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東海道とは江戸時代、徳川家康の命により整備された【五街道】のひとつ関ヶ原の合戦に勝った家康が全国統一を完成させるため、江戸と朝廷や豊臣氏の居城がある京都・大坂との連絡を迅速に行うのが目的で整備された道だそうです【東海道五十三次】江戸日本橋〜京三条大橋までの53宿【東海道五十七次】江戸日本橋〜髭茶屋追分〜京街道4宿(伏見・淀・枚方・守口)〜大坂高麗橋までの57宿・・・第1番目の宿場町は品川宿なので、江戸から京に行けて行くのが本筋かもしれませんが、旧東海道を歩き始めた当時
***前回の記事、その48より続きです***賑わう内宮を後に宇治岳道でいざ朝熊山山上の金剛證寺へ!足神さんにお参りしたしやや不安な脚も大丈夫、なはず。さて正面に見える扉の脇を抜けてすぐの林道の脇。ここが江戸時代の朝熊山山上に向かう宇治岳道の起点、というか当時の登山口。まわりに若木が生えっぱなしの林の中に埋もれてほらちゃんととても大きな石の標柱が建っています。梵字での虚空蔵菩薩を表す文字がいちばん上に。そして堂々「朝熊岳道」の文字。なるほど、寛永三年二月に建てら
この日は、近鉄白塚駅から歩き始め、江戸橋~津駅~偕楽公園~四天王寺~津観音~津城址と結構中心部を歩いてきたのですが、タイミングが悪いのか、食事処がありません。お店があっても5/5日祭日とあってか、開いていません。携行食でしのいできましたが、そんな中で見つけたのがこのお店でした。「三谷うなぎ屋・東丸之内店」です。…でもこの店、テイクアウト専門店でした。食事時もかなりすぎているし、路上で食べるわけにもいかず、しばし躊躇していたのですが、近くに小公園があり、ベンチもあったのを思い出しそこで食べる
暑い盛りの長距離の街道歩きは体に悪いということで、短時間で歩き切れる都内の古道を探そうとGoogleマップを拡大して、地図上でバーチャル探索していたところ、北は南阿佐ヶ谷から南は国道20号まで続いている「鎌倉街道」の浜田山付近から新宿に至る「国府道」という聞いたことのないルートを見つけたので、今回はプチ街道シリーズの一種としてその「国府道」を歩いてみました。ルートマップは↓の通り。ネットで調べても皆さん、やはり「Googleマップ上で見つけた謎の道」的な扱いで詳しいことは分からないようで
伊勢参宮道は江戸橋を渡り津に入りました。奥の建物…3階建のようで、まるで天守閣みたい。左側の正門に回ってみます。少し傷みが出ていますが、正門から主屋にかけ素晴らしいお屋敷です。並びに真宗高田派のお寺「深正寺」があります。開基は諦順。俗称は春日部正信という。大坂城落城の際父は討死、正信出家し伊勢に走り高田本山13世尭眞上人に帰依しこの寺を開きます。このあたり昭和の面影を残します。