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昨日は仕事始めと言うのでしょうか。臨時の外来日を設けました。前日の夜に少し仮眠をとり、午前1時頃から起き出してデータをまとめ、学会抄録をWEB登録したのは午前5時過ぎでした。そのまま準備をして病院に向かいました。1月3日にも、不足のデータ収集に病院に行きましたので、実質は1週間程でしたが、頭の中を少しの間オフにできた事で、少し脳の疲労は取れました。抄録を登録する段になって少し躊躇いました。果たしてこのデータを世に出して良いものなのか。パンドラの箱📦を開けてしまう様な事にはならないの
50歳代女性左乳がんT2N1M0StageⅡBLuminaltype術後化学療法は望まれず。その後同側腋窩リンパ節転移再発と転移リンパ節切除術を繰り返すうちに、多発肺転移が出現。当方のセカンドオピニオン外来を受診。治療は、(その途中経過も含めて)出来る事ならご本人が望まれるゴールに向かって行う事が理想で、医師は患者さんが望まれるゴールに到達し得る確率が出来るだけ高い治療を提案すべきである事をお伝えさせていただきました。残念ながらもしその方法が思いつかないのであれば、正直に
『私が根治を目指す乳がん遠隔転移多発肺転移』50歳代女性左乳がんT2N1M0StageⅡBLuminaltypelt.Bp+Ax施行術後化学療法は行わず。その後何度か腋窩リンパ節領域の再…ameblo.jp50歳代女性左乳がんT2N1M0StageⅡBLuminaltypelt.Bp+Ax施行術後化学療法は行わず。その後何度か腋窩リンパ節領域の再燃を繰り返し、その度に切除を繰り返す。初回手術からおよ5年10か月後、多発肺転移出現。『術前後の補助療法
あるルミナルタイプ乳がんの方が来院されました。初めてお越しになられたのは、まだ40歳になられたばかりの頃でした。自転車に乗って走っていた時に、たまたま私の居た病院の当時病棟の看護師長さんだった方とバッタリ出会ったそうです。お子様同士が同級生という事で、止まって立ち話が始まりました。当たり障りのない世間話から始まり、そのうちに乳がんにかかってしまったこと、見つかった時には既に骨転移してしまっていたこと、医師にはもう治らないと言われたことをお話しされたそうです。そのことを伝えられた看護師長
50歳代女性左乳がんT2N1M0StageⅡBlt.Bp+Ax施行IDC、NG3、ER+(100%),PgR-(0%),HER2-(0),Ki6770%,n=3/8術後補助療法はAI剤(アナストロゾール)のみ。残存乳房照射(40Gy/25Fr)施行。手術からおよそ4年後、左腋窩リンパ節転移再発。左腋窩リンパ節および鎖骨下リンパ節郭清術(levelⅠ+Ⅱ+IC)施行。levelⅠ+Ⅱ3/3,Ⅲ1/1,ER+(100%),
60歳代女性、左乳がん、Luminaltype手術からおよそ20年後、術後補助療法を終えてからおよそ15年後に多発骨転移再発。内分泌療法の1次治療(アロマターゼ阻害薬)投与開始から12ヶ月後にPD(増悪)。2次治療(フルベストラント+パルボシクリブ)に変更し、1年10ヶ月後にPDも同じ治療を継続中。再発治療を開始されてから既に4年2ヶ月が経過しています。『骨転移再発乳がん治療譲れること譲れないこと』60歳代女性、左乳がん40歳代でT1N0M0StageⅠの診断Bp+Ax
60歳代女性、およそ20年前に左乳がんを発症されました。当時T1N0M0StageⅠの診断で、Bp+Ax(乳房部分切除術および腋窩リンパ節郭清術)を施行されました。ER+,PgR+,HER2-,Luminaltype術後補助療法として、EC×4→LH-RHagonist+TAM(タモキシフェン)を4.5年間受けられました。その15年後のCT検査で骨転移が疑われ、PET検査で多発骨転移再発と診断されました。骨転移巣に放射線照射が行われました。AI(アロ
50歳代女性左乳がんT2N1M0StageⅡBlt.Bp+Ax施行長径2.7cm、浸潤性乳管癌(IDC)、核異形度3(NG3)、ER+(100%),PgR-(0%),HER2-(0),Ki6770%,n=3/8術後化学療法は希望されずAI剤(アナストロゾール)のみ施行。残存乳房照射(40Gy/25Fr)施行。この方には手術からおよそ4年後、左腋窩リンパ節転移再発出現しました。それを受け、左腋窩リンパ節および鎖骨下リンパ節郭清術(levelⅠ
70歳代前半、左乳癌術後初発から23年後に患側に新たに乳がんが出現しました。『治療を提案する前にやるべきこと』70歳代前半、左乳癌術後、局所乳房内再発、骨転移再発、左内胸リンパ節転移・縦隔リンパ節転移再発の方が来院されました。50歳の頃に左乳癌の診断で、左乳房部分切除…ameblo.jp50歳頃に出現した初発乳がんはトリプルネガティブ、今回はLuminalタイプでした。もう少し上のスライス画像です。胸骨の裏、上縦隔に異常集積を認めました。縦隔リンパ節転移です。その少し尾側のスライス
60歳代女性、左乳がん40歳代でT1N0M0StageⅠの診断で、Bp+Axを施行。ER+,PgR+,HER2-,Luminaltype術後補助療法として、EC×4→LH-RHagonist+TAM(タモキシフェン)4.5年間で終了。その15年後、多発骨転移再発と診断。骨転移巣に放射線照射施行。AI(アロマターゼ阻害薬)+DENO(デノスマブ、ランマーク)12ヶ月間投与後腰椎転移がPD(増悪)。FUL(フルベストラント、フェソロデックス)+P
60歳代女性、左乳がん40歳代でT1N0M0StageⅠの診断Bp+Axを施行。ER+,PgR+,HER2-,Luminaltype術後補助療法として、EC×4→LH-RHagonist+TAM(タモキシフェン)4.5年間で終了。15年後、多発骨転移再発。骨転移巣に放射線照射施行AI(アロマターゼ阻害薬)+DENO(デノスマブ、ランマーク)12ヶ月間投与後腰椎転移がPD(増悪)。FUL(フルベストラント、フェソロデックス)+PALBO(パ
これまで、発がん性や細胞毒性で問題視されていながら、使用されてきました根管貼薬剤FC(ホルンマリンクレゾール)が、昨年発売を中止して、市場から消えました。これまで、「歯医者さんの匂い」の原因であり根管貼薬剤として、多くの医院で使用されていましたが、今後は水酸化カルシウムなどが中心となって行くものと思います。また、FCの親戚FG(ホルマリングアヤコール)も、近日中に発売が終わるかもしれません。よくも悪くも根管貼薬剤の中心的な立場にあったFCの販売中止は、一つの時代の終焉の象徴
60歳代前半、右乳がん局所再々発、左二次性炎症性乳がん(いずれもHER2タイプ)、多発肺転移、横行結腸がんの方が、根治を目指した治療を求めて来院されました。ここまで患者さんと力を合わせて、様々な難関を一つひとつクリアして来ました。振り返れば11ヶ月間の長い長い戦いを繰り広げてきました。腫瘍マーカーは全て基準値内にまで低下し、その状態を維持しています。血清HER2蛋白のみが上昇して来ました。臨床上残っているのは、左の進行乳がん(二次性炎症性乳がん)です。こちらも原発巣は縮小し、皮膚の発
数日前、私のブログに「死ね」とコメントをした人が居ました。その言葉を見て、私は別に何も思わないのですが、そのコメントを書いた人は、おそらく自分の命が実際に「死」に直面した事が無いんだろうなと思いました。また自分の大切な人の命が、「死」にさらされた事が無いんだろうなと思いました。私はこの職業に就いてから、「がん」の治療に携わっていますので、常に「死」に直面して生きて来ました。今も多くの方々の生死を意識しながら生きています。この様な言葉を安易に使う人は、とても幼稚で想像力が
40歳代前半でStageⅠ、ルミナルタイプ乳がん、術前化学療法の後に手術、術後補助療法として内分泌療法をされている途中の術後2年7ヶ月目に多発肝転移してきた方がセカンドオピニオン外来を受診されました。fulvestrant(フェソロデックス,SERD)+abemaciclib(べージニオ,CDK4/6阻害薬)で治療を開始され、それが良く奏功しておられました。『1度立ち止まって将来を考えるーセカンドオピニオンー』40歳代前半でStageⅠ、ルミナルタイプの乳がんと診断され、なぜ
50歳代女性左乳がんT2N1M0StageⅡBの診断で、乳房部分切除術および腋窩リンパ節郭清術(lt.Bp+Ax)を受けられた方がお越しになられました。病理結果は、長径2.7cm、浸潤性乳管癌、硬がん、核異形度3(悪性度高)、ER+(100%),PgR-(0%),HER2-(0),Ki6770%,n=3/8術後補助療法は、化学療法は希望されず内分泌療法(アナストロゾール)のみ施行しておられました。残存乳房に術後放射線照射(40Gy/25Fr)が施
50歳代で、ルミナルタイプ、切除不能、縦隔リンパ節転移陽性の方が転院して来られました。主治医には、「もう治ることはない、あとは延命治療、原発巣を切除することは出来ない」と伝えられたそうです。それをどうしても素直に受け入れることが出来ず、私のセカンドオピニオン外来にお越しになられました。私は、これまでの治療経過や現状から、必ずしも諦める必要は無い、まだ何とかなるもしれない、無病状態に到達し得る可能性は充分にある、と考える事をお伝えしました。そう私が考える理由を、具体的に出来るだけ分かり
40歳代前半で乳がんに罹られた方が居られました。pT1N0M0StageⅠ浸潤性乳管がんER+(90%),PgR+(80%),HER2-(1+)手術はBp+SNB(乳房部分切除術およびセンチネルリンパ節生検術)病理結果は、IDC+DCIS,f,ly0,v0,NG2,切除断端不明瞭(浸潤性乳管がん+乳管内進展あり、乳がんが脂肪組織まで浸潤、リンパ管浸潤なし、脈管浸潤なし、核異形度2=乳がん細胞が中程度の悪性度、切除断端近傍まで乳がん細胞あり)術後
本当はここで公表する事はフェアではないのかも知れません。セカンドオピニオンの受付再開についてです。10月の時点で2月一杯まで既にセカンドオピニオン枠が埋まってしまいました。私のセカンドオピニオンを希望される方は殆どが進行乳がんの方であり、長々とお待たせする事が出来ない方ばかりです。その方々を4ヶ月以上もお待たせする事は到底出来ないと思い、セカンドオピニオン外来の受付を一中断させていただいていました。その間もセカンドオピニオン自体は、一度も中断する事なく続けています。年末が近付き、年が
私は進行乳がん(切除不能乳がん、転移乳がん、再発乳がん)の無病状態までの道筋を考える時、出来るだけ感情を排除します。その方の想いや大切な方々への想いは、痛い程伝わってきます。しかし根治を目指した治療の道筋を考える時には、判断を鈍らせる可能性を考えます。進行乳がんを無病状態に到達させる事は、あくまでもサイエンスの積み重ね(あるいは組み合わせ)です。この場合のサイエンスは、臨床試験の結果や統計の結果ではありません。臨床試験をいくら行っても、その結果をいくら掻き集めても、現時点で目の前の転移
70歳の記念にホノルルマラソンを走られた、進行乳がん術後の患者さんが居られました。広範囲皮膚転移再発のため、全身治療を行った後、広範囲皮膚転移根治切除術+全乳房切除術+腹直筋皮弁移植術を受けられました。術後4年10ヶ月が過ぎましたが、再発兆候はありません。「ホノルルマラソンのスタートは朝5時で、真っ暗でした。それに凄い人で、スタートの前に娘と逸れてしまって、見つける前にスタートになってしまいました。」「娘は練習のし過ぎで、膝を少し痛めていました。結局5km地点で膝が痛くなって