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こんばんは。17日に三成会議に行ってきました!初めての滋賀県。お邪魔しました楽しみにしてたので、あっという間に1日が終わってしまい、つぎの楽しみが……まだない12時から開場待ちできたのですがここから行くのに新幹線や在来線の時間の関係で12時半ごろ、南彦根駅に着きました。あ、それより、新幹線を待ってるときわたしが乗るのぞみの前にこだまが来たらキティちゃんの新幹線でしたかわいい前に見に行ったことあるけどでも、キティちゃん新幹線、もう終わるとか?次はワンピース新幹線になる
小早川秀秋は最初から東軍です。「最初から」というのは、美濃関ヶ原での合戦の開戦前からすでに東軍、という意味です。戦闘が始まってもまだ迷っていたとかは「ウソ」です。小早川は、松尾山に他の部隊がすでにいたのを追い払って、強引に布陣しています。この時点で、石田三成が「アイツは敵に回った」と認識できなかったのならば、それは悪いけど馬鹿、といって悪ければ、情報収集・分析能力が圧倒的に欠如してます。小早川秀秋は、寧々さんの甥であり、秀吉とも淀殿とも秀頼とも、血縁関係はありません。そのせいでか、秀吉
「もし関ヶ原の戦いで、石田三成率いる西軍が勝利したら、どうなっていただろうか?」歴史にたらればやもしは禁物だ、という人もいますが。たらればや、もしがいけないなのではありません。「もし、石田三成が勝ったら」というならば、現実世界では何故石田三成は勝てなかったのか、その原因は何か、を分析することからしか始まりません。それ無しに「もし、は、もしだよ」とか言っても、それは単なるオアソビで、歴史語りとしては意味がないのですよ。もし関ヶ原で、互角の兵力同士がぶつかって、ほんのちょっとした時の運
今日は三成会議の日でしたね。行かれたcrewさん、お疲れさまでした。雄ちゃんからもインスタ来ましたが、小早川秀秋、石田三成、明智光秀、藤原道綱・・・これらの人物にどのようなつながりがあったのでしょうか。うーん具体的な内容が知りたい。行かれた方、よかったら教えてくださいね。今までたくさんの時代劇に出ていた雄ちゃん。それなりに歴史の知識もついて、しっかり語ったんだろうなと推測。楽しいトークショー?会議?だったんでしょうね。やる気になった時代劇俳優、上地雄輔をこれからも
「大坂の陣」って、戦国最後の決戦、と言われるけど。実際のところは、強大な幕府権力に、(かつては名家だったにせよ、いまは)単なる一大名が叛乱を起こして、鎮圧された、というだけのもの、とも言えます。所詮は島原の乱と同じです。豊臣に万に一つも勝ち目はありませんでした。でも、それじゃあ面白くないじゃあないですか。「まるで、天下分け目の最後の戦い、みたいな壮大な言い方をされるのは何故なんだ」といえば、それは「みんな、面白い話が聞きたいから」でしょう。夢が見たいんですよ。徳川があと一歩で
「関ヶ原の戦い」と言われますが、実は戦闘は東北から九州まで、全国各地で起きています。伊達政宗も上杉景勝も黒田如水も、それぞれの場所で(それぞれの思惑で)戦っています。毛利輝元だって、関ヶ原にこそ来なかったものの、毛利軍は西国方面で結構積極的に動いています。輝元が「天下を取りに来ていた」のは事実です。王将が無闇に前線に出るのはヘボ将棋です。毛利輝元が大坂城にどっしり構えて、全国の戦闘を指揮しようと考えていたとすれば、さほど理に合わないことではないでしょう。関ヶ原が「決戦場」になるというのは、
黒田官兵衛は、九州平定後、豊前国に配置となりますが。これは、豊臣秀吉が官兵衛の才を恐れ警戒し、官兵衛は中央から遠ざけられたのだ、と言われているが、それは違うのではないか?経済先進地帯であり、しかも大陸進出を控えて益々発展が見込まれる九州への転封は、栄転ではないのか?と論じておられる方が、いましたが。そもそも、この異動が栄転なのか左遷なのか、というのは、客観的な数字で決まるもんではありません。形式的な肩書の上下でもありません。左遷か否かは、本人たちの「捉え方」によるものです。異動させる側
書店の新書コーナーで興味を惹かれた、高橋陽介著「シン・関ヶ原」(講談社現代新書)を購入して読みました。表紙(本書の紹介)「関ヶ原の戦い」とは、江戸時代に各地で編纂されたさまざまな史料を、明治になってから帝国陸軍参謀本部が集約し、再構築したものである。そして、これをもとに「国民的作家」司馬遼太郎が創作した長編歴史小説『関ヶ原』によって、日本人の「関ヶ原像」が決定づけられ、いまもなお、多くの人々を魅了しつづけている。本書は、著者が、1600(慶長5)年9月15日に美濃の関ヶ
過去のわたしにサヨナラ!片付けが苦手でもめんどくさくないしつらくない♡もう二度と散らからない環境づくりをサポート!3ヶ月以内に見違える家を手にしましょう!オンライン片付けアドバイザー矢野めぐみです!・プロフィールはこちら・提供中メニューはこちら久々に推し活の話を備忘録的に書きます♡今日は滋賀県彦根市で催された「三成会議」なるものに行ってきました♪彦根市・長浜市・米原市の3市が協力して「石田三成の歴史的価値を高
山城と違ってなんとラクに登城できるんだ!と実感。小牧山城の次に行ったので上の写真、東門はかつて「内柳門」といい、この場所ではないところにあったんですって。後に戸田家別邸の門となり、さらに大垣城の天守再建に伴ってこちらに再移築。立派な門て使い回しできるのね←庶民の感想石段はたったこれだけ。小牧山城、岐阜城、犬山城で散々登ったからな。楽勝楽勝。11代に渡って大垣藩を納めた戸田家の家紋九曜紋(九曜曼荼羅)昔インドで占いに使われた星土曜星(聖観音)水曜星
昨年3月に地元でこういうイベントがあって↓『三成会議に参加してきました』今日ね地元でこんなイベントがあったので、軽い気持ちで行ってきました。「三成会議」言わずと知れた戦国武将、石田三成のことですが。その石田三成をテーマに…ameblo.jp石田三成を大河ドラマの主人公にして観光の目玉にしようと目録む自治体が作っている「三成会議」結構面白かったので今年も行ってきました。昨年に引き続き歴史インフルエンサーのZIBU様の出席はもろろん、今回はなんとゲストに上地