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盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>盛岡市の官庁街と盛岡城址を背にした桜山神社に囲まれた一角。暮らす人は「桜山」と言えば通じる。市の中心部に昭和の雰囲気が色濃く漂う。その日は薄暗く、小雨の午後3時過ぎ。また今日の雨が昭和の輪郭をいい感じに浮かび上がらせる。さて、今日は久し振りの方とパァクで会う。パァクは、その方が入ったことがないと言っていた。きっと驚くことだろう。昭和から長い歴史を刻む。年に数回は訪れる。
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます、音量に注意してください。>盛岡の象徴と言ってもいい中津川。街の真ん中を流れ、東側に盛岡らしい街並みが広がる。訪れる観光客も多い紺屋町。一昨年、盛岡ゆかりのデザイナーの皆川明氏が、紺屋町に「ミナペルホネンモリオカ」を開いた。見ているだけで幸せになる皆川ブランドが並ぶ。その後、昨年の4月にカフェも開店し、中津川に抜けるアプローチも出来た。川に寄り添う様なカフェ「kootajoki(コータヨキ)」。ギャラリー「koot
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>盛岡で好きな場所の一つの通称桜山界隈。岩手県庁などの官庁街と盛岡城址を背にした桜山神社に挟まれた一角。盛岡の人は「桜山」と呼ぶ。県庁の方から桜山神社に向かうメインの路地。建物が鳥居に触れそうだ。盛岡を訪れた人をここに案内すると、昭和を感じると言う。この一角に百軒余りの店が鮨詰めに並ぶ。盛岡の三大麺のじゃじゃ麵の元祖、町中華の老舗などのほか、新しい店も。新旧が入り混じっても不
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>今年もあと数日を残すだけ。夕方になって風と雪。「いよいよ、冬らしくなってきた」と助手席の人。暗くなって気温が下がり、アスファルトに溶けた雪が薄く凍る。まだ滑らないが、ヘッドライトに映る黒い道。ハンドルを両手で握る。雫石の温泉に行こうと思ったが、天気予報どおり、きっと吹雪に違いない。近郊まで行って戻って来た。すると、夕飯の誘いのメール。「パスタを食べに行こう!」すぐに迎えに行った。自家製
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>「今夜、ジンギスカンは、どう?」ちょっと仕事の整理があるのに、「いいよ、何時?」と返してしまう心の弱さ。待合わせの時間まで仕事。でも早めに出かけた。7時前に駐車場に着いた。すると、その人も来ていた。場所は盛岡の南の矢巾町にある遠野食肉センター「矢巾店」。隣町と言っても盛岡のベットタウンで、国道4号線沿いに街並みは繋がっていて標識を見ないと境界が分からない。Love·TheH
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>盛岡市の雫石川の南には新しい街が広がる。大型ショッピングセンターやロードサイドの店が建ち並ぶ。看板は全国のどこの都市でも見かけるものが殆ど。そして、見渡す限り新しい住宅。ほかの都市と違うのは、雫石川に沿う様に岩手県立美術館や盛岡市のスポーツ施設、文化施設などのほか市立病院などが集まっている。丘もある広い中央公園も。公園の東側にビバテラスという施設がある。何棟かの建物があり、保育園、産直などのほかカフ
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>足首辺りまで積もった雪が溶けない。数日続く真冬日。白い粉雪の下は氷。まだまだ長い盛岡の冬。あの桜咲く春が遠い。この雪の壁のすぐ向こうは国道4号線。東北の大動脈を車はゆっくり走る。甲殻類の様に動く、大きな重機が雪を掻き分けて走って行った。逞しい音だ。国道を北西に渡れば高松と呼ばれる地域。道路から「盛岡食堂高松店」の看板は目立つが、どこに車を停めればいいのか、迷う。車だと、ずっと遠回りして裏
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>今や温泉は暮らしの一部。鶯宿温泉「川長」へ。昨年から熊問題もあり露天風呂は閉めているが、内湯は二つある。かけ流しの大きな風呂に入る。自分の身体の分だけお湯が音を立てて溢れ出る。四肢をゆっくり伸ばす。肩や右膝が芯から温まる。温泉ってどうしてこんなに癒されるのだろう。Toto–Rosanna温泉に入り、盛岡の街に帰る頃には腹ペコ。夕方に夕飯しながら軽く打合せ。
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>盛岡市稲荷町国道46号線沿いのぴょんぴょん舎の前を通ったら、「冷麺まつり」の旗。時間は正午に少し前。駐車場が少し空いているので車を停めた。実はぴょんぴょん舎が冷麺まつりの開催中は混むので、いつも通過していた。週末は車を誘導、整理する人も立つほどだ。稲荷町本店は、ぴょんぴょん舎の中でも一番好きな店だ。そうか、テラス席は受付で希望すればいいのだ。一度、テラス席で食べたことがある。どこかの山里
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>少しずつ腱が切れた肩の痛みも和らいできた。ある人の旅の話を聞きながら、ゆっくりランチがしたいと思った。こんな時、意外と場所が浮かばない。「盛岡食いしん爺は、色んな店を知っているだろう?」とよく言われるが、一人の時と違いシチュエーションによって迷うことばかり。自分でも迷うのに、「いい店がありますか?」と聞かれた時には答えが難しい。その人の嗜好や人数によっても違うだろう。だから、逆にこちらから色々と尋
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>「盛岡食いしん爺と行く盛岡まち歩き」盛岡市西部公民館主催。(参加者の方の了解をいただき、撮影しながら)定員は12名。第1週は、盛岡の街中を流れる中津川原と紺屋町界隈を歩いた。今日は材木町、宮沢賢治の面影も辿るまち歩き。北上川に架かる旭橋の袂からスタート。そして材木町へ。通りの長さは約430メートル。歩いてすぐ宮沢賢治の像がある。実は賢治さんは手に握っている物があったり、帽子の鍔やジャ
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>雫石の温泉に向かう途中、時々寄ってしまうパン屋さんがある。盛岡から秋田に向かう国道46号線を西へ走り前潟イオンの近く。西に向かって右に入るとすぐ。午後にゆっくり行くと、殆ど売れてしまっている小さなパン屋。みんな昼頃までには目指す。もう3時を過ぎている。半ば諦めつつ寄ってみた。SaborAMi·LisaOnoドアを開けると、小麦の香り。胸いっぱいに吸い込んでしまう。そし
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>朝晩は花冷えどころじゃなく寒い。エアコンとストーブ。太陽の下では、半袖姿の若い人も。お年寄りは、着込んで帽子とマスク。観光で盛岡を訪れた方が、寒い寒いと言いながら、身体を縮めてホテルに入って行く。着るものに悩む、寒暖の差が激しい日が続く。昼近くになってある方からメール。「たかのはしのうどんを食べに行きませんか?」「行きましょう!」と迷わず返信。行きたいと思っていたが、今年も昨年も
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>岩手県庁の前を車で通りかかり、「おや?もう咲いている」近くの駐車場に停めた。やはり今年の春は一気に百花繚乱。そして既に連日、初夏の様相。カメラを持って車から降りた。十年年近く前にある放送局の方から、「桜山」に凄い花が咲いているから見に行ってと言われた。岩手県庁などの官庁街と盛岡城址、桜山神社に挟まれた一帯を「桜山」と呼ぶ。その裏手、堀の後の池に咲いていた「なんじゃもんじゃの木」
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます、音量に注意してください。>今日も温泉通い。夕方に出かけることが多いが、時々午後2時過ぎ雫石方面の温泉へ向かう日も。まだまだ入れる時間は余裕たっぷり。夜道は昨年の11月にオープンしたatelieregn(イゴン)へ。ガレージをDIYで造り変えたカフェ。オープン後も進化を続けている。今は2階のオープンを目指しているらしい。DearOldStockholm·EddieHigginsTrio大
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>ある人とランチの後のひと休み。盛岡のアーケード街ホットライン肴町のすぐ近く、茶廊「車門」へ。東日本大震災時にも皿一枚も割れなかった堅牢な蔵。屈強な柱や梁が揺れから守った。先日、ニュースで香港の高層マンション群の火災を見た。黒煙を放つ朱色の炎は魔物そのものだった。現実とは思えない映像だった。川越など蔵の街は、大火の教訓として造られたそうだ。秋田県の角館、増田町で分厚い扉の蔵を見た時、確かに炎
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>5月中旬の盛岡市内丸の街路樹。日毎に濃くなる緑。勢いが凄くて圧倒される。子供の頃から社会人になっても5月は気が重かった。雪融けの頃は心が弾んだが、陽射しが逞しくなる頃になると、何もしたくない時期があった。世間では5月病と言っていた。今年の春は短すぎ、明日にでも夏になってしまいそうだ。四季がなくなりそうな気候は、人の心に影響を与えないのだろうか。そう言えば、昔々恋をしている時は、季節はさ
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>盛岡の肴町にmonaka(モナカ)というビルがある。1階2階は商業施設で上は業務用だ。ここは昔、今は菜園にある川徳デパートがあり、肴町は県内一番の賑わいを見せていた。確か屋上には遊園地もあった。時代の波と共に川徳デパートは移転。その後に中三デパートが入った。中三が撤退後にナナックとなり、数年前に閉店した。古くなった建物が解体され、建築が始まり2024年7月に「モナカ」として地域の期待を背負って
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>盛岡の南大通から鉈屋町の方へ歩く。花巻から来た高校時代の同級生を案内した。盛岡で長く働いていた人もいたが、毎日が追われる様な忙しいサラリーマン時代には滅多にこの辺りには来なかったと言う。確かに自分も同じ様なものだった。人知れず路地の奥にある三面地蔵。みんな驚いていた。前にこの道の拡張計画があった。しかし、ある方を中心に暮らす人々は、車がやっとすれ違う不便さを受入れて町家を
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>盛岡界隈にはそば屋の名店が数々ある。それぞれに個性があり、選ぶ楽しみがある。そば好きとしては、ことのほか嬉しい。その一つが盛岡の大沢川原、下ノ橋近くの「蕎麦喰い処やまや」。以前、本の制作で取材させてもらった。盛岡食いしん爺の本は、たいていアポイントなし。普通のお客さんとして訪れ、スタッフが好きな物を注文。なるべく迷惑をかけない様にして撮影。合間を縫って店主から話を聴く。あの時、アポなしで大将にお願
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>定例の月に一度の通院で内科へ。金曜の12時過ぎにマイナンバーカードと診察券を受付に。待合に座ろうとしてある方とバッタリ。隣に座り、その人が呼ばれるまで色々な話。一時体調を崩したそうだが、今は元気な笑顔を見せる。近頃、病院で知り合いに会うことも少なくない。診察が終わり、近くの調剤薬局で薬を受けとった。時間は1時10分。居酒屋で週に1度だけランチが出来る店に行こう。確か、ラストオーダーが1時半だ。「
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>街歩きも終了。盛岡の繁華街の路地にひっそり佇むSAIENCOFFEE(サイエンコーヒー)。ここでゆっくり。中は広く、入口から左手は和のティスト。左の奥はお洒落な雰囲気。夜はバーになるそうだ。InASentimentalMood·SonnyRollins·TheModernJazzQuartet午前11時からのまち歩きだが、真夏の様な陽射しで日陰を求めて歩いた
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>近頃、雨の日が多い。夕方になっても止まない。傘をさして宴会に向かった。今夜の集まりは20人を超える。サラリーマン時代は、よく飲んだ。何度もある歓送迎会、花見、忘年会、同期の会や仕事が一段落すると、また夜の街へ。飲めば2次会、3次会。翌日、体が重かった。近頃、若い人は歓送迎会にも出ない人もいると聞いた。色々な人が集まる宴会だが、殆どの人は知り合いだ。場所は南大通の「Diningわかんたんか」。
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>いよいよ北国の街盛岡でも今日は35度の予想。朝から暑い。と言っても私の朝は9時半過ぎ。木曜日は午後から体育館。灼熱の太陽が容赦なく体育館の屋根を直撃。バドミントンは、水銀灯を点け窓を閉め切り暗幕を引く。勿論1時間もすれば窓を開け空気を入れ替える。それでも太陽のあたる日は、サウナ状態。皆で気をつけて練習。着替えをたっぷりバッグに詰める。朝起きてから既に水をペットボトル2本近く飲んでいる。12
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>盛岡の大通。繁華街というか飲食店街の方がしっくり。昭和の頃は、暮らしに欠かせない物が揃う商店街だった。今は、飲食店が建ち並ぶ。「街は生きている」そして「暮らす人が創る」。体の細胞が入れ替わる様に時間と共に変わっていく。良し悪しは別にして、そう思っている。金曜日ともなれば、若い人が目立つ。ネクタイ族は何処に潜んでいるのだろう。シニアの姿は、あまり見かけない。そんな中、お世話になっているバドミントン
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>猛暑が去ったら、そろそろ林檎、梨などの季節。りんご園の丘のmicafe(ミカフェ)へ行ってみよう。ある人を誘うと、「行きたい!」とメールの返事。盛岡の街中から国道396号線を南に下る。地名で言うと黒川。国道から左折してすぐ右へ。すると、りんごの丘の上にカフェが見えてくる。駐車場は混んでいた。やはり、みんな同じことを考えるのだろう。りんごは大きく真っ赤に育っていた。太陽を存分に浴びた様だ。
盛岡食いしん爺日記<音楽が流れます。音量に注意してください。>熊ヶ井旅館は1966(昭和41年)年開業。この年、あのビートルズが来日した。ツイッギーも来日しミニスカートが流行り出した。そうそう中国は文化大革命が始まり大変になっていった。あれから60年の時が流れた。旅館の時代からホテルになっていく。盛岡でも旅館は殆どなくなり、知る限りでは数軒しか浮かばない。この旅館が経営する老舗のバーがある。石造りの外観のピアノバーにっか亭。十年近く前に行ったきりだがピアノを聞