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笠智衆さん笠智衆(りゅうちしゅう)本名同じ1904年5月13日生まれ、1993年3月16日、満88歳没。熊本県玉名郡玉水村立花(現在の同県玉名市)生まれの俳優。1925年(大正14年)に松竹に入社し、10年間ほど大部屋俳優として過ごした後、小津安二郎監督に見いだされ、彼の『大学よいとこ』で助演。以降『晩春』『東京物語』など、小津作品には欠かせない俳優となった。小津作品以外にも黒澤明、木下惠介、岡本喜八、山田洋次等、名匠の作品に数多く登場し、
『秋刀魚の味』映画トーキー113分カラー昭和三十七年(1962年)十一月十八日封切製作国日本製作言語日本語製作会社松竹大船撮影所脚本野田高梧小津安二郎製作山内静夫撮影厚田雄春美術浜田辰雄荻原重夫音楽斎藤高順録音妹尾芳三郎照明石渡健蔵編集浜村義康録音技術石井一郎色彩技術渡辺旦監督助手田代幸三撮影助手老川元薫現像東京現像所装置高橋利男装飾石井勇衣裳長島勇治録音助手堀義臣照明助手本橋昭一進行金
ロイヤル劇場にて小津安二郎の晩年の映画「秋刀魚の味」を観ました。笠智衆演じる父親と岩下志麻演じる娘の縁談をめぐる家族の物語。笠智衆は、穏やかな父親。岩下志麻は、後に極道の妻を演じるとは思えない可憐さ。今から六十数年前の日本の家族、庶民の暮らしが描かれていて、とても興味深かった。自分の母親の若い頃の時代に近いが、今見るとこれほどまでに時代は変わったのかと驚く。父親たちの会話の内容が今から見ると隔世の感があるが、当時はまだ戦争が終わって日本が復興に向けて邁進していた時代。若者たちや移りゆく
名匠・小津安二郎監督の遺作となった1962年公開の作品です。サラリーマンの平山周平は妻に先立たれ、長女・路子に家事の一切を任せている。友人に路子の縁談を持ちかけられても、結婚はまだ早いと聞き流す。ある日、中学の同窓会に出席した周吉は、酔い潰れた元恩師・佐久間を自宅に送り届け、彼らを迎えたのは、父の世話に追われて婚期を逃した佐久間の娘・伴子だった。それ以来、平山は路子の結婚を真剣に考え…岐阜のロイヤル劇場でフィルム上映で観ました。最初に2003年小津100周年と出て昔、映画で初めて観た時代
まいど!しんちゃんです🎵のれんくぐってくれておおきに🤗去年の6月に書いた、『看取りケアの理想と現実について』…っていう記事が今年になってから、公式ハッシュタグランキングに立て続けに入ってきたんや。3月6日↓↓↓4月20日↓↓↓何が起こってるんやろ?よぉわからんけど…😅「#看取り」ゆうタグがそれだけ少ないんかもな?…まぁええわ。今回は、このナゾのランクイン記事を、あえてそのまま
私たちは、鎌倉市川喜多映画記念館の川喜多邸別邸(旧和辻邸)の、かつて東洋大学卒業の笠智衆さんが、映画関係のインタビューを受けた縁側に座って写真を撮りました笠智衆さんは、熊本県出身であまり喋らず、お寺は継がず東京で勉学したいと決意し、上京してから東洋大学に入学した尊敬すべき大先輩なのです2026.4.26WetookaphotoontheverandaoftheKawakitaResidenceAnnex(formerlytheWatsujiResidence)
美空ひばりさんの出演作品の三姉妹の末っ子の役だよね。姉妹1953年4月29日松竹映画脚本が橋田壽賀子さん三姉妹の恋愛模様が描かれた作品で、ドタバタコメディな感じで、コレはダメでしょ?って面が描かれていたヒット作品で、女性の人気が絶大な作品となったのよね。津島恵子さん淡路恵子さんが姉妹役。笠智衆さん沢村貞子さん若原雅夫さん等出演。現代劇で、1953年当時の日本らしさが出ているよね。
カルメン故郷に帰る-1951-1951年3月21日公開解説『カルメン故郷に帰る』は1951年の松竹大船撮影所製作の日本映画。ほぼ全編が浅間山山麓でロケ撮影され、国産初の総天然色映画として公開されて話題を呼んだ。都会でストリッパーをしているヒロインを高峰秀子が演じる。続編として『カルメン純情す』も制作された。なお、カルメン三部作として制作される予定であったが、結局実現しなかった。戦後の、自由でどことなく軽薄な風潮と、それに対する賛否両論の世論を風刺した軽快な喜劇であり、新しい時代の映画への
寛太(初山たかし)の家の玄関にシャツとパンツを置いていく者がある。走り去る後ろ姿は山金(宮田二郎)だった。*****健二(島村イツオ)らが街の落書きを消しているところに通りがかった坂田教頭(牧龍介)が落書きをしているのだと誤解する。誤解は解けるが教頭は「命令的に」やればもっと効果があると言うが、松村(笠智衆)は疑問に思う。松村はそして、自発的に落書きを消すように生徒らを励ます。自分も仲間に入れてもらうからと。落書き消しに精を出すみんな。一度消してもまた落書きがあればどうすると松村に問われ、
山金(宮田二郎)のことは教員の間でも問題視されるが、松村(笠智衆)はいま話しても意固地になるだけだからもう少し待つと岡野(泉田行夫)に言う。*****雪が積もる日。落とした財布を取ってきてくれと寛太(初山たかし)に頼む山金。「ほな、見てくるわ」と寛太。そこは危険な場所だった。心配する級友たちに山金は「黙ってえ!」。案の定、池に滑り落ちた寛太は、「金ちゃん、なんぼ探してもあらへんわ」。*****理由なく穴を掘る寛太。そこへ三十分入っていれば足が金色になると山金が言う。埋められてしまう寛太
昭和二十三年の稲垣浩監督による作品で、太秦、嵯峨、嵯峨野、第三錦林(以上京都)、御坊(和歌山)の各小学校が「参加応援」している。香川良介、杉村春子、島村イツオの京都弁はちょっとおかしい。遠足に行けるほど静かな嵐山…。相撲大会の場面で、なんやしらん、泣けてきた。*****唱和十二年のこと。動作緩慢で授業中も床に座り込む中山寛太(初山たかし)に、他の生徒の迷惑になるから席を教室の外に出すと訓導(常盤操子?)が言う。級友たちにはからかわれる。登校したくないと言う寛太を母(杉村春子)はやさしく
朝、通用口に立っている警備員さんがいつの間にかいなくなった代わりに小窓からジロリと睨んで無愛想に挨拶するオッサンがいるどうやらこのオッサンは天下り組らしいこのオッサンは退職金もガッツリ貰って今は毎日座ってるだけでお金が入るつくづく私は負け組だと思うそれにしてもあの警備員さんは今頃どうしておられるだろう笠智衆、似の静かな人でアンドロイドみたいな決まった動きで敬礼毎朝会うのが楽しみだった今も元気にしていてくださいー玉名の草枕温泉笠智衆の故郷みかん畑が広がっ
『風花』(かざはな)映画トーキー78分カラー昭和三十四年(1959年)一月三日封切製作国日本国製作言語日本語製作松竹大船製作小梶正治脚本木下恵介音楽木下忠司撮影楠田浩之美術梅田千代夫録音大野久男照明豊島良三録音技術鵜沢克巳装置高津利男春子岸惠子乾幸子有馬稲子さくら久我美子捨雄川津祐介トミ東山千栄子強之進永田靖弥吉笠智衆勝之細川俊夫師匠花柳秀さくら少女期和泉雅子さくら少
お父さんの秘密の映画。米映画では『エデンの東』がまずうかびます。父は次男に母が亡くなったと伝え、しかしそう遠くない町で母、ケートはいかがわしい酒場を営んでいました。ケートは原作では「良心の欠けた怪物」。15歳で教師を自殺に追いやり、16歳で家族を焼死させ、売春業の男のかこわれ者になったが、ズタズタの傷を負って棄てられていたのを、兄弟の父、アダムに救われ、妻に。アダムもケートから肩を銃で撃ち抜かれています。ケート像が素晴らしい。原作も含めてケートに嫌悪を感じる人が多いそうですが、わたしは
監督小津安二郎こんなに優しい両親なんですね。周吉(笠智衆)と、とみ(東山千栄子)。どんな状況でも受け入れて、周りに対して腹を立てない。しかし、ホントに子供達はかまってやりたいが自分の今の生活に忙しくままならない状況。特に志づ(杉村春子)はキツイ性格の印象を受けますが一応、両親の事を非常に気に掛けているのは伝わってきます。紀子(原節子)に東京見物をお願いしたり、熱海の温泉に行かせたり。結果としては熱海はひどいものでしたが。でも、酔って帰ってきた周吉とその友人を嫌々ながらも受け入れ
『男はつらいよ寅次郎あじさいの恋』映画トーキー110分カラー昭和五十七年(1982年)八月七日封切製作国日本製作言語日本語製作・配給松竹出演車寅次郎渥美清諏訪さくら倍賞千恵子かがりいしだあゆみ車竜造下條正巳車つね三崎千恵子諏訪博前田吟源公佐藤蛾次郎蛸社長こと桂梅太郎太宰久雄諏訪満男吉岡秀隆はる岡島艶子かがりの母杉山とく子かがりの友人西川ひかる蒲原津嘉山正種出版関係の男
3月16日が命日・忌日の有名人・著名人37年77歳没(病)ティベリウスさんローマ帝国の第2代皇帝1604年47歳没(病)菊姫さん上杉景勝の正室武田信玄の五女1613年50歳没(中風)池田輝政さん戦国武将、姫路藩主姫路城を現在残る姿に修築1898年25歳没(結核)オーブリー・ビアズリーさんイラストレーター、詩人、小説家1935年58歳没(?)ジョン・ジェームズ・リチャード・マクラウドさん医学者インスリンの発見ノーベル生理学・医学賞194
貴一さんのことを書きたい。しかし、本稿はともすれば話柄があっちにいったりこっちにいったりする雑感でもある。さて、先日、『終わった人』を観た。内館牧子原作の小説『終わった人』の朗読劇を、である。いまは朗読劇と言わず、リーディングドラマというそうだ。出演は、中井貴一キムラ緑子のおふたり。とても楽しいひとときだった。リーディングドラマ『終わった人』メジャーリーグWebサイトよりところで、以前の稿でも書いたが、中井貴一氏は私と同世代、いや同学年の人である。現在、64歳。私
『人間の條件』シリーズ最終作。第5部「死の脱出」生き残った梶(仲代達矢)と弘中伍長(諸角啓二郎)、寺田二等兵(川津祐介)は、隊には戻らず南満州へ向かい、元の生活を取り戻そうとするが、生き残ったこと自体が罪のように重くのしかかる。非戦闘員を殺したと言うが、相手からすれば侵略してきた国の人間であり、しかも自分たちの家を占拠し略奪していた側になる。ソ連国境で攻撃を受けた梶の隊は、梶と弘中伍長、寺田二等兵を残して全滅。三人はただ歩いた。やがて川に出る。そこには避難民の老師教夫婦や、慰安婦の
おはようございます!!栃木県大田原市を拠点に活動する映画制作集団大田原愚豚舎映画監督俳優の渡辺紘文です!!2026年は1月1日より休むことなく毎日ブログを更新しています皆様、ぜひ毎日ブログをのぞいてみてください鎌倉にいます昨日は大船で打ち合わせでした大船から帰り道は歩きました役づくりのための減量ダイエット中ということもあり1時間弱なんですかね大体帰り道の途中、これはマジで偶然なんですがなんと敬愛する俳優である笠智衆さんが眠る成福寺に
小津映画では原節子が出演した「東京物語」「晩春」「麦秋」の紀子三部作が有名だが、後期のカラーになってからの「お早よう」「小早川家の秋」そしてこの「秋刀魚の味」も傑作。<ストーリー(WIKIPERIAより)>大手企業の重役として働いている平山周平(笠智衆)は妻に先立たれ、長女の路子(岩下志麻)、次男の和夫(三上真一郎)と3人で暮らしている。平山周平(笠智衆)長女の路子(岩下志麻)次男の和夫(三上真一郎)ある年の秋、路子の上司で、周平の旧友でもあ
ひかりごけ1992年4月25日公開戦時中に実際に起こった食人事件をもとに描かれた武田泰淳の同名小説の映画化。あらすじ北海道の知床半島・羅臼を訪れた作家を案内する地元中学校の校長。2人は天然記念物のひかりごけが簇生するマッカウシ洞窟内で金緑色の光を投げかける一面のひかりごけに圧倒される。その帰途、校長は昭和18年に起こったある事件の話を作家に語った。それは軍属だった4人の漁師を乗せた船から転落し、吹雪の烈しい荒海を泳ぎ抜け、マッカウシ洞窟に唯ひとり漂着した船長が、自らを励まし寒さと飢えに耐
「小津安二郎監督」特集日本の映画監督で、世界的にも高く評価されている人物といえば、小津安二郎、黒澤明、宮崎駿の名がよく挙げられる。今回はその中でも、サイレント映画(無声映画)時代から活躍していた小津安二郎監督に注目し、サブスクで一気に6作品を鑑賞したので、ピックアップして紹介したい。※今回鑑賞した作品(製作年順)『東京の女』(1933)『長屋紳士録』(1947)『お茶漬けの味』(1952)『東京物語』(1953)『東京暮色』(1957)『秋刀魚の味』(1962)小津安二
★★★★104分シリーズ18作監督:山田洋次出演:マドンナ:京マチ子、檀ふみのどっちかな、渥美清、倍賞千恵子、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、笠智衆正月といえば寅さんの映画と決まっていたもんだ。~~~~~寅さんが旅先で見た夢:映画「カサブランカ」風の飲み屋で、アラビアのロレンスならぬアラビアのトランスを名乗る男。妹の倍賞千恵子もフランス風で、酒場でトランスお兄ちゃんを見つけるも、寅はフランス風な言葉を残し去ってゆく.....~~~~~マドンナは甥
お早よう-1959-この映画はJ:COMで観ました1959年5月12日公開解説『お早よう』は、小津安二郎監督による1959年(昭和34年)の日本映画で監督第50作。また小津作品としては『彼岸花』に続いて2本目のカラー作品であり、画面における色彩の使い方に小津の遊び心が随所に感じられる。物語は、郊外の新興住宅地を舞台に元気な子供たちにふりまわされる大人たちをコメディタッチで描いている。本作品では子どもたちがオナラ遊びに興じる場面が出てくるが、「オナラ」を使ったギャグは小津監督がサイレン
年末でくだらない番組ばかりのテレビ。NHK映像の世紀「スクリーンの中の東京百年」映画を通じて東京百年の歴史を描く。こういう作品こそがNHKに求められていることを自覚してもらいたい。私が日本の俳優で一番演技が上手いと思っているのは男優:笠智衆、女優:杉村春子分かる人にはなるほどと思っていただけるかと。戦後の焼け野原から立ち直った日本人の痛い目に遭った時の馬鹿力を忘れないよう。奇しくも不破哲三(芸名?政治名?本名上野建二郎)氏が死去。共産党のみな平等理念が何故か首脳陣は大金
東京物語-1953-この映画はJ:COMで観ました1953年11月3日公開解説『東京物語』は、1953年(昭和28年)に公開された日本映画、小津安二郎監督、原節子主演の「紀子3部作」の3作目上京した年老いた両親とその家族たちの姿を通して、家族の絆、親と子、老いと死、人間の一生、それらを冷徹な視線で描いた作品であるストーリー周吉、とみの老夫婦は住みなれた尾道から二十年振りに東京にやって来た。途中大阪では三男の敬三に会えたし、東京では長男幸一の一家も長女志げの夫婦も歓待してくれて、熱
1961.【小早川家の秋】京都や大阪が舞台とはいえ、戦後15年ほどで街も家庭もここまで復興、再興していたのか…もっともかなり裕福な家庭だからな…同時期が舞台の小百合様キューポラとはまるで違う世界のようだ。日本の戦後15年、20年くらいの勢いのある時代、高度成長期は密度が高くて中身が濃い。21世紀になっての25年なんて、あまりに薄っぺらい時間だな…豪華キャスト、司葉子、白川由美が美しい。この頃になると原節子はオトコ顔という感じでイマイチなんだよな…特に司葉子との並びだと…いつもの妄