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🌇🌇🚃🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇🚃③国道6号線からスカイツリーを見る今回の散策は、タイトルに浅草とはついているが世間一般的に連想する浅草寺と雷門や吉原、山谷といった有名なスポットには一切立ち寄らないというのも散策はあくまでも“ついで”のもので、主たる目的は昭和レトロビルに入居した古着屋を見ることだからである浅草には営団地下鉄銀座線で向かい改札口を出ると直結している「浅草地下商店街」という、昭和30年に開業した日本で最古の地下街を見物し
🏢🏢🚃🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🚃②1931年の昭和モダニズム松屋浅草当ブログでは久しぶりの浅草散策は、浅草といって思い浮かべる浅草寺や吉原、山谷などの有名なスポットではなく、目的の古着屋のある(おそらくこんな場所を散策する物好きはほぼ皆無だと思われる)猿若町界隈をウロウロする予定だ……が、浅草には営団地下鉄銀座線で向かったので、銀座線の改札口と直結している「浅草地下商店街」から散策をはじめた「浅草地下商店街」は2011年に日本最古の
2026年5月千葉県銚子市JR銚子駅北口エリアを探索大八木医院左上にもうっすらHITACHI米穀ときたら燃料かと思ったら飼料でしたスナックForYouひまわり手芸教室あぶら屋化粧品店同じシンボルロード沿いだから系列だろうなシンボルロード銚子駅前交差点付近看板は一部ひっくり返ってます食事処喜多川(閉業)塩害?理容室みたいな屋号茨城に信太古渡という超難読地名があるけれどここは何て読むんだろうローマ字表記無しの旧式青看板1日目終了2日目お食事処はなか島津船舶電
🚇🚇🍸🚇🚇🚇🚇🚇🚇🚇🚇🍸①銀座線を降りると浅草地下商店街今回から中編程度の長さで浅草のプチ散策を連載するといっても、浅草は当ブログではすでに何度も取り上げており、今さら感がないこともないが、じつはソープ街で有名な元は遊廓の吉原やドヤ街として知られた山谷といったエリアは取り上げてこなかったそれには確固たる理由がある。というのも僕のブログと似た方向性のブログでは、こういった元遊廓やスラム的なネタは、さんざん取り上げられているため
路上観察学という研究分野があるみたいで、そこで使われている用語として「看板建築」というのがあるようすね。AIによると建築史家・藤森照信が路上観察の視点から見出し、建築史の対象へと引き上げた昭和初期からの商店建築を指しいて、看板建築は、路上観察学会が「ふつうは見過ごされる街のもの」を面白がって観察する姿勢を象徴する代表例として扱ってるようです。その看板剣突に該当する建物が瀬戸田にはいくつかあります。その一つが下の理髪店(床屋)です。今はもう営業はしてないけど、理容院の名前とサインポール(
こんばんは今日は妻の5回目の命日でした2021年10月12日20時14分💐そして花園さんの5回目のお誕生日この場をお借りしてお世話になった全ての皆様に妻と私より心からお礼申し上げますありがとうございました😊5年前は今日の自分を考えられませんでしたが多くの方々に支えられて楽しく前向きにそして元気に迎えることができましたとりあえず来年の7回忌法要を目指して時間を大切にして頑張りたいと思いますありがとうございました10月8日(木)今朝も肌寒い朝
🏠🏠🛀🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🛀番外昭和レトロ喫茶店の木の実にゆく今回の散策は、もうすっかりお馴染みとなり何回目かも覚えていないブロ友みぽぽんさん(以下敬称略)とのコラボ企画であったが、今シリーズはこれでファイナルであるさて、京成立石駅の周辺を散策したあとは、いわばボーナストラックとして設定した立石の隣の駅、青砥駅前付近に残る戦前物件の廃業した酒屋を撮影し、その勢いであと2棟の古民家を撮影する予定だったが……以前、みぽぽんと散
🏠🏠🚬🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🚬②新小岩駅前の廃墟・鈴木たばこ店京成立石から新小岩に移動するついでに、バス路線のルートを利用して隣駅の青砥駅前に残る戦前物件の酒屋を撮影したが、その直後、パラパラと降りだした雨はバスが奥戸街道に出る頃には土砂降りに……このパターンはみぽぽんさん(以下敬称略)と以前の記事で散策した小岩とまったく同じで、今回も「また尻切れトンボで取材が終わるのかよ」と、いささか暗澹たる気分になったが、バスが新小岩駅に到着するタイミ
☔☔🐒☔☔☔☔☔☔☔☔🐒①新小岩駅の前には何故かモンチッチブロ友みぽぽんさん(以下敬称略)と京成線の京成立石駅の散策を終えたあとは、隣駅の青砥駅から徒歩1分の場所に残る「本田屋酒店」を見たので、次のミッションであるバスに乗り新小岩まで移動することにしたついでに青砥駅の少し脇を通る亀有新道に残る戦前型の看板建築も撮影しようと思っていたら、突然、降りだした雨のため諦めてすぐにバス停に向かうことにした新小岩に移動するのは、その
🍶🍶☔🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶☔番外青砥駅から徒歩1分の本田屋酒店さて前回の記事に今回の散策には、あとふたつ裏テーマが存在している……などと思わせ振りなことを書いたが、それは紛れもない事実である。前回の記事までで立石の主要な部分は、だいたい押さえたと判断したので、暑いし次のフェーズに移るため冷房の効いた店に避難して昼食を摂ることにした一瞬、先ほどの北口の散策のさいに「立石西町商店会」を抜けて京成線の踏切を越えたところにあった手打ち
🍗🍗🐰🍗🍗🍗🍗🍗🍗🍗🍗🐰⑫立石仲見世と駅通り2つの商店街前回の記事で説明したとおり立石駅の南口には2つのアーケード商店街があるひとつはメインの商店街と呼べる道幅が広く携帯キャリアや百均、牛丼の松屋やオリジン弁当といった全国展開の店が並ぶ「立石駅通り」商店街、そしてもうひとつが前回の記事から引き続き紹介している「立石仲見世商店街」だ「立石仲見世」のなかに足を踏み入れると奥戸街道側は、廃業して放置されているのか、シャッターを閉ざ
🍶🍶👗🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶👗⑪やけに目立つ洋品店ともつ焼き行列今回の散策では大規模再開発により壊滅させられた北口の商店街と「呑んべ横丁」を偲んだあと、いったん京成線の踏切を越えて「立石西町商店会」の先に残っている房総スタイルの古民家を撮影……その後は南口に向かうが駅前付近はスルーして、奥戸街道に残る出桁造り商家の無事を(1棟は解体)たしかめたあと、スルーしていたアーケード商店街のひとつ「立石仲見世」商店街に向かった立石駅の南
🏠🏠🍘🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍘⑩路地裏の古民家と立石仲見世商店街立石駅の南側を通る奥戸街道の東詰、本奥戸橋の近くに残る古民家は、どれも無事に残っていたけれど西側にあったはずの出桁造りの蕎麦屋は解体されて、面白味の欠片もないマンションに建て替えられてしまっていた大規模な再開発により商店街が壊滅していた北口と比べたら被害は軽微とはいえ、これにはかなりのショックを受けた。というのも、その物件は奥戸街道沿いに残っている建物のなかでもユニークなデザイ
🍶🍶🍸🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍸⑨たまたま見つけた素敵な飲み屋街立石駅の南口の駅前にはふたつのアーケード商店街がある。その商店街を抜けたところを横切っているのが奥戸街道である奥戸街道に架かる本奥戸橋の手前には大正時代に創業された出桁造りの「美濃屋脇坂商店」という老舗酒を筆頭に3棟の戦前物件が残っていたところが、そち側とは反対側に残っていたはずの出桁造りの蕎麦屋は、跡形もなく消し去られてどうでもいいマンションに建て替えられてしまってい
🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🎱🏠🏠🎱⑧街道の路地裏にある富士ビリヤード京成線の立石駅に到着して、まずは米軍の爆撃で灰塵に帰した戦後の焼け跡のように消滅していた北口を見たあと南口に移動した南口には「呑んべ横丁」なき今となっては立石のランドマークとなったふたつのアーケード商店街があるが、外堀を埋めるためまずは奥戸街道に残る古い建物の無事を確認することにした中川に架かる本奥戸橋の付近にある出桁造りの2棟の老舗の酒屋の建物と、廃業したま
法華寺を訪れたあと、帰りのバスの時間まで近隣の土産物屋なんかを冷やかして時間調整。今日はもう東京に戻らなければならないのでJRの上諏訪駅へ。お昼もかなり過ぎた時間だったので、とりあえず腹ごしらえ!というコトで、朝チェックアウトするときにホテルのフロントのお姉さんに教えてもらったお蕎麦屋さんへなるほど人気店らしく、午後2時近い時間でも店内はほぼ満席だ。もう少し空いていれば、何品かそば前を頼んでゆっくりと飲もうかなと思っていたんだけど、この客の入りだと長っ尻も迷惑だなと思い短期決戦メニ
🍺🍺🐟🍺🍺🍺🍺🍺🍺🍺🍺🐟⑦本田屋本店と屋号は不明の鮮魚店古い町並みを根こそぎ破壊し尽くした立石駅北口の無残な再開発の現場を抜けて、「立石西町商店会」という消滅してしまった商店街の外れにある房総スタイルの古い商家の無事を確認した後は、駅の南口に向かった南口には「呑んべ横丁」なきあとの立石のランドマークとなるアーケード商店街があるが、僕の散策は基本的に外堀から埋めてゆくスタイルなので、そちらは後回しにして奥戸街道に向かった奥戸街
🍶🍶🍸🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍸⑥創業107年の美濃屋脇坂商店を見る立石駅の北口は大規模な再開発によって、駅前に広がっていた昭和の面影を強く残したバラックの集合体アーケード飲み屋街「呑んべ横丁」のみならず、周囲の町並みもすべて破壊し尽くされ広大な更地になっていた駅前を離れ「立石西町商店会」という終わった商店街を抜けて京成線の踏切を越えた先に残っていた房総スタイルの戦前物件の商家と、その裏手にある「雪風ガレージ」の看板が印象的な武州スタイルの古民家
2026年9月神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央5丁目生麦の旧道電柱巻付広告店名がビストロ旧道リカーハウスかどや(閉業)国道15号を渡り旧道の続きへ外壁穴空いてる国道駅『国道駅』2026年6月神奈川県横浜市鶴見区生麦5丁目国道15号(第一京浜)JR鶴見線国道駅右上に塞がれたトンネルのようなものが見えますその下には、第二次世界大戦時に…ameblo.jp鶴見中央から生麦へ入りました国道駅以南の旧道は通称生麦魚河岸通りここから約250mにわたり魚関連の店舗が並びます(閉業含む
🏠🏠🚲🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🚲⑤跡形もなく消し去られた百年の歴史京成線立石駅の北口駅前の大規模な再開発によって葛飾区でも指折りの昭和的な雰囲気を残した町並みは、跡形もなく消し去られてしまったそこに刻まれた人びとの生活の記憶の連鎖は断ち切られ、この先、百年も先まで残るような普遍的なものではなく半世紀もすればまた取り壊して造り直すという、大量消費の典型的な資源の無駄遣いに切り替えられたわけだ消費によって新たな経済効果を生むようなこんな
この秋は私の中でドングリブームなのですが、基本的な事すら知らないので本を買うことにしました。今どき何でもネットで検索出来ます。でも繰り返し見比べたり、また最初に戻り確かめたりするには、やはり本があった方がいいかな。ということで書店が多い神保町へ行くことにしました。とはいえ神保町の古書店で、こういう本を見つけるのは難しいでしょう。この春、自然科学専門の古書店へ行き、小石川植物園について書かれた本があるか?聞いたら国の研究機関が発行する月報を絞り出してくれました。なるほど…そっち方向
🏠🏠🚬🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🚬④無事残っていた房総スタイル古民家初回から前回までの3回の記事のほとんどを、くっそバカばかしい再開発により失われてしまった、かつての素晴らしい町並みの追憶に費やしたが、今回からは過去の、ではなく現在の立石の町を追及してゆく現在、立石駅の北口は再開発の真っ最中で、闇市の面影を残した「呑んべ横丁」のみならず駅前にあった昭和レトロな雰囲気の商店街の大部分が取り壊されて、広大な更地にされてしまっていたそんな再
黒漆喰の重厚な店蔵が軒を連ねる蔵造りの町並み。その中で、ちらほら見かける看板建築は大正末期から昭和初期にかけて流行した洋風建築です。こちらは、一番街洋風長屋。蔵造りの町並み(一番街)にある四軒長屋です。昭和7年、棟梁の斉藤玉吉によって建てられました。コバトン発見♡埼玉の県鳥シラコバトをモチーフにした埼玉のマスコットです。何の特徴もなく、色も薄く、第一印象には残りませんがじわじわ存在感が増してくるタイプのゆるキャラです。時の鐘へとやって来ました。1日4回、鐘
🏠🏠🍜🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍜③街灯が消滅した立石西町商店会京成線の立石駅の北口を降りたら目の前にあった「呑んべ横丁」と、その周囲の町並みは、丸ごとすべて破壊されて広大な工事現場が広がっていたこの地域の歴史を土足で踏みにじる愚挙に関しては前回の記事にさんざん書いたので、気を取り直して先にすすむ町が完全に破壊し尽くされたエリアをすぎて、わずかに残ったかつての商業エリアを抜け亀有新道方面に向かうと
📷📷🐶📷📷📷📷📷📷📷📷🐶②立石駅北口の失われた町を追想する大規模な区画整理および再開発事業によって葛飾区のランドマークである闇市の流れを汲む昭和なアーケード飲食街「呑んべ横丁」と、その周辺の町は完全に破壊し尽くされて今は広大な工事現場が広がっていたつまり立石駅の北口の核心部といってもよい飲食街は、この地上から永遠に失われてしまったのだこの界隈では小岩駅の北口でも同様の大規模な再開発が行われているが、そ
🍺🍺🍸🍺🍺🍺🍺🍺🍺🍺🍺🍸①失われた立石「呑んべ横丁」の追憶今回の訪れる町は、以前に二度散策している葛飾区の核心部と言ってもよい立石である最後に訪れたのは2018年の8月のことであったが、その頃とは大きく変わったところがある。そのときの散策の時点で立石駅の北口は大規模な区画整理と再開発が決定していて、一部ではすでに立ち退きもはじまっていたとはいえ、そのときはまだ立石でもっとも有名なスポット、闇市の面影がそのまま残るアーケー
2026年9月神奈川県横浜市鶴見区生麦キリンビール横浜工場高島線東海道生麦ガード何かの遺構?道路は国道15号右は生麦の旧道(国道15号旧道)生麦事件参考館外壁角に何かある亀かなんか貼り付いてんのかと思ったら西洋風の壁飾りでした阿くにネット検索にひっかからない新上海ときわ小路コインランドリーあさひ/朝日湯歩道橋が草まみれ生麦子供の遊び場琺瑯製の町名看板(街区表示板)大衆割烹夏井屋『リカー&フーズ相模屋』2026年9月神奈川県横浜市鶴見区生麦5丁目国道15
🏢🏢🚧🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🚧final跡形もなく消えた駅前の風景今回のシリーズでは、池袋駅の西口繁華街を抜けて国道254号線を越えた先からはじまる「池袋本町中央通り商店会」という寂れた商店街を散策してきたが、ようやく東武東上線の下板橋駅に到達した道路拡幅予定地のため、あちこちが更地にされた商店街は踏切の手前で終わっていたおそらくかつては踏切の先にも商店街は続いていたものと考えられるが、踏切の先はすでに道路拡幅予定地の建物はすべ
🌿🌿🏠🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🏠⑧下板橋駅を越えると無味乾燥な風景池袋駅の西口繁華街から続く「池袋本町中央通り商店会」は、国道254号線により駅前繁華街から分断されているロケーションゆえか、多くの店舗は建て替えられたり廃業して放置されているような感じで、寂れた雰囲気が漂っていた本町通りは蛇行しながら東武東上線の下板橋駅まで続く。東武線の駅が近付くにつれて現役で営業している店が増えてはきたが……この通りは、すでに道路拡幅工事が決定して
🌆🌆🍵🌆🌆🌆🌆🌆🌆🌆🌆🍵⑦下板橋の駅前付近のバラック池袋駅の西口の繁華街を抜けて国道254号線を越えた先からはじまっていた「池袋本町中央通り商店会」に入ると国道の付近では、現役で営業している店舗がまばらに点在しているだけで、寂れた雰囲気が漂っていたそれには、いくつかの理由がある。商店街の通りは国道によって池袋駅からは分断されてしまっているため僕の唱える「広い道路は町を分断して結果として滅ぼす」の定理による衰退次に経営者の高齢