ブログ記事1,216件
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************佐藤先生に「自感法について」という遺稿がある。参考になる点が多いのでここに掲載する。『自感法について自感法に依り神誥を受けると謂う事は実に至難なものである。此の受け方は人に依り状態が異なると思うが筆者の場合の体験を述べてみる事にする。まず鎮魂力により神界に至る。神界は清澄な霊気の世界である様に思える。偉大なる霊気が赫々と充満しているが、大霊の御姿の如きは霊眼と言えども見え
以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。******************『〔解説〕○此く失ひてば、とは祓戸四柱の大神等の神威に因って罪穢れが消滅致したならば、の意である。○今日より始めて罪と云ふ罪は在らじと。今日より、とは今日明日の今日では無くして祓い清めが終了致した時、即ち罪穢れが消滅した只今と申す意であり、今日と申したのは言葉の文(アヤ)と申せよう。始めて罪と云ふ罪は在らじと、とは罪
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************抑々、上記の本田翁の伝書にある「鎮魂法」は、神を鎮祭する際の鎮魂法であって、個人が行う修行としての鎮魂法ではない。その鎮祭目的の方法が鈴木廣道氏に伝授されたということだ。これが可能になるには、審神者レベルで霊魂の運転活用ができることが必要条件だが、北海道に帰郷する鈴木氏に対して、その時点では無理でもいつか役立てられるように伝えおいたものと推測する。何故なら、これは御霊璽、鎮魂石
2週間ほど前の松阪城の紅葉です石垣とモミジ銀杏の木とコラボ松阪城裏庭の紅葉こちらの家族連れ。。。可愛い~💕近くの本居神社に七五三のお参りだったようです撮影している人も。。。輝く黄葉は。。。松阪公園の敷地内にある本居宣長記念館の大銀杏です👆江戸時代の国学者本居宣長の旧宅「鈴乃屋」の門1764年から1798年に宣長によって執筆された「古事記伝」(「古事記」を翻訳したもの)が有名ですNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の最終話に本居宣
【本居宣長(もとおりのりなが)】北村一輝享保十五年~享和元年(1730-1801)本居宣長は伊勢国松阪(現・三重県松阪市)の人で賀茂真淵に師事し、国学を大成した人物として知られている。現存する我が国最古の書籍『古事記』の注釈書である📖『古事記伝』を30数年の月日をかけて完成させた事でも有名だ。蔦重は晩年、本居宣長に興味を示していたらしく、寛政七年(1795)にわざわざ伊勢まで会いに行っている。同年、他の版元からも出版されている📖『玉勝間』を蔦屋から刊行しているが、わざわざ江戸から伊
お立ち寄り頂き有難うございます✨🎄⛄🎄⛄🎄⛄🎄✨12月14日(日)NHKの大河ドラマ【べらぼう】は、今日が最終回でした。最終回の物語に、三重松阪の偉人【本居宣長】が登場しました。実際、蔦屋重三郎は、1795(寛政7)年3月25日松阪まで、【本居宣長】に会いに来た記録が、残っています。宣長のメモ「雅事要案(がじようあん)」に「蔦ヤ重三郎来ル」と書かれているそうです。数えで宣長66歳、蔦重46歳のとき。当時蔦屋では宣長の「玉勝間(たまがつま)」や「手(た