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みなさん『裂古破今(れっこはこん)』という言葉をご存じでしょうか。ぼくは最近知ったのですが、さて、これ、どういう意味なのでしょうか。現代においても、いろいろなところでとても大切な考え方だと思うのです。こんばんは。トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。裂古破今AIによると…「裂古破今(れっこはこん)」は、「古い伝統に囚われず、安易に現代の流行に流されることもなく、真理や道理に基づいて本物を見きわめて、常に新しい境地を切り開いていくこと」を意味する禅語で
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:いしにざしてくんぷうをまつ(石に坐して、薫風を待つ)解説:思い通りの風が吹かないときは、じっと静かに待っていればいい何をやってもうまくいかないそんなときに、無理やり方策を講じようとすると、事態はますます悪い方向に向かうものなので、どっしりと構えて、周囲の状況が好転するまで待っていればいいというのは、冷静に文章で読むとわかるんですが、これがなかなか難しい。しかし、この禅語を頭の片隅に留めておけば、そんな
10月のお稽古として、棚のことを書いているが、今日は行雲棚これも裏千家15代鵬雲斎のお好みの棚で、昨日取り上げた山雲棚と名前が似ているが、「行雲流水」という禅語がもと言葉を字句どおりに捉えると「雲が行き、川が流れる」ということだが、禅語としてみると、空に浮かぶ雲や水が流れるように、何も妨げられない状態をいっていて、それは、何事にも執着も拘りもなく、自然にまかせて生きることその意味では、自然に身を任せて勝手気ままに生きるというような軽薄な意味ではな
Instagramつなぐ茶道教室&カフェはこちらどうやって茶道始める?と思ったときに、短期集中講座茶道講師募集つなぐ茶道教室講師紹介私の倍くらいの人生を歩まれている先生。そのお話の仕方が、いつも本当に見事なのです。「話し方」といっても、講演のようなものではなくてちょっとした冗談をまじえながら、場の空気をふっと軽くしてくださるのです。たとえば、お姑さんとの関係について話しているとき。同居されている方に向かって、先生はにっこりとこう言われました。「今のうちに
春水満四沢(しゅんすいしたくにみつ)春になり、雪解けの水があらゆる沢に満ちあふれるという意味である。冬のあいだ山を覆っていた雪は、やがて静かに溶け出す。冷たく固まっていたものが、やわらかな水となり、細い沢にも大きな谷にも、分けへだてなく流れ込んでいく。その姿は、とどめようとしてもとどまらない。水はただ、自然のままに低い方へと流れるだけである。人の心も同じである。欲やこだわりに固まっているとき、心は冬山の雪のように動かない。しかし、執着がほどければ、心は水のよ
ふと、前に歩もうと思ったときに出会った禅語です。読み:ほほせいふうおこる(歩々、清風起こる)解説:一歩一歩進むごとに清らかな風が起こる。妙心寺でこの禅語について、その一挙手一投足に見る者が清々しさを感じる、無心の働きを表す言葉と説明がありました。焦らず、落ち着いて物事に取り組む。無心に取り組む。そのように取り組めば、周りの人に清々しさを感じるくらいに打ち込めているということになるのだろうか。清風を起こせるとまではいかなくとも、物事を行う際には集中して、無心に一歩一歩し
Instagramつなぐ茶道教室&カフェはこちらどうやって茶道始める?と思ったときに、短期集中講座茶道講師募集つなぐ茶道教室講師紹介最近読んだ本の中に、改めて深く心に響いた一冊がありました。ナポレオン・ヒル著の『思考は現実化する』です。自己啓発本の原点ともいえるこの本、読まれた方も多いかもしれません。この本に限らず、これまで私が読んできた自己啓発や精神世界に関する本すべてが、実はひとつの真理を語っているのではないか、と最近思うのです。それがまさにこの一冊のタイトルにある言
こんにちは中野坂上駅を降りて目的地のお寺さんの前を通りかかると大きな達磨絵の看板が目に留まります大達磨絵文字は「莫妄想」(まくもうぞう)、「妄想するな」の意の禅語妄想とは目の前に無いものをあれこれ思いめぐらすことでありそれは迷いでしかなく修行の妨げであると戒めていますこの寺院は成願寺といい創建は1438年(室町時代初期)、宗派は曹洞宗、中野長者と呼ばれた人物が自分の邸宅を寺院に改装したとされます山門、鐘楼門になっています本堂圓通閣馬頭観音龍