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本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************浅野和三郎氏の鎮魂帰神法出口氏と浅野氏の出会いは、大正5年4月という。初めて浅野氏が出口氏から大本霊学の講義と鎮魂帰神法の実修を受けたのは4月28日横須賀の浅野氏宅でのこと。浅野は2回目の鎮魂帰神法の実習の際に、王仁三郎から審神者を行うように言われて、参加者に対して審神者を行った。つまりその時に出口氏は浅野氏に大本での審神者の資格を与えている。しかしながら、当然これは本田霊
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『第二章日本書紀に見ゆる実例一日本書紀巻第一(神代上)(巻末G参照)又猿女君の遠祖天鈿女命は即ち手に芽纏の矟を持ち、天石窟戸の前に立たして、巧に俳優す。亦天香山の真坂樹を以て鬘と為し、蘿を以て手すきに為して、火処燒き、覆槽置せ、顕神明之憑談す。』(「顕神本田霊学法典」)『また猨女君の遠祖天鈿女命は手に茅を巻いた矛を持ち、天石窟戸の前に立って、巧みに俳優をした。
こういう本を読みました。ここ最近神道関係の本を読んできた僕にとっては既知の内容が多く、目新しい発見は少なかったのですが、神道の辿ってきた歴史を通史的に見るという点では良い本だと思います。この本の主張を端的に説明すると、「神道は外来の宗教や思想に影響され、変化し発展していったので、神道独自の固有性は希薄である」と言うことになると思います。神道は本来「自然への畏れ」から生まれた素朴なアミニズムで、思想とか、倫理観とか、論理といった多くの宗教が持っている機能を持ってはいませんでし
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『想ひまぐらせば大正五年の春、不図した動機から同志を集めて(判読できず)西洋式に言ったら、所謂家庭交霊会を催すことになったのですが、いよいよ行ってみると、他の人達は、上手下手は別として、兎も角或る程度の霊媒能力を発揮するのであるが、私ばかりは、人一倍の努力を佛っても、なかなかものにならず、通常意識が茫然自若として頑張っている。私はいつもしれッとして、他人に起こる諸現象を客観
さてさて…しりとりをやってる時に「さいとう・たかを」や「アルジャーノンに花束を」を振られた時に…「お」で始まる言葉で返してもいいのか「を」で始まる言葉じゃないといけないのか…とくだらないことを考えていたのですが…「を」で始まる言葉は現代じゃ「ヲタク」くらいしかないけどさ…ヲタクもメイドさんもいない明け方…古典の世界だと限りなく「を」で始まる言葉は(たぶん)無限にある…動物の尾も「を」だし…男性の男も「を」だし…鼻緒の緒も「を」だし…と思っていたらさ…高校の
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************この部分について、西原壮聡氏による現代語訳([カッコ]内は訳者注・以下同じ)を見てみよう。『○「此時伊邪那伎命大歡喜詔。吾者生生子而於生終得三貴子。」この文もまた例の設神理[である]。太陽[国]、地球[国]、月国の主宰のみについて言っているのは、我が太陽系の[星々の]中において、[これらの三つの星々が]大地球と大いに関係があるからである。修理固成の大神[=伊邪那岐命・伊邪
皆様こんばんは!!今回の桜巡りでは、高見の里の桜を見るために、1日延泊しました。延泊した日は、あいにくの雨で、長谷寺に拝観しました💕二度目の拝観になります。鎌倉の長谷寺にも数回行きました。奈良、桜井の静かな山あいに佇む真言宗豊山派の総本山、長谷寺。四季折々の花に彩られることから、「花のお御寺」とも呼ばれ、多くの人々の祈りと癒しの場として親しまれています。本尊十一面観音像は日本最大級の木造観音として知られ古きより信仰を集めてきました。あいにくの雨でしたが、、、廻廊が、とても素