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何年ぶりだろう?2016『真田丸』の後だったから、8年ぶりになる。その時は紅葉の上田城だったなぁ…この夏休み、やっぱり“真田”が好きで、ふらっと上田を散策に行ってきた。2025.8.29この青空、暑かったなぁ真夏の上田、今回は炎天下の上田城でした。今、周辺は発掘調査、復元中のようでした。以前の真田丸ドラマ館があった辺りが工事中でした。ほぼ一人占めです。真田三代しかいない真田石城内にある真田神社この夏限定の御朱印と、クルマに貼る交通安全ステッカーが欲しかった。熱中予防の
どうも、めでゅーさです。3日連続にゃんこ大戦争の記事です…最近、にゃんこ大戦争界隈でよく「同一編成」というものを聞くので、僕もやりたいなー、って思って、旧レジェンド⭐︎1同一編成を作る事にしました。昨日進化させた、チュンチュンの研究力アップ小コンボを使いたいなー、って思って、こうなりました。ただ、⭐︎1だったらゴムネコ要らなくね!?って思いました。太古の力や浮きステージ用に、法師を入れたり色々入れ替えました。ただ、聖人ブラクラの遺骨が勝てない事が判明し、(前田で行けると思ったら無
一昨年のNHK大河ドラマ「どうする家康」では、「方広寺鐘銘事件」は、豊臣方からの、いやラスボス淀殿からの「意図的な挑発」である!と明示されていました。豊臣方は「被害者」の立場を取りに来ている、ということです。この事件が「徳川方の一方的ないいがかり」だというのは、常識的にはありません。豊臣家側が意図的にやった挑発だ、と考えるのが妥当です。「国家安康」「君臣豊楽」って、豊臣、家康、という文字が使われている時点で、偶然ってのは、有り得ないでしょう。秀頼、淀殿はじめ、豊臣の偉い人たちは、まさか事
中公文庫■幸村を討て■今村翔吾(1984-)■2022年■歴史ミステリー概要徳川家康が最も恐れた男、真田幸村の謎に迫る!「歴史ミステリとして、そして本格ミステリとして、実に優れた一作」――大矢博子(解説より)徳川・豊臣両家や諸将の思惑が交錯する大坂の陣。亡き昌幸とその次男幸村――何年にもわたる真田父子の企みを読めず、翻弄される東西両軍。徳川家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、毛利勝永、ついには昌幸の長男信之までもが、口々に叫ぶ。「幸村を討て!」と……。戦国最後の戦い
6月30日(月)〜7月1日(火)は長野県上田市へ出張でした。既にブログには書きましたが詳細版になります。仕事の終わった夕方から上田市内を歩きました。上田駅壁面には真田の家紋の六文銭午前中に名古屋から上田に移動して午後から上田で仕事。駅前にある水車のオブジェかつての上田は製糸・紡績業で栄え、その動力源として水車が使われていました。信州上田祇園祭真田昌幸が上田城を築城したことを祝って始められたお祭りが起源。
こんばんは。歴史アロマ香水®を作っています桃龍風林佳保利です。このブログを読んでいただきありがとうございます🙇今日は、スピリチュアルな事も書きますので、苦手な方はスルーしてください。私自身、講習会やコミュニティなどで人に会うことが多くなりました。人混みが苦手な事もあり、酸欠になったり、しんどくなることもあります。私の場合、精油を扱っているとどうしても見えないものまでも見てしまいます。地方で講習会をした時に黒いものが巻き付いて生気を吸っていたのが見えたり、人混みに行くと元氣がなくな