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土曜日の紀州街道北向きの歩き旅、後半です。(前半は→紀州街道北向き①-1(井原里→岸和田)|Eddie'sDiary)岸和田の街を引き続き進んでいきます。信号を渡って振り返って、前半の最後にアップした元銀行の建物全体を撮影~。目立たず地味ながら細工が施されてます。元々は岸和田城の堀かな?欄干橋ってそのまんまの名前ですね。まっすぐ直線に進む紀州街道です。洋館風の建物はこれまた元銀行。昭和10年の築です。そしてもう一つ昭和8年築のやはり元銀行。
秋晴れのいい天気ですね(暑いですが....)。3連休の初日の今日は近場の街道歩きをしてきました。今回歩いたのは紀州街道、14~15年前に歩いてるのですが逆向きの北方向へ歩いてみることにしました。スタートは南海電車の井原里駅から10分ほどのこの横断歩道から。ちょうど1年前に歩いた熊野街道(青矢印)に北から来た紀州街道(赤矢印)が繋がる地点から逆行していきます(→熊野街道紀伊路ふたたび⑤(和泉府中→井原里)|Eddie'sDiaryの後ろから5枚目の写真)。すぐに出てきた
2026年7月4日(土)に西浦賀道歩き第2回(最終回)の旅として、前回ゴールの逗子から街道のゴール地点、浦賀奉行所跡までの区間を歩いた記録のその9です。歩行ルートは↓の通り。歩いた距離は、ゴール後久里浜駅までの分(2.5km)も合わせて24kmほどでした坂道だらけで、体力的に厳しい行程でした。その8では、横浜横須賀道路の高架下で木古庭馬頭観音菩薩坐像を見たり、谷津的な地形を楽しんだりした後、ネズミの国の初代プリンセスの登場キャラクターと思しき人形を幼稚園の門で見つけたところまでをご
上野と越後を結んだ三国街道の宿場で、新潟県南魚沼郡湯沢町三国の旧街道に本陣だった富澤家の住宅が残るが、内部は非公開でかなり荒れていた。
県道55号にあり六合と中之条の境をなす峠で、戦国時代は真田氏が上田と沼田の連絡に使用し、江戸時代は草津と沢渡の温泉地を結ぶ街道となった。現在も旧街道がハイキング道として整備され、峠には若山牧水の歌碑と石造が建てられている。
【26年9月5日探索・10月10日公開】現在地はこの辺この少し先に三差路があるが、どの道も旧甲州街道であるらしい。ちなみに野田尻宿は直進方向になる。旧街道の宿場っぽい建物がいくつか残っている。今度は道の反対側の古い建物だ。それにしても旧甲州街道の宿場内の道幅って広いな。野田尻宿とは関係ないかも、なんだが、この石貼りの建物も気になった。右側に石碑が建っていた。明治天皇が明治13年に地方行脚の際にここで休まれたらしい。これ
トカイナカの澄んだ秋晴れの朝、旧街道の散歩道の石像に息づくいにしえの思い‼️こんにちは、サニーサイド房総のShinです。久しぶりの爽やかな秋晴れです!早起きして、旧街道を散策コースの散歩です。■爽やかな秋晴れ‼️少し遠くの散歩コース▲朝の陽射しが旧街道の森を抜けて、木漏れ日の道秋の済んだ青空、台風25号直撃翌日以来の快晴の1日です。■森のトンネルにある、石像の意味は?朝の旧街道の森のトンネルの先には、昔からの集落が点在しています。尾根筋なので、道は平坦に続いています。▲森の中
おはようございます。Goodmorningeveryone^^今朝のウォーキングは、旧街道のコースをゆったりとアイドリング完了です。本日は、音楽実習の指導です。ぼちぼちやっていきましょうヒロオガワの新譜「ECHOES」、音楽配信が出揃いました。各社、いずれも試聴できますので、是非ご覧くださいませ。その上でDL頂けると助かります。ありがとうございます。【dミュージック】ECHOES/ヒロオガワ(HiroOgawa)歌詞やdポイントが使える音楽のダウンロードサ
めし屋本庄宿これが無ければ、この道を、旧・中山道がこの道であったかどうかさえ、はっきしない状況でした。まぁ、埼玉県内は、当然、戦後の住宅開発で、町並み維持は、されてこなかった可能性は、ちょっと、高いかもしれない。とは言え、ここは、本庄市「中央」地区。基本的に、本庄と言う街の一番のどまんなか。まぁ、お店や、コンビニが、いっぱい、あるだろう、、と考えたのだが、、、ちょっとばかり、想像以上に、シャッター街。地図上では、「足利銀行本庄支店」の場所も、白い看板だったのが、衝撃でした
2026年7月4日(土)に西浦賀道歩き第2回(最終回)の旅として、前回ゴールの逗子から街道のゴール地点、浦賀奉行所跡までの区間を歩いた記録のその8です。歩行ルートは↓の通り。歩いた距離は、ゴール後久里浜駅までの分(2.5km)も合わせて24kmほどでした坂道だらけで体力消費多めの旅でした。その7では、「ヨットの街葉山」とは俄かには信じづらい感じの山道を延々と歩いて、魅力的な店舗や神秘的にすら思える樹木に出会った後、木古庭(きこば)というやや珍しい地名のバス停を見たところまでをご紹
ついに最終日です。この日は天気が良ければ佐多岬まで行きたいな〜と漠然と思っていたのですが、やはり最終日も雨で、佐多岬はまた今度の機会にすることにしました。ということで、急遽別の予定を組むことに。4日目ということで疲れも出ているし、できれば室内で見れる博物館的なところはないかな〜、と探している中で上野原縄文の森展示館を見つけました。上野原縄文の森展示館2泊目にホテル京セラに泊まるまでここに立派な縄文遺跡があることを失念していたのですが、調べてみると展示館もなかなか立派な様子…!私は考
7月25日(土)、二日目。6時半、起きる。7時、一階の食堂で、ホテルの朝食。ちゃりこはごはんに玉子焼き、肉団子、納豆等々の和食系。ちゃりこ父は、まだまだお腹の心配、旅行前日まで雑炊だったので、お米でなくて、パンをチョイス、ポテトサラダや玉子焼き。8時にチェックアウトするとき、フロントのおねえさんに、ホテル前で写真を撮ってもらう。「暑くなりそうですから気をつけて」と言われる。そう、前日に続いての、猛暑日予報だ。すぐに倉敷駅前に出て、薬局でOS1のゼリーを補給しておく。429号
今年の大河ドラマ、豊臣兄弟!。始めのうち3回くらいは見てたけど、あまりにもウザ過ぎる藤吉郎とクサ過ぎる小一郎にあえなく脱落。しかしながら本能寺あたりから久しぶりに見てみたら、なんだかおもしろくなってきたので復帰しました笑。秀吉といえば豊国神社、名古屋の中村の赤い大鳥居の前は車で通り抜けたことはあっても、そういえば鳥居をくぐって豊国神社には行ったことがありません。隣接する名古屋市秀吉清正記念館にも、とあるものが見たくて少し気になっていました。むしろこちらが目的なのです。ではいち
2026年7月4日(土)に西浦賀道歩き第2回(最終回)の旅として、前回ゴールの逗子から街道のゴール地点、浦賀奉行所跡までの区間を歩いた記録のその7です。歩行ルートは↓の通り。歩いた距離は、ゴール後久里浜駅までの分(2.5km)も合わせて24kmほどでした坂道だらけで体力消費多めの旅でした。その6では新善光寺というお寺の緑を感じた後、ヨットの街、葉山のイメージとは全く異なる、山裾の農村的な風景を進んでいくところまでをご紹介しました(↓再掲)。前回記事の終盤でなだらかな
兵庫県丹波篠山の旧街道にて新しい型式のカブだけど古い建物にもマッチしているやはりその伝統はウソをつかない今とても気に入っていますそして同じく丹波篠山にある「安田の大杉」推定樹齢は伝承で700年〜1000年現代に存在する古いものには理由があるさまざまな歴史を学ばないとねAIに支配されつつある現代有能なのは確かだけど…うまくつきあっていかないと人の心が…人間が人間らしくあるためにね
旧北陸道アートin小杉楽屋姫のコンサート12:00〜13:00小杉駅前商店街にてたくさんのお客様シュークリームとだんご🍡いただきました!ありがとうございました😊
昨夜は、マイカーで「根雨の町」の小さな宿泊施設に行き宿泊しました。閑散としているかと思いきや、結構賑わっていました。工事関係の方が多いそうです。7月17日、駅前にマイカーを置き、タクシーで前回の終了地点まで行き出発すると、すぐ先に「五人塚」がありました。「近在の長者」が、隠した財宝がバレるのを恐れ、使用人を殺したとする「無茶苦茶な事件」の犠牲者を弔うものです。←五人塚四十曲峠へ↑「舗装された、広い坂道」で「四十曲峠」へと登って行きます。暫く歩くと「立派な杉並木」となり
中山道を西から東へ歩く旅9/19の中山道歩きの続きです『中山道を歩く熊谷宿〜箕田(北鴻巣)その1』中山道を西から東へ歩く旅ゴールデンウィークの5/5に熊谷宿まで歩いて以降、『中山道を歩く深谷宿〜熊谷宿その2』中山道を西から東へ歩く旅34回目となる5/5…ameblo.jp中山道は荒川の堤防の土手を進みます堤防は何回か改修されている様で、右側の高い所が現在の堤防この堤防沿いにある久下一里塚跡は土手の下にある稲荷神社の所土手は草に覆われていて降りて行けなさそうなので、上から眺める
2026年7月4日(土)に西浦賀道歩き第2回(最終回)に、前回ゴールの逗子から街道のゴール地点、浦賀奉行所跡までの区間を歩いた記録のその6です。歩行ルートは↓の通り。歩いた距離は、ゴール後久里浜駅までの分(2.5km)も合わせて24kmほどでしたが、歩いた距離よりも疲れの目立つ道中になりました。その5では色んなアップダウンに悩まされたり、謎にBMWの並んだ風景を見た後、滝の坂という坂道の交差点のトンネル手前で右折しようとしたところまでをご紹介しました(↓再掲)。それ
<2026年9月19日>真夏の猛暑と雨天などで長らく街道歩きを休んでおりました。5連休の初日の昨日は2ヶ月ぶりの街道歩きで長野へ遠征、去年の9月に歩いて以来の松代道を歩いてきました。膝の状態が改善しておらず、しっかり歩いても大丈夫なのか、歩いた後のダメージはどうかなどなどチェックをすることも兼ねて、遠征しながらも少々距離は短めの歩き旅でした。前回は千曲川の東側の渡しのあったと思われる個所から近い村山駅でブレイク(前回は→松代道①-2(鳥打峠→村山)|Eddie'sDiary
中山道を西から東へ歩く旅ゴールデンウィークの5/5に熊谷宿まで歩いて以降、『中山道を歩く深谷宿〜熊谷宿その2』中山道を西から東へ歩く旅34回目となる5/5の中山道歩きの続きです『中山道を歩く深谷宿〜熊谷宿その1』中山道を西から東へ歩く旅GWの間は自宅の愛知を離れ、…ameblo.jp暑い期間は休足していましたが、25℃を下回る日も出てきましたので、シルバーウィークの初日9/19にウォーキング再開です♪今回で35回目となりますが久しぶりなので距離は短め、熊谷宿の次の鴻巣宿までは少
いつもの散歩コースを外れて、市街中心部のまだ通ったことのない車両通行不可の小道を抜けてみた平地の中心部、かつての街道であった本通りの街並みの裏側だ昭和30年代頃までは文字通りの本通りで活気に満ちていた今では道路も一方通行になり、かつての面影を僅かに残しながらも静かな佇まいを見せているこのかつての小さな繁栄の界隈からもそれなりの人材を輩出してきたのかもしれないそんなびっしりと道路面に張り付いた商家や商店の裏側の路地など半世紀、用もないし自分とは関係のないことだ
2026年7月4日(土)に西浦賀道歩きの第2回(最終回)として、前回ゴールの逗子から、街道終着点の浦賀奉行所跡までの区間を歩いた記録のその5です。歩行ルートは↓の通り。歩いた距離は、ゴール後久里浜駅までの分(2.5km)も合わせて24kmほどでしたが、歩いた距離よりも疲れの目立つ道中になりました。その4ではアップダウンの繰り返しが始まって疲れ始める中、ダットサンのサニトラを見つけてちょっと楽しかったところまでをご紹介しました(↓再掲)。前回記事のラストで差し掛かった緩やか
勝手に名付けた「いないち」の続き、稲沢駅一周稲沢駅構内小字名探索プロジェクトの後半です。元々は操車場もあった広大な稲沢駅のまわりを一周歩きます。またまた酷暑の中、稲沢駅前からスタート。今日は残りの北半分の探索です。歩き出してすぐに昭和レトロ感のある橋が見えてきました。橋の名前は期待できます・・・どうだ?昭和5年5月改築。栄橋、違った~。栄という地名は見つからないから、テキトーに縁起の良さそうな名前つけたな?おおなんと24時間200円の超お値打ち駐車場が!駅から
昨夜は「久世」にある某大手ビジネスホテルに宿泊しました。最近は地方の小都市にも大手が進出しており、寡占化が進んでいるようです。今日(7/16)は、「美甘宿」の「観光駐車場」に駐車し「美甘神社」に参拝後昨日の終了地点から出発し、すぐ右の集落内の旧街道へと入りました。集落内には「一里塚」があったそうですが、今では何の痕跡もなかったです。街道を進み「片岡集落」に入ると、家の裏に出て、山際の「出雲街道」となります。「僅かな平地を最大限に利用」する為、旧街道は集落の裏側「山際を通って
2026.9.12今日は車でお出かけ。途中で立ち寄った所でプチ歩きです。内子町八日市護国の街並み保存地区です。雰囲気があって、歩くのが楽しいです。美味しいお店もあるので、カロリー消費より摂取の方が上回るのは仕方ないですね〜山歩きをしていると、三角点をよく目にしますが、街歩きでは水準点。ここは街並み保存地区なので、水準点も大切にされています。それにしても一等水準点はなかなかお目にかかれないので、今日はラッキーでした。こんな古い道標も見つかると嬉しい。またどこか歩きに行こう。
2026年7月4日(土)に西浦賀道歩きの第2回(最終回)として、前回ゴールの逗子から、街道終着点の浦賀奉行所跡までの区間を歩いた記録のその4です。歩行ルートは↓の通り。歩いた距離は、ゴール後久里浜駅までの分(2.5km)も合わせて24kmほど。ただ、アップダウンが無数にあって距離以上に疲れました('◇')ゞその3では素晴らしい商家を多数見て至福の時を過ごしたものの、そのエリアは旧道部分ではない、新道部分だったことに気付いて、改めて旧道部分で六地蔵などを見た上で県道207号に入ったと
勝山宿を過ぎると、出雲街道は、いよいよ中国山地の合間を縫う様に進んで行ます。交通の便が悪い為、今回は一気に「根雨宿」までを2泊3日で歩く計画です。7月15日、今回も勝山の「観光駐車場」に駐車し、前回の終了地点「神橋」から坂道沿いに民家の続く、勝山の「西町」を進んで行きます。長い石段のある「鈴神社」を過ぎ、家並みが終わる所にある「美保神社」に、参拝し旅の安全を祈願しました。←県道
8/24の早朝、ツレと房総往還(千葉県内を南北に結んでいた旧街道)に続く旧海岸通りを歩いてみました。この道路は県道87号線を袖ヶ浦方面から来て吾妻の信号を左折すると出会う道です。曲がり角には吾妻神社があり、側には小さな鳥居と祠が目に付きます。昔木更津の町には3本の大きな通りがありました。1つは海岸通り、それと旅籠屋町通り、寺町通り。その中で吾妻神社から木更津の町中に入るこの通りが海岸通りと言われています。この道の右側は遠浅の海でした。まず吾妻神社を紹介していきましょう。この神社は古の時代にヤ