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✨地原弁財天✨🗺細谷町🗺境内は明治維新の時までここにあった幸福寺跡卍卍幸福寺は東観音寺の文書によると天文4年(1535)9月今川の臣野々山光家東観音寺に細谷幸福寺の寄進状を与えるとある卍卍この幸福寺は寛正5年(1465)頃から今川氏と三河国人との抗争が続く頃潮見坂旧道の中程で殺されたといわれる今川義忠(今川義元の祖父)『今川氏系図』義忠—氏親—義元—氏真の菩提寺として細谷海岸を見下ろす台地の先端に建てられていたが宝永4年(1707)の大地震なら
じっとしていても体の具合が悪くなりそうなので、軽く石仏巡りランニングに行ってきました。疱瘡神(ほうそうがみ)という種類の石仏がある。そのほとんどは文字で疱瘡神と刻まれたもので、見た目には面白くもなんともない。ところが取手市には像容タイプのものがいくつか残されている。なぜ取手なのか、それはわからないが。ちなみに疱瘡神は疱瘡を駆逐してくれる神様ではなくて、疱瘡をもたらす正体とされる。11.5kmの周回コース。実は4年前にも同じように走り巡ったことがあるけれど、もう忘れかけているし。それ
こんにちは。ハイ・パイン・サンキュー!です。いつもとなりのかがわさんをお読みくださり、ありがとうございます。晴れていたな、と思っていたら雲が広がり雨になりました。雨の日と晴れの日が交互にやってくる秋のかがわです。さて、今回は四国霊場71番札所「弥谷寺(いやだにじ)」です。これまでも八栗さんの初詣や、善通寺に立ち寄ったお話など、四国遍路のお寺について書いたことはあるけれど、お寺そのものについて、というのは意外とはじめてかもしれません。僕の周りにも「お遍路さんしています」と
先日、ジョギングの途中、柿の木というパン屋さんの前のにある一隻五輪塔がまつられた地元の小さな祠の、お茶替えをしていた方がいらっしゃいました。ジョギング中ではありますが、休日でもあって時間の余裕もあったし、めったにこんな機会はないので、ここはひとつ、お声がけをしてみました。私「こんにちは、その祠はご先祖様をお祀りしているのですか?」ご主人「ああ、これは、関係は明確にはわからないが、昔から先祖代々お世話をしてきている祠なんですよ。」ご主人「このあたりは、昔の戦場で、その
【24年2月24日探索・5月10日公開】現在地はこの辺神奈川県横浜市金沢区釜利谷南私は手子神社の鳥居前にいる。本来はタイトルのものを探していた訳ではなく、その先の貯水槽に行きたかったが、結果、この日はたどり着けなかった。神社の境内を通るので、由緒くらいは確認して参拝する。500年以上も前からある神社らしい。鳥居の脇には石仏や祠が並んでいたんだが・・・その隣には何やら怪しげな穴(塞がれているようだが)があった。階段を上がり参拝した。
おはようございます☆今日は、先日御奉納いただいた仏さまの足あと『仏足石(ぶっそくせき)』についてです。お釈迦さまが涅槃に入られたあと、しばらくの間は、仏像は作られず、菩提樹や宝輪、蓮華そして仏足石がお釈迦さまを表す尊い象徴とされてきました。仏足石は、お釈迦さまの足あとであり、そこに仏さまの存在を感じられる聖なる足跡とされ、礼拝の対象となりました。仏足の模様は、様々で諸説ありますが、御奉納いただいた仏足相を元に説明させていただきます。①親指ー月王相(げつおうそう)燃える月とも言われ、悟
京都移住23日目(4月25日)6日振りでっしゃろか⁈ようやく晴れた京都どす(^。^)この日は、「晴れたら行こう!」と決めていた南山城の古寺巡礼へ・・・ところが奈良県との県境に近い『岩船寺』と『浄瑠璃寺』は京都の南端に位置し、交通の便がすこぶる悪い。平日はJR加茂駅から1時間に1本のみ運行する木津川市コミュニティバス🚌の当尾線が唯一の交通手段。その上、この日の朝は途中の近鉄線が大幅な遅延、予定していた加茂駅発9時台のバスに乗れず、初っ端から1時間遅れ(^^)近鉄新祝園(しんほうその
2022年8月28日、中国地方縦断迷走の最終日。この日のネタで記事にしているのは、最終盤の力谷隧道。今宵ご紹介するのは、逆にこの日の序盤に訪ねた物件。いきなり、ドン。場所はこちら。明らかに国道54号の旧道と思われる道の、古びた橋。北側より。先に書いておくが、四本の親柱全て銘板が失われており、何の情報もなかった。ビジュアルから受ける印象からして、戦前橋…金属供出により銘板が失われたままなのではないかと感じた。Q地図様によれば、この橋は川上橋といい、1933(昭和8)
【前篇】より続く。ついさっき、この道をやって来たわけだ。通行量は、極めて少なそう。で、改めて最初に遭遇した北側抗口を。なんというか…こういう「野趣あふれる」ボックスカルバートって珍しいと思う。「本物の」トンネルみたいで。が、よくカルバート上を見てみると、やはりというか、ほぼ土被りがなさそうだ。この二連のボックスカルバートは、実質的にはロックシェッドの役割を果たしているんだろう、きっと。ただし、隧道のスペッ
南山城の古寺(岩船寺、浄瑠璃寺)巡礼をした日(4月25日)当尾(とうの)の石仏たちにも会ってきました。・・・以下、木津川市観光協会作成の『当尾の石仏パンフレット』より抜粋・・・【木津川市加茂町東南部の当尾(とうの)地区は古来より南都仏教の影響を色濃く受け、南都の僧侶が修行に打ち込むため、都から少し離れたこの地で暮らしたと伝えられています。やがて僧侶の過ごした庵が寺院へと姿を変え、塔頭(三重塔や十三重石塔、五重塔など)が多く建ち並ぶ尾根に由来し「塔尾」(とうの)になったと言われてい
只見の山の中で布沢川大滝沢を遡行した後、松坂峠を越えて金山町の鮭立磨崖仏を見に行くことにした。8年前に会津の巡礼ランニングをしていた頃に、ここにも立ち寄って感動した記憶がある。磨崖仏を見てから只見川の流れに沿って行こう。鮭立磨崖仏には不思議な魅力がある沢登りを終えてから記念バッジをもらうために、「森林の分校ふざわ」の場所をまず調べた。そこをめざす途中にある小さなお堂。これがかつて巡った観音堂である。8年前のことだから、この風景を見ても思い出せません。御蔵入三十三観音第6番札所
前記事の続きです。山門をくぐると、左側に空海像、右側には十三仏の石仏が並んでいました。こちらは釈迦如来。弥勒菩薩。不動明王。本堂。見上げると…あ、銅鑼どら焼きは、銅鑼焼きとも書きます。形が銅鑼に似ているから、鉄板の代わりに銅鑼を熱して焼いたから、など諸説あるようです。まさかこの銅鑼が、この日の朝見たどら焼きと関係があるとは思わないですけど、ちょっとドキッとしました三波石というとても大きな石。運ぶの大変だったろうな練馬の名木に指定されているイチョウの木と地蔵堂。
天の川温泉を出て・・天川村観光でググってみたら・・龍泉寺というパワースポットで有名なお寺が出てきた・・その前にみたらい渓谷という透き通るようなブルーの川が流れる美しい渓谷があったので向かってみたけど・・山間を抜けていくのですが道が細くて車が対抗するのも一苦労な道のりで・・そのうえみたらい渓谷に向かう車も多く駐車場も満車で空き待ちの車がいっぱいだったのでここは諦めて龍泉寺へ行くことにした・・・山間を抜ける道・・車が対向できないのは困るけど・・森林を抜けるこの景色は好きですみ
はい、今日はこちら筑波山南斜面中腹にあります白瀧神社ですここは、検索していて、たまたま見つけた神社で、県民ですが全く知りませんでした(^_^;)地図で見ますと、車では、あまり走りたくない林道からのアクセスになります取り敢えず、大通りから歩いて林道に入ってみる事にしました(^_^;)下から行くより、風返し峠に向かう手前の林道を降りた方が早そうだったので、林道入口に車を止めて向かってみました実際に歩くと、やっぱり、けっこう降りまして(約30分ほど)やっと神社入口に着きました降りな
極楽寺即身仏が入る一願堂廿日市極楽寺本堂に行く道の途中石仏が並ぶ石段があります。石仏が配された石段を登る。入母屋造の堂?堂二間四方くらいの堂?堂の後に一願堂額は一願和尚一願堂の五輪塔の地中には極楽寺住職でありました高野山真言宗大僧正佐和隆恵師が遺言により法衣を付けたお姿で入っておられます。隆恵僧正は処所へ来て南無一願大和尚と唱え、一人一願だけ頼めば必ず成就すると言って他界されました。その後沢山の人々が参拝し、いつの日か一願幟りを立て祈願する様になりました。
石岡市に来ています高浜方面釣りに来る人も多いです須賀神社へ来ていますあらかわいい弁天様のよう隣にも大きな木が目を引きます須賀神社はこちらのようです大きいなぁ~大木好きたくさんの英気をいただけますね須賀神社ですご神木です立派な拝殿です渋い高台なので景色も良い本
以前に一度、来た事が有る。その時は15日だけしか開門しないって事を知らなくて着いたら閉まっていたので後ろ髪を引かれながら車に戻り東寺へ行った記憶関西花の寺二十五霊場のひとつなのでいつかはタイミング合わせて来なければって思っていたら明日、休んで良いよ~ってなんてラッキーなんだてな訳でこちらは花園駅🚆改札をでて駅前から目的の寺院が見えてますこちらは法金剛院(ほうこんごういん)ソメイヨシノは散りかけ。。てか、良い天気だったのにたまにカメラが暗くなるのは何故山門月1
【23年7月2日探索・10月12日公開】現在地はこの辺1.9km右方向にある川俣はバス停のある浦山大日堂あたりの事か?私が進むのは鳥首峠方向になる。道標の他にあったのは安曇幹線326号へと至ると書かれた標柱と電柱だ。通行不能区間になると、主要地方道の県道73号線は急にこんな感じになった。ここなどは崩落している事もあり、道幅は30cm程度だろうか。画像だけを見ると道にロープが落ちているように見えるかもしれないが、崖登り用の補助ロープが設置されている個所があった
貴船神社2023.10.24参拝車をテキトーなところに停め車道を歩いていく途中に石仏さんがいらっしゃった鳥居は無いがあの注連縄が鳥居の代わりなのだろうお邪魔しま~すバチバチと何か踏んずけた足元にはたくさんの木の実これなんの実?参道を進み左側に境内社?覗いてみると…あのブツはなんだ!?さらに進むとまたまた境内社この建物にはお神輿が入っていましたなんかさっきから臭うくっせー神社だなぁと思っていたら…これだ!!ぎんなん!!悪臭漂う境内踏んだらヤバい💦気をつけろ💦
こんにちは🤗先月日本石仏協会の会報誌182号にて私が所属している山口狛犬楽会の会長が書かれた文で私の名前が掲載されました😱会長から送ってもらった会報誌を読むと私の名前がΣ(゚∀゚ノ)ノキャー明治大学の川野教授からは「ごめん💦何度も載せてます(^~^;)ゞ」珍しい名前なので知った人が見たらすぐにバレます(⊙_◎)💧でも、新聞にも載った事がありますのでもう別にいいかなぁ(´-`).。oO興味がある方はバックナンバーが購入出来ますので良かったら購入して下さいm(__
取手市に来ています金刀比羅神社ですまず先に金刀比羅神社の隣にある光音堂を見に行きましょうこちらから入りますさていきなり登場ただならぬ気配巨木のおでましですしかも漂っているし石仏たくさんあるこの先に光音堂がありましたとも
鹿嶋市の天満神社を参拝したところです。北浦が見えます高台から水辺が見える場所って気持ち良いですよね天満神社の隣には広済寺がありましたせっかくなので見ていきます見上げると太陽光っています石仏がたくさん江戸時代のものが多いようです隣に天満神社の鳥居あじさいの季節少しあじ
牛久市で遊んでいますここは観音寺山門を見て感動しいよいよ境内を探索します鐘楼と緑と花と愛らしい本堂も迫力あり渋いわぁ重厚感ある屋根と彫刻が見事です龍が舞う本堂の裏にはたくさんの石造物がありました相当古いものだわ残っているんだぁもみじと本堂美
茨城県内の紅葉を見て回っています雨の祭日城里町の徳蔵大師に行ってきました寒い日じゃでも紅葉は待ってくれない着いたよ花の寺にもなっているので以前他の季節に来ていますすごいですねやまたの大蛇に飲ませた酒瓶が埋められている八瓶山となイチョウはだいぶ葉が落ちているさて境内にはいりましょう山の紅葉
天気が良いのでお散歩日和鉾田市に来ていますなんだかんだと鉾田市好き最初に寄ったのは富士神社石仏さんがお出迎え坂を上ると見えてきましたさっぱりしている境内かつて村社格ほう室町時代ですか親切だぁ覆屋で本殿は見えないです改築されてピカピカです
今まであまり気にした事がなかったのですが・・難波から奈良行きの快速🚊って多いのに難波から神戸三宮行きの快速🚊って少ないのね・・ってか、準急とか急行って走っていないのかな通勤ラッシュの駅構内で快速待ちをしていて気付いたこれってもしかして見送った普通に乗った方が早かったかもしれないこんばんわ味醂です{目の前で快速の扉がピシャッ❗さて、昨日は久しぶりに1人で攝津八十八箇所の札所へ行ってきました阪神電車🚊を降りてバス🚍️に乗り変えるのですが知らん土地のバスは良くわからんくて
時間が取れたので稲敷市に行こうと思います茨城県内でもあまり稲敷市には行っていないかな・・・どこに行っても茨城県の風景は大地が広がる目的地に着く前に何やら立派なお社が見えますちょっと寄ってみよう古いもののようだわ狛犬さん境内にはいろいろ置かれています石仏が中に桜の木卍のマーク
仲間のSHIZUEさんと1年ぶりに昨日再会食事&お茶しました。(食事&お茶に関してはInstagramやFC2ブログにアップしていきます)待ち合わせ場所を調べた際に気になった場所があり、帰りに1人で寄ってきました。白九頭龍古墳(宮城県刈田郡蔵王町大字曲竹字明神河原3-1)案内板の説明文古墳の近くにあった石仏奥州藤原氏といえば、世界文化遺産となっている岩手県平泉が有名です。この白九頭龍古墳には藤原国衡氏が戦で討たれて葬らてい
巨勢神社佐賀県佐賀市巨勢町牛島41-1佐賀市内では大和町の與止日女神社(564年創建)、与賀町の与賀神社(564年創建)に次いで3番目に古い神社です。巨勢大連を祀る神社ですが、巨勢大連は当時、異国から対馬を攻められた時にそれを撃退するために奈良の都から派遣された豪族で、巨勢に陣を構えます。異国を撃退したのちに、この地を開き、現在の水ケ江から兵庫町、蓮池町辺りまで広がる巨勢郷を栄えさせました。御祭神:巨勢大連・老松天満宮・淀姫社・乙宮社を合祀神門神門にはプロペラ
「正伝白湯文字巫伝経眞品」には、「薬師は驚き如来。観世音は歌ふ菩薩。地蔵は浮され給へ」とあって、地蔵菩薩がお持ちの死出の旅路に於ける功徳を説いている。地蔵菩薩には、「浮かばれる功徳」「動く(移動)する功徳」が具わっているのである。特にお地蔵様は、幼な子を導くお徳がある。嬰児・嬰女の慰霊供養には応験がある。一つ言うと、「嬰児の安鎮靈符」を謹製し、ミルクをお供えするとよい。ミルクは「スル」と言って施餓鬼供養で使ったりするし、聖ターラでもお供えしたりする。地蔵菩薩は特に悪趣に堕ちた者の救い