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宮根橋を堪能したその足で、橋からずっと見えていた神社へと参拝することにした。この橋が何でこんなに雰囲気がイイのかといえば、やはり背景としてこのワビサビの利いた神社がポイント高く、遊ばせていただいたお礼と無事の帰還を願って、って感じで。橋の側からは参拝できないので(勝手道っぽいのはあったが、やはり正面からお参りしないとね)、左へ曲がる。これは県道の旧道にあたるであろう道だ。木製電柱と、かつて店舗だったであろうお宅の前を道なりに曲がれば…そこはもう神社正面。右方向か
【1】より続く。突然だが、この写真。どこやねんって話なんだが、まあ説明しよう。隧道を後に、集落へ降り始めたところで、朝の散歩中?のご婦人に出会った。まずは不審者認定されないために(いやまあ、不審者なんだけどね)、ソッコーで挨拶!わたくしよりも年配のご婦人は、「趣味でトンネルを見にきた」とのたまうおっさん(=わたくし)を白い目で見ることなく応対してくださった。これ幸いと、隧道のお話をうかがった…が、こういう時の常で、全然実のある質問を思いつかないんだな~、残念なわたくし
2023年11月25日、中国地方TSHO周遊の三日目・最終日。この日のネタで記事にしているのは、大和口バス停、武将募集。と寺迫橋。今宵から何回かに分けてご紹介するのは、事前に地理院地図でニオイを感じて訪問を楽しみにしていたネタ。ともあれ、まずはその地理院地図をご覧いただく。どうすか?「新」七曲トンネルという名称、そしていかにも旧道然とした道とその描かれ方…いやこれ絶対、「ある」でしょ!…と思って、次にGoogleマップで見てみたら…おお、普通に旧道が描かれてる。
(その6からの続き)-谷峨(13:00着・13:10発)-峠越えの拠点・山北駅に立ち寄り、いよいよ峠越え区間に入りました。山北の市街地を抜けて、いよいよ峠越えに入りました。峠越えといってもガッツリ山登りするわけではなく、酒匂川沿いをじわじわ登っていきます。右手をみると、御殿場線の線路。よくみると、現在線の手前にもうひとつ線路のようなものが。こちらは御殿場線複線時代の遺構。ガーター橋が取り壊されずに残っています。トンネルも2つ口を開けています
撮影日2025/02/23旧槻坂トンネルから続く旧兵庫県道5号この先で現行道と合流する旧トンネルへ続く旧県道左が旧県道、右が現行槻坂トンネル東口槻坂トンネル東口左上、車の停まってるとこが旧県道、右は姫新線槻坂トンネル東口姫新線は旧県道をくぐっている廃道状態の旧県道舗装路のはずやけど、枯葉で埋まっている旧槻坂トンネル東(姫路市方)口所在地は兵庫県姫路市西脇竣功は1954もしくは1955年らしい槻坂隧道コンクリートで完
こんにちは。では早速。今回は愛知県道73号長坂蒲郡線の清田トンネル旧道探索レポートです。その前に、軽く清田トンネルについて紹介します。清田トンネルは蒲郡市と豊川市を結ぶトンネルで、開通した昭和61年から平成24年までは音羽蒲郡有料道路という有料道路になっていました。無料化後は音羽蒲郡バイパスとして一般開放されています。しかし、昭和61年に旧道化した清田峠はもともと林道だったこともあり大型車通行不能の酷い道で、さらに台風15号が通過した一日後に行ったので流木などでさらにひどい状
2026年5月神奈川県伊勢原市伊勢原撮影時刻15:58、あの時計正確じゃないクリーニング店がフジカラープリントもやってたのか写真やネガの洗浄ってことか?クリーニングとプリントというのがどうにも結びつかん総と品が独特なフォント道路は神奈川県道61号垣根のむこうは旧道旧道に並ぶ建物「サ」がうなぎ屋さんの「う」みたいこっちの鮮魚店は営業中ゴジラみたいなビルのツタ、意外と躍動感があって怖いアサヒショッピングセンター外壁古そうだな小田急伊勢原駅アサヒショッピングセンター外観写
2023年7月9日、第二次大分県探索二日目、大雨警報下の国東半島徘徊。この日のネタで記事にしているのは、川部橋、第2循環隧道、見取隧道、内迫港隧道、ラストの掛樋隧道。いきなり脱線するけど、関西は先日梅雨明けした。我が生活圏では幸い大した雨も降らなかったが、まさか6月中に梅雨明けするとは…。めっちゃ短かったなあ。だからってわけではないけど、今宵は「雨が作り出した景」が印象的だった物件がたくさんあったこの日のネタからご紹介。見取隧道から22分後、まずはこのトンネルを紹介してお
ふと思い立ち、旧中山トンネルの相川側坑口でも見に行こうと旧道を入ったらこの有様というのも、幼い頃はよく親父に連れられて行ってたもので。坑口へと続く道はすっかり荒れ果て、草のツルが生い茂るような状態に昔は坑口の前まで車でも行けたんですけどねぇ~いやはや、時の流れというものは恐ろしいと思うと共に、人の手の入らなくなった廃道はかくまでも荒れ果てるのかと思った次第です
遠州街道ツアーその2の②です。遠州街道は国道151号線の愛称。飯田城下町から遠州金指までの道です。もっと以前に、縄文時代やその前から、海と山の間で行き来があり開かれた道だと思います。明治になり県道として開鑿していく時に、この始点と終点が決められました。阿南町(あなんちょう)の位置↑ひばり沢のスイカの看板から、旧道は国道をくぐり、ひばり沢の集落へ降りていきます。それを皆さんには説明だけしました。舌状台地の端までは車道がありますが、そこから大沢川へと降りる道は草の道。大沢川は木の橋があったけ