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第11話|葛城の春【あらすじ】天皇の死を予知した恐怖から、すぐに出立できずにいた帯姫は、襲津彦の勧めで故郷・葛城を訪れる。久しぶりに再会した妹、豊姫は明るく振る舞い、天皇や襲津彦の話で場を和ませる。その屈託ない笑顔の奥にある気遣いを感じ取りながら、帯姫は再び歩み出す力を静かに取り戻していく。――――――【本文】足仲彦天皇《たらしなかつひこのすめらみこと》が出立された後も、息長帯姫《おきながたらしひめ》はすぐに船を出す気にはなれませんでした。穴門で会おう――そう約束したば
2024年11月この日は友人が来福。折角なら近場泊を計画。午前中にピックアップしてお昼のリクエストを聞くと…お好み焼きなんですとお好み焼きか…夜御飯しっかり食べなきゃいけないのに粉ものか…なんて私は思うものの、リクエストに答えて近場で検索そして見つけたのが『いろは』お店は小さいですが、2台程駐車場がありましたよ。メニューはチャンポン気になる…とりあえず運転は友人が変わってくれるとのことで、飲むよね~私は■たこ焼き440円10個で440円は安いんじゃないかな■お
湘南エリアの八幡の神々の血の繋がり平塚八幡宮神功皇后、応神天皇前鳥神社菟道稚郎子命鶴嶺八幡宮応神天皇、仁徳天皇この三社がなんと8時から平塚八幡宮9時から前鳥神社10時から鶴嶺八幡宮開始にはギリギリ間に合いませんが😅リレー参列が可能なんです。最近は平塚八幡宮の宮司との話で前鳥神社の開始に間に合わないのでパスしておりますが今月は鶴嶺八幡宮の後に中野神社に向かい弁財天の池奉仕を計画してます。参列及び奉仕を希望される方は九門またはののさんまで4月15日10
瀬織津姫を祀る西宮の廣田神社金澤成保西宮市中心部から見て北方にある神体山・甲山の麓には、廣田神社が鎮座している。阪神タイガースが、必勝祈願をする神社としても知られる。境内地は移されているが、甲山の山麓にあることは変わらず、兵庫県ではもっとも古い神社の一つ。京から見て西方の神社ということで「西宮」と称され、西宮の地名の元になった。今では「西宮」といえば「エビス神」の総本社を指すが、もともとは廣田神社の摂社「浜南宮」で、それが全国的に栄えたお宮である。廣田神社の起原と西宮の湊廣田
すっきり広々とした境内に楠の巨木が何本も、それも生き生きと聳えていて木々🌳の素晴らしさにびっくりしたのが宇美八幡宮です。静かな街の中に鎮座されていました。美しい宇美という社名✨は神功皇后がここで応神天皇を安産で産んだことから、産む(産み)、宇美と称されたそうです。鳥居の前からも緑豊かで清浄な気配が感じられました。鳥居をくぐると広い境内が見渡せ、本当に大きな木🌳が境内のあちこちで生い茂っていました。とにかく目を引いたのは楠たちの存在感とエネル
どうして「東」と書いて「あづま」と読むのだろう?って話をします。「あづま」というのはもともと「田舎」という意味です。田舎風の質素な家屋を「あづまや」といいます。キャンプ場や公園にある、柱と屋根だけで壁のない建物を「あずまや」と通称するのは、こっからきてます。本来は「ド田舎の、吹きっさらしの粗末な家」という、はっきりいえば蔑称です。漢字で「四阿」ですが、「東屋」とも書きます。平安時代、「あづま」といえば現在の関東地方の意味でした。京都の貴族にとって、関東というのはド田舎であり、左遷や流罪
【神功皇后/全国各地に祀られる八幡神を産んだ皇后】朝鮮半島の三国を平定した「三韓征伐(さんかんせいばつ)」を成し遂げるなど、勇ましい伝承を数多く残している第14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の皇后「神功皇后(じんぐうこうごう)」。神功皇后は邪馬台国の女王卑弥呼(ヒミコ)とも同一視されるなど、活躍した年代には諸説ありますが、3~4世紀頃に崩御した仲哀天皇に代わり治世されたといわれています。神功皇后は瞬く間に朝鮮半島を平定するなど、類まれな武勇伝を多く持ち、日本最強の女傑とも云われて
先日瑞穂舞の先生が筥崎宮の宮司様との会食会をセッティングしてくださいました前回は香椎宮の木下権禰宜様の回で今回は第二弾です『初稽古と木下権禰宜のお話会』瑞穂さんからいただいた今年の年賀状。香椎宮奉納時の様子。昨日は瑞穂舞の2024年初稽古でした。今年から新しいメンバーが2名加わりまして新鮮な空気感でのスタ…ameblo.jpところが会食会の日程も出席の連絡も完全に忘れており前日になって舞仲間から「行かないんですか?」と訊かれ慌てて瑞穂さんに申し出ました💦自分でお
武内宿禰(たけうちのすくね)は、古代日本の伝説的な人物であり、日本書紀や古事記などに登場する非常に重要な政治家・忠臣です。彼は神功皇后や応神天皇をはじめ、複数の天皇に仕えた長寿の臣下として知られています。構成:筑前由紀イラスト:YUTARO目次基本情報特徴と伝説実在性子供と子孫LINEスタンプ目次を開く基本情報・時代:古墳時代(3世紀末〜5世紀頃とされる)・仕えた天皇:景行天皇、成務天皇、仲哀天皇、神功皇后(摂政)、応神天皇、仁徳天皇・出身氏族:蘇
構成:筑前由紀イラスト:YUTARO【解説】漫画は『古事記』『日本書紀』をメインに、地域伝承を織り交ぜて描いています。1コマ目熊襲と熊鷲は本当にややこしい。同じ熊◯という名前でも、熊鰐は全く別のものとして扱われているけれど、「熊鷲」については、資料によっては「熊襲」と書かれている場合も多い。「熊鷲は熊襲の徒類」と書かれているものもあるので、熊襲の派生系のような存在とするのが妥当かなと思います。2、3コマ目『日本書紀』より。4コマ目美奈宜神社より。巻貝が一夜城を建てたり、潮
5月16、17日でお出掛けした東北の旅レポの2日目をお伝えしています横手市大森町の波宇志別神社神楽殿から40分ほど車を走らせ、秋田新幹線が走る羽後境駅手前までやってきました珍しい神社を見つけたので立ち寄ってみました今は大仙市に合併した旧協和町の唐松神社参道にしては道幅が狭いです雪深い地だと思われ、参道を狭くして杉並木で雪を防いでいるのかもしれませんねここが駐車場?駐車区画もないため端のほうに駐車させていただきました神仏旅No.011唐
みなさんは「百済三書」という名前を耳にされたことがあるでしょうか?『三国史記』(「高句麗本紀」「新羅本紀」「百済本紀」からなる)の「百済本紀」とよく間違いそうになりますが、まったく異なる書物です。百済三書とは、『百済記(くだらき)』『百済新撰(くだらしんせん)』『百済本記(くだらほんき)』という3つの書物を指します。これらは『日本書紀』の神功皇后摂政紀から欽明天皇紀において合計26か所で引用されています。具体的には、『百済記』は神功皇后摂政紀・応神天皇紀・雄略天皇紀で計5か
1/5(月)仕事が早く終わったので、いつもの神社なく教えてもらった神社へ行ってきました。やっと初詣でした💦HJさんありがとうございました。またよろしくです。うちから近いとこにあったとは‥鳥居前の駐車場は10台程しか停めれないけど、次から次へとみなさんやって来ます。姫路市にある破磐神社(はばんじんじゃ)さん。兵庫県姫路市西脇に鎮座する、約1800年の長い歴史を持つ由緒正しい神社。田園の中にありながら、その荘厳な佇まいは
篠原八幡神社しのは(わ)らはちまんじんじゃ(糸島市)[訪問:令和6年7月]糸島市に合併する前の旧前原市に属する篠原、その住宅地に鎮座する神社ですこちらは私の特別な場所で、自分が5歳〜19歳までこの辺りに住んでいて、ここで遊んだり町の集まりで来たり夏休みのラジオ体操があったりと、懐かしい氏神さまです自分の神社の基礎イメージはここから来ています⚫︎神社前⚫︎社号標⚫︎鳥居⚫︎燈籠⚫︎注連石⚫︎鳥居子どもはだいたい鳥居に石をのせる遊びをしました乗ったら願いが叶うとか言ってま
仲哀天皇の息子の中で最も影の薄い子供、品屋別/誉屋別(ほむやわけ)にゆかりのある神社を発見したので、行った。伊奈冨神社(いのうじんじゃ)三重県鈴鹿市稲生西2-24-20いのう神社。「稲生」神社って表記で良かったろうに、なんでわざわざ「伊奈冨」という感じを使っていて、しかも読み方が「いのう」なのやら…。ややこしや。御祭神主祭神保食神大国道命(うけもちのかみおおくにみちのみこと)(大宮)相殿豊宇賀能賣命(とようかのめのみこと)稚産霊神(わかむすびのか
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)は、日本の第14代天皇とされる人物です。『日本書紀』や『古事記』などに登場します。↑作:弟【基本情報】・名前足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『日本書紀』、和風諡号足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)-『日本書紀』帯中日子天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『古事記』・在位:記紀によれば西暦192年頃~200年。(※年代には諸説あり)・父日本武尊(やまとたけるのみこと)-『日本書紀』倭建命(やまとたけ
【唐津神社(からつじんじゃ)】(佐賀県唐津市)佐賀県唐津市の玄海灘に面し鎮座する「唐津神社」は、秋の大祭「唐津くんち」で有名な神社です。貿易も盛んであった唐津城の城下町として栄えた立地もあり、海上交通守護や勝運、そして家内安全、開運招福などにご利益があると言われています。唐津神社の創建は神功皇后(じんぐうこうごう)の時代にまで遡るほど古く、社伝によれば、三韓征伐(さんかんせいばつ)により朝鮮半島を瞬く間に制圧し、無事に帰還出来たことを祈念した神功皇后が、松浦の海浜に宝鏡を縣けて住吉