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「北の国から83冬」を視聴。純も蛍もまだ小学生の年末から正月にかけての物語。五郎の幼馴染笠松みどりの息子・正吉が家出をし、黒板家へ。今は亡き五郎の父と共に富良野開拓に尽力した男、沢田松吉(笠智衆)は、相当の財を築いたものの、借金を抱えキャバレーの女と出奔した過去を持つが、ある日黒板家へふらっと現れる。松吉は「警備会社で働き、社長になり、再び財を築き今は悠々自適。故郷が忘れられずに帰ってきてくれた!」大歓迎を受ける。松吉歓迎の宴もたけなわ、五郎はみどりの博打の負債(700万)の連帯保証人
東京物語-1953-この映画はJ:COMで観ました1953年11月3日公開解説『東京物語』は、1953年(昭和28年)に公開された日本映画、小津安二郎監督、原節子主演の「紀子3部作」の3作目上京した年老いた両親とその家族たちの姿を通して、家族の絆、親と子、老いと死、人間の一生、それらを冷徹な視線で描いた作品であるストーリー周吉、とみの老夫婦は住みなれた尾道から二十年振りに東京にやって来た。途中大阪では三男の敬三に会えたし、東京では長男幸一の一家も長女志げの夫婦も歓待してくれて、熱
いま、YouTubeで小津安二郎の「東京暮色」を観ていますが、小津映画って、どの映画にも限らず、脚本のセリフに、原節子を口説いているらしき言葉が散りばめられている気がします。「東京物語」でもラストで笠智衆が節子扮する紀子をベタ褒めする場面があるし、「秋日和」でも、齢はとったけれど、齢に磨かれていっそう綺麗になった、なんてセリフがあったし、この「東京暮色」でも、綺麗なひとだったじゃないか、なんて中村伸郎に言わせているし。実際、小津が節子に恋していたというのは有名な話で、節子の方も、まんざらど
週末、次男が父親引率で「マインクラフト」の映画を観てきました。面白かったらしい。ところでワタシ、映画、観なくなったなあ。もう最後の映画から20年くらい映画館に行ってない(子供用のは、2,3本は観た)テレビを見なくなって3年半。ニュース番組どころか、今はテレビドラマ、Netflixの映画もまったく見なくなりました。本は読むが、マンガも読まないしゲームもやらないのです。「私って感性死んでるわ!」恥ずかしいけれど、本当にそう思います。たまたまブログを読んでいて、好きなブロガーさんの年