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日御碕神社⛩️その①の続きからになります私の目の前を走ってた軽自動車が、日御碕灯台へは向かわず、日御碕神社⛩️のほうへ道をまがっていった先に、日御碕灯台では?と一瞬思った灯台にいく途中に、左側に曲がるの看板がありますそのまままっすぐ行けば灯台に着きますが、先に神社に参拝する人もいるようだし、私は灯台のほうが先だと思ったので、ゆっくり散策ができるなと駐車場に向かいました意外にも、駐車場はガラガラだった早朝だったのか、人は少なかった参道の途中にありますちょうど夜明けか、
山口大神宮やまぐちだいじんぐう山口県山口市滝町4-4◆主祭神◆内宮天照大御神外宮豊受大御神◆社頭◆◆参道階段◆◆境内図◆◆神馬像◆◆二の鳥居◆◆手水舎◆◆神楽殿◆永正15年(1518年)大内義興が伊勢から御神霊を勧請して創建拝殿幕には「五三桐紋」◆多賀神社◆御祭神は、伊弉諾尊・伊弉再尊近江の多賀大社の御分霊を勧請拝殿幕には「三つ柏紋」◆多賀神社の狛犬◆◆内宮・外宮参道階段◆◆内宮・
平井日吉神社ひらいひよしじんじゃ山口県山口市平井764◆御祭神◆大山咋神◆社頭◆参道入口には、九田川に架かる日吉橋◆鳥居◆◆参道◆長い参道階段の先には、長い参道山口大学近くに鎮座します◆案内板◆◆狛犬◆文化10年(1813年)建立◆手水舎◆◆社殿◆近江国日吉社より勧請と伝えられます元宮河内に祀られていましたが、寛永2年(1625年)火災により現在地へ遷座社殿には「大内菱紋」令和
平清水八幡宮ひらしみずはちまんぐう山口県山口市大字吉田2244◆主祭神◆応神天皇神功皇后田心姫命湍津姫命市杵島姫命◆社頭◆社頭横には石材店山口大学近くに鎮座します◆鳥居◆◆参道◆◆狛犬◆平成17年(2005年)建立◆手水鉢◆◆狛犬◆安政5年(1858年)建立◆案内板◆◆社殿◆平安時代の大同4年(809年)、或は貞観元年(859年)に、宇佐八幡宮から勧請されたと伝えられま
恒富八幡宮つねどみはちまんぐう山口県山口市黒川1149◆主祭神◆応神天皇田心姫命湍津姫命市杵島姫命神功皇后◆北側参道◆湯田温泉スマートインターチェンジ近くに鎮座します◆正面階段◆◆社殿◆江戸時代の延宝8年(1680年)山口市内の平清水八幡宮を勧請拝殿幕には「左三つ巴紋」天保7年(1836年)火災により消失天保11年(1840年)社殿を再建立恒富八幡宮社殿と高倉荒神社社殿が並んで鎮座◆拝殿前の狛犬◆
佐波神社さばじんじゃ山口県防府市惣社町6−2◆主祭神◆天照皇大神◆一の鳥居◆周防国分寺の東側に鎮座します◆狛犬◆二の鳥居◆◆社殿◆元は、金切神社と呼ばれていました仲哀天皇が筑紫征伐の折りに立ち寄られ、賊軍討伐の祈願のため、天照皇大神ほか十三柱を祀られたのが金切神社のはじめと伝わりますお賽銭には「十六日足紋」明治40年(1907年)勝間神社・八幡宮・日吉神社を合併し、佐波神社と改称◆境内社等◆
賀茂別雷神社(上賀茂神社)かもわけいかづちじんじゃ(かみがもじんじゃ)京都府京都市北区上賀茂本山339◆御祭神◆賀茂別雷大神◆大鳥居◆正式名称を賀茂別雷神社といい、賀茂川上流に祀られている神社◆一の鳥居◆神代の昔、2600年以上前、御祭神である賀茂別雷大神が、北北西の方角2kmほどのところにある神山(こうやま)に降臨されたことを起源としています◆案内板◆◆参道◆◆神馬舎◆◆二の鳥居◆◆細殿◆◆手水舎
錦天満宮にしきてんまんぐう京都府京都市中京区新京極通り四条上る中之町537◆主祭神◆菅原道真公◆鳥居◆京の台所錦市場を正面に見据えた繁華街唯一の鎮守社◆案内プレート◆◆入口◆◆狛犬◆◆神牛像◆◆社殿◆神紋は「梅紋」長保年間(999年~1004年)に菅原道真公の生家である菅原院は歓喜寺となり、源融公の旧邸六条河原院に移り天満大自在天神を祀りました天正年間(1573年~1592年)には豊臣秀吉の都市計画のため、現在地の
白雲神社しらくもじんじゃ京都府京都市上京区京都御苑内◆御祭神◆市杵島姫命◆参道入口◆京都御苑内の西園寺家の邸址に鎮座します◆社号標◆◆案内板◆◆鳥居◆◆狛犬◆明治12年(1879年)建立◆手水舎◆◆境内社等◆御祭神の市杵島姫命は、妙音弁財天とも称し、音楽の神様としても信仰されています元仁元年(1224年)西園寺公経が北山殿(現在の金閣寺の地)造営の際に建立した妙音堂に由来するとされていますその後、幾
護王神社ごおうじんじゃ京都府京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385◆主祭神◆和気清麻呂公命和気広虫姫命◆外回り◆京都御苑の西側に鎮座しますいのしし神社として知られる護王神社◆鳥居◆◆社頭の狛猪◆◆社頭のイノシシ◆◆神門◆神紋は「向い四つ藤紋」◆手水舎◆◆絵馬◆◆拝殿◆正確な創建年代は伝わらないものの、高雄山神護寺境内に平安京遷都に貢献した和気清麻呂公を祀る霊社として、古くから護法善神
先日、諏訪大社春宮へ行った時気になった事があって春宮へ行く途中にある鳥居にあったしめ縄こう言う結びは初めて見るもので、何を表しているのだろうかとても気になっていたのだけど、見つけちゃったんですよね境内で見つけたこの神紋もしかして、このしめ縄はこの紋様を表しているんじゃないだろうか。。。と思って調べてみたら大当たりこれは「五根の諏訪梶」と言って諏訪大社下社の紋なんだって根っこが5本のところもちゃんと再現されてるこう言う結びを発見すると超萌えるーー
菅原院天満宮神社すがわらいんてんまんぐうじんじゃ京都府京都市上京区烏丸通下立売下る堀松町408◆御祭神◆菅原道真公菅原是善卿菅原清公卿◆鳥居◆京都御苑の西側に鎮座します◆手水鉢◆◆産湯の井戸◆◆狛犬◆◆社殿◆菅原道真公がお生まれになった霊地菅原氏の邸宅の菅原院があった場所で、曾祖父古人朝臣・祖父清公卿・父是善卿がご住居とされていた地◆拝殿前の狛犬◆◆神牛像◆神紋は「梅紋」◆境
SHINMON(神文または神紋)Vol.38黄道十二宮の秘密の開示今回のメッセージは、私が古くから知るヨーロッパの秘教ともいうべき精神史をイタリアのローマで長年に渡って研究し、業績を上げていたある日本人からのものです。その名は大橋喜之といいます。残念ながら、今年の五月に、テヴェレ川の河口近くで亡くなっているのが発見されました。その人物が、九月十九日に、私にコンタクトをしてきました。彼は、命の書に登録されることなく、自力で、精神学にたどり着いたはじめての人物となりました。その意味するところ
賀茂御祖神社(下鴨神社)かもみおやじんじゃ(しもがもじんじゃ)京都府京都市左京区下鴨泉川町59◆御祭神◆西本殿賀茂建角身命東本殿玉依媛命◆参道◆平安期以前の創祀で京最古の社の一つ正式名称を賀茂御祖神社といい、鴨川の下流に祀られている神社◆手水舎◆◆南口鳥居◆◆楼門◆◆境内社◆◆舞殿◆◆橋殿◆◆輪橋◆◆中門◆◆社殿◆本殿は東西の二つで、御祭神は、東本殿は玉依媛命、西本殿は賀茂建角身命国宝の本殿
賀茂御祖神社(下鴨神社)かもみおやじんじゃ(しもがもじんじゃ)京都府京都市左京区下鴨泉川町59◆御祭神◆西本殿賀茂建角身命東本殿玉依媛命◆糺の森(ただすのもり)◆◆参道◆一の鳥居境内図糺の森は、下鴨神社参道一帯の森林賀茂川と高野川との合流地約12万㎡におよぶ広大な森では、ケヤキやエノキ、ムクノキなど約40種、樹齢200年~600年の原生林が生い茂ります◆河合神社◆御祭神は、玉依姫命下鴨神社の摂社として古くより祀られており、女性守
吉田神社よしだじんじゃ京都府京都市左京区吉田神楽岡町30◆御祭神◆第一殿健御賀豆知命第二殿伊波比主命第三殿天之子八根命第四殿比売神◆吉田神社参道の石碑◆◆鳥居◆◆手水舎◆◆祖霊社◆◆今宮社◆御祭神は、大己貴神・大雷神・健速須佐之男命◆今宮社の狛犬◆◆境内社等◆◆本宮◆神紋は「下り藤紋」貞観元年(859年)藤原山蔭卿が春日の神を勧請し、平安京の鎮守神と
八坂神社やさかじんじゃ京都府京都市東山区祇園町北側625最寄り駅京阪本線祇園四条駅最寄り駅阪急京都線河原町駅◆御祭神◆素戔鳴命櫛稲田姫命八柱御子神◆社号標◆神紋は「五瓜に唐花紋」・「左三つ巴紋」◆西楼門◆◆狛犬◆◆手水舎◆◆狛犬◆◆境内社等◆◆境内社の狛犬◆◆祇園えべっさん◆◆狛犬◆◆舞殿◆◆本殿◆創祀は諸説ありますが、社伝では斉明天皇2年(656年
安井金比羅宮やすいこんぴらぐう京都府京都市東山区東大路通松原上ル下弁天町70◆御祭神◆崇徳天皇大物主神源頼政公◆北側鳥居◆◆社号標◆◆安井天満宮◆◆安井天満宮の狛犬◆明和4年(1767年)建立◆安井天満宮の木製狛犬◆◆三玉稲荷社・厳嶋神社◆◆社殿◆天智天皇の御代(668年~671年)に藤原鎌足が一堂を創建し、紫色の藤を植え、藤寺と号し、家門の隆昌と子孫の長久を祈ったことに始まります元禄8年(1695年)
伏見稲荷大社御旅所ふしみいなりたいしゃおたびしょ京都府京都市南区池ノ内町98◆御祭神◆稲荷大神◆東寺道◆◆南鳥居◆京都市伏見区の伏見稲荷大社の御旅所◆案内板◆◆境内社等◆かつて、七条油小路と八条坊門猪熊の二ヶ所に分れてありましたが、天正年間(1573年~1592年)にこの地に移りました◆御旅所◆◆北鳥居◆令和8年9月5日参拝時撮影いつも多くのアクセス及び「いいね!」をありがとうございます当ブログの画像がY
金刀比羅宮ことひらぐう香川県仲多度郡琴平町892-1近隣有料駐車場あり◆御祭神◆大物主神崇徳天皇◆三穂津姫社◆御祭神は、三穂津姫神御別宮とも呼ばれます◆三穂津姫社前の青銅製狛犬◆昭和48年(1973年)建立◆神馬像◆◆境内社等◆◆こんぴら狗みくじ◆◆下向道◆◆大山祇神社◆御祭神は、大山祇神◆大山祇神社の狛犬◆◆旭社◆令和8年7月10日参拝時撮影いつも多くのアクセス及び「いいね!」
金刀比羅宮ことひらぐう香川県仲多度郡琴平町892-1近隣有料駐車場あり◆御祭神◆大物主神崇徳天皇◆奥社参道◆◆菅原神社◆御祭神は、菅原道真公◆奥社参道◆奥社まで残り200m◆手水舎◆◆奥社参道◆◆厳魂神社(いづたまじんじゃ)◆御祭神は、厳魂彦命◆天狗・烏天狗◆◆厳魂神社からの眺め◆◆授与所◆厳魂神社まで1368段令和8年7月10日参拝時撮影御朱印いつも多くのアクセス
金刀比羅宮ことひらぐう香川県仲多度郡琴平町892-1近隣有料駐車場あり◆御祭神◆大物主神崇徳天皇◆奥社参道◆◆常盤神社◆御祭神は、武雷尊・誉田和気尊◆手水舎◆◆奥社参道◆◆白峰神社◆白峰神社まで923段御祭神は、崇徳天皇令和8年7月10日参拝時撮影いつも多くのアクセス及び「いいね!」をありがとうございます当ブログの画像がYouTubeでも見ることができるようになりましたご視聴頂けますと幸いです月曜日・木曜日
金刀比羅宮ことひらぐう香川県仲多度郡琴平町892-1近隣有料駐車場あり◆御祭神◆大物主神崇徳天皇◆御前四段坂◆御本宮まで785段◆御前四段坂の青銅製狛犬◆◆御本宮◆標高約524m海抜の琴平山の中腹、石段785段目に鎮座します全国の金刀比羅神社の総本宮創立の時代が上古であること以外、詳細は不明長保3年(1001年)藤原實秋が一條天皇の勅を奉じて改築したのに始まり、元亀4年(1573年)の改築、天正年間(1573年~1592年)の長曽我
金刀比羅宮ことひらぐう香川県仲多度郡琴平町892-1近隣有料駐車場あり◆御祭神◆大物主神崇徳天皇◆旭社◆御祭神は、天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大御神・天津神・国津神・八百万神天保8年(1837年)建立国指定重要文化財旭社まで628段目◆五の鳥居◆◆出雲型狛犬丸尾タイプ◆明治2年(1869年)建立◆賢木門◆◆賢木門前の狛犬◆昭和47年(1972年)建立◆遥拝所◆
金刀比羅宮ことひらぐう香川県仲多度郡琴平町892-1近隣有料駐車場あり◆御祭神◆大物主神崇徳天皇◆五人百姓の広場◆◆青銅製狛犬◆◆二の鳥居◆◆三の鳥居◆◆参道階段◆◆四の鳥居◆◆こんぴら狗◆◆四の鳥居前の狛犬◆昭和58年(1983年)建立◆プロペラ◆◆アフリカ象◆◆書院◆◆木馬舎◆◆参道階段◆◆表書院・奥書院◆◆神馬像◆◆境内社◆令和8年7月
金刀比羅宮ことひらぐう香川県仲多度郡琴平町892-1近隣有料駐車場あり◆御祭神◆大物主神崇徳天皇◆こんぴら表参道◆貸し杖◆1段目~100段目辺りまで◆所々に段数表示◆備前焼狛犬◆天保15年(1844年)建立◆一の鳥居◆◆100段目辺り~大門まで◆大門まで365段目◆元金比羅宮宮司・琴陵宥常像◆振り返ると…◆金刀比羅本教総本部◆◆大門◆高松藩主松平頼重に
大麻神社おおさじんじゃ香川県善通寺市大麻町241駐車スペースあり◆御祭神◆天太玉命(あめのふとだまのみこと)彦火瓊々杵命(ひこほににぎのみこと)◆一の鳥居◆金刀比羅宮の北、善通寺市と仲多度郡琴平町の境近くに鎮座します◆参道◆◆二の鳥居◆◆神門◆◆狛犬◆◆神門内の木製狛犬◆◆社殿◆景行天皇の時代、忌部(いんべ)氏が付近を開拓して麻を植え、祖先神の天太玉命を祀ったのが始まりと
みなさんそろそろこんばんは~(*^^*)今日は夕方から雨なんですもちろん買い物には午前中に行きました阿部野神社その3です…今日は特に面白くないかも?拝殿から奥には奥宮があります祭神は4柱参道にいろいろ書いてある…ここが奥宮、来れば何となくなるほどって感じです祝詞…本殿側にもいろいろいらっしゃいますこの雑誌ご存知でしょうか?特に宗教的にはないのですが倫理という部分はいい本でした、しかし…この9月号で終了だそうですここは拝殿のとなりの祖霊社の
闇無濱神社くらなしはまじんじゃ大分県中津市竜王町447無料駐車場あり◆御祭神◆豊日別国魂神瀬織津姫神海津見神武甕槌神経津主神天児屋根神別雷神◆金刀比羅社◆◆蛭兒宮◆◆蛭兒宮の狛犬◆◆稲荷社◆◆稲荷社の狛犬・きつねさん◆◆マンホール◆令和8年8月14日参拝時撮影いつも多くのアクセス及び「いいね!」をありがとうござ
闇無濱神社くらなしはまじんじゃ大分県中津市竜王町447無料駐車場あり◆御祭神◆豊日別国魂神瀬織津姫神海津見神武甕槌神経津主神天児屋根神別雷神◆参道入口◆中津城の北東、中津川の河口付近に鎮座します◆案内板◆旧社号豊日別宮◆参道◆闇無浜は古くからの名勝地で別名竜王浜住所は竜王町、神社の別称は竜王宮◆手水舎◆◆神楽殿◆◆南側鳥居◆寛保3年(1743年)建立◆社殿◆明治5年(1872年)までは豊日別