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傑作「塞王の楯」を書いた今村翔吾先生の「幸村を討て」が文庫版になったので、買って一気に読みました。(単行本は2022年3月)タイトルの幸村といえば、もちろん大坂の陣で大活躍した真田幸村であり、表題「幸村を討て」にも、深い意味があります。574ページもある超大作で、特に最終章は、緊張感に溢れ、見事というほかないエンディングでした。一体どうやってこんなストーリーを創り出せるのか、作家というのはつくづく凄いなと感心しました。今村先生は、真田家の歴史を研究しているうちに、
今年も文楽にゆかりの社寺のスタンプラリーに参加し五つの社寺を巡りました安倍晴明神社、四天王寺、浄國寺、生國魂神社、法性寺を参拝しました。まず、阪堺線の東天下茶屋で下り、安倍晴明神社に行きました。住宅街の中にありました。阿倍野が生誕の地と伝えられているようです。次は四天王寺へ向かいました。有名なお寺で、テレビで時々見たことはあるのですが、参ったのは初めてです広い境内でした。西洋人が目につきました。「人形遣いの碑」「浄瑠璃界先師の碑」があるようですが、見逃しました。五重塔を上るのに疲れ
大坂の陣(慶長19年:1614~慶長20年:1615)の折、大坂城へ入城した牢人・長澤七右衛門には2人の息子がいました。兄を十太夫、弟を九郎兵衛といい、親子そろって牢人大将のひとり、後藤又兵衛(基次)の配下に属していました。まだ10歳前後だったと推測される九郎兵衛は「近習」として又兵衛の側近く仕え、戦火を生き延びて晩年に回顧録を残しました。それが『長澤聞書』で、その中には戦国ファンにおなじみの武将たちの姿も描かれています。例えば豊臣秀頼は「御歳廿三世になき御ふとり也」、つまり歳は
2025年2月21日(金)本作品は、戦国時代から豊臣時代を生きた一人の武将に物語。戦国時代の翻弄されながらも腕一本に人生を賭けた生き様は正に戦国武士そのものでした。2016年2月、学研プラス発行。338ページ。作品紹介(文藝春秋のサイトより)武田の家臣であった御宿勘兵衛は、仕える武将が皆滅ぶ。曰く依田信蕃、佐々成政、北条氏政、結城秀康、最後に仕えしは豊臣秀頼!作品紹介(時代小説SHOWより)本書の主人公は、仕えた主家が次々と滅びるために「厄神」と呼ばれた武将・御宿勘兵
2023年4月1日:長野旅行2泊3日:2日目上田城(朝)ホテルでの朝食の前に、上田城をお散歩。朝の丁度7時頃ですが、人がとても少なくて落ち着いて見て回れました。01.上田城02.上田城03.上田城04.上田城05.上田城06.上田城07.上田城08.上田城09.上田城10.上田城11.上田城一通り見て回りホテルへ。朝食を済ませたら、小諸城へ移動。-----end----------
西尾宗次(にしおむねつぐ)概要?年ー1635年別名仁左衛門主君横田尹松→結城秀康→松平忠直→忠昌→光通氏族西尾氏父母西尾久右衛門(久作)兄妹不明妻不明子不明生涯いつごろかは不明だが、西尾宗次の父久右衛門は遠江の浪人西尾是尊の養子となり西尾氏を継いだとされている。1581年の高天神城の戦いでは、武田軍に属しており、落城時に横田尹松に従って落ち延びている。1593年に結城秀康の家臣となり、1601年に700石と鳥銃頭の役職を与えられた。1615年の大坂夏の陣
だいぶ涼しくなってきたなと思いながら本屋をウロウロしていたら砂原浩太朗先生の「烈風を斬れ」というタイトルの本が目に入りました。季節感ぴったりと思い、早速買って読んでみましたので感想を書きます。【ネタバレします】◆まずは、あらすじから。時代は大坂冬の陣の直前、いよいよ、いくさが始まりそうな不穏な情勢の中、太閤秀吉に謀反の疑いで自害させられた豊臣秀次に遺児がいた、という設定で物語は始まります。秀次は、秀吉の甥で、もともとは秀吉と同様に百姓であり、木下治兵衛という
どうも、めでゅーさです。ウルスをクリアしたあと急にめんどくさくなって真レジェンドを1ステージも進めてません…『「にゃんこ大戦争」めちゃくちゃ真レジェンドを進めた!!〜ところてん金鉱』どうも、めでゅーさです。最近は、だいぶアクセス数が安定してます。(結構いい数字で安定してる)『「にゃんこ大戦争」真レジェンドコツコツ進める!&旧レジェンド⭐︎…ameblo.jp昨日、新しい異次元コロシアム、その名も「等速直線運動」が登場しました。その名の通り、全キャラ(敵味方含める)の速度が一定になります。
一昨年のNHK大河ドラマ「どうする家康」では、「方広寺鐘銘事件」は、豊臣方からの、いやラスボス淀殿からの「意図的な挑発」である!と明示されていました。豊臣方は「被害者」の立場を取りに来ている、ということです。この事件が「徳川方の一方的ないいがかり」だというのは、常識的にはありません。豊臣家側が意図的にやった挑発だ、と考えるのが妥当です。「国家安康」「君臣豊楽」って、豊臣、家康、という文字が使われている時点で、偶然ってのは、有り得ないでしょう。秀頼、淀殿はじめ、豊臣の偉い人たちは、まさか事