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平安京遷都から江戸幕府終焉までの1100年間、日本の首都の地位を保った京都。その間に開発と創造が繰り返された地中は時代の痕跡が複雑に絡まり、京都市内の発掘調査は全国屈指の難しさといわれています。ところが京都市内ではここ数年間、マンションを中心にした大型建物の建設がハイペースで進む半面、専門調査員の数が足りず、調査の可否をみる試掘調査も半年待ち待ちの状態といいます。そんな中で京都市が打った手とは。京都市内の発掘調査に潜む課題に迫ってみました。目次絡み合う遺構熟練
天正10年(1582)、織田氏と毛利氏が中国地方の覇権をかけて争った備中高松合戦(備中高松城水攻め)は、羽柴(豊臣)秀吉が天下人へと歩みはじめる転機となったことで知られていますが、この合戦に加わった国人(在地領主)の居館跡が見つかっています。備中高松城跡の西約5kmにある総社遺跡は、国道180号バイパスの建設に先立って平成13~15(2001~2003)年に発掘調査が行なわれ、周囲に幅9.8m、深さ2.2mもある堀や土塁を巡らせた居館跡であることが明らかとなりました。部分的な調査のため全貌は明