ブログ記事6,103件
覇)三好長慶:吟風弄月の雅覇)甲斐姫:東国の明玉覇)お船:主家存続の決覇)織田信長:古今無双の将覇)立花宗茂:九州の逸物覇)本多忠勝:東国無双覇)佐竹義重:天魔鬼神の業覇)石田三成:主従三世の縁覇)島津義弘:死地後生の決覇)羽柴秀吉:出世の神様©コーエーテクモゲームス
2023年の夏、職場の法人の研修旅行のプランニングをしまして、京都の月桂冠大倉記念館を見学するプランを立てました。そこにある伏見教会跡のことは、過去記事に書いているのでそちらにゆずります。その後は滋賀県の温泉に向かうはずでしたが、熱中症っぽい方が出たので(アイスクリームで治癒)、コース変更して「一条戻橋」に行った時の記録です。月桂冠大倉記念館には隣接して江戸時代のイエズス会伏見教会跡があり、展示にも少し触れられているということで出かけました。宣教師たちがそこから尾張・美濃までやってきて
石田三成の豊臣政権下における権力は絶大であった。淀川が増水し、「堤防が決壊しそうだ」との報告を受けた三成は大阪城の兵糧米を運び出し、堤防の補強を命じた。水位が下がった後、水に浸かった米俵を、土のうと交換、その米は下々の者に無料で下げ渡した。しかし、豊臣政権の重鎮であった前田利家が慶長4年(1599年)閏3月3日に死去すると、三成の立場は一変する。三成を憎む七将が三成襲撃を計画した。七将とは「福島正則、加藤清正、黒田長政、細川忠興、加藤嘉明、池田輝政、浅野幸長」である。これらは豊臣恩顧の大名であ
安土編からのつづきです。織田信長ゆかりの安土からから豊臣秀吉をとばして徳川家康ゆかりの関ヶ原にむかいました。御存じのとおり家康はこの地で1600年9月15日に行われた関ヶ原の戦いに勝利し覇権を握り江戸幕府をひらきました。安土駅より琵琶湖線で米原駅へ。米原駅で東海道本線に乗り換え、関ヶ原駅に向かいます。琵琶湖線も東海道本線の一部なのでつながっているはずですが、乗り換えが必要でした。そこに小さな罠が仕掛けられています。20分ほどで関ヶ原駅に到着。お隣の駅はたるいですよ
歴史温泉戦国武将・「豊臣兄弟!」編大河ドラマ#豊臣兄弟!の主人公・豊臣秀長をはじめ、石田三成や前田利家にとっても大切な場所が温泉だったそれぞれの人生を変えた体験とは?ゆかりの温泉を訪ねて探る♨️大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公・豊臣秀長をはじめ、石田三成や前田利家にとって大切な場所が温泉だった。それぞれの人生を変えた体験とは?ゆかりの温泉を訪ねて探る!歴史温泉大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公・豊臣秀長をはじめ、石田三成や前田利家にとって大切な場所が温泉だった
大谷吉継公、ご存知ですか?福井県、敦賀城主の大谷吉継さま。双蝶のギョーブさまと一緒に岡山県瀬戸内市にいらっしゃったときの写真です。石田三成公と仲良し。関ヶ原の戦いで負けたため、自刃します…。大谷吉継さまは、小早川秀秋公が裏切るだろうことを察していたため、西軍を止めようとしたものの、かなわず。友情を守るため、負けるとわかっていても参戦。まさに「義の心」!4月29日は、「よしつぐ」の語呂合わせですが、「友情」や「義」について考える日に。
©コーエーテクモゲームス『戦国立志伝』プレイ日記、今回プレイするのは細川忠興(ほそかわただおき)。本人も十分、有名ですが明智光秀の娘、ガラシャ(玉子)の夫としてより知られているかもしれません。ちなみに忠興もガラシャもめちゃめちゃルックスが良かったそうです。美男美女夫婦ですが2人ともかなりの変人です!©コーエーテクモゲームス忠興はかなり気難しい人物だったようですが妻のガラシャのことを非常に大切に思っていたことも伝わっています。そのガラシ
2017年制作の時代劇。内容はタイトルのまんまで、主役は石田三成役の岡田准一と徳川家康役の役所広司。まず、ちゃんと作られている。安っぽさはほぼほぼ無い。岡田准一も、スーパーアクションなどはなく、リアル寄りな時代劇演技となっている。特に、秀吉役の滝藤賢一の演技は凄まじく、死に際あたりの老衰状態は目を見張るものがある。ただ・・・リアルさを求めすぎた結果か、ちまたの批評通りに「台詞が聞き取れない」という箇所は多い。秀吉に至っては「ほぼ全滅」と言っても過言ではない。家康ら
ずいぶん前になるのですが、通りすがりのショッピングモールの広場で、小さな出版社が集まったブックフェアーをやってまして、ぶらぶらしながら、のぞいてみたら、こんな本を見つけました。「佐和山落城記」を読む石田三成の重臣・山田家に残された古文書の謎/田村哲三*********体裁:A5判・並製・カバー装・144頁価格:本体2,000円+税刊行:2025年11月ISBN978-4-911029-25-1C0021*********【書籍概要】
キン肉マンスーパーフェニックス実力だったりかっこいい技だったりで敵だったけれどなかなか魅力的な強敵だったある意味キン肉マンにとって一番手強かった相手なのかもしれないでも戦いを終えてお互いの心が分かり合えてどこか味方として新しく大王になったキン肉マンの片腕としてフェニックスの力を借りたかったそんな筋肉マンの気持ちもわかる気がする本当に心が生まれ変わったスーパーフェニックス頭と心それを兼ね備えたものすごいまさに筋肉マンの片腕になってく
Bonjour!ひるねがすきです。大垣市へGO!岐阜1日目。マラソン大会のついでに、各地のメモリアルとしてスタンプ集めをしているよ。日本100名城と続日本100名城に行こう公式スタンプ帳つき(歴史群像シリーズ)Amazon(アマゾン)百名城・続百名城に含まれる城が、岐阜には7個あるのだけど、今回はアクセスしやすい2つのお城へ。大垣市は岐阜から電車で15分くらいのところにあるので(近!)、ちょちょいと行ってきました。駅側から行くとこ
寅年生まれなので一度行ってみたかった柳津虚空蔵尊はとこが連れていってあげるというので甘えて車に乗せてもらい行ってきました仙台から三陸自動車道で1時間ちょっと道中高速から見える山桜がきれいでした到着して駐車場から歩いていくと何年もの?と驚くほどの幹の太い木々に囲まれなにか、有難い雰囲気に包まれた感じのところでした虎の頭、お腹、背をなでてきましたおみくじは大吉たーくさんおみくじがあり一番シンプルなのを引いたのですがは
大垣城を見学した後、まだ時間があったので、関ヶ原まで行ってみることにしました。大垣駅から関ヶ原駅へは東海道線で13分ほど。関ヶ原は新幹線で通過する際に景色を眺めたことはありましたが、実際に降り立つのは今回が初めてです。駅自体は比較的こじんまりとしています。駅から徒歩5分くらいのところに「岐阜関ケ原古戦場記念館」があります。駅から記念館へ向かう道の途中です。2020年に開館したという比較的新しい施設です。徳川家康が最後に陣を置いたのがこの記念館のあたりとのことで、最上階の展望室からは戦
徳川側は本多忠勝と家康が策を練る場面が何回も出てきました。金綺羅は秀吉だけではなかったようで、徳川方おふたりも絢爛豪華な衣装です。森繁久彌がまだ若い。三國廉太郎の大物感は森繁久彌を超えるほどずっしりしています。家康の側室阿茶局は京塚昌子、重厚な一部屋です。徳川の動きが怪しくなる中、朝鮮に出兵していた大名たちが引き上げてきますが加藤清正などが石田三成に怒鳴ります。三成は「武器や食料を届ける戦争を自分もしていたのだ」と返すのですが。親戚筋、養子筋の武将たちも大勢東軍
期間:2026/04/21〜05/08天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額武)島左近:卓異の剛将※倍率不明の為、判明次第反映戦)石田三成:至忠随一の奉覇)大谷吉継:金蘭の契り薬)羽柴秀長:豁達大度の仁戦)藤堂高虎:信望の傷痕©コーエーテクモゲームス
4月21日滋賀県の賤ヶ岳(しずがたけ)と佐和山に登る。左方向が北です。JR余呉駅(9:40)⇒岩崎山(10:05)⇒大岩山(10:30)⇒賤ヶ岳(11:15~12:30)⇒リフト乗り場(12:50)⇒JR木ノ本駅(13:25)延べ3時間45分先ずは賤ヶ岳に向けスタート眼下に余呉駅岩崎山と名付けられた砦歩いていると明らかに普通の山道とは違う何かを感じる。大岩山(眺望なし)賤ヶ岳の戦いで戦死した中川清秀の墓とある。余呉駅から南に賤ヶ岳を目指すが余呉湖はあま
(。・x・)ゞクポ今日はなんか寒かったクポ過ごしやすい気温ともいうクポ普通の4月の気温クポヾ(。`Д´。)ノ彡普通って何クポ!昨日つったふくらはぎがまだ痛いのクポヾ(。`Д´。)ノ彡こむら返りクポ合戦始まるクポ~ヽ(*´∇`)ノ石田三成クポ頭にハンドバッグがついてるクポヽ(´Д`;≡;´Д`)丿なにはいってるクポ?カバンじゃないクポ額当てクポ「乱髪天衝脇立兜」(らんぱつてんつきわきだてかぶと)クポ額と頭の左右を守れば致命
よく歴史本だと、定説をひっくり返して、わざと奇をてらったような説を取り上げて、「真実はこうだ」みたいな書き方をする「逆説本」がある。でも、この本については、そうした、ちょっとありえないんじゃないのか、といった話は出てこなくて、ごく普通に考えて、「そうかもな」と感じられる内容が多い。たとえば関ヶ原の「裏切者」として知られるのは小早川秀秋だが、そもそも「西軍」と呼ばれた側には、組織的な軍としてのまとまりそのものがなく、「裏切った」わけではないのではないか。江戸時代、大井川に橋を作らなかったのは、定
今日は部活で茶しばいてきました我が聖人君子、千利休もきっと天国で喜んでいます確か千利休ってでっかい像作っちゃったせいで豊臣秀吉に殺されてた人だっけあれ松尾芭蕉だっけ?ちなみに好きな武将は大谷吉継です石田三成とのニコイチ感が良いりくりゅうって感じそんなことはどうでも良くて今日は体力測定で50m走をしました自慢しますが私文化部なのに、あと見た目に反して足がめっちゃ速いんですね運動部の人を追い越した時はめっちゃ驚かれます「え、こいつこんなに速いの?」みたいな顔された時の
1981年、TBSが三夜続けて放映したドラマ、関ヶ原がU-nextで観ることができます。脚本は「夢千代日記」などの早坂暁さん、原作は司馬遼太郎さんです。秀吉(宇野重吉)があとのことを皆に頼みながら亡くなり、妻のねね(杉村春子)は仏門に入ります。それを、本多正信(三國連太郎)などとともに待っていたのが徳川家康(森繁久彌)、豊臣を仕切るのが石田三成(加藤剛)三成と恋に落ちる女性、初音(はつね)に松坂慶子、支える家臣、島左近に三船敏郎。ゆっくりと時が進みますが、役者さんたちが
前回チャッピーに会ったのは……(ChatGPTを使ったのは)いつだっけ?履歴を見たらあ!あれか鈴木伸之さんの海賊房太郎画像をお願いした時ブログが見つからず検索したら2/152ヶ月前諸事情で金カムの海賊房太郎の姿にはできなかったけどこれを作ってくれたまさにこれは海賊右は大志くんの武将姿をお願いしたけど少し顔が違う美形だけどね……で今回お願いしたのは中川大志が大河主演をやるとしたら?これまた話はそれるけど昨日エンタメニュースで見たのが山﨑賢人くん主演のジョン万最
うっちーこと宇都宮芳綱です今日は極を引けなかったので、代わりに育成中の無尽防御部隊のことを書きますまずは三成さん旧スキル追加で龍驤虎躍を狙いますこの確率でも付く時はあるので、期待を込めてポチリしてみたらグフッ!><ん~ダメだったか次は確実に付けます天を使った特殊候補が龍驤虎躍で良かった果たして結果はグッジョブ♪('-^*)/まあ100%ですからね次は極限枠の合成です
賤ケ岳の七本槍ー豊臣秀吉が織田信長が殺された後天下を統一そしてその死後までが描かれるこの秀吉に仕えた武将たちわけても賤ケ岳の七本槍ーと呼ばれた男達をそれぞれの短編の主役としながら佐吉こと石田三成について描かれているタイトルの八本目の槍とは石田三成をさす一本槍虎之助は何を見る虎之助ー後の加藤清正のことだ熊本城を築いた他にも虎退治の伝説など優れた武芸についての逸話も多い石田三成-佐吉の優れた才知は認めながらもなにゆえ彼が徳川家康
関ケ原組創設者関ケ原おもてなし武将小早川秀秋です。どうか皆様助けて下さい。ボク一人の声では関ケ原町役場は動いてくれません。イジメを止めてくれません。調査もしてくれません。イジメ犯人に注意も罰も与えてくれません。イジメられるお前が悪いとボクを消すことで終わらせようとします。このままだと役所に56されます。八年、関ケ原の自分が立ち上げた隊を乗っ取った人たちからイジメを受けました。何も知らないふぁんを巻き込んで嫌がらせの数々。小早川秀秋に嫌がらせをしろ、あいつは関ケ原を荒らす害悪だから
ランクBの上~Aの下関ヶ原合戦は、天下分け目の戦さだったのかを、武将たちの手紙を中心に分析して、検証した本です。戦国時代の手紙や日記が残っていることに改めて驚かされました。手紙のやり取りで、情報戦をしていたのが戦国時代でした。合戦前の重要な手紙を届ける早馬、侍たちが走りまわっていたのが戦国時代でした。手紙文化が、日本史を作っていたのかもしれません。この本で、昔からの家康像が変わりました。秀吉亡き後、事実上
天下統一目前の豊臣秀吉は、関東最大の勢力北条氏の小田原城を攻略せんとしていた(小田原征伐)。豊臣側に抵抗するべく、北条氏政は関東各地の支城の城主に籠城に参加するよう通達した。支城の一つであった忍城主の氏長は、北条氏に従うように見せかけ、手勢の半数を引き連れて小田原籠城作戦に赴きつつも、裏では豊臣側への降伏を内通していた。「武州・忍城を討ち、武功を立てよ」秀吉にそう命じられ、石田三成は佐竹や宇都宮などの大軍勢を率いて忍城に迫る。軍使と
思いがけず茶々から生まれた第1子を無くした秀吉が次の生きがいを求めて明国の征服へと進み秀吉の命令で博多の大商人島井宗室が朝鮮を隅々まで見て回って事実を報告するの一方石田三成は秀吉に朝鮮は日本に友好であると虚偽の報告をしてたんだね~貿易している商人が困ることになるのでね秀吉は明国を手に入れるため日本に友好な朝鮮に案内役をさせるよう指示してたの案内なんかするはずがない朝鮮・・・逐一噓の報告を受けてその気になった秀吉が動くわね加藤清正と小西行長を戦陣に黒田長政や島津義弘など
こんばんは教育コンサルタントの会社のブラッディーマリーの森久美子です私が好きな歴史キャラクターは紫式部でして石田三成にはあまり興味がないのですが誰かが流す風評被害には惑わされませんように...その紫式部ですが源氏物語は長編小説で私も長期間書き続けたいと腹を括りながら続けていたこのブログと通じる物がありますよね今後もそんな親切ブログとして微力かもしれませんが、少しでもやれたら良いなと考えています自分の事はこれ位にしまして本日は歴史の教科書に登場し、良く学生の落書きの標的にされていた空也上
内容紹介(「BOOK」データベースより)一年ぶりの上洛で過ごした最後の三日間ー織田信長。「三年秘喪」の遺言と葬儀なき死ー武田信玄。嫡男の嘆願で隠居をあきらめた老雄ー毛利元就。死ぬために戦陣に馳せ戻った軍師ー竹中重治。最期の一瞬まで一命を惜しむ死生観ー石田三成。老いてなお気骨を失わぬ勇将の進退ー本多忠勝。長生きが招いた“老兵”の孤愁ー細川忠興。武将たちは「老境」をいかに生きぬき、死に臨んだか…。やっぱ、どんなに有名な人であってもその晩年や最期は大事ですね日本海海戦で世界に名を轟かせた
昨日は、埼玉県行田市のさきたま古墳公園に行きました。丸墓山古墳頂上からの眺めです(^o^)桜が一部枯れてます(*_*)石田三成も見たであろう忍城の眺め拡大さらに拡大真ん中ですヨ御三階楼さあ、反対から下りますいいところでしょ\(^o^)/byXperia1Ⅵ