ブログ記事5,706件
前回(志賀大明神が神功皇后の御船安全の為に舞う、三韓前段)から間が空いてしまいましたが、今回は、神功皇后の三韓征伐後の話!前段に引き続き、武内宿禰で始まります。豊姫が呼び出されます。豊姫と神功皇后や武内宿禰との関係は、ここでは特に言及されませんので謎です。ただ、武内宿禰曰く「(豊姫は)龍の宮にゆかり深けれ」。長崎県松浦市にある「淀姫神社」にも、豊姫=淀姫が出てきて、龍王が持っている潮干珠・潮満玉を取りに行きます。こちらは海神。後ろの紙吹雪は
ご訪問ありがとうございます今回は以前から「皇后の来た道」として紹介してきた息長ー忍坂間のルートについてお話ししましょう。まず忍坂宮の位置なのですがダンナさんの允恭天皇も、子供の安康天皇の石上穴穂イソノカミアナホ宮も、雄略天皇の泊瀬ハツセ朝倉宮も、みんな近くにあります。ついでに側室の衣通郞姫の藤原宮も近くです(^^;)妹だから💧忍坂宮が「倭の五王」の「済グループ」と関わりが深いということが分かりますね(*´・ω・`)b允恭天皇が即位を渋ったときは、忍坂大中姫がめちゃくちゃ圧をかけ
沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)鞆祇園宮(ともぎおんぐう)広島県福山市鞆町後地1225以下、沼名前神社HPより沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)は、鞆祇園宮(ともぎおんぐう)とも称され、大綿津見命(おおわたつみのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)をお祀りしています。今から千八百数十年前、第十四代仲哀天皇の二年、神功皇后が西国へ御下向の際、この浦に御寄泊になり、この地に社の無きことを知り、斎場を設け、この浦の海中より涌出た霊石を神璽として、綿津見命を祀り、海路の安全をお祈りになられたのが
『1032.福岡③十日恵比須神社~何でも心の持ちようぞ』『1031.福岡②櫛田神社~心の声を届けよ』『1030.福岡①住吉神社~八百万ともにあれ』2/4の夜次の休みは何しようか?、、からのすんなり決まった予定先が福…ameblo.jp続き⬇︎二日目は佐賀県唐津市コース♪唐津市をマップで見た時に惹かれた一枚の写真があったそれは!乙姫大明神の石像写真その石像が立つ場所へ到着飛んできた鳥さん何とこちらには神功皇后を祀る神社があった!!流れがある道なりに行ってみよう!広い景色
武内宿禰(たけうちのすくね)は、古代日本の伝説的な人物であり、日本書紀や古事記などに登場する非常に重要な政治家・忠臣です。彼は神功皇后や応神天皇をはじめ、複数の天皇に仕えた長寿の臣下として知られています。構成:筑前由紀イラスト:YUTARO目次基本情報特徴と伝説実在性子供と子孫LINEスタンプ目次を開く基本情報・時代:古墳時代(3世紀末〜5世紀頃とされる)・仕えた天皇:景行天皇、成務天皇、仲哀天皇、神功皇后(摂政)、応神天皇、仁徳天皇・出身氏族:蘇
かっこいい?名前の撃皷神社(げきこじんじゃ)へ参拝へ行きました。と言っても、2月に飯塚市を中心に神社巡りをした際の事なんですが。住宅街を通る道に一の鳥居があります。一の鳥居を入って奥へ続く道をまっすぐ約300mほど行くと二の鳥居があります。二の鳥居の左前に駐車場とは呼べないほどの小さなスペース(排水溝の蓋の上)があり、そこに停めて良いようでした。(裏返ってますが「参拝者駐車場」とのぼり旗が立っている場所)参道途中左側に大きめの駐車場があるのですが、普段は使われていないのか閉鎖さ
先日瑞穂舞の先生が筥崎宮の宮司様との会食会をセッティングしてくださいました前回は香椎宮の木下権禰宜様の回で今回は第二弾です『初稽古と木下権禰宜のお話会』瑞穂さんからいただいた今年の年賀状。香椎宮奉納時の様子。昨日は瑞穂舞の2024年初稽古でした。今年から新しいメンバーが2名加わりまして新鮮な空気感でのスタ…ameblo.jpところが会食会の日程も出席の連絡も完全に忘れており前日になって舞仲間から「行かないんですか?」と訊かれ慌てて瑞穂さんに申し出ました💦自分でお
瀬織津姫を祀る西宮の廣田神社金澤成保西宮市中心部から見て北方にある神体山・甲山の麓には、廣田神社が鎮座している。阪神タイガースが、必勝祈願をする神社としても知られる。境内地は移されているが、甲山の山麓にあることは変わらず、兵庫県ではもっとも古い神社の一つ。京から見て西方の神社ということで「西宮」と称され、西宮の地名の元になった。今では「西宮」といえば「エビス神」の総本社を指すが、もともとは廣田神社の摂社「浜南宮」で、それが全国的に栄えたお宮である。廣田神社の起原と西宮の湊廣田
河内郡桜井郷の桜井神社(現在は、梶無神社の摂社)には、「大己貴命」(大国主神・八千矛王)が祀られていますが、この桜井郷の豪族として、「桜井田部連」の名が「先代旧事本紀」には載っています。桜井田部連は、桜井郷の屯倉の田部の長であったことが知られ、実は、応神天皇の側室を輩出していることが日本書紀には記述されています。「次妃、桜井田部連男鉏の妹糸媛、隼總別皇子を生む」つまり、桜井田部連は、相当に力のあった豪族であることが窺えるのであります。三韓征討から帰国した神功皇后が、天皇に
1/5(月)仕事が早く終わったので、いつもの神社なく教えてもらった神社へ行ってきました。やっと初詣でした💦HJさんありがとうございました。またよろしくです。うちから近いとこにあったとは‥鳥居前の駐車場は10台程しか停めれないけど、次から次へとみなさんやって来ます。姫路市にある破磐神社(はばんじんじゃ)さん。兵庫県姫路市西脇に鎮座する、約1800年の長い歴史を持つ由緒正しい神社。田園の中にありながら、その荘厳な佇まいは
雲八幡宮大分県中津市耶馬溪町宮園407灯篭の笠の部分が立派な石🪨本社の境内から400m下流に神功皇后が三韓征伐の帰途、腰掛けた石があるという。その後、大宝3年(703)、この石から七色に輝く雲が立ちのぼり童形の神様がご出現になったと伝えています。この石は「雲石さま」と呼ばれ、里の人に崇敬されました。この、童形の神様の出現をもって雲八幡宮の始まりとするわけね。個人的には、703年の神様の出現よりも、神功皇后が来た話しの方がめちゃくちゃ重要。
小倉住吉神社福岡県春日市小倉3丁目374月某日、バイクで訪れた。御祭神表筒男命(うわつのおのみこと)中筒男命(なかつつのおのみこと)底筒男命(そこつつのおのみこと)住吉神社の創立年月日は、不詳です。江戸時代の古い書物、『筑前国統風土記附録』によると「小倉の産土神(生まれた土地の守り神)です。祭神は、海の神さまの住吉三神(表筒男命・中筒男命・底筒男命)です。小倉村は古は、博多住吉村住吉神社の神領であったので、勧請(祭神を移して祭ること)しました。祠は村の南、林中にあり
2025/12/30(火)お礼参りに京都・伏見の神社へ年越しの準備はほぼ出来た。というか「これ位で良いだろう!」との自己判断である。家内が元気な頃は決まって体調不良を理由に換気扇をきれいにした程度だったのに、我ながら変われば変わるものだ、と感心する。そんなことで少し余裕が出来た(否、余裕をつくった)ので、午後、京都市伏見区の有名な神社へお礼参りを兼ねて新春の準備状況を観に行ってきた。まず、「御香宮(ごこうぐう)神社」京阪電車を観月橋駅まで乗り、国道24号
【鏡山稲荷神社(かがみやまいなりじんじゃ)】(佐賀県唐津市)鏡山神社は14代仲哀天皇の時代(200年頃)、神功皇后が三韓征伐に出兵される際、山に登り岩(磐座)に寳鏡幣帛を立て、天神地祇を祀り戦勝祈願したことが始まりと伝えられている歴史のある古社です。鏡山(標高284m)の北側入口には写真の朱の大鳥居が構えており、この鏡山の名前は前述のとおり神功皇后が山頂に鏡を祀ったことに由来するといわれています。後に、鏡山御食津大神としてウケモチノカミ(保食神)を祀り、現在は「鏡山のお稲荷さま」として
『『生夷神社』出張の合間の神社巡り徳島編~えびすさんの生まれたところ~』『『朝立彦神社』出張の合間の神社巡り徳島編~祀られているのは月の神❓️~』『『嵯峨天一神社』出張の合間の神社巡り徳島編~元伊勢ひとよめぐり~』『『天岩戸…ameblo.jp↑のつづき。さて、話は2024年8月末に戻ります。エビス生誕の伝承地に行った翌日。台風が接近しており、強風と時折降る大雨。山に入ることは危険だと思い、無理せず徳島市周辺の神社を巡ることにした。鳥居の扁額は高良神社。「高良(こうら)
【いよいよ明日発売📘】『&RAWVEGANStep1』——わたしの食の原点から始まった本です明日、ついに私の初めての書籍『&RAWVEGANStep1〜ローフードの教科書』が発売になります。【世界初・医学エビデンス掲載のローフード本】Kindle先行リリース『&Rawliving〜ローフードの教科書』がKindleにて先行発売となります!▶︎https://amzn.to/4kWKtxU冊子(ペーパーバック)は6月18日の発売です!この本には、発酵やローフード
神功皇后は、日本の天皇家と、朝鮮半島の新羅国の王族の血を引く女性です。父親が、9代開化天皇の子孫。母親が、新羅から来たアメノヒボコの子孫です。神功皇后は、神を降ろして神託を受けることが出来る女性でした。第14代仲哀天皇が即位した翌年、仲哀天皇と結婚しました。近畿にいましたが、九州の熊襲という豪族が反抗的だと聞いて、九州へ向かいます。しかし、福岡県の香椎宮で神降ろしをすると、「熊襲を打つより朝鮮半島へ行くべし」という神託を受けます。仲哀天皇はそれを疑い
近況報告も兼ねて・・・方違ほうちがい神社さんへのお詣りを記事にしたいと思います(´ー`)方違さんへは何度か参拝したことがあるのだけれど今回は自宅改築の方災除けの為に伺いました^^10年以上ぶりの参拝です(。-人-。)目ぢから強い狛犬さんこちらが拝殿です。御祭神方違幸大神かたたがえさちおおかみ八十天万魂神(天神地祇)素戔嗚命(天照大神の御弟神)三筒男大神(住吉大神)息気長足姫命(神功皇后)を総称して方違幸大神と称されます。起源は古く崇神天
浄土真宗本願寺派福岡教区遠賀組法輪山西圓寺(さいえんじ)福岡県遠賀郡岡垣町大字三吉869西円寺と熊鰐の由来日本書紀によりますと、四世紀頃仲哀天皇と神功皇后が熊襲征伐のため九州へお越しになる事を聞いた当時遠賀地方の支配者だった熊鰐は九尋(約十六メートル)の船に鏡、剣、玉を飾って周防の沙麼の浦、現在の山口県防府市までお迎えし、北九州に渡る水先案内を努め、魚や塩をとる区域を献上いたしました。よって熊鰐は、仲哀天皇に対する忠節を認められ岡の県主となりました。往昔の遠賀郡は、現在
一方、皇后の船はまっすぐ難波に向った。ところが、船は海上でぐるぐる回って進まなかった。それで武庫の港に還って占われた。すると、天照大神が教えてくれた。「我が荒魂を皇后の近くに置くのは良くない。広田国に置くのが良い」これに対しては、山背根子の娘である葉山媛に祭らせた。廣田神社兵庫県西宮市大社町7-7『葉山姫と撞賢木厳之御魂天疎向津媛命の廣田神社』廣田神社兵庫県西宮市大社町7-7御祭神御本殿天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の荒御魂伊勢の神宮に坐す天照坐皇大
こんばんは今日は暑かったです持って行った水筒が空になりましたそろそろ大きな水筒に変えなきゃさぁ葛城一言主神社さんの続きですご挨拶をして右側へ鳥居の方へ鳥居をくぐり一言稲荷神社保食神さま足元に子持石左に宝来石お金が貯まるという信仰が寄せられている霊石です右側には左から市杵島神社市杵島姫命さま天満神社菅原道真さま雄略天皇像おはようございます住吉神社上筒男命さま中筒男命さま下筒男命さま息長帯姫
【高見神社(たかみじんじゃ)】(福岡県北九州市八幡東区)福岡県北九州市の北西部に位置する洞海湾(現在の東田地区)と製鉄所の産土神(うぶすなのかみ)として官営時代からの「ものづくりの精神」を伝える日本近代化産業の鎮守が高見神社です。製鉄所関連産業に関わる企業の社員や家族を守る安全の神として髙見地区の恵み豊かな大自然を守り、古くは14代仲哀(ちゅうあい)天皇の時代に三韓征伐戦勝祈願のために神功皇后によって祭祀が行われたことが起源とされる歴史ある神社です。荒御霊を鎮める鎮魂の神として北九
今年は午年京都にも馬に関する神社が色々あります🦓やはりお勧めは京都伏見にある藤森神社ですよね「午年まいり」の横断幕が掲げられています藤森神社は約1800年以上前に神功皇后により創建された古社です勝運と馬の神様と知られ、競馬関係者も訪れる神社です🐎端午の節句に武者人形を飾る風習の発祥の地とも言われています菖蒲=勝負とかけて勝運もあります紫陽花の神社としても知られていますよねこれは3年前の藤森神社
昨年(2024)の11月19日のことです。佐賀県佐賀市大和町大字川上1に鎮座します輿止日女神社(よどひめじんじゃ)佐賀市観光協会のサイトからコピペ<m(__)m>西暦564年創建。平安時代から肥前一の宮として崇敬されてきました。海、川、水の神様として敬われ、また家内安全、交通安全などを祈願する参拝客でもにぎわいます。境内は、子授かりや安産のご利益が伝わる「金精さん」や、学問の神様をまつる天満宮もあります。名勝「川上峡」の中心に位置し、樹齢1500年近くの大楠をはじめ数々の
皆さま、明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いします。前回は星田妙見宮の不動明王様からのメッセージを受け、順番を変えて急遽お届けする事になりました『☆残り2日☆』今日は朝から大阪交野市(かたのし)にあります星田神社と星田妙見宮に行ってまいりました。2日前まで奈良の大神神社か星田妙見宮かどちらに行こうか悩んでましたら、、…ameblo.jp今日は星田妙見宮に向かう前に「星田神社」にも参拝させてもらっていましたので、そちらを紹介します。【星田神社】「星田」駅か
こんばんは!@Ricoです。京都巡礼ねえさんぽ👣の続きです^^関西ラスト一日だけの京都やったけど毎度のことながら、全力疾走🏃♀️💨(4日目のトピはこちら↓)振り返ってみたら、11月だよね『関西4日目トピは、京都へ!ラストデーも数々のお知らせをいただきますよ^^』こんばんは!@Ricoです。いよいよ、関西巡礼遠征のラストデー❗️奈良の3日間✨さまざまな想いを胸に、「なるほど、こういう流れやったのね💡」の気づきをいただ…ameblo.jp朝ゆっくり目に到着した石清水八幡宮さんか
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)は、日本の第14代天皇とされる人物です。『日本書紀』や『古事記』などに登場します。↑作:弟【基本情報】・名前足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『日本書紀』、和風諡号足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)-『日本書紀』帯中日子天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『古事記』・在位:記紀によれば西暦192年頃~200年。(※年代には諸説あり)・父日本武尊(やまとたけるのみこと)-『日本書紀』倭建命(やまとたけ