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茶道の兄弟弟子さんがお茶会を催されました住む方がいなくなった旧家にはお茶室がありそこを再生する意味もあり会場が先にきまっていたようです私はお手伝いとして参加させていただきました急に寒くなったと思いましたら会場駐車場には霜霜と紅葉美しい南天の葉にも霜紅葉茶会とうたわれていましたので入り口には紅葉🍁ご亭主をされる弟弟子さんは、ここで茶会を開くために、お道具をひとつずつ集められたそうです。そして、竹細工の趣味を生かし菓子器も茶杓も結界も蓋置もお手作りでした一番大変だったのが
1月10日茶房遊菴さんにて初釜でした私は師匠宅での初釜に参加できたことがありませんでした今年は、茶房遊菴さんにて初釜♥️参加できて感激しましたお姉さまさ方がお正客やはりぴったりとお席が落ち着きます汲み出しいただいてお点心からですちゃんとしたお節料理もお雑煮も今年初でした嬉しいなーこのお膳飛来一閑作軽くて、くるみの足つき♥️お隣のUさんが、これは餅菜ですか?とおっしゃいました私はここの人じゃないからわからないんですとお答えしました
この裂地を「太子間道」といいます先日のお茶会の折そう教えていただき間道は縞模様ではないの?と思っていました調べました太子=聖徳太子間道=広東(かんとん)だった!中国広東地方で生まれた絹織物「広東綿」と呼ばれるものの原型はもともとはインドネシアのイカット織などの製法とほぼ同じ「経糸の絣」が基調こんなのやこんなの似てます!太子間道と!!仏教とともに伝わってきた織物で
仕事柄夏休みがありまして夏休みが始まりました夏といえば合宿ですよね!師匠に「花月合宿」をしたいです昼間は「花月」三昧で夜は酒盛りして・・・と妄想を話しましたら「泊まらないで、帰って」と言われましたそりゃそうですよねでも「花月大会」のお稽古の時間をいただくことができました「花月」をするには5人必要なんですがなんと6人集まり無事に開催師匠がしゃべりっぱなしで(師匠が一番大変)ご指示くださる
お茶事ではお客様のまえで炉の中に炭をつぐ「炭点前」というものがあります抹茶が日本に入ってきた最初の頃は火を客の前に持ち出すということはなかったようで別室で湯を沸かし抹茶を点ててお客様に持ち出したようですこれを「茶室」という狭い部屋で炉を切りお客の前で火を扱い湯を沸かし茶を点てることを始めたのが利休さんあたりの茶人湯を沸かすために炭を置きます空気の通り道を考えて置きますこの時飛び散っった灰などの汚れを羽で清めます
東京における茶の湯の総本山護国寺は徳川五代将軍綱吉の生母・桂昌院の発願で建立された真言宗の巨刹。大正末から昭和にかけて、近代を代表する茶人でもあった檀家総代の実業家・高橋箒庵氏がここを東京における茶道の本山とすべく、境内を整備。芝にあった松平不昧公の墓を転墓するとともに、不昧軒・円成庵・宗澄庵・月窓軒・化生庵・艸雷庵などの茶室群を新築して各界の名士が集う大師会を再開。以来、その思いは連綿と引き継がれ、今も10流派以上で構成される東京茶道会の月釜をはじめ、大規模な茶会が行われています。
「春青能」という能の会を主催してきましたこの春青能第2回の演目が「隅田川」でしたこの時紋切り型の切り絵作家角佳央梨さんに「隅田川」と題していくつかの作品を作っていただきましたその中の最大の作品を衝立に作り直し風炉先屏風のようにして使いました能「隅田川」も狂女物です息子をさらわれた母が京都から息子を探して武蔵の国までやってきますそして春の夕暮れ「隅田川」の渡し場でこの日最後の舟に乗せてくれと舟頭に頼
予定がなくなった雨の日曜日8:30からはじまる「みくりや朝市に行こうかな?」早朝、雨音が大きくて「やめようかな?」とおもいましたが出発時間が近づくと雨が小降りになりました着物を着なければ間に合う❗一応野点セットを持って出発紅葉がまだまだ美しいです来てよかった♥️山門の下に出店中のすずめいろさんへ向かいますこちらは琉球ガラスの一輪挿し一番欲しかった器はもう買い手がついていましたでも注ぎ口がついた器をお持ち帰りすることに先日の「空kuu」で