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住吉神社すみよしじんじゃ長崎県佐世保市広田2-5-2無料駐車場あり◆御祭神◆底筒男命中筒男命表筒男命◆社頭◆長崎県の大村湾と佐世保湾を繋ぐ早岐瀬戸(はいきせと)の東側に鎮座します◆一の鳥居◆鳥居向いには佐世保市消防局東消防署◆社頭の狛犬◆平成元年(1989年)建立鷹島町石工大石重信◆二の鳥居◆◆手水舎◆手水舎は、江戸時代、平戸藩が長崎勤番や領内検地のとき、本陣とともに宿泊所、休憩所として使った早岐宿の脇本陣表
平塚貴船神社ひらつかきふねじんじゃ福岡県飯塚市平塚◆御祭神◆罔象女大神◆社頭◆旧長崎街道近くに鎮座します◆筑豊狛犬◆明治41年(1908年)建立◆一の鳥居◆◆二の鳥居◆◆注連柱◆注連柱には「橘紋」◆社殿◆御由緒等不詳国道200号線と旧長崎街道を挟んだ東側に、嘉穂郡桂川町九郎丸の貴船神社が鎮座します◆社殿脇の燈籠◆寛政7年(1795年)建立◆境内社等◆令和7年4月6日参拝時撮影
大村神社おおむらじんじゃ佐賀県唐津市浜玉町五反田◆御祭神◆藤原広嗣朝臣◆社頭◆玉島川の北側、唐津市立玉島小学校の向かい五反田地区に鎮座します◆一の鳥居◆◆二の鳥居◆◆燈籠狛犬◆逆立ち台座には昭和62年(1987年)立上がり台座には大正3年(1914年)◆参道の狛犬◆昭和17年(1942年)建立石工玉島村横山富蔵彫刻雷山村古藤恵仝古藤進台座には「下り藤紋」◆手水鉢◆◆御由緒
師吉日吉神社もろよしひよしじんじゃ福岡県糸島市志摩師吉583無料駐車場あり◆御祭神◆大山咋命大己貴命天石凝留神◆社頭◆加也山(かやさん)の東裾野に鎮座します◆注連柱◆◆一の鳥居◆大正8年(1919年)建立◆二の鳥居◆◆手水鉢◆◆社殿◆文永年間(1264年〜1275年)萬橘寺の僧、空念が勧請大正11年(1922年)現在地に遷座◆境内社等◆令和7年12月6日参拝時撮影
日曜日にさ、不思議な神社に行ったさ!函館民でも、多分ほとんどの人が知らない神社だと思う。突然の誘いの電話から、急遽待ち合わせ場所に指定されたのが、瀧乃澤っていう集落に佇む高宮神社。なんと呼び出した本人すら、神社を目的地にした訳ではなく、清流沿いを気持ちよく散歩していただけ。待ち合わせの目印になる場所はないかと近隣を調べたら神社があったから、その名を告げただけだったという。え?この道で合ってる?と、恐怖を感じるほどの山道。笑緑で生い茂る超絶狭いクネクネ道をなんとか車でくぐ
淡島神社あわしまじんじゃ長崎県佐世保市船越町168無料駐車場あり◆御祭神◆少彦名命大己貴命息長足姫命◆遠景◆西海国立公園九十九島の島の一つに鎮座します◆参道入口◆◆鳥居◆鳥居扁額は「宮地嶽神社」◆トイレ◆◆参道◆◆小鳥居◆「オンソラソバ・テイエイソワカ」と3回唱え、願いを込め3度同じ方向からくぐると願いが叶うといわれる小鳥居◆狛犬◆平成5年(1993年)建立◆社殿◆子宝や安産祈願
白髪神社しらがじんじゃ熊本県球磨郡あさぎり町上南3025無料駐車場あり◆主祭神◆鸕鷀草葺不合尊◆一の鳥居◆県道43号線沿いに一の鳥居◆参道の燈籠群◆◆二の鳥居◆◆二の鳥居そばの燈籠◆ニワトリ?◆西側鳥居◆◆手水舎◆◆案内板◆◆社殿◆免田川に架かる麓橋近くに鎮座します神紋は「五瓜に一本鷹の羽紋」上村氏という相良氏の庶流の家が氏神とした神社あさぎり町皆越にある白髪岳を御神体とします古くから雨乞いの神様、子授けや安産
隈八坂神社くまやさかじんじゃ大分県日田市隈2-8-30JR久大本線日田駅より徒歩12分程日田祇園山鉾会館駐車場あり◆御祭神◆素盞之男命菅原道真公◆鳥居◆三隈川の東側、日田祇園山鉾会館前に鎮座します昭和11年(1936年)建立◆社頭の狛犬◆◆手水舎◆◆社殿◆神紋は「左三つ巴紋」「五瓜に唐花紋」宝永3年(1706年)創建菅原道真公は昭和9年(1934年)に合祀◆社殿前の狛犬◆昭和35年(1960
保寧山瑠璃光寺ほねいざんるりこうじ山口県山口市香山町7-1JR山口線山口駅より徒歩30分程JR山口線上山口駅より徒歩22分程無料駐車場あり◆宗派◆曹洞宗◆境内入口◆◆五重塔◆室町中期の嘉吉2年(1442年)建立塔は方三間、高さは31.2m、建築様式は大体和様式国指定国宝◆参道◆◆山門◆◆伽藍等◆◆薬師堂◆◆本堂◆応永の乱で戦死した大内義弘の菩提を弔うために、弟の大内盛見が建立した
羽野天満宮はのてんまんぐう大分県日田市三和306◆御祭神◆菅原道真公◆一の鳥居◆日田往還沿いに鎮座します◆案内板◆◆参道の燈籠◆安永7年(1778年)建立◆二の鳥居◆◆参道階段◆◆三の鳥居◆◆手水舎◆◆筑豊狛犬◆天保8年(1837年)建立◆境内社参道の狛犬◆山北石工◆境内社等◆◆社殿◆お賽銭箱には「梅鉢紋」菅原道実公が大宰府で逝去後、天暦6年(9
イラスト:家紋のいろは「巴紋」紋章(もんしょう)とはその家や団体を表すしるしである一定の図柄。神社の紋章を神紋(しんもん)・社紋(しゃもん)という。神紋が使われ出したのは、家紋とほぼ同じで平安時代。それぞれにゆかりのある文様を神紋としてきた。例)天満宮「星梅鉢紋」・・・御祭神である菅原道真が生前に梅の花を愛でたという伝承に由来武将の家紋が神紋としれ取り入れられる場合もでてきた。例)東照宮「葵紋」・・・徳川家の家紋代表的な神紋・・・巴紋(ともえも
古飯諏訪神社ふるえすわじんじゃ福岡県小郡市古飯◆御祭神◆建御名方神◆社頭◆県道14号線沿い、古飯交差点そばに参道入口◆一の鳥居◆大正9年(1920年)建立◆二の鳥居◆享保3年(1718年)建立◆参道の筑後型狛犬◆大正13年(1924年)建立浮羽郡姫治村石工髙浪□馬◆拝殿前の筑後型狛犬◆明治13年(1880年)建立石工□□江藤□吉◆社殿◆宝満川の東側、小郡市立御原小学校近くの東側に
中島惣社なかじまそうじゃ大阪府大阪市東淀川区東中島4-9-41◆主祭神◆宇賀御魂神◆鳥居◆新大阪駅の西側に鎮座します◆社号標◆◆手水舎◆◆拝殿前の狛犬◆昭和43年(1968年)建立◆社殿◆神紋は「左三つ巴紋」孝徳天皇の白雉2年(651年)難波長柄豊碕に遷都されたころ、五穀豊饒を祈るために多くの神領を得て創建と伝わります足利氏や豊臣氏が特に崇敬しましたが、大坂冬の陣で古記録は殆ど焼失元は稲荷神社と呼ばれていたそうですが、明
平山天満宮ひらやまてんまんぐう福岡県宗像市吉留◆御祭神◆菅原道真公◆参道入口◆グローバルアリーナ近く、県道87号線沿いに参道入口◆一の鳥居◆新立山の北麓に鎮座します参道入口から一の鳥居まで約300m◆案内板◆◆二の鳥居◆明治22年(1889年)建立◆燈籠◆嘉永7年(1854年)建立◆手水舎◆◆平山天満宮の大クス◆樹齢約400年の福岡県指定天然記念物◆三の鳥居◆安永7年建立明治31年再修◆拝殿前の小さな筑豊狛
黒島神社くろしまじんじゃ福岡県久留米市田主丸町豊城1651◆主祭神◆武内宿禰◆国道側入口◆国道210号線沿いに鎮座します◆一の鳥居◆◆二の鳥居◆明治26年(1893年)建立◆筑後型狛犬◆明治14年(1881年)建立石工山北江藤□□□◆手水舎◆◆社殿◆御由緒等不詳南側に巨瀬川、北側に筑後川◆燈籠等◆令和7年4月19日参拝時撮影いつも多くのアクセス及び「いいね!」をありが
卯寅稲荷神社うとのいなりじんじゃ大分県臼杵市大字臼杵字丹生島91◆遠景◆臼杵城跡に鎮座します◆神狐像◆◆社殿◆永禄5年(1562年)大友宗麟公が、丹生島(にうじま)城を築城した際に祀られました現社殿は昭和60年(1985年)に建立◆鳥居◆臼杵城跡の北東に位置し、城中の鬼門にあたるため、外郭岸上に城の地主神である丹生島明神を祀ったことが始まりとされています◆遠景◆令和7年2月23日参拝時撮影いつも多くのアクセス及
神崎神社こうざきじんじゃ福岡県鞍手郡鞍手町古門2153◆御祭神◆仲哀天皇応神天皇神功皇后仁徳天皇玉依姫命◆社頭◆西川の西側に鎮座します◆一の鳥居◆◆二の鳥居◆◆燈籠狛犬◆平成2年(1990年)建立石工藤崎喬蔵◆狛犬◆万延元年(1860年)建立◆社殿◆欽明天皇(540年~571年)の時、宇佐八幡宮より勧請◆境内社等◆令和7年12月29日参拝時撮影
朝田神社あさだじんじゃ山口県山口市矢原1241最寄り駅JR山口線矢原駅無料駐車場あり◆主祭神◆罔象女神◆社殿◆創建年月は不詳ですが、古くは五ノ宮大明神と称されていました通称ごのみやさま明治39年(1906年)元大歳村内の一郷社と六村社が合祠し、旧住吉神社のあった現在地へ社殿建て替えのうえ遷座旧五之宮大明神(朝田・旧郷社)の社格を引継ぎ、、朝田神社と称することになりました◆拝殿前の狛犬◆嘉永7年(1854年)建立◆裏
旅するカジの木倭文しずり…………という映画をご存知でしょうか?樹皮の服「倭文神」というのは、星の神『香香背男』=天津甕星アマツミカボシを倒したと言われる神の名で、織物の神です。→武葉槌神または天羽槌雄神ともいう…映画の中では、工芸品の再現を縦糸に、神話の物語を横糸に、映画作品を織り上げています。なぜ、織物というたおやかなイメージのある神が、強い星神を倒せたのか?という謎。もしかしたら、そこには女性というキーワードがあるのかもしれません。映画に出てくる三人の職人
三苫綿津見神社みとまわたつみじんじゃ(みとまわだつみじんじゃ)福岡県福岡市東区三苫6-21-19最寄り駅西鉄貝塚線三苫駅無料駐車場あり◆御祭神◆志賀三神(綿津見神)豊玉姫命◆東側参道入口◆◆正面参道◆三苫海岸そばに鎮座します◆正面鳥居◆明治25年(1892年)建立◆筑前博多系狛犬◆大正6年(1917年)建立石工堺源助◆お汐井台◆◆社殿◆神紋は「右三つ巴紋」底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿