。まずは施設の機能を調べ、対象疾患を調べ、ファイル内に事前学習として保管していきます。学生は緊張しながらも楽しみにしていますので、ご指導よろしくお願い致します!!
大変なことが起こりました~!!前回書いたことが、俺の願っていた思いとは裏腹になってしまった。来年の65歳まで何とか現在勤めている病院が今の経営人、体制で、生き延びてくれればと心の中で祈っていたのだが、、、。それはかなわなかった。数日前、病棟師長から「明日は、理事長から話があるから、時間厳守でお願いします」と言われた。普段理事長は、忘年会か新年会しか顔を出したことのなく、それも毎年のことではない。そんな理事長からの招集とは、何事かと思ったが、よく考えればだいたいの予測は,俺の中では
松沢病院院長日記タイトルだけでも「ヤベェ日記」!!と驚愕ものの日記になります。筆者は風祭元(かざまつりはじめ)1934年生まれ。もうお亡くなりになられてます。東大医学部卒の精神科医。20年以上勤めた東京大学病院から、平成6年より、還暦にして都立松沢病院の院長を勤めたお方。松沢病院には約6年半お勤めになられました。その6年半の在職中に感じたこと知り得たことをエッセイ的に書き下ろした本です。写真なども織り交ぜ、わかりやすく綴った歴史に残る1冊とのことです。日本の精神医学
⇔続きはコチラ⇔▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽
今日のBGMはエリック・サティのジムノペディ奇妙で静かでいいなあちょうどいいちなみに最近の娘ちゃんは夏の発表会に向けてチャイコフスキーの金平糖の踊りをピアノで練習していましてそれは元気に奇妙で怖くてかわいくて好き作業のBGMには今はむずかしいかな(笑▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽あー死ぬかと思った(´ཫ`)そんな近況お腹痛くて冗談でなく死んだかと思ったよう夫君と娘ちゃんの看病でやっとこさ復活ぼちぼち参りましょ
徹夜でマージャンじゃないよ⇔続きはコチラ⇔▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽今日のBGMはRosaLinnのSNAP
ケ:朝の連続テレビ小説の視聴率が高いって聞きました!テレビ観ないし、知らんけど。マ:朝から精神障害者が出てくるドラマは無理だよ。暗すぎて、重すぎて。ケ:そうかなあ?人間のドラマって、暗くて重いもんなんじゃないんですか?マ:朝は爽やかなドラマって相場が決まってるんですよ。──省略したくだり( ̄▽ ̄)
日本の精神保健医療福祉政策の歩みメモ・1900年(明治33年)精神病者監護法私宅監禁は秘密がいっぱい。呉秀三先生等による実地調査。・1919年(大正8年)精神病院法あまりうまく行かなかったみたい。・1950年(昭和25年)精神衛生法マンガの舞台の施設はここら辺で保養院として開院。その2年後位に医療法人社団設立。・1987年(昭和62年)精神保健法・1995年(平成7年)精神保健福祉法マンガの舞台だよ。・2006年(平成18年)障害者自立支
に、なれそうだった。メンタルヘルスの分野で、また一位🥇に。後、少しってところでケータイが消えた。。。最後に見たのが、四位だった。どーせなら、一位にならせてから、ケータイ奪えよ💢と思った。入院して、管理されてたなら、まだわかる。私はまだ入院していなかった。ケータイが、消え去って、昔のケータイもなく、二台奪われた次の日、また拉致されるが如く、私は精神科病院🏥へ。コラ!私は横田めぐみか?