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本当の『自由』はすぐ目の前にあった雲水って知ってる?雲水とは仏教の禅宗における『修行僧』のことを指し主に臨済宗や曹洞宗でそう呼ばれます。まだ夜明け前の暗い時間帯に起床し朝のお勤めに励み1日3回坐禅を組みお経を上げ掃除や食事の準備その他様々な日常生活の中で自らを律して修
四字熟語で「そったくどうじ」絶妙なタイミングを意味するようですね。早すぎても遅すぎても強すぎても弱すぎても雛の命は失われてしまいます。教育や子育てに使われているようですがAIとの関わり方はどうなんだろう・・・・
『幸せ』の原石はすでにあなたの手の中に以前幸せについて本気出して考えてみました『改めて『幸せ』って?』『人間に生まれてよかったわー』『生きてるってやっぱええわー』そういうこととちがう幸せを感じる力『少欲』『知足』これに尽…ameblo.jpやっぱり『少欲』と『知足』が基本で『いま与えられているモノに対するありがたさを改めて痛感する』
おはようございます。お越し頂きありがとうございます。無事是貴人…ぶじこれきにん「あるがままに生きることこそ尊い」と言う意味。「無事」とは、何も起こらないということではなく、作為や執着がなく自然体でいること。「貴人」とは、そのような心で生きる人を指す。本来の自分のままで生きることの尊さを表した禅語。本来無一物…ほんらいむいちむつ「もともと執着するべきものは何もない」と言う意味。「本来」は、未来の姿。「無一物」は、何一つ持たないこと。私達が抱く執着や分別も本質では無く、何ものに
父母未生以前(ぶもみしょういぜん)「父母未生以前」とは、「父と母がまだ生まれる前の、自分とは何か」を問う禅の公案である。一見すると、答えのない、奇妙な問いに思えるかもしれない。しかし、この問いには深い意味が込められている。私たちは普段、自分のことを「誰々の子ども」「何歳の自分」というふうに、名前や関係や経歴で理解している。しかし、そうしたものは、生まれてから後についてきたものにすぎない。では、そうした肩書きや関係が一切ない、生まれる前の自分とは、いったい何なのだろう
禅は“こころ”です…ほりさんの笑顔の『一🍓一🖼️』(一期一会)言葉R26.8−24【人生は一生に一度の出会い…大切にしよう】を感じ思いをお届けします。《心に響く…禅のことば》【美しい四季…『一🍓一🖼️』禅】《夏もの語り》7月〜8月、6月夏〜花ひらき…秋〜紅葉…冬〜白き足跡…春〜わかば萌え…【無季の香り…こころ禅】(季節を感じさせない禅のことば)🪷淡交☆*~🧘♀☆*~🪷淡交☆*~『淡交』(たんこう)【水のようにあっさり…さっぱりと
本日8月23日(日)放送のラジオ「日曜はがんばらない」で、拙著『日日是幸日』をご紹介いただきました。日日是幸日:パーソンセンタードケアAmazon(アマゾン)1週間はradikoで配信されるほか、番組の公式サイトからも後日お聞きいただけます。よかったら、ぜひお聞きください。本書を課題本にした「著者とふたりの読書会」は9月21日(月・祝)、22日(火・祝)20時からの開催です。今回はどんな方とお話しできるか、楽しみにしています。******著者とふたり
昨日は裏千家茶道教室でした。軸は千尺不釣凡鱗(せんじゃくぼんりんをつらず、又はせんじゃくふちょうぼんりん)解説AIより千尺(途方もなく深い場所)に糸を垂れて、普通の魚を釣ることはしない。優れた大魚(真理や悟り)は浅いところにはおらず、深いところにいる。大いなる悟りを開くためには、中途半端ではなく、底知れぬ深い思索や修行が必要であるという比喩です。花は宗旦ムクゲ、金水引など。籠は蝉籠です。柱にセミがとまっているように見えます。菓子は夏らしく、葛饅頭を岩田糸子のガラス皿で。フルーツ
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:じゅざんばんじょうたかし(寿山、万丈高し)解説:長寿(寿山)は、何にも増してめでたい「寿山」とは、長寿や長寿をあらわすめでたい山「万丈」とは、非常に高いこと本書の解説では、健康長寿の基盤は食事だから、”精進料理の日”を作って、長く健康を維持しようと説いています。飽食の時代だからこそ、精進料理。健康な長生きは本当にいいことだと思います。その健康で長生きをどう実現していくのか、本書の解説の”精
円頓止観(えんどんしかん)「円頓止観」とは、悟りと瞑想が、段階を踏まずに、一気に、まるごと得られるという教えである。天台宗の教えにも通じるこの言葉には、「円」も「頓」も、どちらも「完全に、すぐに」という意味が込められている。普通、何かを身につけるには、順番に段階を踏んでいく必要があると考えられている。まず基礎を学び、少しずつ上達し、最後にようやく極意に到達する。修行というと、こうした長い道のりを思い浮かべる人が多いだろう。しかし「円頓止観」は、そうした段階
今自分の行っていることに集中すれば自ずと雑念は消える不安妄想雑念…1日の中でも様々なことが頭の中を巡りますよね。1日という時間じゃなくわずか1時間であっても頭の中はぐるぐる🌀『これからどうなるんだろう…』『あっちの方がいいのかな…』『いったい何がしたいのか…』ふと頭を
娘の夏休みは長い。後期の授業は10月からのようだ。ながーい夏休み中に、やっと重い腰をあげてオープンキャンパスに行ってきました。突如、浮かび上がった「デザイン」という進学の道。本気なのか、気まぐれなのかはもはやどちらでもいい。あわただしく資料請求してみたものの、相変わらず机の上には山のように積まれていて、開ける気配は感じられない。それでもなんとか滑り込みで申し込んだ一校。娘の反応はどんなものかと、ドキドキしながら同行しました。デザイン系の学部ということもあり、過
生死即涅槃(しょうじそくねはん)「生死即涅槃」とは、生きることや死ぬことの苦しみと、涅槃という安らぎの境地とが、実は裏表の関係にあるという教えである。私たちは普段、「生」と「死」を、まったく別のものとして捉えている。生は喜ばしいもの、死は避けたいものというふうに、対立するものとして見てしまいがちである。同じように、「苦しみ」と「安らぎ」も、正反対のものだと考えられている。苦しみをなくした先に、ようやく安らぎがあると思ってしまうのである。しかし禅の教えでは、そう
本屋さんで見かけたときにおだやかな心で生きていきたいけれど心の中が荒れがちでなかなかそれが難しいワタシに「必要かもしれない」と思って買ってみた本。シンプルに生きるための方法人づきあいの心得仕事との向き合い方自分を高める智慧いろんな場面で心おだやかにシンプルに生きるための『答え』…ではなく『ヒントになる禅語』をたくさん教えてくれる本でふと思い立ったときにぱらっと開いたページに書かれた禅語とその説明を読んで納得したりもやんとしたり…そんなふうなおつ
時代は移り変わり新しい世代は更に新しい世代へちょっと前の地方新聞に載ってた記事いわゆる『Z世代の感覚』に関してZ世代1990年後半~2012年頃に生まれた人たちのことを言うらしくスマホやSNSを巧みに扱い『推し活』などに一生懸命人の気持ちを察することが苦手で先輩からの指導を『攻撃』と受け止めてしまい壊れてしまうケースも多いらしい
先日のお茶のお稽古、お軸は松風塵外心(しょうふうじんがいのこころ)でした。お釜のお湯が湧く音をお茶の世界では松風と呼ぶんですが、この禅語は、世の中の雑音には耳を傾けず、ただ目の前の事に集中せよという意味だそう。お茶はまっことマインドフルネス💖昨日の自主練のお供は、いただきもののあんバター最中✨最中の皮別包で、求肥に包まれた餡とバターを挟んでサクッといただきました。美味しかったけど、お濃茶にはちょっと薄味かな?自主練はやはり、美
禅は“こころ”です…ほりさんの笑顔の『一🍓一🖼️』(一期一会)言葉R26.8−21【人生は一生に一度の出会い…大切にしよう】を感じ思いをお届けします。《心に響く…禅のことば》【美しい四季…『一🍓一🖼️』禅】《夏もの語り》7月〜8月、6月夏〜花ひらき…秋〜紅葉…冬〜白き足跡…春〜わかば萌え…【無季の香り…こころ禅】(季節を感じさせない禅のことば)🪷空手☆*~🧘♀☆*~🪷還郷☆*~『空手還郷』(くうしゅげんきょう)修行を終え
話頭(わとう)「話頭」とは、公案の中心となる言葉や問いのことである。禅の修行では、師匠から与えられたこの一言に、ひたすら心を集中させることで、悟りへの扉を開こうとする。たとえば、「片手で拍手をしたら、どんな音がするか」といった問いを与えられたとする。普通に考えれば、答えなど出てきそうにない。しかし、その答えの出ない問いを頭から追い出さず、来る日も来る日も、ずっと抱え続けるのである。なぜ、そんな不思議なことをするのだろうか。それは、頭で考えて理屈で答えを出そうと
無理なポジティブは…身体に悪いポジティブポジティブポジティブサイコーポジティブさえ手に入れれば人生怖いものなしだよそんなことを本で読んだりブログで見たりして一時期はそれを信じて自分の思考をコントロールしてたんだけど僕にはちょっと無理でした
いつかは大きな大きな『大樹』に皆さんのブログを拝見させていただいて『算命学』というものと出会った自分の生まれ持った性質ってどんなモノかなーって調べてみると僕には『貫索星』が中心星と第4命星にあって『メンタルが強く決して自分を見失わない』という性質があるらしいよく言えば『一本気』悪く言えば『頑固』
微塵刹土(みじんせつど)「微塵刹土」とは、目に見えないほど小さな塵の一粒一粒の中にも、仏の世界がまるごと宿っているという教えを表す禅語である。私たちはつい、大きなものや目立つものにこそ、価値があると考えてしまう。大きな建物、有名な場所、人目を引く出来事。そうしたものだけが特別で、小さなもの、目立たないものは取るに足りないと感じてしまいがちである。しかし禅の教えでは、その考え方こそが物事を見誤らせる原因だとされる。道端に落ちている一粒の砂、部屋の片隅に舞う小
禅は“こころ”です…ほりさんの笑顔の『一🍓一🖼️』(一期一会)言葉R26.8−20【人生は一生に一度の出会い…大切にしよう】を感じ思いをお届けします。《心に響く…禅のことば》【美しい四季…『一🍓一🖼️』禅】《夏もの語り》7月〜8月、6月夏〜花ひらき…秋〜紅葉…冬〜白き足跡…春〜わかば萌え…【無季の香り…こころ禅】(季節を感じさせない禅のことば)🪷身心☆*~🧘♀☆*~🪷脱落☆*~『身心脱落』(しんじんだつらく)【心と身体(
まると学ぶ、禅の教え⑧君のためだから力が出る自分のための欲得ではなく、相手が喜んでくれることを目指そう。みんなが喜んでくれるとそれが生き甲斐になる。そして、自分がしてあげたことは忘れて、してもらった感謝は忘れないことが大切。
禅インコさまNo.9覚悟(かくご)コガネメキシコインコさま迷いから覚めて真理を悟り智慧を得る現実から逃げず迷いを減らしてそのまま引き受けるコガネメキシコインコさま家族に迎えたかったけどご縁がなかったわ😭
一法界(いちほっかい)「一法界」とは、この世に存在するすべてのものが、実は一つにつながっているという世界観を表す禅語である。私たちは普段、自分と他人、人間と自然、生き物と物といったように、あらゆるものを別々に切り分けて見ている。自分はここにいて、相手はあそこにいる。人間は特別で、草や石とは違う。そんなふうに、境界線を引きながら世界を理解しているのである。しかし禅の教えでは、そうした境界線は、人間が便宜上つくり出したものにすぎないと考える。本当のところ、自分
禅は“こころ”です…ほりさんの笑顔の『一🍓一🖼️』(一期一会)言葉R26.8−19【人生は一生に一度の出会い…大切にしよう】を感じ思いをお届けします。《心に響く…禅のことば》【美しい四季…『一🍓一🖼️』禅】《夏もの語り》7月〜8月、6月夏〜花ひらき…秋〜紅葉…冬〜白き足跡…春〜わかば萌え…【無季の香り…こころ禅】(季節を感じさせない禅のことば)🪷放てば☆*~🧘♀️☆*~🪷手に満てり☆*〜『放てば手に満てり』(はなてばてにみてり
朝6時夕方6時SNSに載せようと頑張って撮りました。どうか南泉和尚に見つからないように!和尚に捕まったネコを奪い返す一語、私には無いので、、、
無門関(むもんかん)「無門関」とは、禅の公案を集めた書物の名前であると同時に、そこに込められた「門なき門」という象徴でもある。門がないのに、その門をくぐることで悟りを得るとは、いったいどういうことだろうか。普通、門というものは、くぐるための入口である。鍵を開け、扉を押せば、向こう側へ進むことができる。しかし禅でいう「門なき門」には、そもそも扉も鍵もない。目に見える形での出入口が、どこにもないのである。これは、悟りというものが、外側のどこかから与えられるものではな
8/18勝敗より、見失ってはいけないもの。今日、8月18日は「高校野球記念日」です。1915年、大阪の豊中球場で、第一回全国中等学校優勝野球大会が開幕しました。地区予選を勝ち抜いた十校が出場し、京都二中が優勝しました。第十回から、甲子園球場が大会の舞台となり、1948年からは全国高校野球選手権大会として、今も続いています。今日の一言。禅の言葉、無門関の一節「無・趙州狗子」。有無の分別を離れて、肝心を見失わぬべき事、という教えです。今日一日、
孤峰頂上(こほうちょうじょう)「孤峰頂上」とは、たった一つだけ、ぽつんとそびえ立つ峰の頂を意味する禅語である。誰にも頼らず、一人で真理を追い求めていく境地を表している。人は誰でも、仲間と一緒にいれば安心するし、誰かに頼れば心強い。しかし、本当に大切なことを見極めようとするとき、最後の最後は、誰も助けてくれない瞬間がやってくる。答えを人から教えてもらうのではなく、自分自身の力で、たった一人で見出さなければならない場面である。孤峰の頂には、道連れもいなければ、