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「真田丸」の主人公は、登場時から暫くは、専ら「源次郎」と呼ばれています。真田氏は海野氏の支流ですが(いずれも領地の名前を名字にしている)、もとは清和源氏の後裔を名乗っていますので。で、「真田丸」の話ですが。歴代の大河ドラマの主人公には「開催国特権」みたいなものがあって。同時代の歴史的事件にどこでも立ち合えるし、主要人物には若い頃に漏れなく出逢って関係を持てる、そういう脚本構成にするのが「お約束」です。三谷幸喜は連ドラでも一幕モノ演劇でも、そういう演出技術においては「プロフェッショナル」です
以前、「サナダムシ」の語源を辿れば「真田幸村」に行き着く、ということを書きました。「サナダムシ」→「真田紐」→「真田幸村」そして実際に、真田幸村はサナダムシに喩えられています。寄生虫に悩まされ続けた、宿敵「徳川家康」が、「真田は虫になってまでも、この家康を苦しめる」・・と嘆いたといわれます。「サナダのやつめ・・」(★こ
仕事先に行く前に、四条堀川から朝の散歩。近くにある京都神田明神という場所が気になって、まずは行ってみることに。膏薬辻子という、町屋が連なる細い路地の中にありました。軒先に飾られる、祇園祭のちまき。大きな暖簾がかかっていると思ったら、ホテルIBISでした。こんな路地に外国のホテルがあるとは。京都神田明神自体は平成時代に建てられた、小さな神社でした。膏薬辻子を抜けると、重要文化財の杉本家住宅。5月には一般公開されるようです。ここから新町通りを
いつもお付き合いくださり、ありがとうございます。真田丸最終盤ついに真田丸ができました。大阪冬の陣では、真田家は家康を相手に三度目の完勝。と、まあ、ここまでは良かったのですが、そこから先の真田丸、まあ、嫌な奴ばかりでストレス満載です。こんなにいらいらするメンバーが出てたんだっけ・・本当に、敵も味方も邪魔者ばかりで、みたくない!!って思ってしまう。笑まずは大蔵卿・・・淀殿の乳母です。戦のド素人です。しかし威張りまくってます。あああああ、このおばはん、何にも
2017.6.13.今回、大阪に寄ってついでに真田丸跡へ行って来ましたと、言っても遺構が何か残っているわけではないですけどね真田丸とは1614年(慶長19年)大阪冬の陣と呼ばれる大阪城にて徳川勢と豊臣勢の戦いで、真田信繁(幸村)が大阪城の南側惣構えの堀の外に築いた出城の事です『近年、やっと真田丸跡について全容が分かってきました以前は、場所も形もハッキリしてませんでした。形も丸馬出みたいな半円形だとかいろいろ憶測がありましたが!最近、場所も分かり縄張りも、四角形に近かっ