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微塵刹土(みじんせつど)「微塵刹土」とは、目に見えないほど小さな塵の一粒一粒の中にも、仏の世界がまるごと宿っているという教えを表す禅語である。私たちはつい、大きなものや目立つものにこそ、価値があると考えてしまう。大きな建物、有名な場所、人目を引く出来事。そうしたものだけが特別で、小さなもの、目立たないものは取るに足りないと感じてしまいがちである。しかし禅の教えでは、その考え方こそが物事を見誤らせる原因だとされる。道端に落ちている一粒の砂、部屋の片隅に舞う小
10月のお稽古として、棚のことを書いているが、今日は行雲棚これも裏千家15代鵬雲斎のお好みの棚で、昨日取り上げた山雲棚と名前が似ているが、「行雲流水」という禅語がもと言葉を字句どおりに捉えると「雲が行き、川が流れる」ということだが、禅語としてみると、空に浮かぶ雲や水が流れるように、何も妨げられない状態をいっていて、それは、何事にも執着も拘りもなく、自然にまかせて生きることその意味では、自然に身を任せて勝手気ままに生きるというような軽薄な意味ではな
今日もお越しいただきありがとうございます。歳を重ねるほど心豊かに美しくあなたの一歩踏み出す勇気を応援できたら幸せ「勇気ナビゲーターRieco」池田りえこです。NHKの朝ドラ「あんぱん」を毎日楽しみに観ています。ただいま、日本橋三越本店で連続テレビ小説「あんぱん」展開催中(~9月2日)ですが、初日のスペシャル企画、脚本家中園ミホさんのトークショーに参加できて、彼女のお人柄にも魅了され、今も感動冷めやらぬ日々を送っています。何日か前の「あんぱん」で、ヒロ
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:さんちゅうれきじつなし(山中、暦日なし)解説:山中の静寂の中に暮らしていると、世間的な時間など忘れてしまう。自然と共に、のびやかに、穏やかに、生きている姿がそこにある。この禅語の出典は、『唐詩選』の「太上隠者たいじょういんじゃ」の「人に答う」で、隠者の方らしい言葉です。本書の解説では、この「山中」を字面の通りではなく、親しい友人を迎えるときに、その友人が最大限にくつろいでもらえる。楽しんでもらえて