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本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『第七章神感法長沢翁門下で傑出した神主は宮城島金作氏である。氏は明治二十七年、御穂神社々務所に於いて翁を審神者として帰神を執行されたことがあった。其の折に御穂神社の御眷属八千彦(やちひこ)命が御懸りあって、日清戦争の状況に就いて予言あられた。その神詰と申すのは、実に微に入り細にわたって正確であったことに並び居る人々を驚嘆させたとの事である。之れは翁にとって帰神予言中の最
古事記はアルゴリズムでできている!神話ではない──生成構造の書やましたひでこ/さえぐさ誠/天道仁聞/カタカムナ学会古事記は擬人化した歴史の話ではなく物理的な構造を表したもの楢崎皐月瑞穂伝古事記生成の経緯を説明している古事記生成のストーリーは言葉が出来る経緯50音の言葉が出来る経緯が古事記の話のアルゴリズムになっていて森羅万象の生まれる構造でもあるはじめにことばあり瑞穂伝は稲荷の伝えINRIINARI伏見稲荷は古事記の完成を祝って建てた
オーガニック美容家ソリッドセラム開発者五感調律師加藤里花◆加藤里花プロフィール心・身体・魂を健やかに美しく整えるRica流ご自身を愛することで幸せで豊かになる未来をつくります将来のプランはバリ島に住むこといつも読んでいただきありがとうございます◆ご提供中のメニュー一弦琴が奏でる「やまとごころ」〜日本人の精神を目覚めさせた伊勢国学者の世界〜江戸時代、伊勢の地から多くの国学者たちが誕生しました。
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************本田翁の遺訓に『帰神ノ法ヲ幽斎ノ法トイフ。神界ニ感合スルノ道ハ至尊至貴、濫ニ語ル可キ者ニ非ズ。吾朝古典往々其実績ヲ載スト雖モ、中世祭祀ノ道衰へ其術ヲ失フ既二久シ。神法ニ依リ其古ニ復ス。是即チ玄理ノ窮極、皇祖ノ以テ皇孫ニ伝ヘシ治国ノ大本ニシテ祭祀ノ薀奥ナリ。蓋シ幽斎ノ法タル至厳至重、深ク戒慎シ其人ニ非レバ行フ可ラザル者アリ。濫ニ伝フ可ラザル意蚊ニ存ス。然リト雖モ其精神萬難ニ撓
(檜山哲彦文学館2025年4月通巻4号)敷島のやまと心を人とはば朝日ににほふ山桜花本居宣長昨年、亡くなったドイツ文学者で東京藝大教授、「りいの」主宰・檜山哲彦さんを顕彰する目的であろう。「檜山哲彦文学館」という冊子があり、いつも定期的に送っていただいている。今回、一筆箋が入っており、心のこもった言葉をのこしていただけましたこと今なお有り難く思っております、云々…と書かれてあった。大変ありがたい言葉だが、そんな言葉書いたかな?と思った。考えられるの
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************三種の神器を三貴子の象徴とみる向きもあるが、それでは八尺瓊勾玉を月読尊の象徴とすることに説得力を欠く。筆者は八尺瓊勾玉を「御頸珠の玉」の分魂であると考えて伊邪那岐命、八咫鏡を天照大御神、天叢雲剣を素盞嗚命にあてて、別天津神、天津神、国津神の各神界に通ずる神器と考えている。古事記では禊祓いの段の神話なので伊邪那岐命とあるが、これは説神理で実は伊邪那岐大神と考えると、神代七代に
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『憑霊に御得意な事柄を問うと、それぞれ得意とされる処の書画とか、詩歌をなさるとか、又舞を遊ばすとか種種な御答がある。書画をなされる霊に御揮亳を御願いする場合は、前以って筆墨紙其の他の諸用具を用意して置き、書かれるとの御言葉があれは直ぐ仕度をする。霊は何ら躊躇する事なく即座に筆を採られて一気呵成に揮亳されてしまうものである。文字の場合は、審神者は古き書体でと御願いすると、何ら
今回は吉田兼好の無常観(侘びに通じることとして)を批判した本居宣長について私なりの考えを。それにより日本人の「侘び」のこころを明らかにできるのではないかと。先ずは、本居宣長の玉勝間の主張(兼好法師が詞のあげつらひ)参考YOUTUBE”玉勝間兼好法師への批判”文法参考玉勝間兼好法師が詞のあげつらひ原文要約1,兼好法師は花や月は盛りの時だけが趣深いというのでは無いと言っているが、花に風が吹くのを待ち、月に雲がかかるのを願う歌などありはしない。法師のいうのは後世のこざかしい心で
*本居宣長の本意*続・本居宣長の本意1・2*本居宣長「うひ山ふみ」読解1~7*「古事記」読解1~3~・~・~本居宣長(1730~1801年)の『直毘霊』(なおびのみたま、1771年)は、42歳の時の、古道の総論で、古事記の注釈書『古事記伝』(1764~1798年)の巻1に収録されており、宣長は、72歳で死去しています。なお、文中の禍津日(まがつひ)神と直毘(なおび)神は、『古事記』では、イザナギが、イザナミのいる穢(けが)れた黄泉(よみ)の国から逃げ帰り、身体を禊(みそ)
2025京大文系古文にチャレンジ!!3/10は京都大学の合格発表日。Twitterで12時ちょうどに合格の悲鳴を聞いてテンション上がるやん。入試問題解いてみたくなるやん(そんな変わりもんおらんやろ)京大理系古文は高校入試レベルで簡単すぎるのでパス。本居宣長とか江戸時代やん。つまり古文の中でも現代語に近い=読みやすい。京大文系古文こそガチの古典文学で難しいわけや。タイトルは義経記ときた。源義経と弁慶も出てくるよ!源義経が武蔵坊弁慶をお供に北の方を連れてみちのくは平泉の奥州藤
国学(こくがく、正字:國學)は、日本の江戸時代中期に勃興した学問である。蘭学と並んで江戸時代を代表する学問の一つで、別名に和学、皇朝学、古学などがある[1][2]。皇学の基部学問でもある。その扱う範囲は幅広く、国語学、国文学、歌道、歴史学、地理学、有職故実、神学などに及び、学問に対する態度もまた学者それぞれに異なる。概要[編集]本居宣長旧宅(国指定史跡)外観内部三重県松阪市殿町の松坂城二の丸跡地。2階の書斎が「鈴屋」とされた。それまでの「四書五経」をはじめとする儒教の古典や仏典の