ブログ記事612件
🛀🛀💏🛀🛀🛀🛀🛀🛀🛀🛀💏①場末風俗店ほど屋号が楽しいのは何故?大宮駅の東口を出て線路に沿った繁華街を北方向にすすむこの線路沿いの道の東側を旧中山道も通っていて、そのあいだの区間は賑やかな繁華街として大宮の中心街となっている線路沿いの道の両側には商業ビルが隙間なく並び歩行者が、ひっきりなしに行き交っていたところが、その賑やかな道をしばらくゆくと「さいたま春日部線」という広い通りが横切っており、その道路は歩行者の利便性のた
🏠🏠🌉🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🌉②町を衰退させる再開発に蝕まれる商店街地下鉄丸ノ内線の東高円寺駅から地上に出ると目の前を青梅街道が横切っている。その青梅街道から中野方面に続く細い路地が東高円寺のメイン商店街「ニコニコロード」だ商店街の入り口は、とてもメインストリートとは思えない細い隙間だが、飲食店が並ぶ賑やかな通りで、僕が十年ぐらい通っている濃厚ベジポタ系つけ麺の元祖「麺屋えん寺」は、その商店街にある商店街の通りは桃園川が造り出し
🏢🏢🍛🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🍛final大宮すずらん通りと一番街を散策してみる前回までの連載で大宮に残っている古い建物は、だいたい紹介したと思うので最終回は古民家ではなく、今まであまり紹介したことがない駅前にあるふたつのアーケード商店街を見てゆく前回の記事はソープ街の北銀座と対をなす飲み屋街の南銀座を紹介したが、南銀座を抜けると大宮駅前の広場に到着する埼玉県では最大の駅なのに、駅前にいきなり駐車場があるのは、コンビニにゆくの
🏠🏠🍘🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍘final消えた茜堂と改装された草団子の老舗西新井駅から関原通りを経て本木新道を通って、ついに西新井大師駅まで到達したこれで今回の散策はフィニッシュを迎えるわけなのだが、西新井大師駅から大師に向かう商店街にも見るべき物件があるため、それらの物件の無事を確認して終わりとしたい前回の記事では「大長商店」の無事を確認したが、そのすぐ先、大師の楼門の正面の通りにある建物を見にゆくが果たして残っているだろうか
🏠🏠🐝🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🐝②廃商店街の廃墟の商家からキイロスズメバチ久しぶりの埼玉県の宿場町シリーズだが比較的東京から行きやすい埼玉県の宿場町は、ほぼ網羅してしまっているため、あとは秩父方面と群馬県に隣接する地域を残すのみになってしまった同じ埼玉県民でも所沢や川越に住む者のほとんどは、行田とか熊谷とか今回の羽生には縁がないのが普通だが、それが神奈川県民の僕は尚更そうで、ブログの取材以外にはこの地域は過去に熊谷を2回訪れたことがあるぐらい
🏠🏠🍒🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍒final北越谷駅西口のT字型廃墟路地の来歴を探る前回の記事では北越谷駅の西口を出て徒歩2分程度の近場にある有名な飲み屋街の廃墟のアウトラインを紹介したので、今回は内部に侵入して、もう少し深掘りしてみたい言葉で説明するよりGoogleアースで飲み屋街を上から見た構図を見れば一目瞭然だ航空写真の右側に行けば北越谷の駅前ロータリーに出る。この物件のある道は越谷駅から道なりなのだが、画
🏠🏠🛀🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🛀⑤大宮桜木町交差点のバラック長屋と銭湯大宮駅の西口を降りてソニックシティ大ホールの横を抜けて次の信号をわたったところに、大宮駅の西口周辺で唯一残った古民家密集地帯があったしかし大規模区画整理の影響は、残されたこのサンクチュアリにも容赦なく迫っており、目当ての建物は残っていたけれど周囲は更地化が激しく進行していたその一角から国道17号線方面に向かうと国道の直前に……
🏢🏢🚬🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🚬⑩ダルマの大長商店と転業してしまった和田商店まあ、僕以外には、別にどうでもいい話なのだが一応、記しておこう10年以上もブログを続けてきたが、当初はアクセス数が400/dayもゆけば御の字だと思っていたところが、こんなニッチなブログにも需要があったのか、いつしか平均アクセス数1457/day。カテゴリランキングはいつも10位前後になった。ちなみに、これまでの最高アクセス数は4278で、これもひとえに読者
こんな本を読みました。「東京儚夢」という戦前の銅板建築だけを撮影した写真集です。著者の高野慎三氏はカメラマンでも建築家でもなく、1940年生まれの雑誌ガロの元編集者。幼少期の戦後の記憶もあるものの他の人とすり合わせるとすっきり一致することはむしろ少なく、人間の記憶なんてあてにならない、と。次々に消えていく街なかの古い建造物についても、あいまいな人間の記憶に頼るよりは写真に撮って保存するのが最も事実を伝えることになるのでは、と考え、見よう見まねでカメラを構え・・
🌇🌇🍶🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇🍶①西新井駅前から再開発地区を抜け商店街へ一時期、やたらと足立区にハマり足立区ばかり散策していた時期があったもちろん、中心となるのは北千住だ。そして川向こうの五反野や梅島あたりも好きだが、そのなかでも一番衝撃を受けたのが西新井大師駅から続く本木新道であったかつて農村地帯だったこの界隈は、関東大震災後に被災者が移住して紙漉きを行ったり皮革産業の大きな工場(スタンダード靴)が出来たことにより発展したさ
🧱🧱🍓🧱🧱🧱🧱🧱🧱🧱🧱🍓③路地裏住宅街に商店街らしき痕跡を見つける北千住駅の南側には高架線化、地下化が著しい東京近郊には今どき珍しい踏切がある踏切を通過しているのはJR常磐線、上野東京ライン、東武伊勢崎線、日比谷線、つくばエクスプレスなど多くの路線があるためやたらと幅が広く「大踏切」と呼ばれているその大踏切から荒川方面に続く広い並木道が「大踏切通り」だ大踏切通りを荒川方面に向かい、柳原商栄会
🍜🍜🍸🍜🍜🍜🍜🍜🍜🍜🍜🍸③アーケード商店街「丸美ストアー」を見る思わせぶりに終わらせた前回の記事であるが今回の記事は、その思わせぶりな物件の紹介だけで終わることをはじめに断っておくいや、その物件が素晴らしすぎて今回の記事だけでは収まらず次回にはみ出してしまうこと確実な物件だという、さらにもったいぶった前振りでハードルが上がったような気がするが心配ご無用というのも、千歳烏山を出発したあと、大して古い建物が残っていなかった
📞📞🚢📞📞📞📞📞📞📞📞🚢⑬旧中山道の消し去られた廃墟から南銀座へ前回の記事にて紹介した旧中山道沿いに残るこちらの放置されている出桁造り商家は、周囲がビルばかりのためえらく目立っているが、ごく最近までこの場所から少し浦和方面に行ったところにも……このようなウルトラインパクトの戦前物件だと思われる廃墟があり、拡幅された道路をものともせず歩道まではみ出していたしかし今回、久しぶりに撮影しようと旧
🍶🍶🐟🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🐟③町外れの古民家群と創業400年東亜酒造羽生駅を降りて、なかばゴーストタウン化した駅前通りの商店街をすすむと松原通りと交差しており、その交差点には戦前物件の出桁造り商家を看板建築状に改装した「じまんやき」が売りの食堂「冨士屋」の廃墟があった松原通りを東武線の踏切方面に曲がると、ところどころに古い建物が点在している更地だらけという通りの様子に驚く過去のストリートビューを見ると、それらの更地にはかつて立派
🍵🍵💻🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵💻⑫更地化により滅びかけた町に衝撃を受ける羽生駅を降りて、かつての中心街である羽生駅前通り商店街からキンカ堂通り商店街を抜けて、現在の中心街プラザ通りを横切って葛西用水までやって来た羽生市立羽生北小学校の横を流れる葛西用水のひとつ下流に架かる橋の両岸は、往時は河岸があったのか、戦前の古い建物が複数残っていて、そこから商店街が二筋続いていたひとつは最初から目的地に設定していた「旭町大通り」で、もうひとつは
🏠🏠🍜🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍜④路地裏に残る戦前物件と消えた古民家たち前回の記事の最後に写真を掲載したベランダが出窓に改装されてしまった建物と左側にある更地(駐車場)の隙間を入ってゆくと……まず右手の行き止まりの露地に、こんな建物が見えるおそらく現在は更地にされている隣の敷地にも、かつてはこのような木造家屋がぎっちりと建ち並んでいたのだろうタイトルバックにも採用したこちらの建物から視線を正面に向け
🏠🏠👘🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠👘②次々と取り壊されてゆく往時の商家たち前回の記事では埼玉県久喜市を代表する人物、土蔵造りの榎本善兵衛家とその向かい側に残っている分家のものと思われる出桁造り商家を紹介した2棟の立派な建物が向かい合っていることから愛宕通りは、直角に交差している提灯祭り通りと共にかつての久喜の目抜き通りであったことは明らかであるしかし造り酒屋の寒梅酒造は、跡形もなく取り壊されてマンションに建て替えられ、2棟の並びは更地だ
🍒🍒☕🍒🍒🍒🍒🍒🍒🍒🍒☕⑦定休日だったコロラドと滅ぼされた商店街入り口のガラス戸から屋号が消されてしまっていた鐘ケ淵駅前商店街に残る墨田区の至宝「小沢理容店」の先行きに一抹の不安を抱きながら、駅前方面にすすむこの先、駅前まではとくに古い建物はないが商店街の雰囲気は、僕の首都圏の商店街お気に入りベスト10のなかに常に入っているほど気に入っている角地にあったモルタル外壁の戦後型看板建築の角の部分には、やけ
🏡🏡🍜🏡🏡🏡🏡🏡🏡🏡🏡🍜final残されたバラック群と幻の駅前ロータリー白楽駅を降りて旧綱島街道を歩き妙蓮寺駅を過ぎて菊名池のすぐ先にある廃業した出桁造り商家の無事を確認した僕の皮算用ではその並びに平屋建て看板建築の酒屋があるはずだったが、残念ながら酒屋のあった場所は虚しい更地にされてしまっていたこれで旧綱島街道の散策で見るべき物件はすべて見終えたかというとそうではない解体されてしまった酒屋の先、ゴールに設定した菊名
🏠🏠🚧🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🚧⑤波板の路地裏からジョイフル三ノ輪商店街三ノ輪の主要な商店街といえばやはりアーケード商店街の「ジョイフル三ノ輪」ということになるが、訪れたのが遅い時間帯だったためほとんどの店舗は営業を終えていたそこでそちらは後回しにして、平行するように通る路地裏を散策し目当ての傾いたバラック廃墟の無事を確認したので、そのすぐ先にある十字路を左に曲がりアーケードに戻ることにしたバラック廃墟の
🌇🌇🐰🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇🐰①繁華街を抜けて昭和が香るエリアへ向かう年末年始は毎年恒例になっている《年間ベストショット》が入るため、取材した素材はあるのに、更新が延び延びになっていた在庫シリーズを開始する前回のシリーズは埼玉県の旧日光街道の宿場町である越谷を取材したが、この記事は越谷を訪れる前の週に取材したもので「またかよ」と、思われる方もいると思うが、訪れたのは埼玉県の中心地、大宮である大宮は中山道の浦和の次の宿場町で実質的に
🏢🏢🍜🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🍜ついに完全に封鎖されてしまった「北沢ビル」を振り返る以前の記事でお伝えしたように、ある意味、下北沢のランドマークと言っても過言ではないRC構造三階建ての昭和なビル「北沢ビル」の解体がはじまろうとしているこのビルに関しては、1階の角地に入居していた「ナンステーション」というインドカレー屋に数回入ったり、2階に入居していた古着屋が顔見知りな程度で、ほとんど縁はないのだが、風景としては下北沢にはなくてはならない強烈な
🏠🏠🐱🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🐱⑥地上から永遠に消え失せたライオン看板関原通りの商店街はちょっとばかり特殊なシチュエーションにあるというのも駅前商店街として成り立ったのならば、西新井駅を降りてすぐはじまらなければいけないのに、駅から10分ほど歩いた場所あたりからはじまっているのだしかも駅の近くではなく、けっこう歩いた先の十字路あたりに中心地がある。さらにメインストリートではなく交差している横道のほうが賑わうという不可解さである
🏠🏠💐🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠💐⑥キンカ堂跡地の前に3軒目の花屋があった羽生駅前通り商店街から「キンカ堂通り」に入ると、駅付近のゴーストタウンじみた雰囲気からいかにも商店街といった感じの風景に変わったしかし、またしても定休日を引いてしまったのか、あるいはこちらの商店街も衰退しているのか、営業している店舗は少なく寂れた気配が濃厚に漂っていた前回の記事で取り上げた現役で営業しているカラオケスナック「メルヘン」の少し先にすすむと……