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今日の木曜はキリスト教の祝日。L'AscensionラサンシヨンまたはJeudidel'Ascensionジュディ・ドゥ・ラサンシヨンと言い、イースター復活祭Pâquesの40日後(常に木曜日)に祝われる休日です。復活したイエス・キリストが天に昇ったことを記念する祝日です。そして、多くの人が金曜を休みにして4連休にしています。その4連休初日の今日は、午前中あられ混じりの雨が降ったりして、またまた気温の低い一日に。もう本当にいつ暖かくなるんだぁ!と叫びたくなります。さて、こな
ロバート・アシュリーといえば米国実験音楽の巨匠です。私はラヴリー・ミュージックから発表された作品で初めてアシュリーに出会いました。静かなサウンドに乗せて全編にわたってぼそぼそとくぐもった声で詩を朗読する「プライヴェート・パーツ」がその作品です。そんな音楽を想像していたものですから、初期作品集である本作品「ウルフマン」にはずいぶんと驚かされました。とりわけアルバム・タイトルになっている「ウルフマン」は凄い。フィードバック・サウンドが鳴り響く轟音ノイズ作品です。まるで想定外でした。本作品に
FuminoriTanada(Endessousdeceprofil,vouspouveztrouverlalistecomplètedesesœuvres)1961年、岡山県の音楽一家に生まれる。早熟で小学校の時分よりモーツァルトの音楽を愛し、作曲を志す。東京芸術大学作曲科にて八村義夫、アンリエット・ピュイグ=ロジェに師事。1984年から1987年までフランス政府より奨学金を受け、パリ国立高等音楽院に入学、クロード・バリフ、ポール・メファノ、セルジュ・ニッグ、
チーム百万石の2026年度公演のお知らせです。毎年10月頃に開催してきた"百万石シリーズ"ですが、今年は時期を変えて5月16日に開催いたします。気鋭のコントラバス奏者、山本昌史氏を迎えての公演、《コントラバス百万石》を開催いたします。いよいよ明日です。曲順も決定しました。どうぞご期待ください。私=松尾祐孝は、コントラバスと三味線の二重奏作品、《コントラストリングス第1番〜三絃とコントラバスの為の四章》(1999)を改訂した新ヴァージョン、《コントラストリングス第1番-b
みなさんこんにちは😃本日は「クラシック名盤ヒストリア」2300回目の更新となります。毎回100単位の回では、必ず現代音楽作品を取り上げることにしています。今回取り上げていくのは、ヤニス・クセナキスが作曲した「シナファイ」〜ピアノと86人の奏者のための〜です。クセナキスの代表的な作品であり、複雑極まりない難解な現代音楽となっています。録音は2種類しか存在していないうちの1つである大井浩明(ピアノ)、アルトゥーロ・タマヨ&ルクセンブルク・フィルハーモニーによる演奏です。「大井浩明(ピアノ)、アル
米国の現代音楽家、スティーヴ・ライヒによる「ザ・フォー・セクションズ/マレット楽器、声とオルガンのための音楽」です。1990年にノンサッチ・レーベルから発表されました。いつになくポップなデザインのジャケットです。ロイ・リキテンシュタインのようなポップ・アートです。本作品にはまず「ザ・フォー・セクションズ」が収録されています。1987年7月に初演された楽曲で、本作品にはその翌年1988年11月にイギリスのスタジオで録音されたバージョンが収録されました。発売まで少々時間はかかりましたが、新曲と
新作のオーケストラ楽曲を試演する会に参加しました。届いた楽譜を見てビックリ。微分音、重音奏法、超ハイトーンなど特殊奏法のオンパレード。こいつぁいかん、と必死でさらいました。今はインターネットを探せば、奏法に関する情報はすぐ出てくるから本当に便利。現代奏法にはグロタンのチューブが合いますね。重音をビリビリ鳴らすのは快感です。木管5人で重音をppからcresc.する、というオーケストレーションにはワクワクしました。あと、微分音を使った美しいメロディを作ってみたいな。こちらはオーボエの微分
間もなく、いずみシンフォニエッタ大阪の新章がスタートします!来週に迫った2/11の第55回定期演奏会では、藤倉音楽監督とメンバーがアイデアを出し合って組み立てたプログラムを披露します。2/11の演奏会については→こちら←をご覧ください。本日は、いずみシンフォニエッタ大阪の2026年度の新しい取り組みについてお知らせいたします!ひとつコンサートが増えます!いずみシンフォニエッタ大阪は従来通りの2回の定期演奏会に加え、もうひとつコンサートを予定しています!「藤倉大のこんな音楽、い
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドで名をはせたジョン・ケイルと現代音楽の巨人、テリー・ライリーが共演したアルバム、「チャーチ・オブ・アンスラックス」です。発表されたのは1971年ですけれども、制作は1969年のことで、ケイルの初ソロより前のことです。二人はもともと米国の有名な現代音楽家ラ・モンテ・ヤングのところで出会っています。ヤングは二人を含む5人でシアター・オブ・エターナル・ミュージックという音楽集団を結成してパフォーマンスを繰り広げていました。二人が有名になる前の出来事です。本作