ブログ記事633件
銅板葺き看板建築東京都港区虎ノ門3-7にほんブログ村
🏠🏠🐷🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🐷⑪商店街キラーに潰された廃墟の並ぶ町並み前回の記事の最後に掲載したカマボコ型平屋建て看板建築のすぐ先は変形十字路になっているが、その十字路の向こう側にある物件が目に入ったとたんに、僕の心拍数はまず間違いなく通常の1.25倍ぐらいに跳ね上がった……はずだ何故ならば交差点の反対側にあった物件が、それほどのインパクトを持っていたからであるなどと勿体つけてもしかたがないから、さっそく僕の視界に飛び込んで来た建物の
🏢🏢😾🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢😾⑤東京都内に唯一残った江戸時代の旗本屋敷北千住シリーズの最後を飾る今回の散策には、どうしても見ておきたかった物件が“ふたつ”あったその物件があるはずの北千住には貴重な緑地である柳原千草園方面に向かうと、偶然見つけたのが平屋建ての「サイクルショップさくらい」という看板建築だ目当ての物件は「サイクルショップさくらい」と千草園を挟んだ隣にあったが……通りに面している
🌇🌇🍶🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇🍶①西新井駅前から再開発地区を抜け商店街へ一時期、やたらと足立区にハマり足立区ばかり散策していた時期があったもちろん、中心となるのは北千住だ。そして川向こうの五反野や梅島あたりも好きだが、そのなかでも一番衝撃を受けたのが西新井大師駅から続く本木新道であったかつて農村地帯だったこの界隈は、関東大震災後に被災者が移住して紙漉きを行ったり皮革産業の大きな工場(スタンダード靴)が出来たことにより発展したさ
🏢🏢🏠🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏠⑧孤高の「インテリア・ワタ」と「金松園」前回の記事の最後のほうに掲載した廃業してしまっているタバコ屋と現役の材木屋のすぐ先を、尾竹橋通りが横切っているその尾竹橋通りに京成線の高架と平行するかたちで、日暮里方面から斜めに合流しているのが愛染川を埋め立てた跡地の藍染川通りだ藍染川は、ご存知のとおり谷根千の有名スポット「へび道」の上流部分であるが、その通りと尾竹橋通りの合流している三角地帯に、わざわざ遠回り
🏠🏠🐰🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🐰②傾いた路地裏の古民家と消えてゆく風情千歳烏山駅から商店街を北に歩くと3分もしないうちに旧甲州街道に出るそのコースは旧甲州街道を越えてすぐの場所にあるリサイクル古着屋にゆくため何度か通っていたのに、角地にある低層ビルの陰に隠れるように残っていた出桁造り(元)商家を見逃していたことに初めて気付いた旧道を隣駅の芦花公園駅に向かって歩くと今度は左手に、まるで戦前の銀行建築のようなスクエアな形状の(たぶん)看
🏠🏠🍜🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍜final寂れてしまった鐘ケ淵通りといろは通り鐘ケ淵駅から真っ直ぐ伸びる「鐘ケ淵通り」は、拡幅工事のため戦前物件を含むほとんどの建物が取り壊されてしまい商店街としては、すでに死に絶えたような様相を呈していた通りが国道4号線と交差する直前を、かつての玉ノ井駅、現在の東向島駅から続く「いろは通り」という商店街が横切っている「いろは通り」は鐘ケ淵通りを横切ったあとも国道4号線にぶつ
👯👯🐘👯👯👯👯👯👯👯👯🐘②西荻南口仲通り会のあと淑女館を見る吉祥寺の老舗喫茶店「くぐつ草」で濃厚で美味しいコーヒーを飲んで休憩したが、まだ夕方というには早い時間帯なので、もう少し時間を潰さねばならないなつみかんさんと僕が時間を潰すとなると、やはり古民家の見物ということになる一瞬、次女ちゃんが遊びに行っているスカイツリーの近くにある東京の下町を代表する墨田区の「キラキラたちばな商店街」を案内しようかと思ったが……タイムスケジ
薬が効いてきたのか、少しずつ意欲が湧いているような(笑)。新大塚という駅で初めて降りた。4車線の両脇に歩道が整備されているが、その歩道に沿って看板建築の名残や蔵などが並ぶ、ちょっと不思議な光景。その表通りからほんの一歩、裏道に入る。鈴木信太郎。辰野隆の後任の2代目東大仏文科教授だ。3代目の渡辺一夫などと共に、日本のフランス文学研究の泰斗の一人。座敷棟。書斎棟。戦前の鉄筋コンクリート。信太郎の長男は建築関係だったのか。先輩辰野は、東京駅の設計者辰野金吾の息子だった。玄関。なんと入
🏠🏠🍭🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍭⑥浅井商店と趣味の御履物平野屋本店を見る上野駅の入谷口を降りてから、さんざん遠回りしたが、ようやく小島二丁目を経て核心部である小島一丁目に到着した前回の記事の最後に掲載した三階建て看板建築のある角を曲がれば、すぐに「鳥越おかず横丁」だが、この裏手の路地にも素敵な看板建築や出桁造りの古い建物が残っているので、おかず横丁の前にそれらの物件の無事を確認しにゆくことにした先ほどまでの小島二丁目や東上野四丁目あ
🏠🏠🚧🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🚧⑳空襲は免れたのに地上げで破壊される町並み今回の散策は親しくしている古着屋が仲間たちと東上野四丁目の古い工場をリノベーションしたギャラリースペースで、ポップアップをした会場を訪れるついでに気楽にはじめたところが日本で二番目に古い「佐竹商店街」というアーケード商店街から古民家密集地帯に入ったとたんに、町のほとんど1区画を丸々破壊した更地に出くわして衝撃を受けた佐竹商店街は秋田藩佐竹家の屋敷があったことか
🍶🍶💃🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶💃⑲廃墟のコスプレと撮影し損ねた酒屋の建物「八木橋百貨店」を撮影したあとは、その先からはじまる中山道の旧道を歩こうと予定していたのに、百貨店の裏手にあった精米店をきっかに、路地裏の迷宮に迷いこんでしまったそれまで歩いてきた熊谷の町は、ところどころに戦前物件こそ残ってはいたが、ポツリポツリと単体で存在しているだけで、しかも近年になって解体→建て替えならばまだマシなほうで、解体→更地というパターンが目についた
🏠🏠🍘🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍘final消えた茜堂と改装された草団子の老舗西新井駅から関原通りを経て本木新道を通って、ついに西新井大師駅まで到達したこれで今回の散策はフィニッシュを迎えるわけなのだが、西新井大師駅から大師に向かう商店街にも見るべき物件があるため、それらの物件の無事を確認して終わりとしたい前回の記事では「大長商店」の無事を確認したが、そのすぐ先、大師の楼門の正面の通りにある建物を見にゆくが果たして残っているだろうか
🍜🍜🍸🍜🍜🍜🍜🍜🍜🍜🍜🍸③アーケード商店街「丸美ストアー」を見る思わせぶりに終わらせた前回の記事であるが今回の記事は、その思わせぶりな物件の紹介だけで終わることをはじめに断っておくいや、その物件が素晴らしすぎて今回の記事だけでは収まらず次回にはみ出してしまうこと確実な物件だという、さらにもったいぶった前振りでハードルが上がったような気がするが心配ご無用というのも、千歳烏山を出発したあと、大して古い建物が残っていなかった
🏡🏡🍸🏡🏡🏡🏡🏡🏡🏡🏡🍸①学園東通りを抜けて大踏切通りに出る長々と50回以上も続けてきた北千住とその周辺を散策するシリーズも今回で一応の完結であるこのブログのテーマは、ひとつの地域を徹底的に深掘りして散策することで、川越などはシリーズのために十回以上通い撮影枚数はおそらく3000枚は突破しているはずだ北千住も過去に何度も取り上げているので、それに匹敵するぐらい通っているし、別にブログの取材ではないときもちょくちょく訪れている
🏢🏢🏠🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏠④真ん中の建物が消えた三軒長屋の看板建それにしても、今年は異常気象極まれりで、10月末までTシャツ短パンの人びとが普通に町を歩いていたかと思いきや、いきなり真冬の到来で、衣替えが追い付かない始末……いったいこの地球はどうなっているんだファッキンという前置きはとかく……清洲橋通りから都道に曲がり目当てであった3棟の出桁造り商家が固まって残る旧小島小学校の跡地前から「鳥越おかず横丁」方面に向かった
茨城県土浦市を訪れた続きです水戸街道が横切る信号交差点に設置されている(C001)のマンホールカードの蓋ちなみに、機動警察パトレイバーデザインの蓋は現在18種類、設置されているそうでそのうち、マンホールカードに採択されたのは、6種類で、今後も増えるかもしれませんね南東方向に歩いていきましょう道路の右側に移り土浦ニューウエイの下をくぐっていきますさらに南東方向にまっすぐです左側に見えてきた建物は武蔵屋という鮮魚店で昭和初期頃
🏠🏠💐🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠💐⑥キンカ堂跡地の前に3軒目の花屋があった羽生駅前通り商店街から「キンカ堂通り」に入ると、駅付近のゴーストタウンじみた雰囲気からいかにも商店街といった感じの風景に変わったしかし、またしても定休日を引いてしまったのか、あるいはこちらの商店街も衰退しているのか、営業している店舗は少なく寂れた気配が濃厚に漂っていた前回の記事で取り上げた現役で営業しているカラオケスナック「メルヘン」の少し先にすすむと……
🏠🏠🍚🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍚⑩廃業してしまった食品のうるしばら、望月米店清洲橋通りから「鳥越おかず横丁」に入ってすぐのあたりは、廃業した店舗や移転してしまった店舗、かつての店舗の部分が空っぽにされてしまった銅板葺き看板建築など、いわゆる「廃」な物件が目についたしかし商店街も、なかほどになると現役で営業している店や、新たに開店した店舗など商店街に復活の兆しが見えたとはいえ、やはり衰退傾向から上向きに転じたかというと微妙なところで、
前回の続きです聖徳寺坂を400Mほどダラダラ坂道を上り、上町(うわまち)地区へ今も昔の看板建築が残る、とても貴重な街並みでお散歩するのに、私的に好きな商店街『看板建築商店街と素敵なカフェ発見♪』旧横須賀鎮守府司令長官官舎に行った後、『旧横須賀鎮守府司令長官官舎散策とおでん♪』以前、ちょこっとだけ記載しましたが『めんどくさがり屋独女グルメの成…ameblo.jpただ坂の上なので、行こうって気持ちに持っていくのが大変ですが「19番目の
🏢🏢🚀🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🚀⑦下町的な飲み屋街と金ピカロケットビルの衝撃大宮駅の西口を降りてペデストリアンデッキを抜けソニックシティ大ホールを左手に見ながら、かつては店舗が連なっていたであろう国道17号線とさいたま春日部線の交差点付近に残る古民家を撮影した交差点の周囲には出桁造り商家やバラック長屋の飲み屋「よってけ²」などが残っていたが、多くの建物は取り壊されてすでに存在していなかった交差点の周辺はだいたい見終えたから、以前の記
👞👞🍞👞👞👞👞👞👞👞👞🍞②住宅街に上書きされつつある町屋二丁目前回はシリーズ初回から鎮魂歌を捧げるような内容になってしまった地域の人びとのプラスになるとは思えない、土建屋的な発想の再開発や区画整理があちこちで行われている現状では、東京のどこを散策しても町が破壊される光景と対峙することになってしまう町屋も駅の南口側は、大規模再開発が行われて駅前には目障りなタワーマンションが聳えてしまい、レトロな雰囲気の都電荒川線と凄まじいギャ
🍜🍜😽🍜🍜🍜🍜🍜🍜🍜🍜😽①初回は何故か家系ラーメンの話からはじまる今回のシリーズも前回に続いて東京のネタである。訪れた場所はJRと東急大井町線、りんかい線が乗り入れる品川区にある大井町駅だ大井町はさすがに都心部の駅なので駅周辺に「atre」「阪急百貨店」などの大きなショッピングビルや、いくつもの商店街があり大変に栄えている町であるが、そういった場所ではなく“往時は栄えていたけれど今は寂れてしまった場所”を散策するその場
🏭🏭🏬🏭🏭🏭🏭🏭🏭🏭🏭🏬⑦廃墟の梅月堂とジャングル化した近藤水産前のシリーズで見落としていた、いや、気付かなかった解体されてしまったバラック群の跡地を撮影したあとは熊谷散策でも指折りの衝撃的な風景だった「梅月堂」の廃墟を見にゆくことにしたといっても、更地からわずか20メートルほどの距離しかないが……Googleマップには記載されているが、どう見ても営業しているように見えない「味処きよかわ」の入り口
🏠🏠🍷🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍷⑧金美館通りのランドマーク水上酒本店を見る連載7回目にしてようやく目的地である「金美館通り」に到着した通りの名称に「金美館」とあるのは、かつてこの通り沿いに金美館という映画館があったことに由来している。金美館は入谷だけではなく都内各地や川崎などにも支店があったが1990年代に日暮里金美館を最後に消滅したようだちなみに、日暮里金美館の跡地は「シネマの後で」というスナックになっている
🏢🏢🍘🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🍘final変わり果てた風景に辟易して北千住で鰻丼前回このあたりを散策したのは2019年6月のことであったその頃は、根岸柳通りや清洲橋通り、その路地裏にもかなりの数の古民家が残っていて「ああ、このあたりも戦災を逃れたのだな……」と、感慨無量の想いを抱いたところが非道な米軍の無差別爆撃を逃れ焼け残った町並みも、高額な相続税や割に合わない職業に見切りを付けて代替わりしたけど引き継がない子孫、そこにつけこむ
🏠🏠🚬🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🚬⑥下谷神社の表参道の出桁造り商家と廃ビル前回の記事の最後に掲載した出桁造りの長屋は、下谷神社の表参道にあるが、参道はだだっ広い都道に分断されてしまったため、門前町の商店街としては壊滅したと言ってよいだろうもし都道にぶった切られていなかったら、今も賑やかな門前商店街だったかもしれず、こういった愚劣な例は都内においては枚挙に暇がないこちらがその出桁造りの長屋だが、こういった四軒長屋
🏢🏢🏠🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏠全またしても定休日攻撃で汁なし麺を食す先月、大宮駅の周辺でまだ撮影していなかったソニックシティ側の古民家を紹介したことにより、大宮駅の周辺にある古民家はほぼ網羅したーーと、偉そうに書いたが、それは「ほぼ」であって「完全に」ではないじつは高島屋の裏手とか高島屋の先の路地裏とか、まだ若干、取り上げそこねている場所がある(一応、ずいぶん前に記事にしてはいるが)今回はそんな取材から漏れている場所のうちのひ
🚲🚲📷🚲🚲🚲🚲🚲🚲🚲🚲📷④歴史の狭間に埋もれゆく路地裏の商店街このブログの写真は、レンズのコーティングが剥がれてお蔵入りにしていた2009年製造のRICOHのGRdigitalⅢを使い撮影したものを使用していたコーティングが剥がれてしまったおかげで、逆光に弱くコントラストの低い絵しか撮れなくなったからお蔵入りさせていたのだが、その弱点がむしろフィルムカメラのような味になってよかったからだところが、少し前に鎌倉の取材のとき
🏢🏢🍜🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🍜ついに完全に封鎖されてしまった「北沢ビル」を振り返る以前の記事でお伝えしたように、ある意味、下北沢のランドマークと言っても過言ではないRC構造三階建ての昭和なビル「北沢ビル」の解体がはじまろうとしているこのビルに関しては、1階の角地に入居していた「ナンステーション」というインドカレー屋に数回入ったり、2階に入居していた古着屋が顔見知りな程度で、ほとんど縁はないのだが、風景としては下北沢にはなくてはならない強烈な