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本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************鎮魂について語る際に必ず持ち出されるのが、以下の文章だ。『令義解(リヨウノギゲ)の職員令神祗官の部に曰く「鎮魂は謂る、鎮は安なり。人の陽気を魂と曰う。魂は運なり。言うところは、離遊の運魂を招き身体の中府に鎮む。故にこれを鎮魂と曰う」』(「顕神本田霊学法典」)この離遊の運魂が何を指すのかが、昔から議論になっているが、これは鎮魂法の一部に過ぎない。故に此の考え方を全てに当
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************そもそも「自感法」は「神を自ら召喚し、神懸かりをする」法ではない。この「神を自ら召喚し、神懸かりをする」法とは、審神者が神界の許可を得て「霊を引く」際の原理である。しかも半身に留めて行うとされている。このような基本的な部分について誤解するようでは、他の部分についても信憑性が疑われよう。自感法は自らの一霊四魂を肉体から分離させ(霊肉分離と云う。実際には分魂)、自らの意思で神界へ
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************本田翁の遺訓に『帰神ノ法ヲ幽斎ノ法トイフ。神界ニ感合スルノ道ハ至尊至貴、濫ニ語ル可キ者ニ非ズ。吾朝古典往々其実績ヲ載スト雖モ、中世祭祀ノ道衰へ其術ヲ失フ既二久シ。神法ニ依リ其古ニ復ス。是即チ玄理ノ窮極、皇祖ノ以テ皇孫ニ伝ヘシ治国ノ大本ニシテ祭祀ノ薀奥ナリ。蓋シ幽斎ノ法タル至厳至重、深ク戒慎シ其人ニ非レバ行フ可ラザル者アリ。濫ニ伝フ可ラザル意蚊ニ存ス。然リト雖モ其精神萬難ニ撓
大河ドラマ『べらぼう』終わりました。最後の2話が印象に残ってて、やはりこれは書くしかないと思ったのでした。長生きしたとされる「一橋治済」は途中で瓜二つな男(替え玉)にすり替えられていた・・・その男が阿波の能役者斎藤十郎兵衛「東洲斎写楽」当人ではないかと言われているお方。驚きの展開に「そうきたかっ!」一橋治済が能面をしげしげと見つめる場面や島流しの「俊寛」の能面がアップされるなど能役者斎藤十郎兵衛のこと、阿波の孤島に送られることになる治済など伏線