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「大坂の陣」って、戦国最後の決戦、と言われるけど。実際のところは、強大な幕府権力に、(かつては名家だったにせよ、いまは)単なる一大名が叛乱を起こして、鎮圧された、というだけのもの、とも言えます。所詮は島原の乱と同じです。豊臣に万に一つも勝ち目はありませんでした。でも、それじゃあ面白くないじゃあないですか。「まるで、天下分け目の最後の戦い、みたいな壮大な言い方をされるのは何故なんだ」といえば、それは「みんな、面白い話が聞きたいから」でしょう。夢が見たいんですよ。徳川があと一歩で
「もし関ヶ原の戦いで、石田三成率いる西軍が勝利したら、どうなっていただろうか?」歴史にたらればやもしは禁物だ、という人もいますが。たらればや、もしがいけないなのではありません。「もし、石田三成が勝ったら」というならば、現実世界では何故石田三成は勝てなかったのか、その原因は何か、を分析することからしか始まりません。それ無しに「もし、は、もしだよ」とか言っても、それは単なるオアソビで、歴史語りとしては意味がないのですよ。もし関ヶ原で、互角の兵力同士がぶつかって、ほんのちょっとした時の運
「関ヶ原の戦い」と言われますが、実は戦闘は東北から九州まで、全国各地で起きています。伊達政宗も上杉景勝も黒田如水も、それぞれの場所で(それぞれの思惑で)戦っています。毛利輝元だって、関ヶ原にこそ来なかったものの、毛利軍は西国方面で結構積極的に動いています。輝元が「天下を取りに来ていた」のは事実です。王将が無闇に前線に出るのはヘボ将棋です。毛利輝元が大坂城にどっしり構えて、全国の戦闘を指揮しようと考えていたとすれば、さほど理に合わないことではないでしょう。関ヶ原が「決戦場」になるというのは、
城なび館で5か所のスタンプが揃いましたついに近江戦国六武将オリジナルガチャにチャレンジできますガチャの景品は、近江ゆかりの6武将の家紋をあしらったオリジナルガラスマグネット(6種)とアンブレラマーカー(3種)です実際は、石田三成と豊臣秀吉のガラスマグネットが当たりましたが城なび館で私より先にガチャをされた男性から「豊臣秀吉があまり好きじゃないから当たったものと交換しませんか?」と声をかけられていました。(アンブレラ
御訪問頂きまして有り難うございます滋賀解放同盟お弁当の猫きのこのkairuです🐾まずはお断りしておきますが、私は過去日本の昔の古くさい時代の話は興味ありませんでした。山岡荘八の織田信長と司馬遼太郎の太閤記の2冊が基本で(長い長い山岡荘八の徳川家康は辛気くさくてギブ)織田信長が推しでしたが、山岡荘八の織田信長の中のお濃さんとの美しい愛が冷徹な信長に人らしい部分がある証として、両面ある人として好きだったのが、実際は濃姫は斎藤道三亡き後、いつの間にか歴史から姿を消しており、本能寺の変
小早川秀秋は最初から東軍です。「最初から」というのは、美濃関ヶ原での合戦の開戦前からすでに東軍、という意味です。戦闘が始まってもまだ迷っていたとかは「ウソ」です。小早川は、松尾山に他の部隊がすでにいたのを追い払って、強引に布陣しています。この時点で、石田三成が「アイツは敵に回った」と認識できなかったのならば、それは悪いけど馬鹿、といって悪ければ、情報収集・分析能力が圧倒的に欠如してます。小早川秀秋は、寧々さんの甥であり、秀吉とも淀殿とも秀頼とも、血縁関係はありません。そのせいでか、秀吉
大河ドラマ『豊臣兄弟』毎回楽しみは楽しみなのだが…。実は一昨年、この大河ドラマが決まった時から心配が…。そんな思いを地元タウン紙に投稿。うれしいことに掲載されました。ドラマの流れは先まで決まっているのだろうが、そこをなんとか…。佐吉どん、石田治部少輔三成をぜひ良く!投稿「石田三成の描かれ方が心配…」今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主役は、秀吉の弟で生涯を補佐役に徹した大納言秀長という。今までと違う秀吉像なども描かれそうで楽しみなのだが、私には気がかりなことが…。それは我が
2025年11月2日(日)石田三成祭今年も行ってきます!!私、友の会の会員滋賀県長浜市石田町。東京から、米原まで新幹線🚅米原から北陸本線で、長浜駅へ。長浜駅からはバスで石田町へ行けます。去年はビジネスホテルいずみに前泊し、朝一番から祭りに参加しました!!小学1年だった次女と行きまして、もう楽しい楽しい!毎年絶対行こうね!と大興奮!!次女はステージと屋台と最後の餅まきが特に楽しかったみたいですが、私はやはり法要として行くので、神聖な気持ちと、400年以上経っても三成公を偲ぶ全
昨日は久しぶりにドライブがてら「岐阜関ヶ原古戦場記念館」に行ってきました。この施設は開業してから4年半。最近は”歴女”とか言って歴史、特に戦国時代に興味を持つ女性も多いようですが、私は小説でよく描かれる江戸時代には興味はあっても戦国時代にはそれほど興味はない。それでも約265年も続いた徳川幕府を築く元になった関ヶ原の戦いにはやはり思い入れがあります。ちょうどお昼12時前に着いたのですが、古戦場記念館の手前にある歴史民族学習館横の駐車場はほぼ満車。それでも何とか空きがあって駐